本気出してもいいですか?
土曜日の大型ショッピングモール。そこには男女二人で歩くカップルや小さい子供を連れた家族、友達同士でショッピングを楽しむ人、様々な目的でこの休日を楽しむ人々で入り乱れていた。
私もその一人。隣には前から憧れていた先輩。やっとの思いで叶った映画デート。その映画の待ち時間でショッピングという正にカップルが過ごす休日を過ごしていた。
「立花先輩! あと4時間、どこに行きましょうか?」
夢に描いた状況なだけあって、いつもよりテンションが上がってしまう。
少しは大人の女性みたいに落ち着きのある振る舞いをしたいところだけど、どうしてもこの状況に胸躍る自分を抑えきれないでいた。
そんな私のいつもと違う様子に困惑しているのか、先輩はさっきから不自然な笑みを浮かべている。
「そうだね、もう1時だしお昼ご飯でも食べに行こうか。なにか食べたいものとかある?」
「あっ! それでしたら私、行きたいお店があります!」
「そ、そうなんだ! ちなみにどんな店?」
そう聞かれるのを待っていたかのように、直ぐさま肩にかけていたポーチからスマホを取り出し、お気に入りしていたサイトを開いて先輩に見せた。
「ここなんですけど、このお店、雑誌に取り上げられるくらい人気で口コミでも凄い高い評価なんですよ!」
「えーと、「本格パスタ:ブルーム」ね。確かにこの写真、めちゃくちゃ美味しそうだね!」
「ですよね! 私もこの写真見た時、これだ! って思ったんですよ! 絶対美味しいですよ!」
「新北さんがこんなに推すなら行かない手はないね。行ってみよっか!」
「はいっ!」
昨日授業中ずっとこのデートプランを考えていた甲斐があった! 映画がここまで待つのは予想外だったけど、4時間の待ち時間はこっちとしては好都合!
そんなウキウキ気分で目的のお店を目指し歩き続けると、そこにはさっきの映画の行列ほどはないがそれなりの列ができていた。
「あちゃー、結構並んでるみたいだね……」
「そ、そうですね…………」
ここまで人気だったとは……。自分でもリサーチはしていたがここまで並ぶなんて予想外だった。
扉前に立てかけている看板には【サービスランチ本日開始!】と書かれてある。
「どうしよっか? とりあえず並んでみる?」
「……。い、いえ。もう一つ、良いお店があるんです!」
「もう一つ?」
「はい! こっちです!」
ふぅー、万が一を想定して他の店もチェックしておいて良かった。
私は呆気にとられている先輩を誘導し、ショッピングモールのレストラン街にあるもう一つのお店へと向かった。
「ここです! 先輩!」
「おぉ、これは!!」
店の前にあるショウケースには食品サンプルではあるが、見ているだけでお腹の虫が鳴き出しそうな程に完成度の高いハンバーグが並べられていた。
「先輩、ここは見ての通りハンバーグのお店です! どうですか?」
「いい……、良いよ! このお店!」
「ふぇ!? そ、そうですか!?」
流石は年頃の男性だ。さっきのパスタなんかに比べて目がキラキラと輝いている。バイトじゃあまり見えない先輩の興奮した顔、なんだか可愛い。
「いやー、俺腹減ってたからさ、ちょっとガッツリした物が食べたいって思ってたんだよね!」
「そ、そうでしたか! それでしたらちょうど良かったです! 入りましょう!」
店内はそれなりにお客さんがいるが、お昼時のピークがやんできたようで私たちが座る席は何とか確保できそうだ。
私たちが周りの様子を一望していると、なぜかハンバーグ屋さんには似つかわしくないメイドのコスチュームをした女性が近寄ってきた。
「いらっしゃいませー! 二名様でよろしいですか?」
「あ、はい……」
先輩はメイドさんに対して何やら頬を赤らめて返事をした。
どうやらこのメイドさんはお店の店員さんだったみたいで、私が普段バイトでするスマイルよりもとても可愛い笑顔を向けて接客してくれた。
この接客を私も見習わないといけないなー、……って、なんで先輩はデレデレしてんの!? まさか先輩、メイド萌えなのかな?
そんな事を考えながら私たちはメイドさんに奥の席へと案内された。
「では、ごゆっくりどうぞ!」
一通りの説明を終えたメイドさんは次のお客さんの接客へと行ってしまった。
私はメイドさんから手渡されたメニュー表を見ながら先輩と何を食べるか相談しようと、お決まりイベントを行うため先輩の方に顔を向けたが、当の先輩は接客作業に専念しているメイドさんをずっと眺めていた。
「…………、あの、先輩。ハンバーグより……、メイドさんが良い感じですか?」
「あ、あぁ……。あの完成度の高いメイドさんがまさかこのお店で出会えるなんて思ってなかったよ。これは是非ともお持ち帰りしたい気分だ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………って、違ーーーーう!!! 違うこれは、その、メイドさんがいるハンバーグ屋ってめちゃくちゃ美味しいって聞いた事あるから、お持ち帰りしたくなるくらい美味しいハンバーグが食べられるんじゃないかなと思っただけで……」
「…………、あー、そうだったんですね。私てっきりメイドさん自体にハアハアしているのかと……」
「いやいや、そんなことないよ! それより新北さん。ちょっとハンバーグ切る用のナイフを握りしめて、怖い顔するのはやめてね……」
先輩、なにを言っているんだろう。怖い顔なんて全然してないのに。それに私、ナイフなんて持って…………、もっ……、持ってるっ!! え、いや、テーブルにフォークやナイフが置いてあることは知ってたけど、手に持った覚えはないよ! ホントだよ!
私はあわあわと持っていたナイフを元のかごに戻し、コホンッと咳払いをしてから改めてメニュー表に目をやる。
「えっと、先輩は何食べますか?」
「お、おう。そうだなー……、って意外と値が張るなー」
確かに先輩の言うとおり、普通のレストランの品よりもどれも多少高めに設定してある。流石は国産牛100パーセントのハンバーグと書いてあるだけある。
だけど、値段の高さはいくら先輩でも気にしちゃうよね。お店のセレクト間違えたかなー。
そう思いながら申し訳ない顔で先輩の方に目をやると、意外にも先輩はそこまで嫌そうな顔はしていなかった。
「新北さんは何にする? このチーズのやつが一番人気みたいだよ!」
「え、あっ、はい。じゃあ私はそれで……」
「よし、俺も決まった!! すみませーん!」
値段を見て驚愕するかと思いきやその逆で、先輩は興奮気味になってハンバーグを楽しみにしていた。
さっきのメイドさんにそれぞれのメニューを注文し、私たちはそれぞれの品が来るまで待つこととなった。
「あの……、すみません。おすすめしたお店だったんですけど、値段がこんなにするなんて思っていなくて……」
私はお店の人に聞こえないよう先輩に耳打ちするような小さい声で申し訳なく謝った。
「あー、確かに少し高いけど、新北さんが気にすることじゃないよ。それにこの前の学食に比べれば全然安く感じるし」
「学食……、ですか?」
「そう。俺の大学にある一部の学食なんだけど、めちゃくちゃ高いんだよね……。この前、岬先輩と俺の幼馴染と一緒に食べに行ったんだけど、全部奢らさせられてね……。その時と比べたら対したことじゃないよ。このくらい」
「岬先輩って、バイトの高坂さんのことですよね? そう言えば一緒の大学なんでしたっけ?」
「そうそう! 同じ学科の先輩だからたまにテスト勉強とか見てもらったりしてるんだよねー」
「…………」
「……、あ、あの、新北さん? また怖い顔になってるよ?」
「いえ、大丈夫ですよ。気にしないでください。……それで、あと幼馴染って言ってましたが、……男性の方なんですか?」
「えっ、いや、幼馴染は俺と同い年で女の子だけど……、それがどうかした?」
「…………」
「ちょ、ちょっと新北さん! その、笑顔みたいだけどなんかすごい怒って見えるよ!」
「そうですか? 私、全然怒ってないですよ? ねぇ、先輩」
私でもこのモヤモヤした気持ちが止められない。できるだけ表情に出さないように気にかけてはいたが、その副作用かものすごく怖く見えるようだ。
うかつだった。先輩の周りには高坂さんだけじゃなくて、そんな有力候補の幼馴染までいるなんて。
先輩が私の機嫌を気にしてあたふたとしている中、私達が注文した品が到着した。
「お待たせいたしました。和風ハンバーグセットと、チーズハンバーグセットでございます!」
「おー、すっごいうまそうだよ、新北さん! やっぱこの店入って良かったよ! ありがとう!」
「!? そ、そうですか……? それよりその言葉、食べてから言ってくださいよ……」
「そ、そうだよね。それじゃあ、いただきまーす!」
今さっきまでモヤモヤしてたのに、なんでだろう? そんな些細な一言だけでモヤモヤが消えた気がする。私って、チョロいのかな? そんな事を思いながら改めて先輩への思いを再確認した。
でもやっぱり、今のままじゃダメだな、私。これじゃいつまで経っても片思いのまま……。うかうかしてたら誰かに先輩を取られちゃう。
そして、私は決意した。この後のデートではどんどん攻めて攻めて攻めまくろうと。そして私の心の中ではサッカーのキックオフを知らせるかのようなホイッスルが鳴り響いていたのだった。