プロローグ・怪しい商人達
田舎町だったこの土地は、数年で王都に次ぐ大都市と進化していった。
商業が発達し、人があふれていく。
役所を作り、私の領土にいるもの全員に戸籍を作成した。
治安維持のため領土の入口には関所を設け、変な輩は入れないように警備兵に指示をだす。
そうして一年の月日があっというまに流れ、私は16歳となった。
16歳になった夜、エイブレムが私の元へとやってきた。
「嬢さん、おめでとう。これやるよ」
彼は何か光る物を私の方へと差し出し、手の中に落とした。
何かと目を向けると、彼の瞳と同じ色の青く輝くネックレスがそこにあった。
「ありがとう、うれしいわ」
私は手の中のネックレスを、さっそく自分の首へとかけてみる。
そんな私の様子に彼はフードを取り、青く吸い込まれそうな瞳で私を見つめると、なぜか弱弱しい微笑みを浮かべていた。
しばらく私を見ていた彼は、ふっとまなざし引き締め口を開いた。
「嬢さん、新しい情報だ。数日前怪しい商人3人組が入り込んだ。ただそいつらは王都で発行される商人通知を提示したようで、入街をとめることができなかった。まぁ、嬢さんも見れば怪しい商人だとすぐわかると思うが・・・気をつけてくれ。でだ、もう一つ、最近街中で妙な事件が起こっている。年頃の女性が2~3日行方不明になるが、外傷もなく無事に帰ってくるんだ。その戻った女性に何があったのか聞いても誰一人覚えていない。警備兵も捜査を進めているが、年頃の女性以外のさらわれる共通点がまったく見えず、手の施しようがないのが現状だ」
私は黙って彼の言葉に耳を傾けると、じっと考え込んだ。
年頃の女性・・・か、
3人の商人と何か関係があるのかしら・・・?
「報告ご苦労様。それと・・・このネックレス大事にするわね」
私は胸に輝く青い宝石を彼に見せると、じっと泉のように澄んだ青い瞳で私を見つめていた。
翌日、私がいつものように書斎で書類の確認を行っていると、執事のアランが入室する。
「お嬢様、領主様に面会の申し込みがございました」
この時期に珍しいわね、私は書斎から窓の外に目を向け、面会を待っているであろう商人達を確認する。
高級そうなシルクのローブを羽織り、端正な顔立ちでエメラルドの瞳。紳士の微笑みを浮かべながら、プラチナの滑らかな髪をかきあげる男の姿が目にはいった。
プラチナの髪の男の後ろには、燃えるような鋭い赤い目を輝かせた大柄の男。精悍な顔立ちをし、なにか武術でも極めているのだろうか、細身だがガッシリとした体つきだ。
腰には装飾が施される立派な剣をさしている。
最後の一人は、そんな赤い目の男と並んでたつ、オレンジの髪をした少年だった。こちらも非常に容姿が整っており、無邪気な微笑みがかわいらしい。
こちらの少年は宝石が散りばめられた高そうなブレスレットを身に着けている。
この3人の容姿なら、前世ではきっと某アイドルグループに入ってキャーキャー騒がれていたでしょうね・・・。
うーん、ただの商人があそこまで高級な物を身に着けているかしら・・・?
私はふと、昨日聞いたエイブレムの言葉を思い出す。
エイブラムから聞いた怪しい商人3組は彼らの事ね・・・。
でもあれは・・・怪しいというよりも・・・。
彼らの姿をもう一度窓から確認すると、王都の紋章がローブの裾に小さく描かれているのを見つけた。
面倒なことになりそうね・・・。
私は深くため息をつくと、面会をお受けするようにアランから父に伝えてもらう。
とりあえず私は、今の3人を見なかったことにしようと、机に乱雑に散らばった書類を整え、仕事に戻った。
仕事に没頭していると、廊下からすごい勢いで走ってきているであろう・・・足音が響いた。
ドドドドド
ドアにカギをかけようと立ち上がった瞬間、そのドアが勢いよく開いて父が飛び込んでくる。
ちっ・・・遅かったか・・・。
「助けてくれ・・・あいつらただ者じゃない・・・・パパ一人じゃむりだよおおおおおおお」
泣きそうな顔で訴える父を見下ろしながら、まぁそうなるわよね・・・と一人ごちる。
彼らは商人ではないだろうし・・・。
ただ目的がわからないまま、敵陣へのりこむには不安ね。
「お父様、いったいなにがあったの?」
父は今にも泣き出しそうな顔で、ぼそぼそと話始めた。
何でも商人達は、自分達の会計書類を父に見せたようです。そして父は私が教えたいつもの書類とはまったく違う、見たこともない会計書類に混乱して、その書類をもったまま外にでようとしたと。それを赤い目の男に止められ、プラチナの髪の男が怖い笑顔を浮かべ詰問してきたとのこと。
そしてオレンジの男は、はじめはニコニコと笑って座っていたのだが、沈黙を守っていた父に苛立ちを感じたのか、突然豹変して脅しはじめたらしい。
父は厳格に事を進めようとしたが、それをまた彼らが邪魔をした。
うーん、父を追い込み私を誘い出す作戦のかな・・・。
面倒だが仕方がない。
私は書類を整理した後、ドレスへと着替える為にメイドを呼んだ。
「私はアドバイスをもらいに来ただけよ。かわいい娘をあんな怪しいやつらがいる危険な場所へ、行かせるつもりはない!」
父は先ほどの泣きそうな表情から、いつもの優しい表情に切り替え、私が彼らのもとに向かおうとしているところを止めようとする。
「大丈夫、彼らは・・・私の事を知っているはずよ」
父は私の言葉に大きく目を見開き立ち尽くすと、口を閉ざす。
私は暗い表情を浮かべる父の背中をポンっと叩くと、父の腕に寄り添い執務室を後にする。
応接室までたどり着くと、父は小さく息を吐いて顔を引き締め、扉を開ける。
「失礼いたします、わたくしもお邪魔してよろしいでしょうか?」
突然の私の登場にオレンジ髪の男が吠えた。
「大事な商談中に女なんて呼ぶんじゃね!」
私は毅然とした態度を崩さず、淑女の礼を取って彼らをそっと見据える。
胸を張った貴族らしい態度で、私は彼らが囲んでいるテーブルへと近づき、机に散乱している書類に目を通していく。
ここまで完璧な会計書類は初めて見たわ・・・でも矛盾点がいくつかあるわね。
これを読み解けるかどうか・・・試しているのかしら?
私は書類から目を離すと、3人の客人に視線を向ける。
プラチナの髪の男が小ばかにしたような笑みを浮かべ、私たちを眺めている。
「ぶしつけながら、この書類は矛盾点が多いですわ。ここと、ここと、そこも。何に支払われたお金なのでしょうか? 今、さらっと見ただけでも使途不明金がこんなに。このような書類を提出する方に、父の領土での取引を許すわけにはまいりませんわ。早々にお引き取りくださいな」
ニッコリと笑顔のまま言い切る私に、プラチナの髪の男が納得の笑みを浮かべると、私を見つめる。
端正な顔立ちの奥に何かを感じ取った私は、背筋がゾクッとした。
「すばらしい、昨今この領土の突然の発展ぶりはやはり・・あなたのお力なのですね?」
何も答えず、私はただにっこりと微笑みを返す。
父も表情を変えず、私と彼を交互に見つめていた。
彼のローブに見えた王宮の紋章から、彼らは王宮から何か目的があってここにやってきたのは明白だわ。
王宮にいる上得意様方は、父を通して私に気付いている者も少なくない。
ただ私が父に献上品を王族へ届けさせ続けることで、なんとか私の名前を表にでないようにしていただけの話。
プラチナの男は返事をしない私に、ただただニッコリと黒い微笑みを向けると、
「私たちと王都へ来ていただけませんか?」
突然の言葉に唖然とした。
王都に?なぜ・・・?
「ふふ、そんな分かりやすい変装で商人と偽りここへ入り込んだあなた方の言葉に、耳を貸す必要性を感じませんわ」
私はプラチナの男へ視線を絡ませ、人形のような作り笑顔で見つめ返す見つめ返す。
行きませんからね?
こちらは王都に用はないので。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだわ。
・・・・これ以上ここにいてもいいことはなさそうね。
「お父様、わたくし体調が悪いので、失礼いたしますわ。皆さまお話の邪魔をしてしまってごめんなさい」
淑女の礼をとると、私はそそくさと応接室を後にした。
もうかかわらないほうがいいわね。
でもあの書類の完成度は素晴らしいものだったわ、あんなものをただの王宮の関係者が作成できるとは到底思えない・・・ならば彼らはきっと・・・上位貴族・・王宮関係者。
部屋に戻った私はどうやら不安そうな顔をしていたようだ。部屋付きメイドが心配そうな顔をしている。
大丈夫よ、と一言メイドに告げると、私はいつもの顔を貼り付け仕事へと戻った。