バカな私はダメですか?
「おぉ、新北! 体調はもう大丈夫なのか?」
1限の数学の授業はもう始まっており、ほとんどの生徒が着席して授業を受けている中、私と真希は少し遅れて登校してきたのであった。
真っ先に声をかけたのは、まだまだ20代前半にも見えるサラッとした見た目で、メガネがよく似合うインテリイケメン教師の五孝先生である。
どうやら先ほどの男子3人組は私達のことをちゃんと説明してくれていたようだ。
「あ、はい。なんとか……」
私と真希は皆んなの視線が集まる中、自分たちの席に座る。すると、私の後ろの席に座る数少ない女友達の園崎 可憐がこっそりと話しかけてきた。
「茜、大丈夫? 朝、男子たちに絡まれたんだって?」
「そっち!? それは大丈夫だったけど、普通体調の方を心配しない?」
「いや、てっきりキモ男子に絡まれてちょー具合悪くなったんだと思ったからさ」
「確かに彼らのインパクトは凄かったけど、体調はもとからだよ!! だいぶ良くなったけどね」
「そっかそっか、なら良かったよ」
可憐は金髪で濃い化粧、ピアスや手首にはキラキラしたアクセなどをつけた見た目きつそうに見える印象だが、見た目とは逆にとても友達思いの良いやつで何かあるたびいつも心配してくれる良い友達だ。
そんな彼女と話していると何やら黒板から鋭い視線を感じ、そちらに視線を向ける。
「おい、新北。体調が悪くて遅刻してきたのは仕方ないが、席に着いて早々にお喋りなんて良い御身分だな」
「そ、そんな、先生の授業を邪魔しようなんて思ってませんよ!」
「そうか、そうか。それじゃあ俺の事を助けると思って、黒板に書いたこの問題答えてくれないか?」
「へ!? な、なんでですか! 私今来たばっかでまだ授業についていけてないですよ……」
「大丈夫だ。ここは昨日の復習でもあるし、小学生でもできる掛け算の問題だ」
「…………」
本当にこの先生は嫌いだ。うちに秘めた腹黒さが滲み出てる。
私は先生を睨みつけながら席を立ち黒板へと向い、チョークを握り、書かれている数式に目をやる。そして一つ大きくため息をつき、落ち着いた顔で先生へと目を向ける。
「先生……。一ついいですか?」
「どうした?」
「これ、中学レベルじゃありませんか!? 全然わかりません!!!」
「お前は高校生だろうが!!!」
その瞬間、教室にいた皆んなが一斉に笑い出し、ちらほらと私をバカにしたような声や、『そんなおバカな茜様、可愛いよ〜』などと意味不明の声なんかも聞こえてくる。
自分でも自覚はしている。私はバカだ。
小学校高学年の時から今まで、ほとんど勉強した記憶がない。
あ、そうは言っても記憶喪失とかそういうわけではなくて、ただ自分が勉強してこなかっただけです。
じゃあどうやって高校に入学できたかって?
私の通う、この『聖華芸能高等学校』は芸能科と普通科の2つのコースがある。
芸能科はアイドルや歌手などを目指す人が集まり、勉強面に関してもかなり力を入れていて巷でも有名なのに対し、普通科の方は、入試の面接で自分の名前さえ言えれば入学が認められると、まで噂されているほどの偏差値が低い、言わば世間での落ちこぼれが集まり、芸能科が有名な分、普通科は世間では認知されていないような学科なのである。
だからこそ、こんな小学生の算数もできない私がこんなところにいるわけで、そんな落ちこぼればかりが集まるこの場所でさえも笑われてしまうほどの頭の弱い子なのが私なんですよね……。
そんな事を改めて思い返しながら、私は恥ずかしさで顔を上げられない状態で、自分の席に戻るのだった。
そんな落ち込む私に、後ろから私の肩にポンッと手を置き、可憐は哀れむ様な表情で一言。
「……茜、ドンマイ」
「…………」
と私の落ちに落ちた心に、突き刺さる言葉をかけてきたのだった。
時間は流れ、昼休み。
私はいつものように真希と可憐と三人で教室の机をくっ付け、お昼ご飯を食べていた。
「あのさ……、正直に言うけどさ、茜、ヤバくない?」
「うぐっ!?」
あまりにも突然、真顔の可憐が私のことについて漠然とディスってきたことに、思わずコンビニで買ったお気に入りのメロンパンを吹き出してしまった。
漠然とはいったが、大体何について『ヤバイ』と言ったのかはわかる。
そんな可憐のディスリに対して、自分の食べる箸も止めず、クールなまま真希が答える。
「茜のヤバさなんて、今に始まったことじゃないでしょ」
「まあ、そうなんだけどさ……。あらためて、ヤバイと思ったわけよ」
「確かにヤバイよ。でも、このヤバさはどうにもならないでしょ」
「あ……、あのさ、お二人さん。ヤバイだけで話進めるやめよ? せめて内容について深く話そ! ね?」
流石の私も、あまりに『ヤバイ』を連呼されることに苛立ちを覚え、慌てて止めに入る。すると、可憐が不思議そうな顔で私の方に顔を向け、
「あのさ、茜のバイト先のカッコイイ先輩ってのは、茜が馬鹿なこと知ってるの?」
「!?」
可憐は私の事を心配して言っていいるのだろうが、私はそれに対して苦い顔をすることしかできないのであった。
もちろん、可憐には私の恋愛事情については常日頃話していて知っている。そんな可憐や真希の前では正直に話さなければならないと感じながらも、私は彼女たちから目をそらし、引きつらせた頬のまま言葉を発した。
「も、もちろん、し、知らないよ……。私、芸能科ってことになってるし……」
「なにそれ、詐欺じゃん!」
「詐欺って言わないでよ! 大体、私から言ったわけじゃないし。聖華高校って言ったら勝手に勘違いしちゃったんだよ!」
「でも、弁解しなっかたんだから嘘付いてるってことになるね」
「うぅ……」
真希の鋭いツッコミに何も言えなくなり、黙り込む私……。
そして、さらに追撃の嵐のごとく可憐が口を出す。
「でも、さっきチラッと聞いたんだけどさ、デート断られて良かったんじゃない?」
「……な、なんでそんなひどいこと言うの!?」
散々ディスられた上に、今一番つついて欲しくない話題でショックを与えられるなんて思ってもいなかったことから、自然と頬に涙がつたっていく。
そんな私の姿を見て、可憐は慌てた様子でポケットからハンカチを取り出し、私の涙を拭き取ってくれた。
「ち、違くて! こんな状態でデートなんて行ったら、すぐボロが出ちゃって大変じゃないかなと思ったわけで、決して茜の不幸を喜んだんじゃないよ! あーもう、泣かないでよ~」
「確かに、掛け算もまともにできない子なんてわかったら、いくら可愛くても引くだろうな」
「……う、うぇぇぇぇんーーーー」
「ちょっと真希! せっかく泣き止まさせようとしてたのに追い討ちやめてよ!」
「あー、もう、ごめん、ごめん。でもさ、今回の事は不幸中の幸いだと思って、もう少し勉強してからまた先輩にアタックしてみようぜ! 私たちも手伝うからさ!」
「…………うっ、うぅぅ」
昔ギャルをやっていた時のツケがこんなとこで返ってくるなんて思ってもみなかった。勉強をまともにしていなかった過去の自分を殴ってやりたい。
午後の授業はただただテンションが低く、まるで朝学校に行く前の私に戻ったかのような状態のまま、今日の学校生活は終わった。