8 勝ち負けは決めない
「ありがとう、なかなか面白かったわ。これは社交辞令ではなく、本音よ」
「お褒めにあずかり、光栄です」
僕はきちんと頭を下げた。
「あなたの意見は実用価値があるわ。まさか、これだけのことを言ってくれるとは思わなかった」
「あの……あくまでも僕は意見でしかないので、実行するかどうかは慎重に決めてくださいね……」
もし、これで誰も宴会をする王の下にやってこなかったら、これは総督の勝ちだなと思われる危険もある。一切のリスクがないわけじゃない。
あくまでも多分、王のほうが優勢だろうという前提で、その読みが正しいということを世間に知らしめるためのイベントなのだ。形勢が不利な時に一発逆転をやる策ではない。
「それぐらいわきまえているわ。愚か者ならきっと神も私を王には選ばなかったでしょ」
くじ引きの結果は神意ということだな。
神様が選んだことだから、恨みっこなしと考えろということだ。ある意味、合理的と言えるんじゃないだろうか。
ノーチさんも自分の立場が弱いということはわかっているようで、青い顔になっていた。ここで腹を立てて、顔を赤くさせると王に対して怒ってるように見えかねないから、こういう顔しかできないだろう。
「さてと、対決をさせはしたけど、ここで勝敗をつけると、どちらかに必ず恥をかかせることになるわよね。それにどっちか片方だけを取らないといけない提案でもなかった。そこで勝ち負けは決めないということでどうかしら?」
「さすがです、陛下!」とミストラさんが第一声を発した。その声にほかの重臣も続く。
さすがではあるけど、はっきり言って、これ、すべては王が仕組んだことなんだよなあ……。
王はやっぱり策士だな。少なくともこういう知恵はまわる。
あと、勝ち負けを決めないと言ってるけど、この場にいる人間はどっちが勝ったかはっきり理解してるだろう。結局、ノーチさんへのダメージは発生している。
今後、気をつけたほうがいいな……。いきなり刺し殺されたりしたら、しゃれにならない。魔法はかなり使えるみたいだけど、詠唱がいるから背後から刺されたりしたら無力なのだ。
今後の不安を感じつつ、僕は自室に戻――れなかった。
ミストラさんやほかの重臣に連れ出されたのだ。
案内された部屋には切った果物などが置かれていた。
「どうやら祝われているらしいってことでいいですかね?」
「ああ、そうだ。見事にノーチをやっつけたからな!」
ミストラさんは裏表がない性格なので助かる。
ぶっちゃけ、クリスタリアがミストラさんを側近として使っているのは、その面もあるんだろうな。何を考えてるかわからない側近は困るだろうし。
「そうよ、そうよ!」とほかの人もいい声をあげた。どうもちょっと酔っぱらっているみたいだ。
ちなみにその部屋は若い女子ばかりだった。別に重臣全部が女子というわけではないが、この人たちは重臣の中でも王のそばに仕える奉公衆に近い立場だから、同性でかつ若い人たちのほう合っているんだろう。
これも日本でもそうだったと思う。将軍と性的な関係にあった奉公衆(この場合、両方男だけど)はかなりいたはずだ。将軍との人格的な関係というのは、つまり肉体的な関係でもある。
クリスタリアの場合は、以前に聞いた発言からすると、そういうのは無縁っぽいけど。
「ノーチというのは、口先だけ上手くて、前の王の下でかわいがられていただけの男だ。あっ、ちなみにかわいがるというのは……その、性的な意味も含む……」
「えっ、あの人がですか……? 前の王の趣味ってどうなんですかね……」
前の王ってことは男だよな。男を好きになったことはないから、よくわからない世界だ。
「ああ、若い頃のノーチを描いた絵があるはずだ。ちょっと取ってくる」
そう言って、ミストラさんが持ってきたのは、背の高い二枚目の男エルフの肖像だった。
絵に関しては山水画風なんてことはなくて、ヨーロッパの肖像画といった描き方だ。写真の代わりになりそうなタイプの絵。
「えー! これ、詐欺ですよ。別人もはなはだしいでしょ!」
ラスボスの変身前、ラスボスの変身後といった違いを感じる。最初は貴公子タイプだけど、実は醜悪な化け物でしたっていうケース。
「でしょ。あいつ、すぐ昔語りして、昔はかっこよかったって言うのよ。昔がよくたって今がダメだったら無意味よ。無茶苦茶負けず嫌いだし」
ほかの近衛兵の女子エルフが言った。うん、負けず嫌いなところは僕も経験してるからわかる。
そこにいろんな果物が運ばれてくる。なかなか歓待してもらえてるようで悪い気はしない。男は僕だけだから絵的にはハーレムに近い。
日本でもこういうシチュエーションだったらよかったんだけどな……。むしろ所属もしてない男子の運動部の打ち上げに呼ばれたりしたことがあって、割とトラウマに近い……。
「なあ、ところで……カグラ、ちょっと聞きたいのだが……」
ミストラさんが声をかけてきたが、その目はあさってのほうを向いている。言いづらいことというのが明らかだ。
「はい、なんですか?」
「お前は、その……陛下とはどうなんだ……?」
「どうと言われても、少なくともケンカはしてないです」
ケンカになったら多分殺されるので困る。まだ有力な領主とかなら、政治的に殺せないということもありそうだけど、そういう価値も僕にはないからね……。
「いや、だから、そういう意味ではなくてだな……」
「まだるっこしいからわたしが言うね」
ほかの女子が言葉を接いだ。
「つまり、ミストラはね、君が陛下の愛人、はじめての人になったかって聞いてるのよ」
「ああ、なるほど――――ええええええええっ!」
「声が大きいぞっ!」
負けず劣らずの大きな声でミストラさんに注意された。
とはいえ、僕が驚くのも無理はないよね……。