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設定のフリューゲル② ラビュリント

これを読むとパイルバンカーとパイルドライバーの違いが明確にわかるようになります。

ただ、その知識を生かす場面がないことも確かです。

「…………あのさ、陸」

 なだれ込むように放課後に入り込んだ我らが二年四組。部活に行く連中、普通に帰る連中、部活に行くべきなのに普通に帰る連中、さっさと帰るべきなのにダラダラと帰らない連中がそれぞれの意図で動き始める。

 分類的に、俺らは最後の奴。


 我らが松山高校は一応進学校の部類で、部活に対して熱意を燃やす生徒は少ない。そんなこんなで、俺も楓も花音も部活は無所属。むしろ部活している方が珍しい部類だ。


「どうした、楓」

「花音ちゃんって、良いところのお嬢さんなんだよ」

「うん、知ってる」

 今更言わなくても、別に知っている。彼女の父はアンドロイド寡占三社が一つ、デイブレイク社の重役だそうだ。どちらかといえば『成金』の部類だと花音は言うけれど、それでも良いところのお嬢さんであることに変わりはない。


「それにさ、なに? コンデンサがどうとかジェネレータがどうとかスラスターとブースターとバーニアの違いとか迷路と迷宮の違いとか教え込んでどうするの?」

「最後のは別に良くないか?」

 それはただの雑学だろう。それ以外は、確かに……ちょっと調子に乗りすぎたかと思うけれど。

「明らかに深すぎたよ!?」

「そもそも名付けとかモチーフにそこまで色々なものを持ち出したアンドロイド組がおかしいんじゃないかな、うん」

 確かにちょっと残念なことを教えてしまったのは自覚はあるけれど、そんな目くじらをたてるようなことでもあるまい。楓は面倒見が良いから、花音のことも気にしているんだと思うけど、

「頭が柔らかすぎる二人も確かに問題だけど……」

「あれでアンドロイドだっていうんだからなんか納得行かないよな」


 まあ、そんなことはおいといて。


「チトが教えて欲しいっていうから教えただけだよ」

 何も、こちらから知識を押しつけたわけではない。さすがに、そこまで墜ちてはいない。

「それで濃厚ミリタリートークを展開する陸もどうなの、それ」

「チトが喜ぶから……つい」

「もう、だめだからね。花音ちゃん、私たちのせいで庶民感マシマシになっちゃってるんだから」

 楓はそう言って、俺を糾弾した。よし、俺も細心の注意を払おう。花音は嫌がるだろうけど、これも花音の為なのだ。今度からは、ロボ話とかはできるだけ自重しよう。




 そしてまた、とあるファストフード店。今回も俺のおごりということになったのだが、なぜ奢りになったのかはもはや覚えていない。いつのまにかそれが当然であるかのごとく、奢らされていた。

 そうなることを見越して最初から各種クーポンを入手しておいた俺に抜かりはなかった。事前に対策していたくせに、最悪の事態それ自体は防げないとはこれいかに。

 楓と花音、そして俺という組み合わせ。今日も今日とて、道草三昧。



「〈ラビュリント〉の最大の特徴はやっぱりパイルバンカーでね! 一撃必殺なんだよ!」

 --楓、つい10分前に自分が言っていたことを思い出してください本当にお願いです。

 俺だって一応自重はしていたんだよ! あれはちょっとどうかと思っていたから!


「ぱ、パイルバンカー? パイルドライバーなら聞いたことがあるんですけど……」

 花音がセンスの良い間違い方をしてくれる。そう、その反応が正しいのだが。

「あ、パイルドライバーとパイルバンカーの違いについてはちょっと解説しづらいんだよね、これ」

 そこらへんはちょっと複雑な問題なのだ。……って、もう、説明するっきゃないか。


 四人掛けのテーブル席に三人で座る。自分の隣に楓、向かい側に花音という位置取りだ。


「実際はパイルドライバーと同じコンセプト……というか、全く同じ武器なんだけどな」

 せめて、わかりやすく解説しよう。俺は路線転換を心に決めた。

 品の良い彼女は、優雅な所作でハンバーガーを口に運んでいる。ここまで上品にファストフードを食べられるのは、松山高校では彼女くらいなものだろう。


「元々重機の杭打ち機の別名が『パイルドライバー』。ほら、プロレス技でもあるよね、パイルドライバー」

「そうなんですか?」

 む、確かに花音はプロレスに興味があるようには思えない。楓が当然のように例に挙げた技も、どうやら知らないみたいだった。

「脳天杭打ちってやつだな。プロレス技も元々は重機の名前から取ってるそうだ。やり方が似てるらしい」

 花音は興味深そうにうなずいている。楓はさっきの約束を早くも忘れているようだし、俺も忘れることにした。


「それで、どうしてパイルバンカーなんですか?」

 結局は、そこに行き着く。花音は見る物を虜にする、深みを持った瞳をこちらに向ける。彼女とは長く一緒にいるのに、小さく胸が弾んだような気がした。

「え、ええと--ざっくり話すと、パイルドライバーのコンセプトを巨大ロボットの武器に応用した人が居て、その武器の名前に従って、それ以来こういった杭とか純粋な質量の固まりを的に叩きつけるロボットの武器をパイルバンカーって呼ぶようになったんだ。今ではすっかり根付いて、分類として定着してる」

 ……という話らしい。


「複雑なお話なんですね……私の知らない世界でも、そこに人の営みがあるのかと思うと、なんだか頭がくらくらしてきます」

 花音は面倒な話もすぐに飲み込んでくれたみたいで、その目を好奇で満たしている。

「そうだね。それにしても、そういう文化が一部で根付いちゃってる日本って、結構凄いのかもね」

「だからこそアンドロイドなんて素晴らしい発明品が完成したときに、真っ先にARROWみたいなゲームを開発したとも言えるな」

 ARROWを作ったのは日本企業だった。その創造性や娯楽性が認められ世界的にも有名になったのは皆の知るところだが、こういう背景もあり、日本での普及率が最も高い。


「それもアンドロイドの可能性の一つだと思いますよ、私は」

 花音は、楽しそうに笑っていた。人類に革新をもたらす発明も、日本人に関われば巨大人型ロボットのパイロットか。


 アンドロイドに家族を見た人がいた。アンドロイドと友達になろうとした人がいた。アンドロイドには無限の可能性が秘められていて、人間には無限の想像力が秘められている。だからこそ、その機械仕掛けの隣人たちとの付き合い方は無限に広がっていく。


 ロボットアニメという文化が古くから根付いていた日本で、ARROWという一つの結果が生まれたのはいわば必然だったのかもしれない。


「花音ちゃんも、陸に負けず劣らずロマンチストだよね」

「ほめ言葉と受け取っておきますよ、委員長」

 お前も人のこと言えないぞ、楓。

 というのは自分の胸の中に隠しておきつつ、オレンジジュースを飲む。


 因みに花音と俺が迷わずオレンジジュースを頼んだせいで、楓も流されてオレンジジュースを頼んだという経緯がある。なお、なんで花音がオレンジジュースを頼むのか聞いたところ、その理由は紅茶やコーヒーだとついつい味にうるさくなってしまって楽しめないかもしれないから、だそうだ。その点、オレンジジュースならあんまり気にならないらしい。舌が肥えているのも考え物だな。けれど、無理して慣れなくとも良い気がするのは俺だけだろうか。


「改めて〈ラビュリント〉の話をするとね――うーん、まず、名前はうちに来たばかりの頃の遥香がつけてくれたんだよね。ドイツ語で、『迷宮』って意味だよ」

 迷宮と迷路の違いについては前回説明しているしひたすら蛇足なので、今は黙っておくことにした。

 ダイダロスとの関わりについても、自重だ。そもそもギリシャ神話に関しては〈フリューゲル〉ありきでの関係性だし、気にしても仕方がない。


「なんでそんな名前なんですか?」

「そのプレイスタイルがね、まるで迷宮を自分で作りあげるみたいだからだよ」

「……壁を作ったりするイメージですか?」

「機雷っていうのを使うの」

「あ、それは知ってます。日本の船が機雷除去で活躍……なんて話、歴史で習いました。誇らしいですよね」

「掃海艇って奴だな」


 元々機雷というのは海に設置するものだ。機雷という名称自体、『機械水雷』の略称だしな。〈ラビュリント〉の用いるそれは空中に浮かんじゃっているので、水要素は皆無なのだが。


「ARROWの世界観だと空中に散布できるんだよね、これ。使い方はほとんど同じのまま」

「触ると爆発するんですか?」

 触発機雷と呼ばれる類のものだな、それは。


「触らなくても爆発するよ。相手の機体が出す影響に反応して爆発とかもさせられるんだよね」

「ARROWでの機雷は地上から空中にかけて散布できて、爆破条件は任意で設定できるんだ」

 超高性能な複合機雷という感じだな、これは。ARROWの世界観で機雷を作れば、あのくらいのものはできてしまうのかもしれない。


「む、難しいし、怖いですね! 日本はそんなものに立ち向かっていたなんて……」

「本当だよな……」

 普通の機雷でさえ、恐ろしいものなのだ。

 あの浮遊機雷が架空の世界にしか存在しなくてよかったと言わざるを得ない。


「遠隔操作で起爆もできるから、かなり強いんだよね」

「でも、散布するのに面倒な制約があるんだよな」

「あ、例の『ゲームバランス』ですね!」

 花音が反応する。そう、その通りなのだ。このゲームでは必ずどんな装備にも弱点がある。

 もちろん、楓と遥香の〈ラビュリント〉の機雷だってその例外ではない。


「実戦レベルで機雷を使うとなると、重量が重くなるんだよね。その分、他の装備との兼ね合いが難しいの」

「その〈ラビュリント〉はどうやって折り合いをつけているんですか?」


 ここがラビュリントのおかしいところだ。そこに踏み込んでいく花音。


「他に装備を積まなければ良いってことに気づいたんだ、わたし」

 楓は、とても真っ直ぐな目でそう言った。自分の采配には何の不自然もないと言いたげな様子だった。

 うん。楓、それはおかしい……のだけれど、実際それに負けてしまったのだから、何か言えるわけもない。


「で、でもパイルバンカーは載せているんですよね?」

「そうなんだよ。やっぱりだめ押しは必要だからね」


「じゃ、じゃあどうやって勝つんですか?」

「一歩も動けなくなるかわりに、パイルバンカーとさらなる機雷散布用のビットを使えるようにしたんだよな」

 ……先にオチを言ってしまう。これ以上花音を振り回すのは気が引けたからだ。

「うん。あれ以上のウェイトは自重で崩壊しちゃうくらいにね。今だって、また別の杭を地面に刺して自重を無理矢理支えている形だし」

 こっちは本当にパイルドライバー的な使い方をしている。


 ARROWでは必ず二足歩行の機体を作らねばならないので、四つ足や下半身がタンクになっているような機体を作ることで自重を支えるなんてことができず、こうやって疑似的な四足を作っている。

 その制限の理由は、操縦者の一人であるアンドロイドが四つ足等の処理に対応できないからだとされている。二本足で動くようにできているからな……。車の運転はできても、機体操作は難しいようだ。


「じゃあ本当に、パイルバンカーと機雷しか武器がないんですね? しかも、一歩も動けないなんて」

「本当に変な機体だよな……」

「あはは……まあ、私も初めて作る機体だったからね、変なのになるのは当然だよ、うん」

 楓は頬まで真っ赤になっている。どうやら今更になって恥ずかしくなってきたようだ。


「…………陸、ちょっとソフトクリーム買ってきて。お金は後で払うから」

「はいはい」 

 彼女のわがままを笑いながら受け入れて、俺は席を立った。



 楓が情報端末に〈ラビュリント〉の姿を表示させる。ソフトクリームを食べ終え頭が冷えたようだ。

 右手に装備した巨大なパイルバンカー、左手を初めとした体の各部分に取り付けられた機雷散布用のビット。そして、腰あたりに有る杭を地面に打ち込むギミック。 


 アシンメトリーなシルエットが男心をくすぐってやまない。可愛い女の子の機体なのに……。


 女の子の機体ってのはどこか曲線的で女性的であるものだと思っていたのだけれど……。

 曲線皆無! 刺々しい&武器がエグい&アシンメトリーの合わせ技が憎い。


 それにしてもシンプルなはずの構造でここまで個性的になれるなんて、逆に凄いと思う。


「白い体と、赤い目……って、これはなにをイメージしたカラーリングなんですか?」

「遥香が言うには、マウスだって」

 確かに、実験用のマウスのような見た目だ。実際に見たことはないから何とも言えないが、少なくとも自分はそう連想した。


「たしかに、なんだかマウスというと迷路を走らせられたりする印象ですね」

「この迷宮の果てに待ってるのはご褒美の餌じゃなくて、無骨なパイルバンカーなんだよな……」

「完走しても失敗しても罰ゲームが待ってるんだよね。相手が入り口に入ったら、こっちの勝ちパターン」

 本当に、凄い機体だ。

 そんな機体を的確に操り迷宮を構成する楓――まさに、神業だな。






「今日はありがとうございました」

 花音がそう言って席を立つ。これから習い事なんだって。お嬢様も大変だ。

「また誘ってください」

「ああ。チトがよければいつでも――そうだ。明日あたり、あの本返しに行くから」

 花音は嬉しそうに、小さく笑った。

 この笑顔が早く見たくてついつい本を読み進めてしまう自分は、なんて単純なんだろう。でも、自分のこの単純さが嫌いではなかった。

 いや、違うか--この単純さのおかげで彼女の笑顔を見られるから、俺はそれを嫌いになれないのだ。


「陸、何か食べる?」

 楓が聞いてくる。

「いや、これ以上は夕飯に影響がでる。もう、帰ろうか」

 テーブルの上をさっさと片づけてる。――というのも先ほど花音が余分なものを全部持って行ったので、ほとんどなにも残っていなかったのだ。気の利く良い子だ、花音。よくわからんパイルバンカートークにもイヤな顔一つせずに付き合ってくれるし。


「あ、ちょっと寄っていきたいお店有るから付き合って!」

 楓は立ち上がりながらそう言った。

「ああ。つばさが寂しがらない程度にな」

「もう、わかってるって」

 悪戯っぽく笑う彼女の声は、自動ドアの稼働音と混じり合いながら、夕暮れの空に溶けていく。


 遠回りして帰る家路。自分にあまり関係のない買い物。

 そんな一瞬がどうしてこうも楽しく感じられるのか、自分でも不思議だった。




「花音ちゃんもいつか、ARROW始めるのかなー」

「やっぱり、そうなんじゃないかな」

「だよね、興味ありげだったもんね」

「花音と話す機会も増えそうだな」

 ARROWを始めてから、楓と一緒にいる時間が増えた。ただのロボット格闘ゲームとはいえ、それでいっそう濃密になる人間関係もある。

 酒は人間関係の潤滑油とはよく聞くが、子供の俺たちにとってはゲームが潤滑油なのかもしれない。


「明日も、ゲームルーム行こうね?」

「ああ。楽しみにしてる」

 色気もへったくれも無いけれど――こういう関係も、ありなんじゃないかな。

 そんな都合の良いことを考えながら、今日も道草をしながら帰り道を歩いていく。 


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