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 はじめまして、長谷旬です。今回が初の小説投稿になります。誤字、脱字、表現の違いなど至らない点がたたあると思いますが、自分の書きたい物語を精一杯書いていきますので読んでいただけると嬉しいです。また、ご指摘、感想いただけるととても参考になりますので気軽に申してください。

「いらっしゃいませ! 何名様のご利用ですか?」

「二人、フリータイムで」


 人数なんて見ればわかることだが、わざわざ聞いたのはそれがマニュアル通りの対応であるからだ。なんなら聞かなくても大体の年齢、育ち、そしてこの二人組の関係性なんかも分かることである。


「かしこまりました。二名様、フリータイムのご利用ですね」

「ねぇ、早くしてよ。私早く歌いたいんですけど~」


 この店員の気持ちも考えもしない生意気な客は、学校帰りにカラオケへ遊びに来たであろうカップルだ。店員としてもこんな客にいつまでも時間を割きたくはない。

 こんな女の言う事を聞くのは癪だが早く歌わせてやろう。


「ドリンクバーは右手にございますのでご自由にお使いください。お部屋は301号室でございます。ごゆっくりどうぞ」


 内心ではイライラしていたが、これぞ接客。どんな客相手でも笑顔で振舞わなければならない。俺はそう思いつつ、心にもない笑顔でスムーズに彼らの使用する部屋を促した。

 女の方はドリンクバーへと足を進めたが、なぜか男の方はその場から動かず、太々しい態度で俺に向かって言ってきた。


「あ、灰皿くれない」

「……え、は、灰皿……ですか?」


 流石の俺もこの状況に唖然とした。まさか驚くことに男は、この近くにある高校の学生服を着ているにもかかわらず、灰皿を要求してきた。

 あまりにも堂々としたその姿に開いた口が中々閉じてくれない。だが、これも接客。どんな状況でも、相手とコミュニケーションを取ってこそ、接客業と言うものだ。

 俺は開いた口をそのまま必死に動かし対応する。



「も、申し訳ありませんが、未成年の方の喫煙は堅く禁止していますので……」

「はぁ? なんだよつかねーな」


 理不尽な捨て台詞を吐いていった男は女を連れ、奥にある俺の案内した部屋に向かって行った。



 最近の若い子は本当に何を考えているのか分からない。

 よく俺の叔父が『だからゆとり世代は……』と口癖のように文句を言うが、今の不良やギャルとかも一緒のカテゴリーで『ゆとり世代』と言って罵っているのだろうか。

 だとしたら一緒にしないでいただきたい! 俺もゆとり世代に生まれたが、あんな不良やギャルよりは真っ当に生きているつもりだ。一緒にしないでほしいものだ。


 そんな事を思っていると、後ろから肩を叩かれ、ある女性の声が俺の耳に入ってきた。


「お疲れ様~、立花(たちばな)くん。今の高校生、凄かったね……」


 今のバカ高校生との接客を見ていたのか苦笑いで声をかけてきてくれたのは、このカラオケのバイトの先輩である高坂(こうさか) (みさき)先輩である。


 彼女は落ち着きのあるダークブラウンに染まる、腰ほどに伸びた髪を後ろで束ね、割と細めの体つきだが、バイトの制服で着ているワイシャツの胸ボタンが悲鳴をあげるほどの豊満な胸を持った、誰しもが一目見たら釘付けになってしまうほどの、見た目は魅力的な女性である。

 彼女は俺の大学の一個上の先輩でもあって、このバイト先では一番仲のいい先輩である。



「お疲れ様です! 岬先輩。本当ですよね。俺が高校の時にいた不良でも、ちゃんと肩身狭そうに影でタバコ吸ってましたからね。あんな子達を見てると、今後の日本の未来が心配ですよ」

「君が高校生の時なんて、つい一年前くらいでしょ? 二十歳になったからって大人ぶっちゃって~。それにあんな子ばっかりじゃないでしょ? (あかね)ちゃんなんて凄くいい子じゃない」


 岬先輩が今、口に出した茜ちゃん。その子の本名は新北(あらきた) (あかね)。二ヶ月前に入ってきた新人で、高校二年生にも関わらずほぼ毎日働いている。

 さっき来ていたカップルのギャル女とは違って、見た目チャラついてることはなく、誰から見ても美少女という言葉が似合う女の子だと俺は思っている。



「確かに、新北さんはバイトにいる高校生、いや、今まであった高校生の中でも凄くいい子ですね。見た目も黒髪清楚系で可愛いし、頭も良さそうで、文句なしだと思います」

「……へぇ~、立花くんがそこまで言うなんて珍しいね。……もしかして、茜ちゃん、狙ってるの?」


 岬先輩は含み笑いをした表情で俺の顔を覗き込み、からかいの言葉をかけてきた。

 その彼女の覗き込み方で彼女との距離が近いことに気づき、俺は反射的に紅潮する顔を逸した。


「な、何言ってんですか、先輩! 流石に高校生なんかに手なんて出しませんよ。それに、今は趣味に没頭したいんで彼女とかはいらないんです!」


 俺、大見(おおみ)大学二年、立花(たちばな) (かける)はアニメや漫画、ラノベなど世間一般ではオタクと言われるものを趣味としている。

 かといっても、周りから引かれるほどの熱狂的なオタクと言うわけではない。少年漫画系や深夜アニメなどの幅広いジャンルのアニメを見ていて、気に入ったアニメなんかはイベントに行くぐらいのレベルだ。


 気に入った女性キャラクターなんかは『俺の嫁!』と感極まって叫ぶ事もあるが、もちろん本気で言っているわけではない。二次元と三次元の区別くらいはちゃんとできている。

 大学ではアニメ・漫画研究サークルなるものに入っているが故に、大学での印象は……。


「もう……、外見だけならそこそこいいのに、その趣味のせいで全部台無しだよ! ちょっとは気にした方がいいんじゃない? 三次元で彼女欲しいでしょ?」

「……いや、二次元が原因で彼女作らないわけじゃないですから! それに二次元に走るほど、俺はオタク化してないですよ! 二次元と関係なく、恋愛なんて面倒くさいだけじゃないですか……」


 これは俺の決まり文句。恋愛なんてバカバカしい。そうだよ。恋愛なんて面倒なだけ。彼女なんかできたら自分の時間が減るし、デートなんて行ったら男が多く払うと言う謎の風潮でお金の消費量が激しい。そんなマイナスしかない事を進んでやろうなんて催眠術にかかっているか、あるいは自分に溺れてるようにしか思えな……、


「ねぇ、なんか強がってない? 本当は自信ないんでしょ? 彼女作る」

「!?……」


 岬先輩はいつものからかう時の顔でプッと笑いながら、可愛いい小悪魔的笑顔で、確実に俺のHPを削ってきた。

 さすがは先輩だ。初めて会った時から、俺をからかうのにはとてつもなく長けている。

 それはそうと俺は本当に彼女なんていらないと思っている。決して自信がないなんて客観論で俺を罵るのは勘弁して欲しいものだ。

 ここは一つ先輩に物申してやらねば! 


「べ、別にそんな事ないしっ! 本気出せばできるしっ! 先輩だって彼氏いないから同レベだしっ!」

「そんな話いいからさぁ〜、手を動かして、働きなさいな」

「…………」

「…………」



「ムキーーーー!!!!」


 思わず、漫画なんかで表現されそうな、怒りの叫びをあげてしまった。

 今まで楽しそうに話していたのとはウラハラに、岬先輩は真面目な顔つきで仕事をテキパキとこなし始めた。

 いつもこんな感じで、何かと俺をからかってくる。まぁ、もうこのやり取りや先輩との関係にも慣れたものだが、やはりやられっぱなしなのは男としていただけない。いつかは先輩をギャフンと言わせたいもんだ。

 そう心に秘め、俺は岬先輩の隣で仕事をこなすのだった。




 一通り仕事も片付き、時計に目をやる。

 今日の俺のシフトは16時〜23時。

 割とメンツも強く、平日なだけあって客の出入りもあまりない、暇な日だった。

 時計はもうじき夜の6時を指そうとしていた。

 そろそろ高校生のバイトの子が入る時間帯だ。


「おはようございます! 立花先輩!」

 

 噂をすると、今日一緒に働く高校生が満面の笑みで挨拶してきた。

 彼女は腰ほどに長く整った黒髪をなびかせ、そのスレンダーながらに凹凸のはっきりとした体つきで、カラオケの黒と白の制服を着こなし、汚れをしらない表情で、誰に挨拶しても満点をもらえるであろう完璧な笑顔をみせたのだ。

 そう、彼女こそが俺がベタ褒めしていた美少女高校生、新北 茜である。


「おはよう、新北さん」

「おはよ〜、茜ちゃん」


 新北さんが俺に挨拶をして気づいたのか、岬先輩も俺の後に続いて新北さんに挨拶をした。


「…………」


 新北さんは岬先輩に対し、今さっき俺にした100%スマイルとは逆に、嫌悪感さえ感じさせる顔でぺこりとお辞儀をするだけだった。

 いつ頃からなのか、俺が新北さんを知った時から岬先輩への態度は周りから見ても一目瞭然で分かるくらいに悪かった。

 他のスタッフにも同じような態度がだったなら、この子自身に問題があるのがわかるのだがそんな事はなく、岬先輩の時だけ態度がわかりやすく悪くなるのだ。

 それとは逆で、先輩の方は新北さんが嫌っている事を知ってか知らずか、凄く新北さんがお気に入りみたいだ。

 おかげさまで二人の板挟みになる今日の様なシフトは割と面倒くさい……。


「あの、高坂さん……。ちょっといいですか」


 今日は珍しくも新北さんから岬先輩へと話しかけた。相変わらず表情は仏頂面のままだがその状態のまま淡々と口を動かす。


「今日のポジション、私と変わって下さい」


 ポジションとは、今日のバイトの中での作業場所みたいなものだ。フロント、キッチン、店頭(外で客引き)と大体3つに分類されている。

 その中でも岬先輩のポジションは俺と同じでフロント、新北さんはキッチンとなっていた。

 今日の様に暇な日は断然キッチンにいた方が楽だ。

 なのになぜ新北さんは仕事量の多いフロント作業したがっているのかわからなかった。

 岬先輩も俺と同じ理由なのかはわからないがハテナマークを頭に浮かべている。

 そして岬先輩は新北さんに疑問を投げかける。


「どうして? 茜ちゃん、フロント作業まだわからないでしょ?」


 それを聞いた瞬間、ハッとなり、さらに自分の中で疑問が湧いてくる。


「そ、それは……そうなんですけど……」

「けど?」


 岬先輩はまるで言い訳をしている子供を追い詰めるかの様に新北さんへ追求してくる。


「ふ、フロントの仕事を……、今日、立花先輩に教わりたいなぁ〜って思ったんですよ!」

「…………」


 岬先輩は一瞬時が止まったかの様に表情を固まらせたが、次の瞬間ニタ〜とした悪い笑顔に変わり、


「……あぁ〜、なるほどねぇ〜」


 と、何かを悟った様にポツリとつぶやき、俺の顔を見る岬先輩。その顔は俺にも馴染みのある、からかい始める合図なのだ。


「でもねぇ〜、さすがにフロントの作業を研修期間の子にやらせるのはね〜。立花くんはどう思う? ”立花先輩”に教わりたいんだって〜」


 それを言われた直後、 新北さんは急に顔を真っ赤に染め、目を泳がせながら下を向いてモジモジし始めた。

 その不思議な行動にも気にはなるが、なぜ『立花先輩』の部分だけ強調されたのか、と言う部分に引っかかっていた。

 が、そこは今聞く事でもないかと自分の胸にしまっておき、俺にパスされた話に答える。


「確かに、まだ新北さんはバイトを始めて二ヶ月の研修生だし、客のトラブルも多いこの仕事をさせるわけには……」

「そ、そんなぁ……」


 ドタッと、明らかにショックを受け、膝から崩れ落ち、まるで漫画で出てくる敗北者の様な姿になって倒れこむ新北さん……。

 そんな身体全体を使って落ち込む人、リアルで初めて見た!

 流石にここまで落ち込んだ後輩を見てはいられなく、俺は慌てて声をかけた。


「わ、わかったよ。都合よく今日は客も少ないし、メンツ良いから教えてあげるよ……」

「ほ、本当ですか!」


 さっきの姿とは一転し、喜びに満ち溢た表情を浮かべ、ガッツポーズをきめるほどに嬉しさを表した。

 そんな喜ぶ新北さんに岬先輩は、


「良かったね、”立花先輩”に教えてもらえて〜。せっかく教えてもらえるんだから、手取り足取り教えてもらうと良いよ〜」


 相変わらずのニタっとした笑顔のまま、奥にあるキッチンの方に向かって、岬先輩は歩いて行った。


「また、変なこと考えてたな、あの先輩は……。まあ、いっか。それじゃあ、仕事教えて……」


 と、二人っきりになって、新北さんの方に顔を向けると、耳まで真っ赤にした、まるでトマトの様な顔で何かブツブツと呟いている彼女の姿がしこにあった。


「て、手取り…… あ、足取り…………」


 ぐへへと、どこか遠くを見ながら考え込む新北さんのその姿に、ちょっと引きつつも恐る恐る声を掛ける。

 

「あの……、あ、新北さん?? 具合でも悪いの?」


 俺の声で正気に戻ったのか、手を左右に何回も振り、慌てた様子を見せた。


「……ハッ!! い、い、いえ、全然大丈夫です! む、むしろとても幸せです!」

「し、幸せなの……?」

「あ、いえ、な、何でもないです! 気にしないでください……」

「そっか……。うん、わかった。じゃあ仕事教えるね」

「は、はい! お、お願いします!」


 岬先輩にからかわれた後の新北さんは、たまにこんな感じになる。どんなに新北さんが可愛くても、あの顔はなかなかなれないもんだ。

 そんなからかわれる対象になっているからなのか、岬先輩を嫌っているのだと俺はひそかに密かに思ってる。


 なんだかんだで客もあまり来ない暇な時間が流れ、新北さんにフロント指導も着実にこなしていると、あっという間に22時になろうとしていた。

 高校生である新北さんは22時以降働けないという法律があることから、仕事も今日はこれまでなのである。

 せっかくいい流れで仕事を覚えてきたのに法律と言われればしょうがない。


「そろそろ新北さん、上がりの時間だね」

「もうそんな時間だったんですね。……楽しくて時間、忘れちゃってました……」


 新北さんは恥ずかしいがって赤面しながら、チラチラとこちらを見てくる。


「そんなにフロントの仕事、気に入ったんだ! 今度、店長に言っとくよ。研修生だけどフロント立たせてあげてくださいって!」


「…………。」


 さっきの赤面からは一変、急に死んだ魚の目で遠くを見つめる新北さん。

 あれ? 俺なんかおかしい事いったのかな?

 そんな微妙な空気が流れるの変えようと慌てて口を開く。


「と、とりあえず今日はもう上がりな! お疲れ様!」

「……そ、そうですね。立花先輩、今日はありがとうございました! また教えてくださいね! お疲れ様です」


 さっきは一瞬沈黙したが、最後はいつも可愛らしい顔でそう言い残し、満足そうに帰って行ってくれた。

 時間は22時。俺も後一時間、頑張るかな。心の中で気合を入れ直し、一人っきりになったフロントの空間で黙々と残りの仕事をこなした。





 その後も店は忙しくなる事もなく、難無く俺の勤務時間は終了した。

 その後、夜勤のスタッフに仕事の引き継ぎを済ませ、スタッフルームへと足を進めると、俺と同時刻で終わった岬先輩は早々と着替えを済ましもう帰る準備を整えていた。


「お疲れ様ー、立花くん。どうだった? 茜ちゃん?」


 退勤の申請をしていた俺に岬先輩は何気なく新北さんの様子をうかがってきた。

 

「お疲れ様です。全然問題なくフロントの仕事こなしてましたよ! やっぱあの子は出来る子ですね」

「もぉ~、そういうことじゃないって……。まぁいっか! それじゃあまたね、立花くん!」

「あれ? 最近帰り、早いですね」

「まぁね……。女の子にはいろいろあるの! じゃあね」


 ニコっと最後に微笑みかけ、男の俺にはよくわからない事を言い残した岬先輩は、スタッフルームから直接繋がる裏口から帰っていった。

 先輩の家は俺の帰り道の途中だという事もあって、前まではよく一緒に帰っていたのだが、最近は俺を置いて先に帰る事が多くなった。

 そんな早々に帰宅してしまった先輩の後を追うように、俺も淡々と着替えを終え、裏口から外へ出た。

 この裏口から出るとちょうど路地裏の様な場所と繋がっている。その薄暗い路地中、スマホ画面に照らされた人影が一つあることに気づいたのだ。


「あっ! お疲れ様です! 立花先輩!」

「あれ? まだ居たの!? 新北さん」


 その人影の人物は、裏口のドアをすぐ出たとこで、壁に寄りかかりながらスマホをいじる新北さんだった。

 これは最近よく見る光景だった。毎回何かしらの用事で新北さんはこの時間まで、この薄暗い路地にいる事が多いのである。


「また用事? それとも人待ち……かな?」

「あ、えっと〜……、ちょっとした用事があったところです! でも、今終わりました!」

「そうなんだ、じゃあもう遅いし駅まで送っていこうか?」

「やった! ありがとうございます! それじゃ、お言葉に甘えちゃいます」


 清純派女子の新北さんはただ送るだけの俺の行為をいつも嬉しそうに受け入れてくれる。

 流石に、この時間に女子校生を一人歩かせるわけにはいかないという事で、最近はこのパターンが俺の帰路イベントになっている。



 バイト先から駅までは約15分。最寄りの駅は自分の帰り道からちょっと外れた場所にあり、遠回りになってしまうのだが、喋りながら一緒に帰るこの時間は嫌いじゃない。

 駅まで向かう途中には川沿いにある散歩コースがあり、夕方になるとカップルの通行が増える、ちょっとしたデートスポットにもなっている。この時間になると薄暗く、人通りも少なくなるため女の子一人では少々心配にもなってしまうが、そんな道を二人でたわいもない話やバイトの話なんかをしながら駅まで歩く。ちょっとしたリア充気分を味わえる、俺にとっては貴重な時間だ。

 

 そんなこんなでリア充時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか駅のすぐ前まで来ていた。


「あ、もうここまでで大丈夫ですよ! 駅すぐなので」

「そっか……、了解。それじゃあまたバイトでね」


 俺は軽い挨拶をした後、新北さんに背中を向け、自分の帰り道に戻ろうとしたが、


「……あ、あのっ!」

「!? ん? どうかしたの?」


 いきなりの一声についビクッとなって、振り返ると、新北さんの顔は暗くてよく見えないが何やら緊迫した空気を感じ取ることはできた。そんな緊迫した空気から何が来るのかとヒヤヒヤしていたが、そんな空気はすぐに、彼女の言葉で切り替わったのだった。


「……、よ、よかったら、……こ、今度の日曜日、映画一緒に行きませんか!?」

「え、映画ですか? …………」


 あまりにも脈絡の無い事に一瞬、脳内がフリーズしてしまったが直ぐに正気に戻り、考える。

 ……、

 …………、

 ………………ダメだ。日曜日の予定が思い出せない。手帳を見れば直ぐにわかる事なのだが、その手帳は生憎にも家だ……。

 せっかく緊迫した空気を作って誘ってくれたからこそ、申し訳なさでいっぱいになった。


「ごめん、今手帳が手元になくて日曜の予定がわからないや。家に帰ってから連絡してもいいかな?」 

「は、はい! そ、そうですよね、急に言われても困りますよね。わかりました! 連絡待ってますね!」


 そう言い残し、少し駆け足で駅の方へ向かっていった。


 映画か……。何の映画が見たいのかな? そもそも何で俺となんだ? そんな疑問を抱きながら、俺は自分の家へと足を進めた。

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