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設定のフリューゲル① フリューゲル

「陸、お久しぶりです」

「ああ、チト。久しぶり」


 千歳花音、今年高校一年生になったばかりの友人の声が、人気の少ない廊下に響いていく。放課後、所用があって職員室に行っていた自分を、彼女は俺の教室で待ちかまえていた。ちなみに俺と楓は、二年四組である。


 チトというのは彼女の名字、千歳をもじった渾名なのだが、後から調べたらはるか昔の戦車の名前と被っていた。こんなにお淑やかで慎み深いのに、戦車……。そうすると、『花音』のほうも『砲台』的な意味合いに思えてくるが、実際の所は宗教用語由来だそうだ。


「――あれ、委員長はいないんですか?」

 委員長とは楓のことだ。が、実際の所高校に入ってから楓が『委員長』になったことは一度もない。

「ああ。今日は少し忙しいらしい」

 まあ『委員長』もたまには他の友人との付き合いもあるのだろう。みんなで買い物に行くとかいっていた。変な噂が立つのも彼女に悪いので、快く見送った次第である。


 花音が楓のことを『委員長』と呼ぶのにはちゃんと理由があって、中学時代に少し委員会関係で三人が関わったからなのだ。当時中学二年生だった楓が委員長、俺が副委員長。そして、副委員長は二年生と一年生から一人ずつ選出なので、もう一人が花音。その布陣のまま我らが図書委員会は三年生の冬まで戦った。


 今でも花音は楓のことを委員長と呼ぶことがある。当時のことを懐古している故なのだろう。自分だって、俺たちの卒業後に委員長をやったはずなのだが、そこは無視するらしい。


 能力と人望のある楓の後任をやったのだからその苦労は想像に難くない。それをやりきった彼女の努力も、また同じだ。


「そうですか。そういえば、最近ずーっといっしょにいますけど、もしかして、付き合い始めましたか?」

「ないない」

 楓は才色兼備を絵に描いたようでいながら、親しみやすくて優しい子だ。確かに欠点だっていくらかあるけれど、それだって愛嬌があると言える――というのは、贔屓目に見すぎだろうか?


 あの安心しきった笑顔を向けてもらえることを幸せに思っている自分がどこかにいる辺り、楓は自分にとっても大切な存在なのだろう。

 だが、だからといって付き合っているとかそういうわけではない。

 彼女を大切に思う気持ちと恋愛感情が、上手く結びついていないのかもしれない。


「そうですか」

 花音はなぜか安心したように微笑んだ。

 彼女はかなり良い家の一人娘らしく、所々で育ちの良さを垣間見せる。余裕と気品が随所からにじみ出ているのだ。


 因みにそれが良家云々が発覚したのは、バレンタインデーで手作りチョコ一つと、『お口直しに』と言って超高級チョコを渡してきたという事件の時。どうでもいいが、今でもあのチョコが入っていた箱を捨てられずにいる。豪華すぎるよ、花音……。


「最近はARROWの練習に付き合ってもらってるから、楓との時間が増え気味になってるのからな。誤解もするか」

「ARROW……って、あのゲームですよね?」

 きょとんとして聞き返す。世事には疎い方の花音でも、ARROWの名は当然聞いたことがあったらしい。

「チトには馴染みが薄そうだな」

 頭の中でこの子とあのゲームがどうしても結びつかない。

「ええ。やってみたことは無いですね」

 おお、こんな所にもお仲間がいた! 本当に超少数派なのだ、アンドロイドつれている高校生の中では。一応アンドロイドを持っていない人向けに、色々なデータ端末でもプレイできるようになっているから(こっちでは少々プレイの幅が狭い)全く関わったことないなんていうのは本当に珍しい。


「俺もつい先月当たりまでそうだった。でも、やってみると楽しいもんだよ」

 花音は少し考えるような素振りを見せる。興味は持ってくれたみたいだ。

「そうですか……陸がそういうんだったら、私もやってみましょうか……」

 --景品のこととかもう度外視して、ARROWというゲームを純粋に楽しんでいる自分もどこかにいるのだろう。俺は、彼女とタッグマッチをしてみたいとさえ感じていた。


「少しでも良いですから、教えてくれませんか?」

「まだ初心者だけど、良いのか?」

 教えられることは、そう多くない。

「はい。私は陸に教わりたいです」

 まっすぐ、照れもせずにこういうことを言うのが、花音という女の子だった。

 美しい宝石よりもなお澄んでいる瞳は、未だそれを例えるに値するものを見つけ出せていなかった。

 少し色素が薄くって、琥珀のような色合いになっている長髪。学校の規則に従ってそれを後ろで結い上げていて、ちらりとのぞくうなじの色っぽさは高校一年生とは到底思えない物になっている。

 こんな後輩が教室で待っていてくれるなんて、役得以外の何者でもない。

 日本的な格好よりも、洋風でファンシーな格好の方が似合いそうな女の子だった。

 ていうかもう、これって卑怯と言いたくなるほどの可愛らしさだ。。


「ともかく――ひとまず帰ろうか。駅までは一緒だよな」

「はい。是非ご一緒させてください」

「……にしてもチト、何か用事があったんじゃなかったのか?」

「用事が無ければ来てはいけませんか?」

 一瞬、心が突然跳ね上がるほどの衝撃を受けた。不意打ち上等な花音の言葉。こうやって俺をからかって楽しんでいるのだろうか? 良いところのお嬢さんといっても、ふつうの女子高生なんだと改めて思い出す。

 結構悪戯っぽいのだ、彼女は。


「ち、チト――その、そうは言ってないけど、そういう言い方は」

「冗談ですよ、陸」


 彼女は俺を呼び捨てで呼ぶ。これは、俺が頼んだのだからだ。周りの目は少し気になるけれど、先輩だ後輩だと面倒なことを意識するよりはましだろう。丁寧語に関してはどんな相手にでもこうなので、今更気にしていなかった。

 回想にかまけることで、弄ばれたことを忘れようとするけれど、頬に篭もった熱は、やはり放出に時間がかかるようだった。


「……お前は本当に良いところのお嬢さんなのか」

「貴方と話していると忘れがちですけどね」

 この、なんというかひらりひらりと避ける感じ。楓とかにはない対応だ。

 彼女との言葉のやりとりは結構、面白い。


「それで、用事ですが。陸にこの本を貸そうと思っていまして。是非、読んでください」

 文庫本。真っ白な表紙に、ぽつりと描かれた花束――そのタイトルは聞いたことはないけれど、花音が薦めてくれる本に外れはない。きっと楽しめるだろう。

 受け取った文庫本を丁寧に鞄に入れる。なお、全教科置き勉で筆箱辞書類さえもロッカーにぶちこんでいるので中身は殆ど空っぽだったりする。なお、これはつばさに話すと怒られる。


「暇を見つけて読んでおくよ」

「忙しいのでしょうから、ゆっくりで良いですから。味わって読んで欲しいですしね」

「お言葉に甘えるかも」

 最近はARROWばかりにかまっていて、あまりそういう時間はとれていないからな。今日も、帰ったら一人でもくもくと殲滅戦やる予定だったし――いや、つばさと一緒なんだから、一人ではないか。


 孤独を薄めてくれるアンドロイド。いつだって、慰められてばかりだ。

「ARROWの話、少し聞かせてください」

「どっか寄り道していこうか」

「あ、私はファストフードが食べたいです。周りのみなさん、気を使ってそういうところには誘ってくださらないので……」

 まあ、そりゃあねえ……。

「まあ、確かに、チトをデートに誘うとしたら、お洒落な店とかを探すだろうけど……」

 半端な店ではいけないような気がするし……。

「私はなんでもおいしく食べるんですけどねー」

「そんな所に行って、おうちの人に怒られないの?」

 良いところのお嬢さんなのだから、家の人は良い顔をしないとおもうけれど。

「そんなに厳しくないです。そんな調子でしたら、そもそも普通の高校なんて来ませんって。そういうことを言うくらいなら私は百合ヶ丘の方に行ってますよ」

 百合ヶ丘高校は私立の、ここから少し歩いたところにある高校で……名前からも分かるとおりいかにもな女子校だ。校庭が洋風で、噴水とかまであるのだ。隙間風吹きすさぶ我らが松山高校とは大違いだ。

「それもそうか」

 --やっぱり、俺も少し家柄で構えてしまっているのかもしれない。

「ふつうでお願いします、ふつうで。委員長に接する感じで」

 年中無礼講状態で良いのか。正気か、チト。

「ごめんごめん」

「ポテトとジュースおごってください」

「…………はい」


 まさに楓に接する感じだな、これ。何かあったら、できるだけすぐに解決するこの感じ。尾を引くことを互いに嫌がっているのだろう。小さないざこざは、大抵これで手打ちにしている俺だった。


「まあ、無料券有るから傷は浅い」

「あんなに安いのに、さらに無料になるんですか?」

「凄いよなぁ」

 適当なことを話しながら、学校を後にする。下駄箱の所で一端分かれて、出入り口で合流。そんな何でもない感じが何故かとてもこそばゆい。



「--え、〈フリューゲル〉の話を聞きたい?」

 席に着くなり、花音はそんなことを言い出した。聞いて面白いような話でもないと思うのだけれど……まあ、彼女が聞きたいというのなら、それも良いだろう。


「はい。陸がどんな機体を作ったのか、気になります」

「……誰にも言うなよ?」

「大丈夫ですって。よこしまな目的はないです。それに、話したくないことは伏せておいて大丈夫ですよ」

 花音に限って、そんなことはないと分かっている。それでも一応気になってしまうのは、景品のことが気にかかっているからなのだろう。

 ARROWはピンキリな機体になりやすい分、敵機の情報を持っているかいないかで勝率がまるで変わってくるのだ。その分、機体情報の管理には気を使わなければならない。







 騒がしいファスト・フード店。二人ともオレンジジュースとポテトを頼んで、低コストで長居の構えを整えた。しかも半分はクーポンで無料にしている徹底ぶりだ。


「楓がつけてくれたんだけど、〈フリューゲル〉って機体名はドイツ語で『翼』って意味らしい」

 まあ、そんなことは気にせずARROWの話だ。

「ぱっとドイツ語とかが出てくるなんて、委員長は、相変わらず何者なんでしょうか……」

 純日本人なんだけどな、楓。

「なんか名前をつけるの好きみたいで、命名権をもらえたときのために最初から目星つけてたんだって」


 遥香は〈ラビュリント〉って名前をかなり気に入っているみたいだからな。

 名付けは、いわば共同作業。思い出の最初の一ページになったそれ以来、並々ならぬ思い入れがあるみたいだ。


「それで、どんな機体なんですか?」

「まず、その名の通り羽根型の大きなスラスターが付いている」

 真っ先に語るべきはやはりあの羽根型のスラスターだろう。我が愛機をフリューゲルたらしめている存在だ。


「羽根? ……鳥みたいな感じですか?」

「そんな優雅じゃないんだ。もっとナイフみたいに鋭くて、無骨な鉄って感じ」

 どちらかというと骨とか枠組みとか、そういうものに近い。放熱状態だと完全に翼になるけれど、それ以外の際は殆ど、ただの鉄だ。


「意外ですね。ロマンチストな陸らしくもない」

 本当に意外そうな目。え、俺ってそんなにロマンチスト?

「ロマンチストって……。まあ、つばさの趣味も混じってるからな。それに、スラスターがばらまく蒼の粒子は本当にきれいなんだぞ。どこぞのロマンチストも満足だ」

「見てみたいものですね……それで、ちょっと聞きにくいんですけど、スラスターってなんですか?」

「ああ、気にしないでくれ。女の子には馴染みの薄い話だよな。人工衛星とかロケットに付いてる推進器のことだよ」

 そりゃあ、急に『スラスター』と言ってぱっとイメージできる女の子は少数派だよな。かなりの天文好きでもなければ……。


「因みにブースターって呼び方をする人がいるけど、なんかロケットだとメインがブースターで、サブがスラスターらしい」

「細かい違いですね……」

「まあ、人型ロボットに関してはそこらへんは細かな違いだ」

 むしろボディについているゲーム内では『メイン』とされるべき推進器が姿勢制御、『サブ』になるはずの後付けのバックパックである翼が加速に使われている感じなのだ。ゲーム上の分類と実際の役割が入れ替わっているので、名前に関してこだわるっても泥沼になってしまう。


「人型ロボでは、大型の推進器はスラスター、小型のものはバーニア、使い切ったらそれっきりで加速に使うものがブースター、って感じかな」

「そ、そうですね。目が回りそうです」

 やることは対して変わらないのに、こんなに色々な名前があるなんて、少し面倒だよね……。


「このスラスターがくせもので……普通の機体には絶対ありえないような速度を出してしまうんだ」

 スラスター有りきで設計した機体だからな。スラスターに振り回されるのは道理だろう。

「そうなんですか?」

「ああ。専用の筐体でプレイするとちょっとだけどフィードバックもあるんだけど……Gで息が止まりそうになる」

 外装でウェイトを調節しないと、かなり厳しいことになる。

「お年寄りと子供には遊べませんね……」

 年齢制限がつきそうな勢いである。


 因みに、羽根の方と直結してあるジェネレータの都合上、あまり好き放題に出力を帰られないのが弱点の一つとなっているけど――話すようなことでもないから黙っておいた。



 情報端末を取り出して、機体情報を表示。その際、プレビューで機体の外見を見ることができる。

 花音は、小さく感嘆のため息をついた。なにこれ嬉しい。

「綺麗な機体ですね」

「無骨だけどな」

 むしろ骨そのものだ。


 外装をはずして表示しているから、実際の所はシンプルなボディと羽根の組み合わせでしかない。

 それを綺麗と言ってくれる花音。気を使ってくれているのかわからないけど――本当に嬉しい。自分にとってこの〈フリューゲル〉は、相棒なのだから。


「こっちの形態の〈フリューゲル〉は、本当に早いんだからな、これ」

「ふふ……そうですか。なんだか、そういうところは陸らしいですね」

 優雅に笑っている。その手に持っているのはオレンジジュース。……紅茶とかコーヒーとかが似合うんだろうけれど、彼女は割とオレンジジュースが好きらしい。


「俺らしいのかな、本当に」

「ええ――この、変な筒は?」

 彼女は腕部分にホールドしてあるヴァリアブルセイバーの持ち手を指す。


「それはヴァリアブルセイバーって言って……平たく言うと、まあ、出力と形状を自在に操れるビームサーベルだな。この筒はその持ち手部分。因みに腕に二つと、腿のあたりに二つホールドできる」

「ビームで……サーベルなんですか?」


 本気で不思議そうな顔をしている。うん、気持ちはわかるよ。現行の科学で考えてると、ビームサーベルって色々とおかしいからな。

 アンドロイドを作るほどの科学力でも、未だに歯が立たない壁だ。


「まあ、そういうのが科学的に実現が難しいってことを気にするのはナンセンスだ」

「そうなんですか……私は無粋なんですね」

「いつかチトも慣れるから、気にするな」

 大丈夫。そのうちなんとも思わなくなる。


「この本体に積んでいる武装は、あとは肩にホールドしてある120mm滑腔砲だな」

 滑腔砲とはライフリング(施条)が刻まれていないものを言うらしい。ライフリングとかは回転を加えて勢いをつけるのに用いるのだが――。


 貫通力を求めた末にそのライフリングがあまり使えなくなってしまい、結局のところ滑腔砲が主流になっている……というのがこのARROW内での設定らしい。どうも戦車の流れを汲んでいるからこそ、こんな設定になっているようだ。

 ちなみに、ここらへんのことはつばさが調べてくれた。


「120mm……なのは、砲弾が、ですか?」

「うん」

「それにしては……大きな砲ですね」

 それにしては、か。確かに弾のサイズだけ聞くと、大したことないように思えるよな


「大したことなく思えるけど、これってかなり大きい部類なんだ。直撃すれば、たいていの機体は吹き飛ばせる」

 12センチと言われると、『普通の定規より小さいんだー』とか思いがちだが、実際の所はかなり大きい。

 戦車の主砲でも採用されていたくらいだしな、120mm。


「思い切った装備ですね」

「連射は不可能で、弾の数も極々限られてるんだ。あと、当たり判定が案外厳しい。動作が大きいから悟られやすいしね」

 至近弾にはなってくれても、直撃はなかなかしてくれない。殲滅戦ではそれでも敵を倒せるんだけどな。


「意外なところでシビアですね」

「そうしないとゲームバランスが崩壊するからな。これはこっちの形態でのフリューゲルがビーム兵器ばかりになってしまうことへの対策代わり。ビーム兵器対策してくる敵もいるし」


 一定数いるから、ちゃんと対策しとかないといけないんだよな、こいつら。

 相方の〈ラビュリント〉に任せてしまうこともできるのだが、そうすると奴はそれ以降一切攻撃できなくなるからな。


「なるほど……意外に戦略的なゲームなんですね」

「まあ、普通はある程度対策するのがセオリーだな」

 戦略が無限に広がっているというのがARROWの売り文句だが実際の所はセオリーがしっかりあるので戦略面では裏のかき合いにはなりにくい。

 自分と楓の機体みたいな変なのを使っていても、しっかり押さえてあるポイントもあるのだ。


「あと本体に載せてるのはこの腰部分の大口径ビームライフル二門」

「大きいですね」

「こっちは本体に載せてる方のジェネレータで作ったエネルギーを、コンデンサを介して放出している」

「ジェネレータは発電器、コンデンサは充電器ですね?」

「そうそう」


 なぜかこっちは知っているチト。スラスターとかブースターよりは身近なのかな。


「やっぱり強いんですか、これ」

「威力はある。充電に時間がかかるのと、あと衝撃が大きいのと……問題点も多々あるけどな」

「さっき言っていた『ゲームバランス』というものですね」

 花音はこちらの言いたいことを言い当てられたのが嬉しいのか、にっこりと笑っていた。


 それにしても、さっきから他のお客様からの目線がやたらと厳しい。純朴な花音をARROWという油臭いゲームに巻き込まんとしていることを責め立てられている……気がする。

 その花音が笑うのが見たいゆえに色々話しちゃうんだよ。勘弁してくれよ。


「平たく言うとな。実際の所は設計時に、技術レベルとかそこらへんを理由にされるんだけどな」

 エディット画面で『このコンセプトの実現は現行技術では不可能です』という事実上の没宣言を何度見たことか。ビームサーベルは作れるくせに……。


「ほかには何かありますか?」

「あと、このビームライフルの衝撃を利用して姿勢制御とかできるから、案外便利なんだよ」

「考えましたね」

「まあ、偶然だけどな」

 武器の新たな利用方法を思いつけるのも、このゲームの面白いところだ。


「あとは、つばさ専用になってる武器のビットだな」

「ビット?」

「まあ、空飛ぶ充電式小型ビームライフルだと思っておけばだいたい正しい」

「……む、難しいです」

 俺も、原理はいまいち分かっていない。

 そもそもビットが空中で意のままに動くこと事態、すさまじいことなのだから。



「で、本体は武装が余りにも少ないんで、一応外付けの砲戦用装備がある」

 画面の右端に有った『別形態』のアイコンをタッチ。外装を装備して滅茶苦茶無骨になる〈フリューゲル〉。こっちだと多少、リアルテイストになるのだった。

「……凄い武器の数ですね」

「ミサイルポット四門とサブマシンガン二丁、あとはこっちの形態でも滑腔砲は使える。ヴァリアブルセイバーもいけなくはないが、なにぶんこっちは動きが遅い。で、外装の各部にミサイルやら機銃やらをため込んでいるから実弾系は安心だ――パージすると戻ってこないけど」

 機体には『ウェイト』と『ウェイトバランス』の概念がある。推進力とこの二つを考慮し、実際の速度と姿勢制御のやり安さがきまる。

 むしろこっちの外装を装着しているときの方が、スラスターとのバランスはとれていたりするのだ。これをパージすると推進力がありすぎる状態になる。


「まさに歩く火薬庫ですね……これ、誘爆とか大丈夫なんですか?」

 実際、そこは誰もが気にすることだろう。衝撃を受け止める盾でもある装甲に爆発するものを仕込むのは危険に思えるのだが。


「ゲームの仕様上、内蔵の火薬に引火だとか、武器の不具合で動作しないとかいうことは無いんだ」

 そのシステムをフルに生かして『いや、そこに爆発物を載せるのはまずいだろ』と思わざるを得ないことをするプレイヤーも居ると聞く。


「でも……私はやっぱり、あのシャープな印象の〈フリューゲル〉が好きです」

「これはこれでロマンがあるんだけどな」

「すみません」


 本当に申し訳なさそうに言われる。そんな調子だと、なぜか滅茶苦茶に慌ててしまうのは楓以外の女性に免疫がないせいだろうか。


「い、いや、謝らないでくれ。ミリタリーとか武器とかって、女の子には馴染み薄いしな」

 パイルバンカーがどうこうとか言ってる楓のような女の子は、超少数派なのだ。


「――そうですね。こういう機会がなければ、一生関わらなかったんでしょうね」

「チトみたいな子にミリタリー知識を仕込んでるって、なんか罪悪感……」

 しかも自分自身、そんなに詳しいわけではないっていう残念具合。


「いえ。いいんです。私はできれば相手のことを深く理解したいですから、こういう知識は大事です」

「チトは優しいなぁ」

「や、やめてください。よこしまな目的なんですから」

 ……好きな男でもできたのかな?

 男子ならば一度は必ずARROWに関わると言われているからなぁ。知っておいたら、男子受けは良いかもしれないな。


「チトは健気だ」

「な、なんですか? からかわないでくださいよ……」

 まあ、可愛い後輩をいじめるのはこれくらいにしておこう。


「あと気になるのは、カラーリングくらいか。これは基本、みんなつばさがやった」

「綺麗ですね。なんだか女性的です」

「白を基調にしてるんだよ。なんかあれだ、白磁みたいな感じだよな」

「そうですね。ボーンチャイナの茶器みたいな色合いですね」

 こういうところでさらっと『ボーンチャイナ』とか出てくるあたりさすがの良家の娘さんである。ちなみにボーンチャイナは堅く、軽く、白く、保温性も高いとチートみたいな茶器らしい。愛好家は多いんだとか。

「つばさがイカロスの神話からイメージした『蝋』の色を再現したみたいだ」

「蝋、ですか?」

 ギリシャ神話の、しかもかなり細かい話だから花音は知らないようだった。


「ダイダロスとイカロスの父子はな、塔に閉じこめられた時に羽根を蝋で固めて翼を作ったんだ。で、脱出したのは良いものの、イカロスが父の警告を忘れ空高く舞い上がったら、翼が太陽の熱にやられて溶けて、海に落っこちたんだよ」

「縁起でもない由来もあったものですね……?」

 たしかに、それをモチーフにした機体を作るような話ではないかもしれない。


「無理がある夢物語みたいな計画でも、それに賭けてみようとしている俺たちの状況に被っていたからかもな」

 そこのところは確認していないから、いまいちわからない。

 けれど、少なくとも俺はそう信じることにした。


「私は、応援していますよ」

「ありがとう、チト。俺も信じるよ。だって、同じ翼を使った父のダイダロスは脱出に成功しているんだから。きっとそれだけの可能性はあるんだよ」

 きっと、ね。結局、そう信じるしかないのだ。





 帰り支度を始める。互いに気を使いすぎないことにしているので、片づけも各自自分の分だけをやる。『先輩後輩の関係でー』とか『男の甲斐性がー』とか言い出してややこしくなるよりはこうした方が良いというのが二人で出した結論だ。


「そういえば、委員長ってどんな機体を使っているんですか?」

「〈ラビュリント〉って名前の変な奴でさ、これも今度説明するよ」

「……ラビュリント、ですか」

 すこし不思議そうな顔。確かに、ちょっと変わった語感だよな。


「こっちもドイツ語で、『迷宮』って意味らしい。これは完全に偶然なんだが、ダイダロスは大工だったらしくて、イカロスの翼もそうだけど迷宮も作ってるんだよ。幽閉された理由にもからんでるし」

「ダイダロスさんへのリスペクトが凄いですね」

「まあ、迷宮って厳密に言うと一本道で単純らしいんだけどね……」


 ダイダロスが作ったクノッサスの迷宮にあった紋章が『ラビリス(両刃の斧)』で、それが語原でラビリンスってなったという説があるとか何とか。

 面倒な定義の話は置いといて、実際に〈ラビュリント〉は機雷で壁を作って敵に一本道を突き進ませパイルドライバーでとどめをさすという戦闘方法をとっている。『迷宮』を名乗るのも納得の戦法だな。


「今度は、楓とも一緒に寄り道しようか」

「はい! 道草、楽しいですね。今まで送迎ばかりでしたから、ちょっと新鮮です。また誘ってくださいね?」

「俺でよければ道草くらい付き合わせてもらうよ」

「貴方以外との道草だから良いんですよ」

 嬉しそうに微笑んでいる花音と一緒に帰路につく。

 いつもより、ずーっと遅いペースで。

 少しだけ触れた華奢な肩の温もりが、じんわりと自分の体に残っていた。

フリューゲルさんのお話。

馬鹿な期待ですが、愛情注いで書いてます。

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