3 この歴史、知ってるぞ
ミストラさんは卒倒しそうなほど青い顔をしていた。
「落ち着いてくださいませ! こんな正体不明の男の子種だとか、口にするだけでもはばかられます!」
「それこそ狙いよ」
まるで、ミストラさんをおちょくるのが目的みたいに王様は笑っている。
「この男には現状、何の色もついてない。親しい友すらいない。権力は私からまったく逃げないわ。そして私の直系が王家を継承できる。まあ、エルフじゃないからなかなか妊娠しないかもしれないけど、どっちみち、この男が王城にいて、愛人とでも噂されるだけで、いろんな貴族や王族への牽制にはなるわ」
女子中学生ぐらいの見た目の子が、子種とか妊娠とか言うのどうなんだろう。けど、日本の戦国時代でも、十代前半で余裕で子供産んでたりする事例あるし、別にいいんだろうか。
それにこの場合、侵害されてるのはこの王様の人権じゃなくて、確実に僕の人権だしね……。絶対、人権とかいう概念がない世界だけど。
文句言うべきかもしれないが、王の御伽衆という立場が奴隷商人に売られるよりマシなのはわかるので、言いづらい。
「子供の話は飛躍してるにしても、この男は人畜無害なんだし、御伽衆に加えるぐらいはいいと思わない? エルフ聖教にも慈悲は分け与えよと書いてあるわ。これでも私はサンケ派の教主だったのよ。あまり教えに背くことはしたくないわ」
「そうでございますね」
さらっと言ったけど、教主って言ってたな。宗教のトップにいたのか。
とはいえ、そこまで不思議がることはないな。日本でも、天皇家や将軍家、摂関家などの庶子が出家させられて有力寺院に入れられて、そこのトップになるということはよくあった。
宗教界だって結局は権力を持った組織だから、そこの頂点には無一物の托鉢僧ではなく、世俗権力のトップの子供がつく。
ただ、普通は教主が王になるということはないので――
「あの、申し訳ありません。もしかして、前代の王やその後継者の方がお隠れになられて、急遽、あなたがその地位を継承することになったりしませんでしたか? でなければ教主という地位から世俗権力の頂点である王になるというルートはないのかなと」
ぴくりと王の眉毛が動いた。
「よくわかったわね。まったく、そのとおり。甥に当たる王はお酒の飲みすぎで死ぬし、その代行を前代の王だった私の兄がやってたけど、その兄も跡継ぎを決める前に急死して、それは大変だったわ。だからって妹と弟からくじ引きで決めるなんて前代未聞だったけれど」
「くじ引き!?」
「あなたも大きな声を出したくなるほどの異常事態だったということのようね。世間では『くじ引き姫』って呼ばれてるらしいわ。あっ、その呼び方で呼んだら、殺すからね」
本人も不本意なのか、王は頬をわずかにふくらませた。
「だいたい姫って呼ぶのが失礼だから二重に失礼なのよ。私はもう正式に王位を継承してるんだから! 姫ではなくて王なの! 女官は親しみを込めて姫と呼んでくるけど、それとは意味が違うでしょ!」
でも、僕が驚いたのは、くじ引きだからじゃない。
そんな継承の仕方をした将軍を知っているのだ。
室町幕府六代将軍、足利義教。
もともと天台座主という天台宗のトップにいた高僧だったけど、政権を握っていた兄の急死により、くじ引きで将軍に就任。
将軍権力の回復をはかるべく、いろんな施策を取って、それらは一定以上成功したけど、一方でかなり猜疑心の強い性格で、恐怖政治を行った。
最後はうとまれていると感じた有力大名から宴席に招かれ、そこで暗殺される。
もちろん、足利義教が女だったわけないし、というか、エルフなわけないし、いろいろと違うけど、似ているところは似ている。
だとすると、このクリスタリアって王も最後は暗殺されるのか?
いや、考えすぎかな……。ただの偶然かもしれないし、この王の治世がどういうものか僕は何も知らない。決断を下すのはまだ早計だ。
ただ、もし、この子がそういう運命をなぞってるとしたら――
歴史を知ってる僕はそれを回避できるかもしれない。
初対面で言いたいこと言ってくる女の子だけど、だからって殺されていいってことにはならないだろ。
その相手を助けられるかもしれないなら、多分僕は言葉が通じなくても、ゴブリンでも助けると思う。
あと、これはおまけみたいな理由だけど、将軍が暗殺されなかった先の未来がどうなっていたか見たかったというのもある。足利義教がもっと生きていれば、その子供の義政の時代に起きた応仁の乱も発生しなかったかもしれない。
そしたら戦国時代も起こらなかったかも。その先の時代はまったく別物になる。
「王、どうか僕を御伽衆に加えていただけませんか?」
僕は自分から頭を下げた。
「あら、いい心がけね」
彼女の自尊心もこれで満たされただろうか。
「じゃあ、採用してあげるわ。しっかり、働きなさい」
「はい、ありがとうございます」
王の言葉は絶対だ。契約書も何もいらないだろう。
「私は気が進みませんが、例外的なことということで理解いたします……」
ミストラさんも折れたらしい。
「それと、王城で働くことになったあなたに一つ、アドバイスをしておくわ」
つん、と僕の鼻の頭を王は指でつついた。
これはMの男からしたらご褒美なんだろうな。この子の場合、本物の女王様なんだけど。
「私に逆らわないことを第一に考えなさい。そうすれば、身寄りも何もなくてもあなたの幸せを保証してあげる。逆に言えば、あなたを幸せにできるのはこの世界で王である私だけなの」
偉そうに王は言い放ったけど、今度はとくにむっとすることはなかった。
多分、この子が本当に偉いから、嫌味に聞こえないんだろう。
それに王だろうと奴隷商人だろうと、僕は主人に従わないことには何もはじまらないのだ。すべてはまずそこからだ。
「忠告、心に留めておきます。ところでお願いがあるんですが、いいですか?」
「いったい、何?」
「僕はこの世界の文化も歴史も知りません。そういったものを学ぶ機会を与えてください」
「あら、勉強熱心なのね。そういえば、雰囲気も粗野な庶民というわけではないし、異世界の貴族階級なのかしら」
いえ、ただの庶民です。でも、いちいち言わなくてもいいか。
「最高の教師をあててあげるわ。あ、そうそう、肝心なことを忘れてたわ」
王があらためて僕の目をのぞきこんだ。
「あなた、名前はなんていうの?」
「春日神楽です。春日が姓で、神楽が名ですね」
「それじゃ、カグラと呼ぶことにするわ。ちなみにどういう意味なのかしら?」
「元は神を楽しませるために奏でる音曲の意味かと」
「なかなか雅な名前ね。ほんとに貴族の出なんじゃないかしら」
名前で得した気がする。日本で暮らしてた頃は、聞いた瞬間、男ってわかる名前のほうがよかったのにと思ってたけど。
こうして、僕は御伽衆として若いエルフの王に仕えることになりました。
余裕があれば今日中にもう一話アップしたいです。