15 草食系高校生の初戦
僕は城を出ると、エルテスさんと一緒に郊外に向かう。
こっちは馬に乗れないんだけど、それは向こうも同じらしく、助かった。馬術というのは、軍隊が学ぶものなので、本職が聖職者らしいエルテスさんが詳しくなくてもおかしくない。
僕は移動中、茶会のことについていろいろ質問した。いずれ、公式の茶会にクリスタリアに出席しろと言われる可能性もあるからだ。
「あなたは本当に熱心ですね」
エルテスさんも驚いていたようだった。
「異国出身なんで、学ばないことにはわからないですからね」
作法なんてものは合理性とは無縁のところもあるから、知らないとどうしようもない。たとえば、お葬式で黒いネクタイをつけている人は守備力が上がるから利用しているわけじゃないだろう。喪服のネクタイは黒と決まってるからやってるだけだ。
「あまり、僕が無茶苦茶では陛下に恥をかかせしまいますし」
その返しをして、少しまずいと思った。
「それにしても、あなたはずいぶん陛下と仲良くなられているようですね」
やっぱり、その話題を触れられた……!
あんまり根掘り葉掘り聞かれるのは楽しくないし、みんな僕とクリスタリアができてるって前提で話をしてくるしな。キスすらしてないぞ。見事に清い関係だ。
少しずつ街並みが郊外に変わってくるあたりだった。まあ、王都のど真ん中で月見じゃ、風情も出ないか。それに風情より誤解を解くのが先だ。
「陛下というお立場はなかなか孤独なものであると聞きます。同じほどの力を持っている人が国にいませんからね。だからこそ、孤独な僕に同情を示してくださったんでしょう」
言い訳も慣れてきたせいか、もっともらしく洗練されてきた。
「僕としても、少しでも陛下を支えるようなことができればと思っています。もちろん、僕は武官でも文官でもないような人間ですから、軍事にも政治にも直接関わることはできませんが」
よし、権力欲はないよアピールはできてるんじゃないかな?
「なるほど。若いのに、ご立派なお心がけですね。ところで陛下が身ごもられた場合は、あなたも王として共同統治をなさるのですか?」
僕の努力が霞むぐらい、噂がよくないほうに加速してる!
「言葉の意味がよくわかりませんね……。僕は見た目のとおり、線の細い人間で、陛下も男としての魅力は感じませんよ」
「とはいえ、女人の方は一度惚れてしまった男は実物の三倍は美化されて見えると申しますのでね」
なかなか納得しないな、この人も……。
「仮に三倍に美化されたところで、草みたいにひょろひょろした人間が大木のようには見えませんから。細い樫の木もあれば、太い樫の木もあるでしょうが、タンポポが樫の木になることはありません」
「そうですな。おっしゃるとおりです」
エルテスさんの目が笑っていないので信じられてないな……。
「こういうのは悪魔の証明で、一度疑われると困るますよ」
ほんとに今後の課題だな。どうせなら僕が多くの臣下から慕われるぐらいになったほうがクリスタリアの株も上がるだろうし。
「いえいえ。カグラさんがご立派な方なのはよく知っていますので、あくまで陛下はその有能なのをたのんでお引き立てになったのでしょう」
エルテスさんが真面目な顔のまま、続ける。
ちょうど日も陰ってきて、郊外の道は薄暗くて、人気もない。
「ノーチ殿を破った弁舌など、とてもその若さでできるものではありません。仮に戦場に出られずとも、軍師として使えるとお考えになられてのご登用でしょう。かといって、あなたには権力を握る理由がない。だからこそ、むしろ陛下はご自身の寵愛を集めていることにして、力をつけさせようとしたのやも」
「そうか! その発想はなかったです!」
寵臣的な立場だって、謎の異世界人という立場と比べれば、よほど安定している。
「はい、だからこそ、こういった人物がいなくなれば、北境都護府の総督にとっても利益となるのです」
ぞくりと寒気がした。
馬がどこからともなくやってきて、すぐに僕を囲んだ。その数、八騎。
その中にノーチさんの姿もあった。いや、もう、さん付けはいらないか。ノーチが僕を殺しに来たんだ。
「小僧、ここで露と消えてもらうぞ」
すぐにエルテスも馬の後ろに下がった。
「ああ、そういうことか。あなたたちは最初から向こうの総督に通じてたんだな」
ならば僕を殺して、そのままボスのいるところに帰ればいいのだから、僕を呼び出すところを見られたって怖くはないな。
「ノーチ殿は、あなたに敗れて切歯扼腕されているところをこちらで寝返らせました。クリスタリアから嫌われていることは、あの件ではっきりしましたね」
エルテスって男が黒幕か。
やっぱり、ケンカ売られると火の粉を振り払っても、よくない方向に進むな。世の中平和が一番だけど、そんなことを言って通る時代でもない。
「さあ、ここでお前を殺して新しい主君の手土産にしてやる!」
ノーチは唾を飛ばしながらしゃべる。自分の言葉で勝手に興奮しているようだった。そりゃ、こんなザコは切るだろう。無能なうえに忠義心すらない。クリスタリアの判断は正しい。
「王国御伽衆カグラ・カスガ、武人ではないが、陛下への反逆者を見つけた以上、処断する」
僕は冷たい声でそう言った。
「ふん! 無能な異世界人に何ができる! やれ!」
ノーチの部下たちが馬上から剣を抜いて飛び込んでくる。
「『火の精霊よ、森の民である我に今こそその暴力と同義の炎を貸し与えたまえ』」
僕がそう唱えると、手から炎がほとばしって、部下二人に直撃した。
悲鳴をあげる前に、部下二人が焼け死んで落馬する。もっとも、馬ごと倒れたのだけど。
「な……そんな強力な魔法をどうして……?」
「お前たちは僕が軍師的な才能だけで重用されてると思ってるのか?」
だとしたら、文字通り、致命的な思い違いだ。
お前らが千人いたって、僕が勝つ。




