プロローグ・大改革
以前投稿しておりました「辺境の地、転生令嬢は王都にはいきませんから!」の連載版となります。
宜しくお願いいたします。
「死ね!!!」
黒いピシッとしたスーツ姿の私は、暗いオフィスの中である書類を探していた。
突然聞こえた声にビクッと体を跳ねさせ、振り向こうとすると・・・突然、私の背中に鈍い痛みがはしった。
生暖かい液体が背中を伝っていくのを感じた。
私・・・刺されたの・・・?
床に血が滴り落ちていく。
遠のいていく意識の中、どうして・・・とつぶやいた。
次に目を覚ました時、私は幼児のようだった。
泣きわめくことしかできず、自由に手も足も動かせない、目も見えない。
もういったいなんなの!?
この現状を表す言葉を発したいのに・・・私の口からは泣き声しか出なかった。
ふとぼやけている視界に、美しいワインレッドの何かが目にうつった。
見えない目を凝らしてよくみてみると、軽いウェーブのかかった女性の姿が一瞬映った気がした。
母親だろうか・・・?
思考回路が定まらないまま、泣き疲れた私は夢の中へと落ちていった。
それが私が見た母の最期だった。
母は私を生んだ後、すぐに病気で亡くなった。
母が死んで落ち込む父の傍に、私は自由に動かない体で必死に寄り添った。
幼児時代を過ぎ、手足も自由に動かすことができるようになり、言葉も習得した私は、元気にスクスクと育っていった。
幼児の頃から鮮明に思い出される前世の記憶にある町の風景や暮らしを今の世界を比較すると、私が殺された世界とはまったく違う場所だという事を理解できた。
しかし私には前世の知恵や記憶はあるが・・・前世の自分の名前や、顔、家族構成、仕事、そして何をして、どうして刺されたのかは、いくら考えても思い出すことはできなかった。
ただ前世の知識は豊富で小中高、大学で学んだことはしっかりと思い出せる事が不思議だった。
結論を言うと私は、どうやら転生してしまったらしい。
私の今世生まれた町は山と川が広がり、王都から遠く離れた辺鄙な領土だった。
私の父はここの領主で、田舎の緩やかで有意義な時間を楽しんでいた。
商業や工業などは発展しておらず、農業が主な収入源だ。
貧富の差が少なく、貴族などの階級社会もあまり広がっていないこの辺鄙な街で、幼女にして私はある計画をたてた。
私は、文字を覚えるとすぐに書斎へと引きこもった。
世界情勢や、歴史、商業や、他国の事など私はこの世界に関するあらゆる情報を収集していく。
5歳のある日私は、領地改革の企画書を作成し父の部屋へと訪れた。
父にこの街を豊かにしたい、お金の流れを作り大都市へと変化させたいと提案した。
父は幼い私の発言に眉をよせたが、私の書いた企画書に目を通すと驚いたような複雑そうな表情を浮かべながらも、何も聞かずに私の計画に賛同してくれた。
5歳児の考えに何も言わず協力をしてくれた父に、今でも感謝の気持ちは忘れない。
だって幼児の私だけではこの計画を成し遂げることができなかったから・・・。
そこから父を表舞台へと立たせ、私は裏で指南役を買って出る。
まずは御触れをだし、町のルールを明確にしていくところから始めた。
突然の御触れに民衆の反感を買ったが……生活援助を推進し、父を通して民衆に負担の少ないルールをおり交ぜることでそういった不満の声を抑えていき、法治国家の基盤を形成していった。
計画を推し進めていくにあたり、私は執事を連れてこの町の山へと訪れた。
前世のように山を切り崩すことなく、自然な森がそこにはあった。
私は前世の本で見たことがある鉱山を採掘し、町にいる研磨職人へ助力を求め、天然の宝石を加工していく。
これは、金になるわ・・・。
職人たちを囲い込み、加工方法が漏れないように箝口令を敷く。
そして私はギルドを結成し、天然の宝石をリングやネックレスなどに加工し、貴族向けの商品として販売にのりだした。
子供ではギルドを結成するのは不可能だった為、父に信頼のおける貴族を紹介してもらい名前を使わせてもらう。
主に他国・他街へと販売ルートを開拓し、外からのお金を引っ張ってくる。
得た収入を、町から街へと変えていく為の資金として、確保していった。
そうして資金の調達が安定した頃、私は父に学校の設立を提案し、街民すべてに文字や算術を学ばせようとした。
こちらも最初は反感を買ったものの、豊かになっていく街の様子に民衆の不満の声は広がらず、費用はすべて領主がだすと言う条件を提示することで、皆を学ばせることに成功した。
さらに、優秀な人材を育てるため、私は孤児院へと赴き、孤児院を買収する。
孤児院の金を着服していたバカな貴族を郊外へと追い出し、孤児院の子供たちに豊富な食糧と私の知識を提供していく。
勉強に向いている者を何名かピックアップし、私の屋敷へと招集し優秀な人材へ育て上げる。
勉強に向かない者にもそれぞれの個性を生かし、剣術や執事やメイドに必要な作法、絵や、音楽など孤児院にいた子供たちへと身につけさせていった。
その中に一人アランと呼ばれているとても優秀な少年がいた。
優しそうな微笑みを浮かべ、ゴールドの髪を肩まで伸ばし、エメラルドの瞳が印象的な少年だった。
私は彼の知識の吸収量に目を見張り、ついつい他の孤児院の子供たちに教えていない前世の知識も与えていく。
他の子友達との交流をしていく中、特にその優秀な少年との交流が深くなっていった。
ある時私は彼に掛け合い、私の屋敷で私専属の執事として力を貸してくれないか、と持ち掛けた。
彼は謙遜しながらも、執事として働けることをとても喜んでくれていた。
私はすぐに父に掛け合い、彼を屋敷の執事として迎え入れ、教育することをお願いした。
慌ただしく過ぎていく月日の中、私に剣術の先生を付けてほしいと父に申し出た。
父は、女性に剣術は必要ないんだよ・・・と私へ諭すが、前世の最期、殺されてしまった記憶が鮮明に思い出される中で、どうしても自分の身は自分で守れるようになりたかった。
父に反対されながらも何度も何度も頼みこみ、やっと父が折れ、剣術を学ばせてくれるようになった。
戦いの記憶などない、平和に見える国で育った前世では、きっと剣など扱ったことがなかっただろう私は、怪我の連続だった。
先生は厳しく私を指導し、早くやめさせようと息巻いていたが、そんな指導についてくる私の剣術に対する姿勢を徐々に認めてくれるようになった。
剣を打ち合う事を渋っていた先生だが、ある時先生の息子だというアドルフが、私の屋敷へとやってきた。
笑顔がよく似合う、短髪の赤い髪で先生と同じ色の輝くオレンジを瞳に宿した少年が私の剣術の相手となった。
アドルフは最初の頃、女の私へ剣を向けることをひどく拒んでいたが、剣の相手を何度も何度も頼みこむ私の姿にようやく折れたのか、相手をしてくれるようになった。
もちろん最初は相手にもならず、傷だらけになったが、剣を重ねていくうちに彼とまともに打ち合えるようになっていった。
将来のことも考え、男の剣を見極め女性でも立ち向かえるように、自分なりに試行錯誤していく。
父はそんな私の姿を心配そうな目で見つめるが、止めることはしなかった。
剣ダコが固くなり令嬢の手とは思えない10歳になったある日、お父様が見慣れない少年を連れて帰宅した。
端正な顔立ちに、海のように深い青の髪を後ろでまとめ、底冷えするような黒い瞳をしていた。
どなたかしら?
「彼は今日からこの家に住むルーカスだ」
私は突然の言葉に眉を寄せる。
いったいどういうこと?
ルーカスと呼ばれた少年は無言のまま丁寧な礼をとり、私の瞳を見つめた。
「わかりましたわ、これからよろしくお願いします。」
私はニッコリと微笑みを浮かべたまま、彼の冷えた手を握りしめると、何も聞かずに部屋へと案内する。
彼は驚いた顔で私を見つめる中、私の握った手を優しく握り返すと、何も言わず私の導く方へとついてきた。
私は不安そうな彼に笑いかけ、私よりも少し背の低い彼の髪をなでた。
「月に照らされた、夜の海のようにきれいな髪ね」
私の言葉に彼は目を見開き、少し照れた表情をした後、ぁりがとぅ・・とボソッと呟いた。
彼を部屋に案内した後、私は父の書斎へ向かうと、彼について少し話を聞くことができた。
彼はどうやら私よりも二つ年上の12歳だそうだ。
少し引っ込み思案だが、慣れるとよく笑ういい子だ教えられた。
しかし彼はどういった経緯で私の家に引き取られることになったのかは、父は頑なに教えてくれなかった。
それからルーカスとの生活が始まった。
最初はぎこちなかった私たちだが、毎日毎日しつこいほど私が彼に話しかけることで最近ようやく笑顔を見せてくれるようになった。
彼は日ごろ無表情だが、初めてみた笑顔に胸がキュンとする。
なんて、可愛いの!!!!
そうして一緒に暮らしていく中で、ルーカスは私の家族の一員になっていった。
似ていない私たちが家族だと誰が見てもわかるように、私はルーカスをお兄様と呼ぶようになった。
お兄様は私の行っている事業に興味があるようで、一緒に過ごす時間が徐々に増えていく。
彼は頭がよく勉学、剣術、礼儀作法などをどんどん習得していった。
アドルフと私とで打ちあっていた剣術に、ルーカスを交え3人で学ぶようになっていった。
最初のころは私がルーカスに圧勝していたが、数年たつと彼に押されるようになってくる。
私の方が先に学んでいたはずの剣術は、あっという間に追いつかれ、とうとう彼に打ち負けるようになっていた。
初めて負けたとき、私は土に膝をつきながら、剣をゆっくりと収める彼の姿を鮮明に覚えている。
そうしてお兄様と過ごし3年の月日が流れた。
お兄様の力も借り、私の大都市への計画は順調に進み、街民全員が学問に習う事にも慣れてきた。
大変化を遂げる街は周辺、国へと噂となり、この町を変化させた真実を探る者が後を絶たなくなった。
そろそろ屋敷の警備強化を再検討する必要がありそうね・・・。
そんな事を考えていたある夜、皆が寝静まった屋敷でかすかな悲鳴が私の部屋の近くで響いた。
私はベットから飛び起き、聞き耳を立てる。
なにか・・・いや・・・誰かがこちらへ近づいてくるわ。
あの小さな悲鳴じゃ・・・私の部屋から離れている父やお兄様には聞き取れていないかもしれない・・・。
私は布団の中へと戻り、寝たふりをしたまま、ベットサイドに潜ませてある短剣を手にすると、侵入者をじっと待った。
月明かりが照らす部屋に、静かに誰かが入ってくる。
私は自然と寝返りをうったかのように扉を背に移動すると、薄く目を開き音に集中する。
足音を消し、ゆっくりゆっくりこちらに近づく気配に身構える中、布がこすれる音が聞こえた瞬間、月明かりに照らされた何か光る物が、私の頭上に現れた。
私は短剣を強く握り、素早く身を起こすと、剣先を構えた彼の首元へ添える。
震える手を押え、脅しではないと短刀を彼の首へと押し付けた。
彼の首から赤い血が流れ落ちると、動きの止まった。
そっと見上げるように視線を向けるが、侵入者は深くフードをかぶっているため顔を確認できない。
ふと彼の剣に目を向けると、血はついていなかった。
私はそんな彼のフードの傍で囁いた。
「ねぇ・・・私が倍の金額で雇うからその剣先を収めてくださらないかしら」
動きがとまった彼へと空いた手を伸ばし、ゆっくりとフードを持ち上げる。
フードの中には私と同じ年くらいだろうか・・・幼さが残るあどけない顔立ちの少年が、目を見開き驚いた表情を浮かべていた。
彼と視線が交差する中、私は彼を見据え笑顔を浮かべた。
そんな私の表情にさらに目を見張ると、彼はそっと握りしめていた剣をローブの中へと戻した。
月夜の照らす寝室で、私は彼に私のもとへこないかと再度提案してみる。
今雇ってもらっている2倍の金額を払うからこちら側についてくれないかと・・・。
彼は少し考える表情をした後、微笑し首を縦に振った。