21 王の軍の先触れ
出発前、僕はマンソール家の場所と状況について確認した。
これは室町時代の大内氏の内乱に近いものだ。
大内氏は、一度三代将軍、足利義満の時代に鎮圧されて、勢力を落としたけど、そのあと中国地方からの九州の目付け役として重要視された。
この時代の感覚に慣れてないとわかりづらいんだけど、一回将軍に刃向かってボコボコにされた大名がだいたいそのまま存続している。
強くなりすぎた勢力を殺ぐことはするけど、消滅させるとそれはそれで大きな穴が空いてしまって、困るということだろうか。江戸時代だったら将軍に対して兵を興した大名なんて徹底してぶっ殺されるだろうけど、そのあたりの価値観が違う。
室町時代の将軍は同輩中の盟主ぐらいのポジションなのだ。
大内氏も九州の大名を監視するために利用されていた。九州探題という幕府の九州の司令官みたいなのが、もう機能していなかったので、それの代用だ。
この大内氏は、たしか六代将軍の時代に家督争いが発生していた。細かな年代までは覚えてないけど、たしかそうだったはず。
マンソール家も王都から離れた土地の管理と監視を担っていたらしい。これが北境都護府側についたりすると、極めて危険なことになる。
そして出発の日。
僕はミストラさんと同行することになった。クリスタリアの取り計らいだろう。同じ馬車に二人で乗り込んでいる。僕がまだ馬に乗れないせいというのもあるけど。
「マンソール家は現状、兄派と弟派で大きく二つに別れているらしい。各地で小競り合いが起きている。本当にとんでもないことになった!」
ミストラさんが悔しそうに言う。
「本当によくないことになりましたね。兄のほうが権力を掌握すると、最悪の場合、総督側が一気に軍事行動を起こしてくる可能性もあります」
「マンソール家の兄のほうであるラクラス・マンソールは何度も『くじ引き姫』として陛下を罵っていたと聞く。そんなものを家督につけるわけにはいかない」
馬車の揺れ方はひどい。道があまりよくないんだろう。酔いそうだけど、酔っている場合じゃなかった。
「陛下は、いついらっしゃるのですか?」
「我々より一日ほど遅れて出発される。戦場に出ることまではお止めしたのだが、王の威厳を見せるためにもぜひ出たいとおっしゃっていた」
「僕は親征するとは聞きましたが、そこまでですか」
言うまでもなく、前線に出るのは危険だ。ただでさえこの世界には魔法という飛び道具がある。
「陛下はきっとこう考えておられる。自分が女で武力もないから侮られることになるのだと。ならば力を見せつければ、それも変わるだろうと」
「大きく間違ってはいないと思います。ですが、リスクと天秤にかけてまで、それをやる価値があるかといえば……」
ミストラさんがうなずく。
「私もそう思う。とにかく陛下にもしものことがある前に決着をつけたいものだ」
僕たちは三日後、マンソール家の領地に入った。
弟のサンヒス・マンソールのところに合流したいのだけど、かなり内陸部なので、交戦中のところを抜けていかねばならず、まだそこにはたどりつけない。
弟派の武将のところにひとまず合流した。彼が言うには弟側が現状では劣勢らしい。
「しかし、陛下がサンヒス様を応援してくださるなら、必ず形勢は逆転いたしましょう! これで敵は陛下に刃向かう賊軍ですから!」
弟派の武将はそう自信を持って言った。そうなるつもりで来ているけど、逆に言えばもしこれでクリスタリアが負けて引き返すなんてことになれば、王の権威は失墜する。それなりに危険な戦いだ。
かといって、この争いに加勢しないなどということはできない。選択の余地は最初からなかった。
「陛下が弟の本拠に入れば、弟の印象は確実によくなる。近衛兵の私が先に入ったのは敵軍の露払いをするためだ」
「そして、僕はその手助けをすればいいということですね?」
おそらくクリスタリアはミストラさんを守る役目を僕に任せたんだろう。
「敵の魔導士に対抗するにはこちらも魔導士がいるからな。その役目がお前だ」
「わかりました」
そして翌日、王家の旗を立てて、ミストラさんが軍を動かすことになった。
王家がはっきりと弟のサンヒスを認めたといういい証明になる。とくに初戦で勝てばなおさらだ。
現在、各地で両派の争いが行われている。そう、時間をおかずに敵の部隊と接触した。
「よいか、我こそは近衛兵団長のミストラ・カルディアナである! 陛下を軽んじる者はこの剣ですべて斬り殺す!」
ミストラさんは馬を敵兵に向けて突っ込んでいく。
そういえば実戦でのミストラさんの戦いを見るのはこれがはじめてか。
実にまっすぐな太刀筋で迷いなく、敵を斬っていく。
すぐに立ち向かった敵から血しぶきがあがっていった。
純粋なミストラさんの性格が現れているような剣だ。
「さすが近衛兵団長!」「私たちもいくよ!」
ほかの近衛兵団もそれで気炎をあげて、敵に駆け込む。
王都にいる軍隊の多くは各地の領主が連れてきているものだ。今回も途中の県から領主たちが参加して数は増えているが、本気で戦おうという意志のある者は知れている。
だから、近衛兵団がまず実力を示さないといけない。
女だらけの近衛兵団が確実に敵を打ち破っていく。
この調子なら問題ないかと思った時――
魔導士と思われる連中が付近の高台の崖に立った。
あそこから火の玉をぶつける気か!
水の精霊の詠唱をすぐに行う。
敵がミストラさんに向けて火の玉を放とうとする!
そこに僕の水の塊が直撃して、魔導士二人が転倒した。
もう連中が倒れた時には次の詠唱をはじめていた。
風よ、あいつらを切り裂け!
かまいたちが魔導士二人を襲って、ずたずたに斬り刻んだ。
絶命しただろう二人が崖から落下して、トマトみたいになった。
「悪いな。遮蔽物のないところからの攻撃ってことは僕もよく見えるんだよ」




