2 御伽衆になるそうです
自分のことを王だと少女は言った。
中世的な世界で王を偽って名乗ったりしたら、それこそ重罪だと思うので、この子の発言は本当なんだろう。いかにも護衛ですって人もいるようだし。
「奇妙な服装ね。どこの神殿の神事でもこんな特殊な服を使うとは聞いていないわ」
どうやら僕のことにそれなりの興味を示してるようだ。
「気づいたら、この草原にいたんです。おそらく、こことは違う世界の出身です! そこで、きっと死ぬような目に遭って、飛ばされてきました」
「もしかして転生者というやつかしら。たしかに、刺客にしてはこんな目立つ服を着る意味がないものね」
「陛下、油断なさってはいけません。オーガの刺客は口の中に刃物を隠すと言いますし!」
このお付きの者みたいな子は徹底して疑ってくるなあ。それが仕事だろうからしょうがないかもしれないけど。
「そんなに言うなら、徹底して調査してください。証拠は出てこないですからね」
僕は万歳をして無抵抗の姿勢をとる。
本当に武器はないし、仮にちょっと刃物があったところで、乗馬してる相手に勝ち目などない。
「そうね。ミストラ、その女を調べなさい」
「僕は男ですって!」
そんなに女に見えるのかな、この顔……。セーラー服着てるわけでもないんだけどな……。
「男? まあ、いいわ。服も脱いでもらわないと武器がないか、わからないからね。その時にすべてはっきりするわ」
草原で女子に裸にされるっていろいろと最悪だけど、抵抗して殺されるよりはマシか。
僕は自分から服を脱いでミストラと呼ばれたお付きの女子に、順番に渡して言った。
「……はい。このトランクスで全部だけど、武器なんてないでしょ?」
「本当に男だったか。もしや、男用の男娼か」
女子と付き合ったことないから、童貞だ……。ほっといてくれ。ちなみに男に襲われたこともないぞ。
「ふうん、きれいな体をしてるのね。そして、服以外の持ち物は何もなしか。ミストラ、私の転生者説が濃厚になってきたんじゃない? 命懸けの暗殺作戦にしても、こんな白と黒の服では草原でも目立ちすぎるわ。そこまで愚かな刺客はいないわよ」
「そうかもしれませんね。耳の短い種族がここに来るだけでも警戒されるでしょうし」
どうやら助けてもらえる流れになりそうだ。
「命拾いしたな。処刑することはとりやめになるだろう」
「ありがとうございます。わかってもらえてよかったです」
「こんな異世界の民に働き口はないだろうが、奴隷商人に自分の身を売れば少しは生きていけるだろう」
「…………え?」
なんか、嫌な言葉が聞こえた気がするんだけど。
「お前は非力そうだし、ほぼ確実に男娼にでもなるしかないだろうな。一説には男娼は身請けされることもないから二年や三年で多くが死ぬというが、あくまで一説だ。しっかりやれよ」
「待って! 待って! もうちょっといい雇用条件のものはないんですかね?」
ミストラさんは首を傾げた。
「だって保証人も何もない、一ゴールドも持ってない、おそらく体力もない、エルフでもない謎の男を必要する場所などどこにもないだろう」
言われてみればそのとおりだった。
いやいや、こういうのってたしか日本の知識とかを使えばどうにかなるはずだ。
趣味:歴史系の本を読むこと
以上。
まずい! マジで何も使えない! せめて数学や化学あたりが詳しければどうにかなったかもしれないのに……。
「ああ、しかし、その姿で町をうろついたら、不審者と思われて自警団に撲殺されるかもしれんな。その時はその時だ。運よくその前に奴隷商人を見つけられることをお前の信じる神にでも祈れ」
ラッキーで奴隷商人に買われるレベルなの!?
詰んでるにもほどがある。
僕はミストラさんの足にさっとしがみついた。
「お願いします! 馬の世話とかでいいんでやらせてください! 何でもしますから!」
「おい、離せ! そんなのは間に合っている! 私はこれでも近衛兵団長なのだぞ!」
「このままだと死にます! 見捨てないでください!」
「なんで、異世界の人間に情けをかけないといかんのだ! お前を養っても、政治的価値すらないだろ!」
そこで正論吐くのやめて! どんどんみすぼらしくなるから!
――と、甲高い笑い声が聞こえてきた。
「ははははっ! そうよね。このままじゃ結局死んじゃうわよね!」
クリスタリア王が笑っていた。
えっ、これって笑うところなの……?
僕は文化の違い、むしろ価値観の違いをまざまざと感じた。ああ、庶民なんて人間扱いするものですらないのだ。だから、僕が本気で困ってても素で笑えるのだ。
おそらく、日本や海外の中世でもこんな反応だったんだろうな……。
ナイフの一本でもあれば、それこそ自暴自棄になって自分を笑ったこの王に向かっていくぐらいできるんだけど、丸腰だ。戦うことすらできない。
すると、王が馬から降りてきた。ムカつくけど、その動きはスムーズで優雅に見えた。しょっちゅう馬に乗ってるんだろう。
そして、僕の前まで近づくと、僕のあごに手を当てた。
えっ?
「そこに膝立ちになって。私の背が低いから見下されちゃう」
こう言われると、あっさり従っちゃうあたり、僕ってチキンだよな……。けど、今、この王様に逆らうメリットは皆無だ。
「ふうん。珍しい黒髪ね。顔は悪くないわ。むしろ、美少年と言ってもいいわね。私、こういう彫りの浅い顔のほうが好みなの」
たしかに僕はどっちかというと、のっぺりした弥生系の顔だ。縄文系の彫りが深い顔とは違う。
「よし、わかったわ。この者を、私の御伽衆に加えましょう」
「「えええっ!?」」
僕とミストラさんの声が重なった。
「陛下、こんな訳のわからない者を御伽衆に加えるのは、どうかと……」
「どうして? 御伽衆の中には芸人だって混じっているはずよ。こういう得体のしれない者のための職でしょう?」
「し、しかし……この者はこう見えても男ですし……」
なるほど。それは近衛兵団長のミストラさんが気にするのも無理はない。王がまだ小娘なのだ。男の僕に組み伏せられるだなんてことになったら大変だ。
「男の御伽衆だって何人もいるでしょう?」
「そういった男とは違って、この者はまだまだ若く、分別もあるかわかりません。もしもということも……」
さすが王様相手だからか過剰に気にしてるな……。
「むしろ、だからよ」
くすくすと小ばかにしたように王は笑った。
「自分の子供を婿に送り込もうとする貴族たち、それだけじゃなく顔のいい男を王城に入れて、私を取りこもうとする者もいるわ。もう、そういうのはこりごりなの」
王は心底嫌気がさしたという顔をしていた。
ころころ表情が変わるけど、これは中世人には割とよくあることだと本で読んだことがある。権力者は現代社会と比べてもかなり気分屋であることが多い。その気分で重大な政治決定がなされたりするし、そこは無視できない。
「私だって、王の身で恋愛ができるなんて最初から考えてないわ。けど、あらゆる男が私じゃなくて権力のほうを見てるのよ。しかも、どの男と体を重ねても政治問題になるわ」
王制の問題を今更ながらに感じた。たしかに結婚が即政治になるもんな。
「だから――」
ぽんと僕の肩に王は手を置いた。
「異世界の男ならちょうどいいと思わない? 身寄りのない男の子種なら、権力はほかの貴族のところに絶対に流れないわ。私の家が権力を握り続けることになるでしょ?」
えええええええっ!?
もう1話更新します。