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責任の取り方?

 六月の下旬、肌寒い梅雨が明け、日の出が長くなってきた木曜日の夕方。


「いってきまーす」


 気だるげに呟くと同時に、ただでさえ大学で疲れているのに、これからバイトだという面倒臭さから重く感じる家のドアを開ける。


 今日あった大学での出来事を思い返すとろくなことがなかった。

 睡眠時間を削って、幼な馴染みであるしおりの課題を手伝ったのにも関わらず、いつの間にか昼飯までも俺が奢る羽目になるわ、いきなりフリーズした栞を抱えて走ったら周りの人達に笑われ、恥ずかしめを受けたりと散々な一日だった。

 せめてバイトだけは何事もなく平和に終わって欲しいものだ、と思ってしまう。


 そんなことを思いながら、スマホを取り出し、過去にとった写真から今日のシフト表を確認する。


「昨日とあまりかわりないな」


 今日のシフトは昨日同様のメンバーで、唯一違う点といえば俺の入の時間帯が18時だということだった。今日は午後に授業があったため遅い出勤時間にしていたのだ。


 昨日と言えば、今だに新北(あらきた)さんにメールを返していない。まあ、今からどうせ会うことだし、その時にでも映画を誘ってくれた件とか聞けばいいかと思っていた。


 そんな気持ちでバイトに向かうため、家の前に停まっている中型バイクにまたがり、エンジンを起動させる。

普段は徒歩で通っているのだが、急いでる時や気が乗らない時なんかは、高校時代に免許を取った中型バイクで通勤することもある。


 今日は少し時間に余裕もあったので、少し遠回りしながら嫌な一日を忘れたいがためにバイクを走らせる。


 バイクを走らせているときは風の音しか聞こえない、自分だけの世界にいるような感覚がとてつもなくたまらなく、嫌なことがあるとよくバイクを乗り回すことがある。


 20分程、遠回りをしてバイト先に到着し、関係者専用の駐車場にバイクを停めた。


 たった20分の運転だったが、とてもいい気分転換になったことで、家を出た時の気怠さがなくなりスッキリした気持ちで働けそうだ。


 そんな気分の中、俺は軽やかな足取りで、スタッフゲートをくぐり、バイト先であるカラオケ店へと入る。

 そのまま店長室の奥にある男子更衣室に向かうと、部屋の明かりが点いていることに気づいた。

 男性スタッフが中にいるのだろうと思い、ドアを開けると同時に少しテンション高めで、


「お疲れ様でー…………!?」


 俺は最後まで挨拶を言えず、目の前の状況にただドアを開けたままフリーズしてしまうのだった。


 時間が止まった俺の脳は少しずつ動きだし、この状況を一つ一つ紐解いていく。


 まずは、俺は確かに男子更衣室と書かれた扉を開いたはずだ。そこだけはわかっていていただきたい。


 そして、その扉の向こうにはワイシャツをただ羽織っただけで、程よく膨らんでいるピンク色のブラジャーを見え隠れさせ、膝上まで上がりかけているスカートに手を掛け、あとコンマ一秒早ければ覆い隠せたであろうピンク色のパンツを身に纏う、黒髪美少女がそこにいた。


 そんな彼女も俺と目が会うなり、時間が止まった様に動きが止まっている。


 2人大きく見開く目を合わせること一秒(体感で言えば10分くらい)ほどが経った時だった。

 この静寂を保った空気は2人の叫び声と共に息を吹き返したのだった。


「きゃぁぁぁぁあーーーーーーー!!!!」

「うわぁぁぁぁあーーーーーーー!!!!」


 俺はその悲鳴と同時に更衣室のドアを閉め、再びドアの外にいる状況へと移った。


「ご、ごめん! 新北さん! そ、その、覗くつもりなんてなかった……、って、なんでそもそも男子更衣室にいるの!!!」

「ち、違うんです! こ、これには事情が!!!」


 ドア越しでも新北さんの慌てた声色がうかがえる。この感じからして、どうやら彼女はそんなに怒ってはいないようだ。


 初めて歳が近い女性の下着姿を生で見た事で興奮が抑えられない状態ではあったが、童貞丸出しのこの姿を高校生の後輩女子に見せるわけにはいかないと必死に冷静を装って、慌てる彼女に声をかけた。


「とりあえず、落ち着いて服着てからでいいから、終わったら出て来てね。俺も着替えないといけないからさ……」

「は、はい……、ほ、ほんとにごめんなさい! すぐ着替えますので!」

「あ、うん。ここは俺が見張ってるから安心して」

「す、すみません……」


 2分くらいしてからドアが開き、恥ずかしさからか下を向きながら、顔を赤らめた新北さんが出て来た。


「お、お待たせしました……」

「あ、う、うん……」


 やっぱどうしても本人を目の前にすると、さっきの新北さんのあられもない姿がフラッシュバックしてしまう。


 童貞である事がバレる前に、彼女が出てきてすぐに俺は更衣室へと入った。


 ……………。


「何をしてるんだ俺は!! 年上なのに気の利いた言葉もかけられないのか!! 今一声かけなきゃ今日気まずいだけじゃねーか!!!」


 俺は童貞である自分をひどく憎んだ。もっと女性経験があれば、今みたいなピンチなんて難無くこなせただろうに。

 とにかく、過ぎてしまったことは仕方ない。今後どうするかだ。


 俺は童貞である醜い頭をフル回転させ、一つの答えに辿り着いた。


「よし、なかった事にしよう」


それは俺ができる唯一のやり方だった。



 俺は着替えを済まし、店長室へと向かうと、そこには新北さんが相変わらず顔を赤らめた状態でモジモジとしていた。

 そんな彼女が俺の姿に気づくと慌てて立ち上がり真っ赤な顔で声をかけてきた。


「あ、あのっ! さっきのには事情が……!」

「よし、今日も一日頑張ろうか! ねっ、新北さん!」

「あ、ふぇ……?」


 俺はさっきの話題を触れさせまいと、新北さんの話を遮る様に声を発した。

 あからさまにタイミングがおかしかったため、彼女も変な声を上げていたが、そんな事は気にしない。なんていったって、この方がお互いのためなのだから……。


 俺の考えはこうだ。

 新北さん自身、少なからず男性に下着姿を見られた事にショックを受けているだろう。

 そんな彼女のため、無かった事にしてしまえばいい!

 俺がさっきの事さえ話題に出さなければ、(あれ? もしかしてさっきの出来事は私の勘違い??)みたいに思うはずだ!


 そして俺の場合は、あの話題が話されてしまった瞬間、童貞本能で新北さんを直視できなくなり、かつ、話す事さえ困難な状況になること間違いなし。

 これによって、今までバイト内で築き上げてきたスマート男性キャラが崩壊する恐れがある。それは何としてでも避けたい!


「あ、あのっ、立花先輩! さっきのこと……」

「今日のポジションはどこだろうなー。新北さんはまたフロントやりたい?」

「え、あ、はい! 先輩に教えていただけるのなら! ……じゃ、じゃなくて! 更衣室の件なんですけど……」

「やっば、結構出勤時間ギリギリだね! 早く行かないと!」

「え、あっ……」


 やたら着替えの件を話題にしてくる新北さんを振り切る様に俺は小走りでフロントへ向かった。


 まだ、新北さんの顔を直視できない俺はこの時、彼女がどんな表情をしていたのか検討もつかなかった。



「あら、立花くんおはよー。あっ、茜ちゃんもおはよ……、って、どうしたの!?そんな暗い顔して!」


 フロントに着くと、先に働いていた(みさき)先輩に声をかけられ、俺の後ろにいた新北さんにも挨拶をしていたが、どうやら新北さんの様子がおかしいみたいだ。気になった俺は新北さんに顔を向けると、


「!?」


 それはもうとんでもない顔をしていた。

 目は死んだ魚の様で、何ものにも焦点が合っていない状態。さっきまで整っていた髪の毛も少し乱れ、少し引きつった笑みで「ヒヒッ」と笑うその姿は、まるでホラー映画のリ◯グや貞○に出てくる女性の幽霊の様だった。


 仮にも女の子をこんな風に表現するのは良くないけど、他に良い例えが浮かばないほどに完成度は高かった。


 そんな彼女を心配してか、岬先輩は俺の近くまで来て、他の人には聞こえない声でこっそりと事情を聞きに来た。


「なんかあったの?茜ちゃんと?」

「え、いや、それは……。って、なんで真っ先に俺となんかあったかの様に聞いてくるんですか!?」

「え、いやー、それは……ねー」


 不敵に微笑む岬先輩の姿に俺はいつもの嫌な感じをいだいていた。


「まぁ、なんかあったって事はわかったから、早いうちに仲直りしなさいよね!」


 そう言い残した先輩は、重苦しい表情を浮かべている新北さんの方を向き、今日のポジションを支持した。


「茜ちゃん、今日もフロントね! また、"立花先輩"に手取り足取り教わりなさい!」

「!?」

「!?」


 少しは予感していいたが、まさかこの気まずい状況の中、二人っきりにさせられるなんて……。

 新北さん自身もさっきまでは「先輩に教えていただけるのなら!」とは言っていたものの、今じゃ明らかに拒否反応を示していると思われるほどの慌てぶりを見せている。


 そんな俺と新北さんの様子を岬先輩はニタッとした表情を浮かべながら奥にあるキッチンへと消えていった。


 店内に流れる今流行りのミュージックでさえ、今の俺たちには無意味と言っていいほどに沈黙が続いていた。

 この沈黙の中、俺は淡々と作業を進めてはいたが、流石に新北さんにフロントの仕事を教えなければならないため、この何とも言えない空気の中、俺は恐る恐る彼女に話しかける。


「あのー、新北さん? パソコンの使い方教えるんだけど……、大丈夫かな?」

「…………」


 新北さんは俺の言葉に反応することなく、下を向いたままだった。


 流石にこんな新北さんの状態を目の当たりにすると、俺が考え出した「何もなかったことにする作戦」は良くなかったのだろうかと思ってしまう。かといって、さっきの話になって俺のボロを出すわけには行かない! それだったら、なんとしてでもこの状況を切り抜かなければ!

 

 俺は何とかしようと必死に考え込んでいると、いきなりクイッと服を引っ張られ、そちらに顔を向けると、いつの間にか俺の後ろに移動していた新北さんが、俺の服の裾を掴んみながら顔を伏せていた。


「なかった…………ですか……」

「えっ?」


 彼女の声はとても小さく近くにいてもほとんど聞き取ることができなかった。


「なかったことにするつもりですか……」

「!?」


 今度はさっきよりは大きな声を出してくれたため、聞き取ることはできたが、まさか俺の作戦がバレていることや少し怒っているのではないかと思い、動揺が隠しきれない!

 俺は急いで釈明しようと、必死に新北さんに訴えた。


「ち、違うんだ、新北さん! そ、その、俺はお互いのためを思って、いつもどうりに振舞おうと……」

「……初めてでした」

「え? ……な、何が?」

「は、初めて異性の人に……、そ、その……、下着……、姿を……」


 その時、やっと新北さんの顔を覗く事ができたが、その顔は真っ赤に染まり、耳まで赤くするほどに恥ずかしがっていてプルプルと震えていた。

 俺自身も再び新北さんの下着姿を思いだしてしまい、童貞本能から顔を赤くし、彼女から顔を逸した。


 どう考えてもこの状況を作り出してしまった俺が悪いか……。どんな事情があったにしろ、女の子の下着姿を見てしまったんだ。俺はいさぎよく彼女に謝ることにした。


「新北さん、ごめん! 不可抗力だったにしろ、新北さんの下着姿を見ておいて、あろうことかなかったことにするなんて、ほんと最低だった。本当にごめんなさい!」

「…………。せ、責任……とってくれますか?」

「……せ、責任?」

「そ、そうです! 責任です!」


 責任を取る……。これってラブコメ漫画とかによくあるあれか? 「私と付き合いなさい」的なリア充近道ルートかではないだろうか!? 

 ……まぁ、ないか。

 俺はそんな非現実的な妄想をやめ、モジモジと恥じらう彼女にその意味についてを聞いてみた。


「責任って、何をすればいいのかな?」

「……そ、そうですね……」

「ご飯奢るとか?」

「……」


 その発言をしたとたん彼女はギロリと俺を睨みつけ、目だけで怒りを表現してきた。どうやらご飯を奢るというのは気に食わなかったらしい。すると俺は昨日の事を思い出した。


「あ、責任ってわけじゃないと思うんだけど、違う日でよかったら昨日誘ってくれた映画、見に行かない?」

「……!?」


 さっきの反応とはまるで違く、新北さんはえらく喜んでいるいつもの可愛らしい表情を浮かべていた。


「ほ、本当にいいんですか!? わ、私とデート……、じゃなくて、映画見に行ってくれるんですか?」

「あ、うん! その、映画の件でメール返そうと思ってたんでけどいろいろあってさ……。違う日にちだったら全然付き合うよ!」

「あ、ありがとうございます! すごい嬉しいです!」

「お、おう。よ、よかったよ、いつもの新北さんに戻ってくれて」

「あ、あの、それじゃあ日にちを……」


 とりあえず新北さんも調子を取り戻してくれたから良かったものの、まさか学校だけでなくバイトでもこんなにひどい目にあうとは……。俺は今日あったいろんな出来事を振り返り……、


「あの、立花先輩? すごい顔赤くなってますけど……、大丈夫ですか?」

「……だ、大丈夫……」


唯一、良かったと思う新北さんの下着姿を思いだし再び赤面するのであった。

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