学食と女神様?
俺、立花 駆と、前に座る幼馴染の月下 栞は絶対絶命の危機に陥っていた。
ことの経緯としては、俺に借りのある栞に昼飯を奢らせる為、無理やり大学内でも1番値段が高い食堂に連れてきたものの、当の本人である栞はお金を持っていなかった。
俺との所持金を合わせても、1番安い料理すら食べれない状況なのである。
あれ? 要約して話したけど、なんか俺が悪いみたいに聞こえるな……。だけど勘違いしないでいただきたい! ちゃんと栞には了承を得た上での奢りだ! その点で、52円しか持ってない栞を責めるのは当然のことだよね!
その状況下で俺たちに残された選択肢は3つ。
1、お金の無い状況で注文を頼む。
2、知り合いに連絡してお金を借りる。
3、このまま何も食べずに店を出る。
1の選択にいたっては無賃で飯を食べる事になる。気前のいい店主だったら「皿洗いで勘弁してやるよ」と言う展開も望めるのだが、現実そんな上手くいくはずがない。
2つ目の選択は割と現実的だが、「なんで金もないのに第三食堂に来たの? バカなの?」みたいに思われるのは嫌だ。何より人にお金を借りる行為をできればしたくない。
だとすると3つ目か……。やっぱり金無し一般学生がこんな所に来るなって言う事なのか。店に入ったのに何も頼まず帰ると言う恥ずかしい思いはするが、いたしかたない……。
俺は栞に目で合図をすると、栞自身も俺の思った事を悟ったようで荷物をまとめ立とうとしたその時、
「あれ? 立花くん?」
立ち上がろうとするのを止めるように、奥の席から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。声のする方に顔を向けると……、
「み、岬先輩!!」
奥の席から駆け寄って来る彼女は、俺のバイト先の先輩でもあり、大学では一個上で3年生の高坂 岬先輩だった。
俺と栞は席を立ちかけた途中に声を掛けられた事で、そのまま硬直していたが、そんな事お構いなしに岬先輩は流れるように俺の隣の席へと座りだした。
「第三食堂で立花くんを見かけるとは思わなかったよ〜。ここ、高いよ?」
岬先輩はお店の人に聞かれない為か、俺の耳元で値段が高い事を伝えてきた。同時に俺をちょっと小馬鹿にしてる事も伝わるようにクスッと笑う彼女の顔が見えた。
「先輩、俺だって第三食堂で食事するくらいのお金はあります! いつもなら……」
「いつもなら? じゃあ今日は栞ちゃんの奢りとか?」
察しがいいな、先輩! その通りだったはずなんだけど……。この状況はもう奢り云々な事ではない。
流石にこの状況を黙っているわけにはいかないと、馬鹿にされる覚悟で俺は今の状況を先輩に話した。
「…………」
「馬鹿だねー、立花くんは」
案の定、俺から一連の流れを聞いた先輩は、呆れた顔で俺を罵ってくる。
今回の件は明らかに栞に非があると思っていた俺は、そんな先輩の反応に違和感を感じていた。
「今回は全部、立花くんが悪いよー! 栞ちゃんは全然悪くないんだから」
そう言いながら栞の頭を撫でて、挙動不審になっている女の子を擁護する岬先輩。
相変わらずの栞は人見知りを存分に発揮し、顔を俯かせたまま無言でいたが、撫でられているのが良いのか頬をほんのり赤らめている。
そんな先輩の仕草や発言に納得がいかない俺は、
「な、なんで俺が全部悪いんですか!」
と、ちょっとだけ強くあたったが、そんな事を気にすることもなく岬先輩は淡々と話し続けた。
「当たり前でしょ! 根本的に女の子にご飯奢らせる事が良くないのよ。そのくらいの借りだったら他の事で返させなさいよね! 本当に子供なんだから、立花くんは」
年上感を出しつつ俺を説教する彼女は呆れた表情で俺に白い目を向けてくる。
「そ、そこまで言います!? それに栞が了承した上での奢りなのに俺そんな悪いの……」
「はぁ……、そんなんじゃ、いつまで経っても彼女なんてできないわよ」
「…………」
カノジョでもない異性相手でさえも、こんな理不尽な事が起こるなんて……。男は産まれながらにして損な生き物だ……。
俺が暗い顔でうなだれていると、岬先輩は短息を して呆れた表情から少し和らいだ表情になり口を開く。
「まぁ、せっかく来たんなら食べて行きなさいよ。今回は2人とも私が奢ってあげるから」
それを聞いた途端、栞は重たい頭を上げ、パァっと晴れた様なにこやかな顔で、目を輝かせながら先輩を見ていた。その姿はまるで餌を待つ飼い犬の様だった。
確かに、この状況は最初に出した選択肢2と近い。選択肢と違う点は「お金を借りる」ではなく「奢ってもらう」と言う点だ。
借りるんじゃなく奢ってもらえるのであれば良いんじゃないか? と思う所はあるが、先輩と言えど相手は女性。こんな理由で女性に奢られるくらいなら、まだ借りた方が良いのではないかと思ってしまう。
そんな考えから俺は先輩の提案に対して答える。
「俺は別に奢っていただかなくても、後で返しますよ」
「……そう言う所だよ、立花くん!!!」
「へぇ!?」
いきなり俺の顔の前に人差し指を突き立て、怒り出した先輩。その姿に俺は驚きちょっと座ったまま仰け反ってしまった。
何に対しての指摘かわからない俺は驚いた表情のまま、岬先輩の顔を見て止まる。
「わかってないよ、立花くんは! 全然わかってない!」
「なっ、一体何のことですか!?」
岬先輩は一つ長いため息をついた後、真剣な顔で語りかけてきた。
「何で私が奢ってあげるって言ってるのに断るの?」
「いや、いくら先輩とは言え、女性に奢ってもらうのは男としてどうかと……」
「そこだよ! 立花くん! じゃあ何で栞ちゃんにはお昼ご飯奢らせようとしたの? 栞ちゃんも女の子だよ?」
その隣にいた栞はコクンコクンと凄い勢いで首を縦に振り、岬先輩の意見に賛同する。
「し、栞は別に女ってより家族みたいなもんだから……」
「そんな曖昧な考え方してると大事な時にちゃんとした答え出せないよ……」
はっきり言って、今先輩が何に対して怒っているのか全く理解できなかった。
とりあえず、この場を収めるには俺が栞に謝るのが手っ取り早いと、直感で感じた俺は、栞の方に身体を向け座りながら深々と頭を下げた。
「悪かった。もう飯奢れなんて無茶な事言わないよ」
俺の謝罪を見た栞はとても誇らしそうな顔でドヤァと言わんばかりに俺を見下ろしていた。ちょっとイラっとした。
その時、岬先輩はと言うと何だか煮え切らない表情で俺を睨む。
「はぁー……、まぁ、今回はこのくらいにしておいてあげましょう。と言う事で、今日のお昼は反省も兼ねて立花くんの奢りね! お金は私が立て替えといてあげるから」
岬先輩はさっきとは打って変わって、満面の笑みで残酷な提案? いや、命令をしてきた。
そんな命令を受け唖然としている俺を、餌を待ちきれない犬の様に目を輝かせながら見つめてくる栞。かなりイラっとした。
そして、各々が好きなメニューを選ぶ。岬先輩は親子丼、栞が焼肉定食、俺はもちろん1番安いざる蕎麦。何たって今日は俺の奢りと言う事になったのだから。
程なくして、それぞれが注文した品がやって来た。目の前に来た途端、それぞれの料理の香りが立ち込める。その香りですでに美味い事を確信できるほどの代物だ。俺と栞はほど同時に料理を口に運んだ。
『う、うま〜ーーーーーーいっ!!!!!!』
同じタイミングで栞と声が重なって、店内に響き渡るくらいに叫んでしまった。
多分、普通にここに来て食べていたら、ここまで感極まらなかっただろう。その点、今回はいろんな苦難の果てに得たモノであるからこそ、叫んでしまう程に美味いと感じたのである。
そんな興奮している俺たちに先輩はまるで母親の様に温かい顔で「ね? 美味しいでしょ?」と微笑みかけた。
食べ終えた頃には、もう午後の授業が迫っていたため、俺と栞は岬先輩と別れ授業のある建物に向かっていた。
「第三食堂美味しかったね! 今度また行こうよ~ 駆~」
栞は興奮気味に甘えた声で俺の服の裾をちょこっと摘んで言った。
普通に見たら可愛い仕草ではあるのだが、こいつが俺にするこの行為は意識してやっていることなのである。何か俺に頼みごとをする時は、必ず、『ちょっと私、可愛いでしょ?』みたいな仕草でねだってくる傾向がある。
一般男性なら栞くらいの可愛さがあれば、その行為に対して引っかかってしまうだろうが、俺は違う。小さい頃から何かあればこの仕草でねだってきた栞に対して、もう引っかかることはない。
「そうだな~。もう奢ることはないけどな」
「……なんだ、ケチッ」
栞はやはり俺の奢りで、もう一度第三食堂に行きたかったようだ。流石に俺にその気がない事がわかったのか、掴んでいた手を離し、少しいじけた顔を見せる。
少し歩いたところで、何かを思い出したかのように栞が話をふってきた。
「そう言えば、さっき先輩さんが言ってた、茜って誰なの?」
岬先輩との別れ際、先輩から「茜ちゃんとの事もしっかりしなさいよね!」と言われたのである。その時はなんのことかわからなかったが、今思い返せば昨日のメールを返していなかったことに気づく。
多分、先輩はそのことについて言ってくれたんだ!
俺は自分で納得して、栞の質問に対して答える。
「あぁ、茜ちゃんって言うのは俺のバイト先の後輩だよ。昨日、映画に誘われたんだけど予定合わなくて断っちゃったんだよね」
「……え、映画誘われたの?2人で?」
「多分2人で」
「……そ、そう。ふ、ふ、2人なんだぁ…………」
俺の発言に栞は引きつった顔で目が死んだ魚のようになって動かなくなってしまった。
俺が栞の肩を揺らしながら声を掛けるが、なかなか反応してくれない。このままでは授業に遅れてしまうと俺は固まった栞の腹に手を回し、脇で抱える形で彼女を担いで教室へと向かった。
今の俺たちの姿は周りからかなりの注目を集め、食堂で出した選択肢3なんかより何十倍もの恥ずかしさがあった事を俺は今後ずっと忘れないだろう。