チャンスそれともピンチ?
時刻は15時30分を回っていた。目的の上映時間まであと一時間半となっている。
そんな中、私は今日一番のテンションでゲームセンター内にあるプリ機の前に待機していた。
「俺、プリクラって初めてなんだよね……」
「えっ!? プリ初めてなんですか? 今まで? 一度も?」
隣にいた立花先輩は顔を引きつらせながら、どこか緊張した面持ちでプリ機に視線を送っていた。
私たちの目の前にあるプリ機の中には既に、私と同じ歳くらいの女子高生が3、4人ほどでとても楽しそうに撮影していた。その順番を待つように私たちはプリ機の前に待機していたのだ。
それよりも立花先輩、プリクラしたことないって!!
それは今を生きる女子高生の私には考えられない発言でしかなかった。私自身、初プリは小学生の頃には済ませてあるし、二十歳である先輩はもうとっくにしているものだと思っていたのだ。でも、そういうことなら……。
私は先輩の方に一歩歩み寄り、身長差を利用した上目遣いをしたまま小声でつぶやいた。
「それじゃあ、先輩の初めて私がもらっちゃいますね……」
「!?」
案の定、私が想定していたリアクションをしてくれた先輩。顔を赤く染め、口元を手で押さえながら近くにあった私の顔から離れるように後ろへと下がった。
年上で私より落ち着いた印象はあるけど、たまに見せる純粋で子供のような一面が可愛く思えてしまう。
「ちょっ、新北さん! その誤解を生む発言はやめてよ!」
「えへ、ごめんなさーい」
今日の私はらしくないかもしれない。普段はいい子に見られるよう、大人しいキャラクターを演じていたけど、今日の私はとても大胆だ。今はこの二人っきりの状況だからか、はたまたいつもと違う服装だからかはわからないけど、今日というこのチャンスは絶対に逃さない!
そう私は決意すると、ちょうどプリ機から出てきた女子高生に続いて、先輩の腕を引き空いたプリ機の中へと引っ張っていった。
「プリクラの中って凄い明るいんだね」
「プリクラで取ると凄い可愛くなれるんですよ! もう肌とか目とか髪も凄い盛れますし」
「あーなんとなくは知ってるけど、男としてはあんまり盛れてもって感じかな……」
「じゃあ設定でナチュラルに盛れるやつにしましょうか!」
私はプリクラを撮るため、機械にコインを投入しようとしたがそれを見ていた先輩は「さっき負けたの俺だから」と言って私の分までコインを投入してくれた。言いだしたのが私なだけに申し訳なく思ったが、その分、楽しんでもらおうと私はテンションをさらに上げて操作パネルをタッチし始めた。
「先輩、設定完了しました! これから撮影ですよ。下に付いてる目印の上に立ってください」
「こ、ここでいいのか? 俺、写真とか撮られるのすごい苦手なんだけど、ポーズとかもピースぐらいしかできないよ」
「大丈夫です。任せてください!」
初心者である先輩でも大丈夫。このプリ機はポーズが思いつかない人のために、撮影直前にポーズを支持してくれる、初心者でも安心保証付きなのである。そして、その指定されるポーズの中にはカップルを想定したラブラブなお題もあることから、自然と先輩に近づく事もできる! このは最大のチャンス!
今日の私は誰にも止められない。
『はーい、それじゃあ撮影していくよー』
突拍子もなく機械から女性の甲高い声が聞こえ、撮影がスタートした。
『それじゃあ、最初はリラックス。いつもの自然体の笑顔で一枚』
「え!? なんか言っているんだけど! え、これに従えばいいの?」
「そうですね。大体このモニターに写っているポーズを真似すれば上手く撮れますよ!」
『ハイ、チーズ』カシャッ
最初の一枚、多少ぎこちない距離感でお互いピースサインをしたまま指示通り笑顔を浮かべた。先輩は少しぎこちない笑顔になっているが最初のプリクラはそんなものだろう。
最初の一枚目を二人で見ていると直ぐに次のお題が課せられた。
『次のポーズは、手を繋いで初デート! 二人でハートを描いてね』
画面に映し出された見本は、お互い手を繋ぎ、余った手でハートの半分を作ってくっ付けあっている姿であった。
女子同士であれば全然何も感じずにできたことではあったが、いざ先輩相手に行おうとするととても恥ずかしい気持ちがあった。
「あ、新北さん。これもするの……?」
「し、しますよ! 当たり前じゃないですか! 命令は絶対なんですからね!」
「え!? 絶対なの!? なにその王様ゲーム!!」
ここまで来たからにはしょうがない。今更逃げるわけには行かない。責めまくるのみ!
私は先輩の手を取り、プルプルと震えながら半分のハートを手で形作った。
そんな私の行動を見てかやらなければならないと先輩も察し、二枚目の撮影は終わった。
「これ、後何回あるのかな?」
「た、確か後二回あった気がします」
『さあ! 次のポーズはおもいっきり甘えちゃえ! 女の子は彼氏の腕に飛びつこう!』
「なっ!!!」
今度のポーズはカップルがよくやる腕を組む行為のちょっと上を行った腕に抱きつくポージングであった。
恥ずかしい、これは恥ずかしいよぉ。流石にこればっかりは先輩嫌じゃないかな。
弱気になる私は先輩の方に顔を向けると、片方の腕を私に差し出していたのだった。
「なかなかに過酷な命令だけど、これをクリアしないといけないんだよね。これがプリクラか……。俺はこのゲームをクリアしてみせる!!!」
「(先輩、変なスイッチ入っちゃったーーー!!!)」
でもこれって好都合だよね。この調子なら先輩は勘違いして全部支持通りにポーズしてくれるし、なにより次のお題は……。
私は差し出された腕に抱きつき、少し恥ずかしいけどカメラ目線で笑顔を作った。
三枚目が終わり、次が最後の撮影だ。今まで支持されたポーズは毎回プレイするごとにランダムに決められる。だが、このプリクラは一回目と最後の四回目のポーズだけは同じものが支持されるのである。それを知っている私は次に来るポーズが目当てで来たと言っても過言ではない。
『はーい、次のポーズはこれだよ! ハグ! 隣にいる人と友情、愛情を深めましょう!』
そうこれが私の求めていた最後の切り札。一見、ハグは手を繋いだり、腕組みよりもハードルが高いふうに見えるかもしれない。だけど、欧米の人は皆、挨拶にハグをするくらい普通のこと! 一見高いハードルもこう考えちゃえばなんてことないよね。と、もし先輩がためらったらそう言うつもりではあったのだ。合理的に先輩と抱き合えるなんてここしかないと思ったから。
でも、今の状況を見る限り、そんな言い訳じみた言葉も必要なかったのだ……。
なにせ立花先輩は、何も言わずとも静かに私を抱きしめていたのだから。
「こ、これで最後なんだよね! 新北さん! 悪いけど耐えてくれ! 俺たちが完全勝利するその瞬間までぇぇぇ!!」
「え、いや、あ、あの、私の事は気にしないでください。む、むしろこのまま……」
カシャッ、とシャッター音が鳴ったと同時に先輩は私を引き剥がし、私に頭を下げ何度も「ごめん」と謝りだした。私は「気にしなくていいですよ」と謝る先輩に声を掛けるも、抱きしめられていた時の余韻で頭が追いついてこない。
「とりあえず、ゲームクリアだよね! それじゃあ新木さん出ようか……」
と、先輩は恥ずかしさからか、そそくさとプリ機から出ようとした時だった。
『素晴らしいポーズを見せた二人には特別ボーナスだよ! 最後のポーズはラブラブキッスで愛を誓おう!』
「……へ?」
もう終わりだと思っていた刹那、全く予想だにしていなかった特別ボーナスに私たちは呆気にとられた。
え、何このシステム! 知らないんだけど! て言うか今までこんな特別ボーナスとかなかったよね! それにキスって、え! そ、それはしたいけど、まだ付き合ってもないのにそんな事……。
私の頭はいろんな妄想でパンク寸前になっていた。その時、突如両肩を力強く掴まれ、正面に向いていた体を隣にいた先輩の方へと向き変えられた。前に立つ先輩の表情を伺うと、目はどこか遠く明らかにいつもの先輩ではない様子だ。そんなおかしな先輩はプルプルと唇を震えさせながら口を開いた。
「さ、最後の命令とならばやって見せる。おれ、俺はこのゲーム絶対に負けない!!!」
「え、えぇぇぇぇ!!! せ、先輩落ち着いて!」
私の声も聞こえないのか先輩は目を瞑り唇を突き出してきた。
え、ちょっと、流石にこれはまずいよ! も、もちろん、嫌じゃないけど、むしろ凄く嬉しいけど、だけど、こんな形で先輩と初めてキスなんて……できない!
そう私は思った瞬間、私の右手のひらが先輩の左頬にクリーンヒットを決めていた。パチンといい音が開いたと同時に、プリ機の扉に備え付けられているのれんをくぐり、先輩は空中をくるくると回転しながら外へと飛んでいってしまった。
ドスッと、プリ機の外とで鈍い音がなる。
「せ……、センパーーーイ!!!」
私は吹っ飛んだ先輩の元へとかけていった。力なく床に倒れる先輩の頭だけ抱え、意識があるかを確認する。
いきなりのことで、無意識下の力のコントロールができなく全力で先輩を殴ってしまったのだ。この状況は非常にまずい。先輩自身の体もそうだけど、なんといってもこれまで積み重ねたチャンスがこの一撃によって全て水の泡になったんじゃないかという不安もあって、私の精神はとても不安定にあった。
一瞬気絶していたようで私の呼びかけに数秒してから目を開けた先輩。
「あ……、あれ? ここは?」
「よ、良かった! 先輩、無事で」
「俺、何してたっけ? 確か……、新北さんとシューティングゲームで勝負して……」
どうやら先輩の様子を見る限り、プリクラの記憶がないらしい。記憶がなくなるほどのビンタってどんだけなのよ私……。でも、これを利用しない手はないわ! 思い出される前に、早く話題をそらさないと。
「せ、先輩! こんなところで倒れている暇はないですよ! 後、30分ほどで映画始まっちゃいます!」
「え、映画? あ! もうこんな時間になってたんだね! 早く映画館に向かおうか」
なんとか先輩の記憶を有耶無耶にできたみたいで、先輩をプリ機から遠ざける事に成功した。先輩が倒れている間にさっき私たちが撮影したプリクラの落書きタイムが終了していてシールが2枚印刷されていた。先輩の目を盗み、そのシールを回収して確認してみると、
「……。流石にこれは渡せないよね……」
そのシールの一番上の大きな枠には最後に撮影されたであろう、私の手のひらが先輩の顔にクリーンヒットしている瞬間が撮影されていた。私は二枚のシールを誰にも見られないようこっそりと鞄へとしまったのだった。