9 王に呼び出されました
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「変な噂が立つと困るのではっきりと言いますよ。僕と陛下にそんな関係は一切ありません。だいたい、御伽衆と陛下の生活スペースって隣り合ってるわけでもないから、毎日のように会うわけでもないですし」
「じゃあ、王の部屋に夜に呼ばれたとかってこともないの?」
この人たち、けっこう危なっかしいこと聞いてくるな。コイバナにはどこの世界の女子も興味持つんだな……。
「ないですよ。本当にないです」
「そ、そうなのか。お前が御伽衆に選ばれた日から、これは陛下が顔で選んだに違いないと、我々近衛兵の中ではずっと噂になっていたのだが……」
ミストラさんが言った。
「うん、ついに愛人ができたってみんなできゃーきゃー言ってたわ」
ほかの人も言う。こんなにコイバナで盛り上がる近衛兵って、いざという時、大丈夫なのかな……。
「この王城に来てから、僕はひたすら勉強をしてますよ。皆さんが考えている以上に地味な生活です。御伽衆であるという以上の公的な身分は何もないわけですし、せめて賢くならないとシャレになりませんよ」
仮にクリスタリアに顔で選ばれたとしても、もっとタイプの人間でも見つけられたら、追い出されたりするかもしれない。
追い出されるだけならいいけど殺される可能性とか、全然あるしな。多少なりとも、城の内部情報を知ってるわけだし。それこそ、北境都護府に仕えることを危険視されてもおかしくない。
そうならないためにも、僕は自分の存在意義を高めないといけないのだ。
そして、もし側近になれたのなら、王に降りかかる危機を救ってやりたいと思う。
「どうやら本当みたいね。あなたが恋人になれば陛下の性格も変わったりするかなと思ったんだけどな~」
「おい、サンアンナ! 口がすぎるぞ!」
今回のミストラさんの注意は妥当なものだ。
「でも、陛下は少し真面目にもほどがあるわ。お父上がすごく偉大な君主だったせいで、それに追いつこうと必死になってらっしゃる」
そのあたりの歴史もすでに学習済みだった。
反抗的な有力領主などを討伐して、最も安定した平和な時代を築いたのがクリスタリア王の父親なのだ。
彼女が生まれたのは父親の最晩年だったらしい。なので彼女自身は親の顔は知らない。母親も幼い頃に亡くなったので、家族はいないに等しい。王族の兄弟姉妹なんて赤の他人より殺し合ったりいがみ合ったりする危険が高いから、兄とかとは微妙な距離感だっただろうし。
親がいなかったからこそ、余計に親が偉大だったという言葉ばかりを聞いて育ったはずだ。そりゃ、その治世を目指そうとするのも無理はないか。
「治安を守るためとはいえ、まだ子供だった泥棒も処刑したことがあるし、もう少し甘くはできないものかしら……」
「サンアンナ、そういう者を取り締まるのも我々の役目みたいなものだ。それをそんなふうに言う奴があるか!」
「うん、陛下が間違ったことをしてるわけじゃないのはわかってる。でも、あんまりピリピリした空気を作っちゃうとよくないんじゃないかなって……」
やっぱり真面目すぎる君主は問題だな。
それから先も、近衛兵の話だからこそ、かなり真に迫ったことが聞けた。
クリスタリアは間違いなく有能な君主だけれど、容赦とか大目に見るいう発想がないらしい。
規定より連絡が半日でも遅れた役人はそれだけで追放する。
罪が確定的な犯罪者には、情状酌量の余地は認めない。
王都でゴミをポイ捨てした冒険者を引っ立てて、ムチ打ちにしたこともあるという。
どこかでガス抜きができるようにしないと、本当に暗殺されてしまうかもな。
僕は少しばかり暗い顔をしていたと思うけど、ほとんどの近衛兵には気づかれなかったようだ。
逆に言えば、気づいてた人もいたってことだ。
解散となった時、ミストラさんに「ちょっといいか」と声をかけられて、別室に連れていかれた。近衛兵団長に逆らうことなんて僕の立場でできるわけないしね。
「言いたいことは二点だ。まず一つ目。私がこういったことを言うのもおかしな話だが、陛下には気をつけろ」
たしかに近衛兵団長の言葉じゃなかった。
「王は実に移りげな性格だ。お気に入りの側近でも、ちょっと気に入らないことがあるとすぐにお心変わりされることがある。近衛兵の中でも神殿に仕える尼にされた女もいる」
「権力者というのはそういうものですからね」
「なお、かつては近衛兵の中には男もいたが、近衛兵の女と警護時間中に逢瀬をしていたのがばれて、二人とも殺されたこともある。それ以後、男の近衛兵は置かれてないな」
「そ、それは……同情はするけど、ある程度自業自得かな……」
警護時間中ってことは、王を守る職務中にそういうことしてるわけだからね……。それは許されないだろう……。
「もう一つは……陛下の孤独を癒してあげてほしい」
ミストラさんがまるで姉が妹を気づかうような顔をしていると思った。
「みんなが考えている以上に陛下は寂しい思いをなされている。お前はこれも権力者の常と言うかもしれないが、あの方は親がいないまま生きていくしかなかった。多分、愛を知らないからこそ、やることが過剰になるきらいがある」
「それを止めるならミストラさんがいいのではないですか? 僕なんて異世界から来たばかりの他人も他人ですし」
「私は家族の愛を受けて育ったからな。今の地位に私がいるのも、ほかの貴族が後継者争いの内部対立で没落したりしたなかで、そういったことを起こさずに勢力を保てているからというのが大きい」
持たざる者の気持ちを知ることができるのは持たざる者だけだ、そう王が考えるかもしれないってことか。
そして、好むと好まざるにかかわらず、僕は持たざる者だ。
「わかりました。僕も殺されない程度に陛下にしっかり接してみます。ただ、それができるのは陛下に気に入られた場合だけですけどね」
御伽衆というのは陛下に呼ばれなければ、じっとしてるだけの存在だからな。
でも、その機会は思ったよりも早く訪れた。
その日の夜、ミストラさんが僕の部屋にやってきた。
「陛下がお前をお呼びだ。私が案内する」