10 政治顧問になる
「陛下がお前をお呼びだ。私が案内する」
僕はものすごく緊張していた。粗相があったら殺される人間と出会うって、普通に考えて怖い。
「お前、顔が真っ青だな。あれ、でも、元に戻ってきたな……」
「よく考えたら、僕、すでに一回殺されてここに来てるんで、少しだけ思いきれました。死ぬ時は何も悪いことしてないのに一方的に殺されることもある。ならば、恐れても極論どうすることもできない」
もちろん、怖くはあるけどね。
長い廊下をやたらと何度も折れ曲がっていったら、近衛兵の女性が守っている扉に着いた。ここから先が王のスペースらしく、さらに進んでいって、ようやくその部屋に到着する。帰りの道は全然覚えてない。
「城の内部は警護の必要もあって、複雑な作りになっている。賊が侵入しても迷わせているうちに陛下を逃がすことが可能だ」
「なるほど。現実的な目的があるんですね」
「それでは、健闘を祈る」
「あの……陛下はなんで僕をお呼びしたんでしょうか……?」
「聞いていない。陛下は気まぐれなところもあるし、何かはよくわからん」
しょうがない。僕は扉を開ける。すぐに扉がもう一つあった。二重扉なのか~と思って、そこを開けると、やっと王がいた。
英国紳士が家族とティータイムを楽しむようなテーブルと椅子が並んでて、その椅子の一つに座っていた。
「こんばんは。今日は月がきれいだけど、あなたの部屋の窓からはよく見えなかったかしら?」
クリスタリアはだぶだぶの夜着に着替えていたので、これまで会った時とかなり印象が違って見えた。
見た目年齢的には妹っぽさがある。
「月ですか。全然気にしてなかったです。まだ、外の風景とか見てる余裕がないっていうか」
「ふうん。つまらない人生を送っているのね」
王はテーブルに肘をついた。地球だとあまり行儀のいいことではないと思うけど、こっちだとどうかはわからない。
「つまらないというよりは、むしろ逆です。覚えないといけないことが多すぎて、必死にいろいろ覚えてる段階です」
「あ~、それもそうね。今日はあなたにいろいろ聞きたくて、呼んでみたの。そっちの席に座りなさい」
逆らえるわけもないので、素直に命じられたとおり座る。テーブルには何枚も紙が置いてある。書き物をしていたんだろうか。
それと、お酒らしきビンと木製のコップが置いてある。かすかにアルコールらしき香りも漂っている。飲酒は二十歳になってからなんてルールはここにはない。あっても実年齢が二十歳なら王も超えてるけど。
「聞きたいって何をですか? 僕の住んでた世界のことでしょうか?」
「それはどうでもいいの」
どうでもいいのかよ! それはそれで傷つくな。
「私が知りたいのは、あなたの世界ではなくて、あなた自身よ」
王の手にはペンが握られている。
場所が場所ならプロポーズの言葉になりうるけど、今回は絶対そんな意味じゃない。
「あなたはこの世界に来て日も浅いにもかかわらず、今日の討議であっさりと優れた案を出して勝利したわ。しかも、魔法の実力も計り知れないものときてる。もしかして、あなたって違う世界の大物だったりしない? いいえ、きっと大物よ」
どうやら、やけに王から期待されてるらしいな。
「結論から言うと、小物です」
「あまりウソをつくとためにならないわよ……」
すぐに僕に否定されて、王の表情がゆがんだ。その苛立ちを抑えるように、木のコップをぐいっとあおった。
表情がころころ変わるところがやはり、妹っぽい。自分に妹はいなかったけど。
「神に誓ってウソはないです。僕はどこにでもいる庶民の子供ですよ」
「そんな人間が、あんなにあっさりと遊覧にかこつけた示威行動をとれだなんて提案できるかしら? あなた、魔法を使える軍人だったりしない?」
なるほどな。一対一になって、僕が何者か調べようって腹づもりか。
「魔法に関しては異世界に移動してきたからとしか言えません。あと、そうですね……読書が趣味だったんで、僕のいた世界でも似たようなことに遊覧を使った王がいたので参考にしたんです」
「その年で軍略に関する本を読むとか、やはり庶民とは言えないわよ」
この世界では本が珍しいのか。そりゃ、中世的な世界なら本は貴重か。
「ほかに趣味もあまりないんで。そうだなあ、年に百五十冊ぐらいは読んでるかな」
歴史の新書や一般書を図書館で借りてきて読むということをやっていた。
「百五十冊ですって!? それは博識なはずだわ! やっぱりあなたはとんでもない人材よ!」
よくわからないけど、すごく褒められている気はする。まったくの無能と思われるのもまずいかもしれないし、これぐらいでいいかな。
「よし、決めたわ。やっぱりあなたしかいないわね」
うんうんと王が一人でうなずいていた。いったい何を決めたんだろう。
「カグラ、あなたには私の政治顧問になってもらうから。私の政策決定について、いろいろとアドバイスをしなさい」
「えっ!? そんな大きな仕事できないですよ!」
高校生がやれる業務ではない。多分、有名大学を出て、なおかつ、研究者的な立ち位置になるか、有名企業に就職してすごく偉くなるかぐらいしないとたどりつけない地位だと思う。
「あなたに能力があるのは今日の討議で知ったわ。その実力を私に貸してくれればいいの。地位が不安定なら、どこか空いてる土地の領主にしてあげるわ。私にはそういう政治顧問が必要なのよ」
その時、ふっと違和感が浮かんだ。
いくら中世的な世界でも政治顧問ぐらい絶対にいるだろう。
「この国には、そういう話ができる重臣の方はいらっしゃらないんですか?」
すると、王は不機嫌そうな顔をした。また、お酒を口に流し込む。
「私を小娘だと思ってバカにする奴か、私に取り入って偉くなろうってする奴ばかりだわ。そういうバカは処罰して数を減らしたけど、なかなかまともな奴がやってこないの」
ミストラさんの言葉を思い出した。
この人は孤独なんだ。王であるがゆえに。
地位だけなら誰よりも偉いということに、若くしてなってしまった人が、どうやって人を信じろと言うんだろう。そんなの、心が読めたりでもしないかぎり無理な話だ。
立場は違うとはいえ、孤独という点では、僕とこの人は想像以上によく似ている。
「僕でよければやらせていただきます」
自信があるというより、この子を一人にしておくのが怖いと感じた。
この世界が室町幕府と違う歴史をたどったとしても、クリスタリア一人だと、きっと殺されてしまうような運命になってしまう。
クリスタリアはしばらく僕の瞳を見つめていた。
「まさか、そんな誠実そうな表情で言われるだなんて思ってなかったわ……。もっとしょうがなく従うんじゃないかって……」
「陛下は僕の命の恩人ですから。その恩義の分だけは忠義を尽くさせていただきますよ」
「ま、まあ、私の命令に逆らえるわけないけどね」
言葉とは裏腹に、年相応の愛らしい笑みをクリスタリアは浮かべた。
多分、この子が必要としてるのは従う人間じゃなくて、もっとシンプルな友達なんだろうな。
「それじゃ、早速、今の計画を話すわ。こころして聞きなさい!」




