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始まりのゴング!?


「はぁー、暑ぃ……」


 6月最後の土曜日。天気は快晴、夏の始まりを伝えるかのように太陽の日差しが容赦なく俺に襲いかかる。

 ふと、時計を確認すると11時45分を指していた。


「これなら待ち合わせ時間には間に合うな」


 そんな余裕から近くにあった自販機でお茶を買い、一口。流石のこの暑さだ。水分補給をしっかりしないと運動不足の俺は死んでしまう。


 少し休んだところで再び待ち合わせ場所へと足を進める。


 2日前、俺はバイト先の後輩である新北(あらきた) (あかね)の下着姿を"偶然"にも目撃してしまったことから責任を取るため映画に付き合うことになったのだ。

 こんな事で責任を取れてるのかはわからないが、彼女がそれでいいと言うのなら仕方ない。


 程なくして待ち合わせ場所である駅前のオブジェがある広場が見えてきた。時間としては待ち合わせ時間5分前といったところだ。


 土曜日のお昼時でもあって人通りがやたらに多い。そんな中、綺麗な黒髪を後ろで束ね、今の暑さにはよく似合う肌の露出が多い服装でいて、その格好から清楚感が溢れ出ている一際目立つ美少女がなにやらそわそわしながら立っていた。


「新北さん! おはようー」


 そわそわした彼女に俺は後ろから声を掛けると、ビクッと体を震わせ、慌てた様子で振り向く。


「た、立花先輩! お、おはようございます!」

「ごめんね、待たせちゃったかな?」

「いえいえ、そんな! 私が早く来ちゃっただけなので!」

「そ、そう。ちなみにどのくらい待った?」

「えー……、に、2時間くらい……、ですかね……」

「2時間か………。え? 2時間!?」


 彼女の恥じらいながらに口に出した言葉に驚きを隠せないでいると、慌てた様子で彼女は直ぐに弁解してきた。


「いや! あの……、その、実は朝用事があって、そのまま来たら以外と早く着いちゃったんですよね!」

「あ、あー! そう言う事ね! それならそうと、連絡してくれれば俺も早く向かったのに」

「そ、そんな! 申し訳ないですよ!」

「そうか? まぁ、ここじゃ暑いし移動しよっか? とりあえず先に映画館行って先にチケット買っちゃおう」

「あ、はい! そうしま……」


 移動しようとした瞬間、新北さんは足をフラつかせ脱力したかのようにしゃがみ込んでしまった。


「ちょっ、大丈夫! 新北さん!」

「あ……、はい、大丈夫です」

「全然大丈夫そうには見えないけど……。もしかして、この暑い中2時間ずっとこの日が差す場所で待ってた?」

「…………。は、はい……」


 まさかのこの炎天下のなか日陰も無いこの場所で待ち続けていたとは……。

 俺は彼女がここにいた真意を問いたいところだが緊急事態ということもあって、すぐさまここから移動すべく彼女に声を掛けた。


「とりあえず日陰に行こう! 飲みかけだけどこのお茶飲んで。水分取らないと脱水症状になるから」

「はい。あ、ありがとうござ……、飲みかけっ!! 飲みかけですか!! い、頂いても、頂いてもいいんですか!?」

「あ、う、うん。気になるなら新しいの買ってくる……」

「いただきます!!!」


 俺が最後まで言い切ることなく、彼女は俺があげたお茶を勢いよく飲み干した。

 さっきまで死にそうになっていた新北さんだったがお茶をあげた事で輝きを取り戻したみたいだ。


「ほへぇ〜、私、幸せです……」

「ちょっとは元気になったみたいで、良かったよ」

「ちょっとなんてもんじゃないです! もう、すこぶる調子良くなりました! ありがとうございます! では映画館に向かいましょう!」

「え、大丈夫なの? 少し休んだ方が……」

「いえ、時間がもったいないです! 早くデート……じゃなくて映画を観に行きましょう!」

「そ、そう? じゃあ具合悪くなったら遠慮なく言ってね。あ、その飲み終えたペットボトル捨ててくるよ」

「…………。いえ! 大丈夫です! このペットボトルは私が処分しますので」


 と、新北さんはデヘデヘとした顔で持っているペットボトルを自分の鞄へとしまった。

 直ぐそこに捨てる場所あるんだけどな……。


 新北さんの体調を心配しながら映画館があるショッピングモールを目指した。

 新北さんは本当に調子を取り戻したのか、いつもよりもテンションが少し高く、とても楽しそうに話しかけてくる。


「立花先輩! 立花先輩! なんの映画が見たいですか?」

「そうだなー。って、えっ!? 新北さんが何か見たい映画があったんじゃないの?」

「ん? 私そんな事言いましたっけ? 私は特にこれといって見たい映画はありませんよ」

「え、あ……、そ、そうなんだ……」


 あれ? 映画に誘ってくれたのって新北さんだったよな……。

 あまりに衝撃的な彼女の発言に驚いたが、彼女自身は自分の発言にそれほど気にしていないようで頭にハテナマークを浮かべている。


 いろんなところで彼女に違和感を持ちつつも、俺は彼女のペースに合わせるように話を進める。


「とりあえず見る映画は行ってから決めることにしようか! 今どんな映画が公開されてるかわからないからさ」

「そうですね! 面白そうな映画やってるといいですね!」


 彼女のそんな他人事のように笑って言ったことに、俺も苦笑いで対応する。


 待ち合わせ場所から歩く事10分、映画館がある大型ショッピングモールへと到着した。

 エスカレーターで3階まで上がり映画館へと向かうと、なにやらもの凄い長い人の行列ができていた。


「なんだこの行列は……」

「みんな映画のチケット買う人みたいですね。私ちょっと見てきます!」


 新北さんは好奇心からか俺を置いて1人で人混みの中に飛び込んで行ってしまった。

 程なくして、彼女は何かの情報を得たのか帰ってきた。


「なんか今日から公開の『君、名前は?』って映画の影響でこんなに人がいるみたいですよー」

「え!? 『君、名前は?』って今日公開だったの!?」

「立花先輩知ってるんですか?」

「もちろん!」


 『君、名前は?』という映画は、今までに何本ものヒット作を世に送り出したアニメーション監督が作った最新作である。

 今回の作品の内容は、顔も名前も知らない男女2人がひょんな事から入れ替わるようになり、徐々にお互いを好きになっていくというSFラブコメだ。


 そんな感じで新北さんにもその映画の説明をしてはみたが、いまいちわかってもらえていない様で彼女の頭上にハテナマークが見えていた。そんな彼女は何か吹っ切れたかのように、


「この映画見ましょう!!」

「え!? 大丈夫? 俺の説明わかってなさそうに見えたけど」

「大丈夫です! 先輩が見たいのなら私もその『君、名前は?』を見たいです!」

「そ、そう? それなら、お言葉に甘えてこれにしよっか! 多分、誰が見ても面白いと思える作品だと思うんだよね」

「そうなんですか? それなら楽しみです!」


 彼女のご好意に甘えて、俺の見たい映画を観ることに決定し、俺たちもチケットを買うために長い行列へと並びだした。


「流石にこの列は長いなー。ディ◯ニーランドのアトラクションくらい並ぶんじゃないのか?」

「先輩、ディ◯ニーランドはもっと並びますよ〜。……。それより立花先輩、ディ◯ニーランド行ったことあるんですか?」

「ん? まぁ、あるけど……」

「だ、誰とですか……。誰と行ったんですか!?」

「ヒィッ!!」


 新北さんにもの凄い剣幕で問い詰められ、後ずさりしてしまい、少し震え声で答えた。


「え、あ、小さい頃に……、家族で……」

「……、あー家族とでしたか! 楽しいですよね、ディ◯ニーランド!」

「あ、うん。そうだね……」


家族でと言った途端、穏やかになる彼女の変化になんらかの恐怖を感じた。


長い列は徐々に進んでいき、ようやく俺たちの番が回ってきた。


「『君、名前は?』を学生二人分で」

「申し訳ありません。『君、名前は?』の上映なのですが、本日一番早くて17時からになってしまうのですがよろしいですか?」

「17時か……。後4時間近く待つな……」


 4時間か……。いくら大型ショッピングモールとはいえ、4時間暇を潰すのはキツイかな。

 そんな事を俺が思っていると、新北さんは何やら眼を輝かせながら両手をパチンと合わせて、一つの提案をしてきた。


「あの、先輩! それじゃあ待ってる間、良ければショッピングしてましょうよ!」

「ショッピング!? あ、うん。別に構わないんだけど、もし他に新北さんの見たい映画あるならそっちにしても……」

「いえ、私も『君、名前は?』がみたいです! あと、ショッピングしましょう! ショッピングもしたいです!!」

「わ、わかった……。じゃ、じゃあ待ってる間、ショッピングしようか……」


 彼女のあまりの威圧に圧倒されて少し引き笑いをしたまま受付の女性に、「あ、じゃあその時間でチケット2枚……」と言ってチケットを購入した。


 さぁ、残り4時間。このテンションの高い新北さんをどう扱っていくかと、なぜか俺の心の中ではボクシングの試合前になるゴングが鳴っていた。

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