彼女の憂うつな朝
まだ6月の肌寒い空気を感じ、カーテンを開けると温かい朝の日差しが差し込み、私の顔を照らす。
「うぅ、眩しい……」
この晴れやかな天気はいつもなら気持ちがいいものだが、今日は違う。例えるなら、某映画のラピ◯タで出てきた魔法、バル◯をくらわされた大佐の気分だ。
今にも目を抑えて叫び出しそう……。
なぜそんな状況なのかと言うと、今日の私、新北 茜は一睡もしていなかったのだから……。
いつもなら寝る前に綺麗にしていて、寝癖もほとんどない自慢の長い黒髪も、今日は暴風にでもあたったのかと思われるほどの乱れ具合。そして目の下には見るに耐えない大きな隈。
そんな自分の姿を鏡で確認し、「はぁ……」と一つ大きな溜め息をつく。
昨日、バイトの先輩をデートに誘ったが断られた事が脳裏に浮かぶ……。
「シャワー浴びよ……」
タンスの引き出しから、下着一式を取り出し、壁に掛けられている高校の制服に手を伸ばす。
脱衣所に向かう途中、廊下に出ると同時に、
ガチャリ……、
と玄関のドアが開き、私よりも疲れ切った酷い顔の男が帰ってきた。
その男は疲れ切ったその顔に見合わないテンションで、
「おはよう! 茜! 今日は早いじゃないか」
まぁ、いつものこのテンションだ。
こちらもいつも通り白けたテンションで足を止める事なく対応する。
「おかえり、お父さん。悪いけど先、シャワー浴びるね」
「おぉ、そうか。じゃあお父さん朝飯作っておくな〜」
それ以上反応をする事もなく、脱衣所に入る。
父の仕事は警察官をしていて、こんな時間に帰ってくるのは交番の夜勤勤務だったからだ。
当時、私が2歳、父が25歳の時に母を亡くし、その頃からずっと男手一つで私を育ててくれた。そんな父を私はとても尊敬している。
けど、私も高校2年。思春期という事もあって、なかなか素直になれないもので、つい冷たくあたってしまう。
決して嫌ってるわけじゃない。
洋服と下着を脱いだ私は浴室に入りシャワーを浴びる。しばらくシャワーにあたり身体を温めると、シャンプー、コンディショナー、トリートメントの順番で丁寧に髪を洗っていく。
4ヶ月前まで金髪であったため、髪へのダメージは酷いもので、ここまで綺麗な髪質にするのに苦労したものだ。それ以来、髪の毛は大事に手入れをする様になった。
一通り全身を洗ったところで、浴室からでる。その後、身体を拭き、服を着て、髪を乾かす。
脱衣所から入っておよそ1時間くらいたった所で、私はリビングに向かうと、テーブルには朝食が並べてあり、父が座って待っていた。
「茜が風呂長いから、お父さん待ちくたびれたよ」
「……べ、別に先食べてて良いのに……」
と、にこにこ微笑む父に、素っ気ない態度で呟く。
正直に言うと、ご飯を待っててくれたのは凄く嬉しかった。昨晩の事があったからか、朝くらい誰かと食べたいと思ってしまったのかもしれない。
そんな照れた態度を隠しつつ、父の向かいの席に座る。
今日の朝食はトーストにスクランブルエッグ、ウインナーとちょっとしたサラダであった。正直、父は簡単な料理しか出来ないため、時間がある時は私が作る事が多いのである。
そんな料理下手な父が作ったものを「いただきます」と手を合わせてから口に運でみたが、
「なにこれ、全然味しないじゃん……」
最初に口に運んだスクランブルエッグは全くの無味。もう素材本来の味を楽しみきれないレベルだ。それになんか油っぽい……。
「え、見た目は完璧なんだけどな……」
「いやいや、見た目そうでも、味付けしなきゃダメじゃん! それになんでこんなに油っぽいの? 油入れすぎじゃない?」
「あ、油ってフライパン全体にかかるくらいがいいんじゃないの?」
「いやいや、多すぎ。適量ってもんがあるでしょ! それにサラダ油じゃなくてバターとかならほんのり味付いたんだけど……」
「なるほど、スクランブルエッグにはバターなのか! 覚えておくよ!」
「バターも適量でいいんだからね。あれ高いんだからね! はぁ……、このスクランブルエッグはケチャップかけて食べましょう……」
そう言って、私は冷蔵庫からケチャップを取り出そうと席を立つ。
「やっぱ茜は凄いな! もう、お父さん、茜なしでは生きていけないよ〜」
「確かにこんだけ油使ったご飯食べてたら長生きはできないかもね……」
お気楽に笑う父と呆れ顔の私、そんな下らないやり取りをしながら朝食を食べるその風景はとても平和で、昨日の出来事を忘れそうになるほどゆったりとした時間だった。
「…………」
もう直ぐで食べ終わると言う時、ふと視線を感じ、そちらに目をやる。するとそこには険しい顔で私をジーと見る父がいた。
流石に食事中にそこまでジーと見られると嫌悪感を持ってしまい、私は少し強めの口調で指摘する。
「なに?」
「いやさぁ、茜、今日酷い顔してんなと……」
「はぁ!?」
このオヤジ、人が忘れようとしている事を思い出させてきやがった! それにどう考えても年頃の娘に「酷い顔」なんて失礼にも程がある!
そんな父の発言に色んな感情が湧き上がり、私は鋭い眼光で父を睨みつける。
あまりにも凄みのある私の形相に父は慌てて口を開いた。
「そ、そんな怒るなって。あ、あー、あれか? 男にでも振られたのか?」
「……!?」
鋭いなこのオヤジは!
流石に今回の先輩の件や私の恋愛事情なんて親にはなにも話してなんかいない。これが親と言うものなのか? と関心するレベルだ。
そんな事実を突かれ、動揺を隠そうと私は必死にしらを切る。
「べ、別にそんなわけないじゃん! お、男に、ふ、振られるとか、そ、そんな……」
「そうか? まぁ、なんにしろ前不良だった時と違って、最近のお前は凄い楽しそうだったからさ。お父さん心配なっちまったんだよ」
「…………」
父のその言葉に私は少し昔の事を思い出す。
お父さん、心配してたんだな……。
そして、父が言う最近の私を振り返ると、そこにはどうしても立花先輩の面影が……。
私を変えてくれたのはやっぱり先輩で、先輩がいたから私は変わろうと思えたんだ。今でも思い出す。先輩と初めて会った時のこと……。
そんな先輩が私は大好き。一度デートを断られたくらいでくよくよなんてしてられない!
私は今一度スイッチが入れ直し、元気を取り戻す。
すると居ても立っても居られなくなり、今直ぐにでも動き出したくて、残りの朝食を掻き込み、
「ごちそうさま!」
と勢い良く立ち上がると、いきなり大きな声で立ち上がる娘に驚く父の姿があったが、それを気にも止めず私は学校に行く準備を済ませ、家を出るのだった。