17 貴族階級になりました
それで、だいたいわかってたことだけど、一仕事が終わった後、僕はクリスタリアの部屋に呼び出された。
部屋に入ると、今日はクリスタリアだけじゃなくて、ミストラさんもテーブルの席についていた。これだけ小規模でも円卓会議と言うんだろうか。
「大変だったわね。話はミストラを通じておおかた聞いたけど」
「本音を言いますと、大変と感じる前に終わってました。殺し合いというか、一方的にこっちが殺してたようなものですし」
あんなのに寝込みを襲われたらと思うと、ぞっとしないけど、正面から来てくれる分には確実に対処できる。
「カグラ、私はとんでもない人間を拾ってしまったと思っている……」
僕の第一発見者であるミストラさんは複雑な表情をしていた。
「間違いなく、お前はこの国に貢献してくれているが、人ひとりに頼るというのは、どうも落ち着かないものでな……」
「意味はわかりますよ。たとえばの話ですけど、ここで僕が裏切ったら大変なことになりますもんね。あっ――あくまでもたとえ話ですからね!?」
すぐにミストラさんが剣を抜こうとしたので、僕がすぐに弁解した。
「そもそも、利害関係的に僕が北境都護府側につくメリットがないんですから、裏切るわけがないですよ。そんなことするなら味方を集めて自立したほうがマシです」
「たしかに、向こう側で信頼できる人間がいるわけでもないからな」
「けど、これで本格的に北境都護府のことを考えないといけないということがわかったわ。早いうちに『ナコナ山の宴』をやって、王としての態度を鮮明にするべきね」
クリスタリアも神妙な顔をしている。王というのはすべてを持っているが、それを突然失う危険も内包している存在だ。
それは年頃の女の子が見せる表情としてはあまりに苛酷だと思った。だから――
「僕は陛下のために身命を賭すつもりです」
自分の胸に手を当てて、微笑みながら誓った。
「絶対に陛下を守ります。陛下に拾われなければ僕は本当に野垂れ死んでいましたから」
「ありがとう、カグラ」
クリスタリアが僕に見せてくれる笑みは、王としてのものじゃなくて、信頼できる仲間や友に向けるものだ。少なくとも、ほとんど誰も信じられないといった以前のクリスタリアの顔じゃない。
ミストラさんもその表情の変化はわかっているようで、幸せそうな顔をしていた。この人もクリスタリアの真の味方の一人だ。
「『ナコナ山の宴』の計画も進めていくつもりでいるわ。でも、その前にやっておきたいことがあるの」
「やっておきたいことって何です?」
僕は素直にクリスタリアに尋ねた。少しばかり、いたずらっぽい表情を作るクリスタリア。それでミストラさんと顔を見合わせるから、すでに二人で示し合わせているらしい。
「カグラ、あなたに褒美を与えるわ」
●
その日はエルフの暦で吉日となっていた。
騎士と魔導士の叙任式はこの日に行われる。ただし、定例の叙任式の日ではなくて、臨時用の日だった。
「カグラ・カスガ――汝の功績をたたえ、特級魔導士に任ずる」
クリスタリアが僕の前でそう辞令に当たるものを読み聞かせる。
特級魔導士の上には、神級魔導士しかない。魔法使いの側における、高位の位階を僕はもらった。
この国では、騎士と魔導士に、神級――特級――上級――中級――平級――初級の六段階の位階がある。厳密には所領の広さなどとは一致しない部分もあるが、中級以上の騎士か魔導士になれば、事実上の貴族身分として扱われる。
この位階がなくても世襲の領主などにはなれるが、まったく位階がないというのは恥なので、大半の領主は中級までは剣技を練習して取得しておく。
「同時に封土として下記のものを与える。センタ県ファルモナ・バーリド県タルカス……」
一緒に土地ももらえるらしいので、これで僕は得体のしれない異世界人出身者から、ちゃんとした貴族階級の魔導士になった。
「謹んで拝命いたします」
僕は頭を下げて、その辞令を受け取った。
こちらに浴びせられる視線は様々だ。ねたみの目もあるし、素直に賞賛しているのもある。事前に僕の魔法による活躍はミストラさんたちの手によって、それなりに拡散されていた。
それでも身分があいまいなまま、腰ぎんちゃくとみなされるぐらいなら、こうして、ちゃんと貴族階級になったほうがやりやすくはある。
まだ十七歳なんだけど、ずいぶん出世しちゃいました。
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光栄なことではあるけど、物事の大半はいい面だけってことはない。
僕の仕事は激増した。特級魔導士になったということは、カスガ家という貴族の家が成立したのと同じだ。
日本でも同じだけど、有力な貴族の家というのは、それ自体が大きな組織なのだ。その中に領内における政治や裁判をする部署があったりする。
そういうものを僕は一から準備しないといけないのだ。
まず、自分に仕える人間の選定をしないといけない。それまで一からやろうとすると、スパイみたいなのが紛れてないかのチェックができないので、そこはクリスタリアとミストラさんたちの協力を得た。
なお、実体としての「家」も貴族として王都に与えられた。もう、御伽衆として部屋住みってわけにはいかなくなった。
「特級魔導士カスガ侯に敬礼!」
新居の庭のほうに顔を出すと、魔法の訓練中の魔導士たちにあいさつされた。なかなか落ち着かない……。
ちなみに日本と同じように、この土地でもあらたまった場では苗字、もっと距離が近い場合は名前で呼ぶといった区別がある。
本当は僕もミストラさんのことを、姓でカルディアナ様(これが彼女の姓だ)、あるいは役職で近衛兵団長とでも呼ばなきゃいけなかったはずだけど、最初からミストラさんと呼んでいたので定着してしまった。
一度も訂正させようとしなかったわけだから、ミストラさんはそこまで四角四面に身分にこだわるような硬い人じゃないんだろう。やっぱりいい人だ。
なお、僕に仕えるなかで一番魔法が得意なのは、中級魔導士のオルタという男性だ。年齢は四十五歳らしいけど、だいたい二で割って二十代前半ぐらいの容姿をしている。今も下っ端をしごいている。
「すみません、カスガ侯。皆にその魔法の威力を見させていただきたいのですが」
「わかったよ。火事が怖いから空のほうに出すからね」
火の精霊に関する詠唱を行う。巨大な炎が吹きあがっていって、我ながらなかなか壮観だった。
「おお、さすがだ……」「これは出世なされるのもわかる……」「まだまだ自分たちも精進しないとな……」
下っ端の人たちが尊敬というより畏怖の目でこっちを見ていた。ちなみに、下っ端といっても、魔法の修練ができるのは僧侶や貴族ぐらいなので、この人たちもそういった一族、つまいいいところの出だ。
僧侶といっても、中には妻帯者も普通にいて、その子供が僧籍に入らずに僕みたいなのに仕えることもあるらしい。
部屋に入ると、家政部門のトップがいた。
「お疲れ様でぇす。お昼は何になさいましょうかぁ?」
僕のお世話係だったクルルックさんがそのまま仕えてくれることになった。僕としても赤の他人と接するより気楽だ。
「別になんでもいいけど、いい鶏肉があったらそれで」
「はぁい。わかりましたぁ」
こうして、カスガ侯としての生活もはじまったわけだ。まだまだ慣れないけど、慣れていくしかないな。




