第一章 側近VS執事・貴族街へ(戸籍の男編)
お兄様と別れ、エントランスへと向かっていると、隣を歩くガゼルが私へ見下ろすように視線を向けた。
「不服そうですね、女性にそんな態度をとられたのは初めてです」
私はそんなガゼルに張り付けた微笑みを返し、何も答えることなく彼から視線を外し前を向いた。
そんな私の態度に何が面白いのか、ガゼルは口もとに手を当て、面白い物を見るような目つきのまま、私の隣を並んで歩いているのが、横目にチラッと映った。
アランはそんなガゼルの存在を無視するかのうように、ただただ私の後ろを静かに歩いていた。
エントランスを潜りぬけるとアランはいつものようにエスコートをするため、私へと優しく手を差し伸べる。
私がアランの手に重ねようと手を差しのべた瞬間、割って入るようにガゼルが私の手を取った。
突然のガゼルの行動に目を丸くしていると、ガゼルと視線が絡み合う。
アランは突然目の前に現れたガゼルを見据えるような視線を向けると、静かに出していた手を戻していった。
ガゼルは微笑みを浮かべたまま、そんなアランには見向きもせずに、馬車へと私の手を引き誘導していく。
私は彼の手を振り払おうと力を入れるが、ガゼルは私のそんな行動を許さないよと言わんばかりに握っている手に力を込めた。
そんな彼の様子に私は眉を寄せるが、彼は気にする様子もなく私を見据えているのだった。
外へでると朝日が上り、辺り一面を眩しく照らしていた。
お兄様の足止めで結構な時間を費やしていたみたいね、太陽が昇り切る前に出発するはずだったのに・・・。
私は深いため息をつきガゼルのエスコートのもと馬車へと乗り込むと、続いてガゼルも乗り込んできた。
はぁ・・本当に連れていかないといけないのね・・・。
カゼルは私の正面へと優雅に腰かけ、前傾姿勢でじっと私を見据えてくる。
・・・なんか、顔が近いわね。
私は狭い馬車の中、彼から離れようと座席に深く腰掛け、仰け反るように背中をピンッと伸ばし、少しでも距離をとろうと足掻いていた。
そんな中、馬車はゆっくりと動き始めた。
馬車が動き出ししばらくすると、そんな私の様子に何を思ったのか、突拍子もなくガゼルは私の手をそっと包み込み、悩まし気な表情を浮かべていた。
またも突然の彼のわけのわからない行動と様子に私は彼を訝しげに見つめる。
次は何が始まるのかしら・・・?
彼はエメラルドの瞳を私へと向け、何かを懇願するような表情を浮かべた。
「最初にお会いした時、失礼な態度をとってしまいすみませんでした。あなたがあまりにも美しく聡明で・・・そう、まさに理想の女性に出会え喜びに、あなたを私のものにしたいと強く願ったばっかりに・・・あなた自身の事を考える余裕もなく、すぐにでも王都へ連れていきたいと思ってしまったんだ・・・」
彼は私から目を逸らし切なそうな表情浮かべる。
「先ほども執事と言えど、貴方が他の男に触れるのを見たくなかった。」
彼の演技っぽい表情と歯の浮くようなセリフに私は背筋が寒くなるのを感じた。
「私は公爵家に生まれ、多くの婚約の申し込みがあるが、もう君以外考えられない。」
彼は公爵家のおぼっちゃんなのね・・・はぁ、面倒ね・・・。
「愛しい君にこれを、君にとっても似合うと思うんだ」
私は彼の台詞に耳を傾けていると、次第に顔が強張っていくのを感じた。
そんな不自然な表情をし、気持ちのまったくこもっていない言葉を口にして・・・
この人はいったい何がしたいのかしら?
ふと手首に何か固い物が当たる、私は視線をゆっくりと手元へ向けると・・・
そこには宝石をたくさんあしらた誰が見ても高価な品だとわかる金のブレスレットがつけられていた。
私はそんなブレスレットを冷めた目で見つめると、
「気持ちのこもっていないプレゼントほど嬉しくないものはありませんわ」
私は握られていた手を振り払うように除けると、着けられたブレスレットを丁寧に外し彼へと突き返す。
そんな私の態度に彼は怒る様子もなく、ただ目を大きく見開き、驚いた様子で私を見ていると・・・
突然彼は肩を揺らし笑い始めた。
「はっは、さすが、ルーカスの妹だね、肝が据わっていると言うか何とか言うか」
バカにしているのかしら?
私は彼の様子に淡泊な眼差しを向けた。
「ごめんね、君も普通の令嬢みたいに、私に頬を染め、言いなりになってもらいたかったんだけど・・・残念」
彼は先ほどとは違い、皮肉な笑みを浮かべ私を見つめる。
「女性は、地位を見せ、運命的な出会いを演出し、少し強引な行動や甘い言葉を見せた後、最後に高価なプレゼントをすると、始めは私にいい印象がない女性でも大概は私の虜になったんだけどね。」
そんな事を話す彼の言葉を聞き流し、彼へと視線を向けると先ほどとは違う自然な表情を浮かべていた。
「そっちの方がいいわね」
私はそれだけ言うとキョトンとした表情を浮かべた彼から視線を反らし、馬車から見える移り変わる風景を眺めていた。
「ふふっ、やっぱりあなたは面白い人だ。君のその余裕のある表情を私の手で歪ませてみたいな・・・」
とボソッと呟いた声は進むスピードが速くなった馬車の窓から吹き込む、風の音にかきけされた。