プロローグ・屋敷にて
項垂れている男の目に黒い布を巻き、手首を縛っていたロープを体全体に巻き付け身動きが取れない状態にした後、どこへ連れていかれるのかを分からないように馬車へと運び、私たちは家路へ急いだ。
屋敷へ着くと、アランに男を地下牢に連れていくよう指示を出し、私は裏口の扉へと向かった。
「・・・後でお話しがございますのでお部屋に伺いますね」
背筋がゾッとするような声色でそう言ったアランは、男を引きずるように消えていった。
あれは相当怒ってるわね・・・、私が悪いし、甘んじて受け入れないと・・・。
裏口のドアノブをゆっくりと握り音を立てないようにそっとノブを下す。
疲れたわ・・・、アランが来る前に着替えを済ませないと。
裏口を通り抜けると、足元に人影が伸びていた。
あら、アランがもう戻ってきたのかしら?
私は人影を確認するように面を上げると・・・
「おかえり」
綺麗なブラウンの瞳が視界に入った。
まさか・・・うそでしょ・・・。
そこにはお兄様が腕を組み、私の前に立ちはだかる。
お兄様は微笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
その表情のまま私の姿を上から下まで眺めると
「こんな時間に・・・そんな姿でどこに行っていたのかな・・・?」
ブラウンの瞳で私を見据えると、お兄様はさらに微笑みを深めていく。
私はそんなお兄様の様子に血の気が引いていく。
まずい、これは・・・
私は後退るようにお兄様から距離を取ると、背中に裏口の扉があたった。
お兄様は私へと一歩一歩近づいてくると、そっと手を伸ばし裏口のドアノブにかかる私の手を掴んだ。
「えっと・・・あの・・・ごっごめんなさい」
私は口ごもりながらそれだけ伝えると、お兄様は羽織っていたカーディガンで私の肩を包み込んだ。
お兄様は優しく私の手を取ると、居室へ続く廊下を進みだした。
私は俯き、手をひかれるままに後をついていった。
居室に着くと、お兄様はソファーへ腰かけ、私を隣へと座らせた。
「それで、どこにいってんだい?部屋にいってもいないから心配したんだよ」
「あの・・・えっと・・・その・・・」
どもる私に、肩におかれたお兄様の手に力が入る。
「・・・さっ・・・酒場に・・・」
お兄様は怪訝そうな顔で私を見下ろす。
「どうして、そんなところへ?」
「・・・今、街で起きている事件について調べるために・・・」
お兄様の怒りのオーラに私の声はだんだん小さくなっていった。
お兄様は私の様子に深いため息をつと、
「いつも言っているだろう?危険なことはするなと・・・」
「ひっ、一人だと危ないと思って・・・ちゃんとアランを連れて行ったわ!」
お兄様は私の言葉に顔を曇らせた後、私を強く抱きしめた。
「かわいい妹が無事で本当によかった・・・もう危険なことはしないでくれ」
私はただただ黙ったままお兄様の胸に顔を埋めた。
トントン
静かになった部屋にノックの音が響く。
お兄様は私を抱きしめていた手を離すと、扉へと歩いていった。
扉を開けるとタキシード姿のアランがそこに立っていた。
私が部屋に戻ってこないから、明かりのついたこの部屋にやってきたのかしら。
お兄様はアランと扉の前でコソコソと何かをはなしている。
私はソファーに腰かけ二人の姿をただただ眺めていた。
扉がゆっくりと閉まり、アランの姿が消えお兄様が私の元へと戻ってくる。
「アランから話は聞いたよ、無茶な事をしたみたいだね・・・」
私は冷や汗を流しながら俯き加減でお兄様の言葉に耳をかたむける。
あぁ、せっかく怒りが和らいだのに・・・
「酒場で男にどんな風に触られたの・・・?」
私は驚き顔を上げ、お兄様を見つめる。
お兄様は髪をかき上げ、ブラウンの瞳を揺らし私の姿を眺めていた。
「触られてはいないわ、少し近づいただけで・・・」
お兄様はほっとしたようにまた私を優しく抱きしめる。
「危ない事を君がする必要はないんだ、君は領主の娘で、付き従う者も大勢いるだろう?」
「・・・でも、気持ち悪いおっさんの相手を・・・他の者にさせられないわ・・・」
お兄様は背中に回していた手を離し、私を覗き込むように視線を交わせる。
「君ならいいって言うのかい?・・・かわいい妹が他の男に触られているの許せるはずがない」
お兄様は低く鋭い声でそう囁くと、私をソファーへと押し倒した。
咄嗟の行動についていけない私はソファーへ倒れ込むと、お兄様が私の体に股がり、私を抑えつける。
日ごろ穏やかなお兄様の突然の変貌に、私の体は小さく震えていた。
お兄様の手がスリットからのぞかせる脚へとかかると、ビクッと体が反応した。
「ごっ、ごめんなさい・・・危ないことはしないように努力するから!!」
私は恐怖で涙を目にいっぱいため、私の上にいるお兄様に懇願する。
お兄様の手が止まり、押さえつける力も緩くなるのがわかった。
涙でぼやけた視界にお兄様の暗い瞳が揺れたのを感じた。
「あの・・・お兄様?」
お兄様は一度深く目を瞑ると、いつものお兄様に戻っていた。
私から体を離し、優しく起き上がらせてくれると、目から溢れた水をすくいとると、ごめんねと私の髪を優しく撫でる。
「もう危ないことはしないでね・・・」
そうお兄様は言い残し、私をソファーへ残したまま居室を後にした。
怖かった・・・あんなお兄様初めてみたわ・・・。
誰もいなくなった部屋で私は、激しく波打つ心臓に手をあて、深い深呼吸し気持ちを落ち着かせる。
私も部屋に戻りましょう、肩にかかっていたカーディガンを握りしめ、ソファーから立ち上がりお兄様が出て行った扉を開けた。
自室の前にはアランが立っていた。
私の様子に深いため息をつくと、今日はゆっくりお休みくださいと私を部屋の中へと促す。
コクッと首を縦に振ると、おやすみなさいと笑顔を浮かべアランは去っていった。