13 王を教育
日間4位ありがとうございます! これからも頑張ります!
僕はクリスタリアの政治顧問として、じょじょに活躍の場を広げていった。
王城において僕の名前を知らない人はもういないと思う。公的な地位としては御伽衆というすごくあいまいなものだけど、周囲から愛人であることに確定されたことが大きいのだと思う。
「都での治安取締ですけど、もう少し罰則をゆるめたほうがいいですね。夜中に出歩いてる人間を見つけたら三日牢に入れるというのはやりすぎです」
その日もクリスタリアが裁定することになっていた王都の犯罪についてコメントを加えた。
「でも、綱紀粛正をはからないと、私の威信ってものが落ちるわ。王都での放火が多いのも事実だし」
クリスタリアはケチをつけられて、少し嫌そうな顔をしていた。ちなみに王都に盗賊が出たり、そいつらが火をつけるというのも事実だ。
「陛下、それなら見回りの数を増やせばなんとかなりますよね。刑罰まで重くする必要はありません」「そ、それは……そうだけど……」
「やさしさで、国を保つことも大切ですよ。それに、陛下の恩愛による特赦ということにすれば、威信も落ちるどころか高まりますから。緊張感だけでなく息抜きを与えてやってください」
「わかったわ。ここはカグラを信じてみることにする」
二人きりの時は、僕はできるだけ率直に意見を言うことにした。遠慮すればするほど、かえってクリスタリアが嫌がるということがわかってきたからだ。
為政者の横に佞臣のたぐいがいたことを彼女はよく知っているはずだ。そういう奴が国を傾けるということも。けど、自分が佞臣ですと主張する奴など誰一人としていない。
もともと超高位の神官だったところから、いきなり王国政府を支配する側になったクリスタリアには、誰を信じて、誰を疑えばいいかがわかりづらい。そうなると、安全策を取ろうとすると、誰でも疑って厳しくする方向にいってしまう。
なので、僕は伝えられることはストレートに伝える。言ってることと思ってることが全然違うということはないようにした。
それこそ、クリスタリアに信頼される唯一の方法だと思う。
この人間だけは自分を裏切らない、そう感じてもらえる人間になりたい。
でないと、あらゆる人間を疑って少女が生きていくだなんて不幸以外の何物でもないしね。
暴君の六代将軍、足利義教の暗殺事件は、多くの重臣が知っていたものではないかと言われている。同じ宴会の場に彼らは居合わせたのに、殺されることもなかったし、彼らも抵抗することがほとんどなかったからだ。本気で戦ったのはミストラさんみたいな側近だけだった。
死ぬ時まで部下を疑い続けて、部下に殺される人生というのは、いくら為政者の地位までのぼりつめたとはいえ、幸せな人生だったとは思えない。
クリスタリアをそういう人生にはしたくない。
「はっきり言いますよ。陛下は頭がよすぎます。ですが、自分の水準を世の中の平均に合わせようとするところがある。それだと、多くの人は窮屈を覚えるんです。例も挙げましょうか?」
だいたい理想が高すぎる人ほど、かえって政治家になると危険な手を打ってしまうことが多い。僕はそれをゆるくする方向に動かす。
クリスタリアもだいたい文句は言いはするが、おおむね、僕の意見を取り入れてくれる。
「はぁ……これで国が乱れてきたら、あなたのせいだからね」
「今は北境都護府側につく者を減らすためにも、甘いぐらいでいいですよ。あっち側に寝返られると困るでしょう?」
領主たちは正しさで支持する側を決めたりはしない。自分にとって都合がいいほうを選ぶ。味方の側に息苦しさを感じさせるのは危険だ。
「ま、まあ……それはそうかもね……」
「一方で、宴会の日程が多すぎるので、そちらはもうちょっと減らしましょう。またお酒を飲みすぎて倒れられてもよくないですので」
「待って、そこはもうこのままでいいと思うの。うん、それがいいわ」
「でも、これだけでそれなりのコストカットになるような。そんなに財政に余裕はないですよね?」
「お酒を控えるから、ねっ? 宴会はこのまま続けましょう!」
「いえ、陛下……それは……」
「ねっ? いいでしょ、いいでしょ。半分は水にするから!」
この世界の人間はやたらと宴会が好きだな……。これも室町時代に近い気がする。
こうして、僕はクリスタリアの政治を微調整して、暴君ぽさを削ることに腐心した。
●
城詰めの御伽衆といっても、ずっとお城にいないといけないわけじゃない。僕は空き時間を見つけると、許可を得て城下にも出るようになっていた。
王都のことすら知らなかったら、的確な政策だって提示できないから、これも仕事みたいなものだ。
ちなみに僕の横には護衛役としてミストラさんが立っている。エルフばかりの土地で僕の姿は目立つし、身を守ってくれる人がいるのはありがたい。
あと、どうも僕は有名人になってしまっているらしいのだ。
「ああ、あれが姫の愛人か」「姫ではない。王だ。姫という呼ばれ方を王は嫌がるのだ」「本当に男なのか? 女に見えるが」「ああいう男もいるだろう。筋骨隆々のほうがモテるとは限らん」「むしろ、あの愛人と俺は手合わせ願いたいな」
なんか、不気味な感想も聞こえてきたんだけど、それは置いておくとして。
「こんなに王城の噂が町でも広がるものなんですね……」
明らかに僕が注目を集めている。あまり楽しいものじゃないな。
「町から城に働きに行っている者も多いからな。自然なことだ。年頃の娘の君主が誰を好きになったという話なのだから、広まりもする」
たしかにニュースバリューがあるかも……。
「でも、断っておきますけど、陛下とは何もないですからね……。あれです、余計な虫がつかないように僕が利用されてるんです」
「そんなに謙遜しなくてもいいぞ。お前が姫のそばに仕えて、政治に助言をしていることは誰もが知っている。陛下の政治がこの一か月、以前ほど苛烈じゃないのもお前が言っているからという話になっている。以前ほど恐ろしい人ではなくなってきたという声を民の噂話で聞いたこともある」
それはおおかた正解だろう。
クリスタリアが熱すぎる温泉の源泉としたら、僕はそれを適温にするための水みたいな存在だ。
「カグラ、お前の評判は全体的に見て、いい。これからも、陛下を支えてやってくれ」
ミストラさんの表情は硬いけど、褒められてはいるようだ。
「はい。なんとか陛下をお支えできればと思います」
「ところでだ」
そこでミストラさんの顔が硬いというか、怖いものになる。
「カグラ、お前は陛下と本当に何もないのだろうな?」
やけにミストラさんが顔を近づけてくる。キスしようだなんて意味じゃなくて、威圧のためだ。絶対にキスをする空気じゃない。
「だから、そう言ってるじゃないですか!」
「本当だな? ウソではないんだな? 隠すとためにならんぞ?」
そっか、この人、本当にクリスタリアのことを気づかってるんだな。
たしかに女子中学生に男子高校生の彼氏がいるかもと思ったら、姉役からすると、これは心中穏やかではないかもしれない。僕にもし中学生の妹がいて、彼氏がいたらこういう反応になるかも。
「ミストラさんは、心から陛下のことをご心配なんですね。陛下はお幸せだと思います」
正直にそう気持ちを伝えた。
「そ、そうか……。しかし、お前に褒められるというのも、へ、変な話だな……」
否定ではなくて、ミストラさんへの評価を僕が口にしたから、ミストラさんは困惑したような、照れたような変な顔になっていた。




