初戦
蝋のような白で彩られた無骨な金属の翼が肩のラインに沿って、腰の方向に向け後方に放射状に伸びている。直接生えているわけではなく一度ターミナルとも思える半円状の機具を介していて、そこに翼が付属する形だ。メインの役割は大型のスラスターなのだが、機体本体が過剰な熱を持った際には放熱板としての機能を持つことになる。ボディはその翼に比べてかなり小さく、翼の大きさにしては、推進力はそこまで必要ないことが分かる。そして、このスラスターはボディとは別にジェネレータを積んでいる。つまり、動力が本体とは全く別、ということである。そのせいかクセばかりが強くなっている。
肩、足、胸、背面の各部に放熱用のギミックがいくつも仕込まれている。二基のジェネレータで暴力的なエネルギーを作り出せるようにしてあるからこそ、武装はコンデンサに蓄えた機体エネルギーをそのまま転用できる腰部の巨大ビームライフル、二本の多機能ビーム剣……ヴァリアブル・セイバー。予備がさらに二本。ゲームの性質上武器の信頼性は気にしなくても良いのだが、万一破壊された場合に大きな戦力ダウンが起こる故にさらに二本用意してあるのだ。ヴァリアブルセイバーは太さや長さ、出力を自在に操作できる便利な剣だ。まさにヴァリアブル。戦局に合わせて使い方を変えられる、パイロットの機転がもろに出る装備だ。
四つ、機体に追随するようになっている火力支援システム……ようは、ビームを撃つための筒状の兵器。これは普段は腰の充電用アダプタに繋いであり、有事に発射する形式となっている。ゲームバランスとの兼ね合い状、常に使いつづけるようなことはできないが切り札としては十分機能する。殲滅戦、一騎打ちどちらでも有効な武器である。
そして肩には大型の滑腔砲がホールドしてある。これはビームに対する防備を固めてきた敵に対応するためのビーム兵器でない――ゲーム内での『実弾』を扱う銃器である。
120mmという戦車砲と何ら変わらないほど大型の弾頭を射出するため隙は大きいが、当たればまず間違いなく敵機を撃破できる。
本来は必須な索敵関連の装備は最小限となっているのはタッグバトルならではだ。僚機とのデータリンクがある以上、そこまで大がかりな装備はいらない。どうやら楓&遥香タッグの〈ラビュリント〉は索敵に重きを置いているらしく、バランスは良いみたいだ。蛇足になるのを避けるため、頭部以外には何も索敵パーツが存在しない状態になっている。巨大ロボが行き交う戦場で有視界戦闘なんておかしな話ではあるのだが--そこはツッコミ禁止だろう。きっと何かしらの事情があるのだ。
この時点で大分ピンキリというか、思いきった構造をしていることは今更確認するまでもないのだが……しかもここに、後付け式の外装までくっついてくると来ていた。それを使えば、砲戦仕様にできる。外装の重みに耐えられるぎりぎりのところまで銃器を積んでいる。推進力だけはあるので、それだけ重量を稼いでしまってもそこそこ(あくまで、そこそこ。バランスは悪く、小回り等は全く効かない)は動くことができる。こちらの外装はビーム兵器をほぼ用いず、多くが実弾兵器となっている。正直こっちの外装は色々詰め込みすぎてなにがなんだか分からなくなっている始末だった。プラモ買いすぎたのがあだになっている気がしてならない。肩にバルカン、腰にビーム砲、足にはミサイルポット等々……。歩く火薬庫である。
外装を付けると今までのシャープな印象が、無骨なまでにマッシブなものになる。シャープな翼とか色々と台無しだが、つばさに言わせれば『それが良いんです』とのことなので良しとしておこう。いわゆる『ギャップ萌え』という奴だろうか。
顔パーツは青いレンズのメインカメラが二つ。頬のあたりに細いアンテナがシンメトリーに二本付いている。索敵用パーツ、これだけ。
外装を装備している際はかなりミリタリーチックでリアルな仕様、外せば翼を広げてビームでやりたい放題と『リアル? なにそれ?』状態だ。
つばさと二人で交差点を歩きながら、自分の機体を頭に思い浮かべる。ゼロからデザインしているのだから、細部までよく覚えている。楓に言わせれば、こうやって機体のことを把握していることも立派な戦略の一つであるらしい。
「二人でゲームなんて、子供の時以来ですね」
「あのころはまだ、家庭用の据え置きゲーム機が主流だったな」
技術革新があまり進んでいなかったころだ。今から考えてみればお粗末な出来なのだが、時代の流れとはそう言ったものだろう。変化できない機械は須く取り残されていく。
けれど、取り残されたもので遊ぶ人間だって、決して珍しくない。
「十年で様変わりするものですねぇ」
改めて振り返ってみると、十年という月日がどれだけ長かったのかが実感できるな。
そりゃあ、十年もたてばメモリーチップが使えなくなることもあるよな。時の流れは残酷だ。
自分たちは今、その流れに逆らおうとしているのかもしれない。旅のお供は〈フリューゲル〉……って、少し感傷的になりすぎているだろうか?
「陸、次の交差点を右です」
アンドロイドは、ナビ機能なんかも備えている。そのため現在では、多数の言語を扱える彼女たちがツアーガイドとして働いていたりする。観光を生業とする人たちにとっては、彼女たちはまさに戦友となっているんだとか。
「はいはい」
「何でACVを使わないんですか」
ACVというのは自動操作で目的地へと向かってくれる輸送車両のことであるのだが、……その『ACV』を使うとなるとアンドロイドが操作にかり出されることになる。真の意味で自動ではないのだ。人間が何もしないだけ。
ちなみにACVとはAutomaticControlVehicleの略称だとされている。本当の所は分からない。Aはアンドロイドの略だとかされることもあり、自分としてはこちらの方が正確なものだと思っている。
「つばさとだべりながら、歩きたい」
彼女に残された時間がどのくらいあるかわからない分、そうした時間を意図的に作ろうとしていた。
「……そうですか」
にっこり笑ったつばさ。やっぱり、ACVなんか使わなくて良かった。アレを使っちゃうと、処理に集中してしまって人間味が無くなるからな。
「さあ、今日はフリューゲルの初陣だ。勝つぞ。こんなところで負けてたら、優勝なんて夢のまた夢だ」
「そうかもしれませんね」
けれど、彼女は気のない返事をするばかり。
なんとなく分かっていたが、大会で自分と楓は本気で勝ちを狙っているのだが、つばさは勝ちを諦め最後の思い出づくりに参加しようとしている節があった。
つばさの考えを否定する気持ちには到底なれないけれど――これが最後だなんて思いたくはない。
「来たね。早速練習しよう!」
店の前で暢気に笑っている楓を見ると、少し気は晴れてくれた。他人の不幸だから一歩引いているというわけではない。彼女はあえてこうしているのだ。裏では自分と同じくらいに必死になってくれていることは分かっていた。遥香が『最近ずっと素体とメモリーチップのカタログ見てる』と語っていたことは記憶に新しい。
「おー! やっていこう!」
「遥香もは元気だなぁ」
「昨日フルメンテナンスしてもらったからね。さ、まずは私の〈ラビュリント〉と一騎打ちといきましょう?」
笑顔と愛嬌を振りまいている彼女を見ると、悩んでいるのも馬鹿らしくなる。悩んでいることが普通なんだけどな、この状況。
「いくらなんでも初戦で〈ラビュリント〉には勝てないだろうから、最初は殲滅戦だね」
珍しく自信ありげな楓だった。やりこんでいるらしい。
「楓ってそんなにこのゲーム強いのか?」
優勝のために練習してくれたとかだったらお礼を言わねばと思ってそう聞いた。
思い上がりなのだが、結構頻繁にこの思い上がりの推測が当たってしまうのでたちが悪い。
「ゲーマーか何かには見えなかったのですが……」
つばさも追撃する。
「………………」
「楓ね、ストレス解消でインターネット対戦ばっかりやってたらいつの間にか結構上手くなってたのよ」
思い上がり超恥ずかしい。穴があったら入りたい。
「全く誇れない経緯だけど、この際それはどうでも良いかな……うん。陸、ごめん。その目も当てられないって感じの反応、やめて」
本当に恥ずかしそうに、楓はうつむいていた。頬まで真っ赤だ。
「ごめん。楓も、ストレスとか大変だったんだな。俺、自分のことばっかりで……」
「フォローもやめて! いっそう恥ずかしいから!」
耳まで真っ赤にランクアップ。放熱しきれなかった熱は言葉の中にも潜んでいる。彼女の口は、さながら熱交換機だ。
「……結果オーライですね」
「そう思うことにしたから、そういう感じで対応してね。本当に、お願いだからね」
「りょーかい」
微妙に涙目になっている。気にすることもないのに。
「でも、ここ最近は陸のための練習だから恥ずかしくないよ! うん!」
胸を張って、楓は笑った。どうやら穴には入らなくていいみたいだ。やっぱり、楓は底抜けに優しい。
強調される胸はかなり薄っぺらい部類だが、それでも頼りがいがあった。
「楓、それはそれで別方向で恥ずかしいことに気づいてないの?」
「…………駄目だ、私、しばらく黙る。地雷原に迷い込んだみたいだから」
一瞬して、恥ずかしい発言に気がついたのだろう。何とも暗い声色とともに俯かれる。
「俺のため? つばさのためじゃなくて? たしかに、そうなったら俺も喜ぶけど」
言葉のあやという奴だろうか。
「もちろんつばさは大事な友達だよ! 私はつばさも大好きだからね」
黙ってるんじゃなかったのかよ。誘い込んだのは俺、か。
「へー、楓ぇ、つばさ『も』?」
「地雷はもう踏まないからね! あと、遥香はマスターへの敬意ってないの?」
「どこのフォルダに保存してたか分からないわね」
悪戯っぽく笑う遥香を、楓は恨めしげに見つめていた。
やはり店自体はカラオケボックスのようなノリだった。ARROWの運営会社直営で、各部屋に数機づつの『筐体』がおいてあり、実戦さながらの臨場感を味わえることが売りとなっている。
受付からルームナンバーのかかれたプレートを受け取る。使用時間は自由。今日限りは一人当たり500円で、アンドロイドはその対象外となっている。楓に言わせると凄く安い部類にはいるらしい。ここらへんは激戦区だから価格崩壊もしょうがないんだとか。店側としては、それでこの店に来る客が増えれば儲けものなのだろう。
「〈ラビュリント〉がどんなデザインなのか気になりますね」
「思いきった機体だから、驚くと思う。楓にしか使えないくらいに変なコンセプトね、あれ」
遥香は面白がって笑っている。どうやら本当に変な機体らしい。このゲームの特性上、ワンオフの機体を作り放題だからなぁ。そうなるのも不思議ではない。
確かに自分たちの〈フリューゲル〉も、自分たち専用と言わざるを得ない状態だった。
自分専用のロボットか。燃えるな。現実世界では到底実現しないからこそ、ウケたのかもしれない。
入った部屋。二つあるうちの一つの筐体を外から操作する。コックピット(状の筐体)側面が開く。そこにつばさと二人で入り込んだ。さすがアンドロイドと一緒に操作するだけあって、きっちり復座式。内面は360度ほぼ全てディスプレイになっている。直感的に状況を把握できるようにしてあるみたいだ。レバー状のマニュピレーターには、親指で操作するべき所に一つのスイッチ、そしてそれ以外の指を乗せる部分にはセンサーが付いていて指の操作なんかも簡単にこなせるようになっている。センサーとの距離感で指の開き具合や位置を決められるのだろう。この仕組みならロボットでピースなんて芸当もできるはずだ。武装切り替え等は、アンドロイドの担当のようだ。視線制御とか脳波制御とかはさすがにできないが、このようなシステムならば直感的な操作も可能だろう。初心者に優しいのは嬉しい限りだ。
足の部分にはペダルがいくつか付いている。前進後退等はこれで操作する。イスに座りながらそれらを操作する形になるようだが、体重のかけ具合で微調節できるのだろう。
このように人間の体の延長線上にある操作ができるからこそ、人間型のロボットが開発されるのだ。
ロボットが人型になるのは不自然であることは言うまでもないが、当然、メリットもある。
言うまでもなく、人に近いからこそ付き合っていきやすい、というのが最も大きな理由である。人と同じ武器のスケールアップ版を使える。様々な環境で使える。直感的に操作できる。疑似筋肉や間接の出来がよければ敏捷性も得られる等々。人型だからこそのことだって、沢山ある。実際、人型が適している作戦行動も多くあるのだろう。
身近な話で言えば、現在の情報端末、つまりアンドロイドがわざわざ人型をとっているのだって『人に近い』というのが大きな理由である。まあ、機動兵器と同列に語るのは余りにも飛躍しすぎかもしれないけれど。
八本足の工業用ロボットに家事をしてもらうよりは、自分たちと一緒に泣いて笑ってくれるアンドロイドの方が、ずっと感情移入がしやすいはずだ。
――それはともかく。直感操作でどうにもならない部分はアンドロイド組が対処してくれる。
目前に表示されるチュートリアルを熟読しながらレバーをぐりぐりいじったりして状況に慣れようとしてみる。昨日がっつり練習しているのだが、情報端末に表示されたAボタンとBボタンで操作するのと、全身で操作するのとでは天と地ほどの差がある。というか、もはや別のゲームだ。それを売りにしているからこんな商売が成り立つとも言える。
『さー、乗り込んだね?』
楓の声が、コックピット内のスピーカーから響いてくる。
通信完備か。まあ、カップル割なんてものがあるくらいなんだから当然だよな。黙々とやるんだったら全部一人部屋になってしまう。それはあまりにもあんまりだ。
「おっけー……だと思う」
なんか嫌な予感もするが、たぶん大丈夫だろう。
通信スイッチがオンになっているのを目視で確認。切り替えも可能なようだ。仲間とのみの通信、オープンなどなど……幾つかのモードがあるようなので、後々テストしてみよう。
『つばさは大丈夫?』
遥香の声も響いてきた。こんなところでもこちらの心配をしてくれるんだから、とても良い子だ。
「いえ、ぜんぜん大丈夫じゃないです! なんですかこれ聞いてませんよ!」
「どうした、つばさ」
何でそんなに慌ててるのさ。ひとまず彼女の方をみようと振り向こうとしたのだが。
「振り向いたら怒りますよ! ロボット三原則に抵触しない範囲で怒りますよ!」
……途中で急停止。そのまま、前に向き直る。自分の首から異音が響いた。
「器用だな、つばさ。あれか、賢いロボは三原則すり抜けるって奴か」
うちの子もついにその域に達したか。いや、結構前からだ、これ。
目の前を見据えたままに、後ろにいる我が相棒に声をかける。
「そうですそれですですから後ろを向かないでくださいねお願いです! 見たら泣きますからね! 冷却水で! 洗濯が大変です!」
一気にまくし立てられてしまった。
よく分からないけどあんまり怖くないし、脅しきれてない。
人間に危害が加えられないアンドロイドのつばささんは怒りの表現方法が乏しい。
とりあえず前を向いておくことにしたけど――ローディング画面で一瞬全体が程良く暗くなったから、つばさが大慌てだった理由は察することができた。
アンドロイド用に、高いところにもう一つ椅子が付いている。座席は座るだけで充電もできる(あくまで気休め程度)最新式のものを使用してあるみたいだ。長時間プレイにも安心だ。
それは良いとして……数段高いところに、椅子。当然、座る。もちろん、前座席と近い。首のあたりにつばさの細い膝が来ている。副座式だと視界確保の為にこうなることが多いよな。ほぼ全方位ディスプレイとはいえ、後ろはディスプレイの前面右端に後ろの映像も表示されているので後ろを向いて目視する必要が無く、これが一番効率がいいのだ。
振り向いたとしたら、膝の向こうに広がるのはアブノーマルな世界であるのは言うまでもない。見えてはいけない布切れとかが見える可能性が高い。基本的につばさの服に関しては彼女に一任しているので、どんな服を持っているのかはあまりわからない。
『……スカート履いてきた時点で注意してあげれば良かったね。ごめん。私は前の座席だし遥香はジーンズばっかりだしで、気にしたこと無かった』
敏感に察した楓がお通夜ムードを醸し出す。
一応、アンドロイドは人間と同じ服を着ていることが多い。そっちの方が色々とやりやすいし……まあ、アパレル業界の新規市場開拓の成果というところだ。
「…………………………なんだ。その、なんか、ゴメン。後ろの席行こうか?」
「マニュピレイターは前の席にしかついていないみたいです。後ろの席はアンドロイドのデータリンク用なので、席替えは難しそうですね。良いです、私は陸を信じますから」
「ごめん、正直さっきから頭の中で悪魔が大規模な講演会を開いているから、膝掛けか何か借りてくる」
もう少し自重しろ、俺の中の悪魔。それと、耳を傾けるな俺の中の理性。
「そうですか――複雑な気分ですね」
あいにく、自分の中の悪魔は恥や外聞と言った概念を持ち合わせていないらしい。悪魔だしな。
ともかく、筐体からいったん外に出る。これは、ボタン一つで簡単操作だった。無駄に『プシュー』とか気密扉っぽい音を立てながら開いたそれを後にし、振り向かないように受付へ小走りで向かった。
『折角陸とお出かけだからってお洒落してきたのが仇になったね、つばさ』
開きっぱなしの筐体に、再び楓の通信が入る。
「楓様は良いですよね、前席ですからー」
否定もせずに、つばさはひがむようなことを言ってみる。
『そうだね。『私が後ろだったらうろたえてくれたのかな』とか葛藤しなくて良いからね』
少しずれた返事をする楓だった。遥香の小さな笑い声がマイクに拾われる。どうやら、集音性はかなりの物らしい。
「面倒な私と一緒にいるより、新しい子を買った方が良いんじゃないですかね」
ふと、つばさは当然といえば当然な疑問を呟いた。古いものを維持するよりも、新しい物を維持する方がずっと楽だろう。それが分からない陸でもないはずだ。
『--そんなの、陸に言ったらきっと泣くよ?』
ああ、あの人はきっと本気で泣く。ただの機械のために……。
「それもそうですね。やっとわかりました。今回の戦いは私のためじゃないです。陸のためですね」
陸のためにを、死ぬことは許されない。生まれたときから死ぬときまでマスターのため--アンドロイドとは本来そういうものだ。
『誰のため、ってわけでも無いけど――でもやっぱり、一番喜ぶのは陸だよ、うん』
「今更になって、私は死にたくなくなってきました」
『うん。それで良いよ』
楓の優しい声が、筐体の仲に反響する。
「ただいま。ほれ、つばさ。これで気にならないだろ?」
ルームの扉を多少乱暴気味にあけ、小走りに筐体に潜り込み、後ろにいるつばさに膝掛けを渡したのだが。
「ごめんなさい、機械のくせに変なことを気にして。それに、私自身が動くべきでした」
申し訳なさそうにした後、つばさはとても嬉しそうに笑った。
「別に良いよ。俺の中の悪魔さんが諸悪の根元だ」
ていうか、気にされない方が困る。
『復座式のお約束みたいなものだから、あまり気にしない方が良いと思うよ』
『本当に改善して欲しいけどね、これ。扱い悪すぎるわよ』
ロボットに女性が乗り込んだときはパイロットスーツが妙にエロかったりするのがお約束だけれど、複座敷ではこういったこともあるらしい。
「なにはともあれ。今度こそ、行くぞ!」
楓が操作してくれていたのか、親指のスイッチを押すだけでモードに突入してくれるらしい。
「じゃ、ゲームスタートだ!」
一瞬のブラックアウト。何故か、息が詰まるような――圧迫感に似た何かを感じた。
次の画面に切り替われば、自分は今まで体験したことの無いような世界に踏み込むのだという漠然とした予感が胸に満ちていく。見知らぬ旅先で、長いトンネルを抜ける直前のような、漠然とした期待と不安が頭を選挙する。
忘れていた胸の高鳴りと童心が目の前の画面から供給されているかのように思えた。
『陸、行くよ。ステージは狭いから最初のうちはぶっ放せばなにかしらに当てられるから! 最初の敵は固定砲台と、私たちと同じタイプの機体、あとはボスが一体! 最初のうちは私がフォローするから操作に慣れてね!』
楓の声に後押しされて、マニュピレイターを握る。冷たい機械の感触が指に広がっていく。
画面には地面を滑るようにしてステージに入り込んでくる〈フリューゲル〉の姿が俯瞰気味に映し出されている。その後、一転して同機から見た景観がディスプレイに映し出された。
自分は今、架空世界の中に紛れ込んでいる。そんな圧倒的なリアリティーがあった。この筐体を出れば平和な日本が広がっているなどとは到底思えないほどだった。
フィールドは、広い。一面何もない荒涼とした土地なのだが、所々機影らしきものが見えていた。
「あ、このボタンで銃を撃ったりできるのか……」
マニュピレイターについているボタンに親指をかける。
「武器の切り替えなんかは私が担当ですね」
つばさの操作に応じて、画面右下に表示されている『WEAPON』と題打たれたウィンドウに表示されている武器が切り替わっていく。『120mm滑腔砲』『全弾発射(外装)』。
カチッ。小気味良い音が響いた。
「「あっ」」
凄まじいマズルフラッシュでディスプレイが埋め尽くされる。煙やら銃声やらミサイルやらビームやら暴力的な暴風が吹き荒れる。待って! いきなり全弾発射? それは、ちょっと!
「わあああああ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! ミサイルの誘導、大変すぎます! とりあえず近場の敵に……!」
外装にはミサイルポッドが四つも積み込んである。さらに両肩にはビーム砲。腕のあたりにもさらに、二門。肩装甲と胸装甲も展開して小型のミサイルを吐き出すようになっている。
慣れない操作で裁ききるには厳しいものがある。
とりあえず一番近場にいたのは、白くてマッシブに体の赤い二つ目が特徴的な機体。敵っぽいと判断したのか、つばさは全ての攻撃をそれに集中させようとしていた。
やたらと太い足、自重を支えるためのどっしりとした腹部――到底、味方とは思えない。
『ち、違う違う! それ〈ラビュリント〉だから! 私の愛機だよ! 遥香、ジャミング! シールド張って!』
味方とは思えなかったが味方だった。
よく見たら〈ラビュリント〉って機体の頭上に表示されている。思いっきり、青い文字で。こういうのは青が味方で赤が敵というお約束のカラーリングだろう。
『つばさの馬鹿ぁ! ついでに陸も馬鹿! ほんとに!』
後者についてはごもっともなご指摘です。
「ごめん」
『何も見えない! 土煙が! 座席がすっごい揺れる! あんまりだよ、陸! 痛、痛いっ! お尻ぶつけたぁ!』
『埋め合わせお願いね! あああああ! もう! 勘弁してよ』
「……はい」
悲鳴がガンガン響いている。これが自分の攻撃で引き起こされたのか。
まさか架空世界で銃の重さを味わうことになるとは思ってもいなかった。しかも初っぱなから、フレンドリーファイアって……。
いやー、衝撃のせいで何も見えないな。外装の全弾発射は、本当に最後の手段だ。
数秒の後、排熱と排煙がある程度終わった。
「あばよ――相棒」
とりあえず、散っていく仲間への手向けの言葉を贈っておいた。マニュピレーターを巧みに操作し、人差し指と中指をたてて『アディオス』のポーズを作る。
砂煙の向こう側に、先ほど見た味方機が佇んでいた。
『『…………』』
ジャミングとつばさの誘導のおかげでどうにかこうにか無傷ですんだらしいのだが、砂埃のせいで白かった機体は土気色に染まっていた。見る影ゼロだ。
『分かってると思うけど、これは味方を殲滅するゲームじゃないから。あと、勝手に殺さないで』
何となく戦友との別れっぽい雰囲気を出してみたが、実際のところそれを招いたのは自分であった。
「ごめん。正直あんなにスイッチが軽いと思わなかったんだ」
本当に小気味良いくらい簡単に押せてしまった。
「すみません。なんだか敵っぽい見た目だったので」
特に悪びれもしない自分たちに、〈ラビュリント〉組二人はため息をもらしていた。
『事前に私達の機体を見せていなかったのが悪かったのもあるけど……ほら、私たちが馬鹿なことをやっていたから敵に完全に囲まれてる。機体特徴の打ち合わせをする時間もないわ』
はい、遥香さん。本当にごめんなさい。
『行くよ、陸! 次はミスしないでね!』
「ええ……陸、指示を」
「外装全部パージ。目くらましにするぞ!」
「外装分離します」
左下に表示されていた機体重量が一気に軽くなる。出力を徐々にあげていく。背部の翼が唸り、突撃の準備を固めていく。
『遥香、あの突撃馬鹿の援護に回るよ! ジャミングとフィールド、アクティブセンサー類を稼働、デコイ射出! まず間違いなく一斉に撃ってくるから』
『あいあいまーむ!』
「つばさ、行くぞ!』
エネルギーチャージ完了。初手の全弾発射からはなんとか持ち直してくれそうだ……これならなんとかいける。ヴァリアブルセイバーを両手に保持、翼が白熱し、光を放つ。ヴァリアブルセイバーは青色の粒子をまるで火花のように散らしながら一本の剣を形作っていく。
「〈フリューゲル〉の本領発揮と行くぞ! 名付け親を吹き飛ばしかけたそのポテンシャルは伊達じゃない!」
風切り音。凄まじいG。めまぐるしく変化する景観。かなり軽減してあるようだが、その衝撃は凄まじい。
次の瞬間には目の前に敵機が迫っていた。黒系統の色で統一されたカラーリング、太いとも細いとも言えぬ二足歩行の機体。何の特徴もないようだが――ちらりと見た限りでは銃や実体剣、ピーム系の装備も一通り積んでいるらしい。
「一機!」
ヴァリアブルセイバーの青色の光が駆け抜け、敵機が腰の部分で真っ二つになり空中で爆ぜた。セイバーは、ちょうどブロードソードのような形をとっていた。これくらいが取り回し安いというのは、昨日の練習で分かっていた。
速度を維持したまま二機目に肉薄。返す刃でもう一機。
「二機!」
爆炎さえも切り裂き、輝きを増し続けるヴァリアブルセイバー。〈フリューゲル〉は視界を遮る黒煙も突き抜けて進み続ける。
「つばさ、ビット射出して!」
「了解、ビット行きます。任せてください」
外装は遠距離重視、それを外すと肉弾戦重視となるこの機体、変化する性質をうまく生かすシステムが『ビット』なのだ。一人一人が全く別の次元のことを同時にやれるのが復座式の強みだ。ビットを使用中は火気管制とか全部自分でやらなければならなくなるという制約はあるが――この機体には、殆ど関係ない。
つばさ用の隠し腕と迷ったのだが、そうするとどうしても近接戦になってしまうのでこっちを採用している。実際の所はつばさが『羽根で四本腕はちょっと……』と言ったのも大きい……かも。
速度を少し落としたが、それでもまだ一般の機体より大分速度が出ているはずだ。背負った翼が大きすぎるのだ。あれは本来、このサイズの機体で使うことを考えていないはずだ。おそらくもっと大きな機体を飛ばすことを目的にしているはずだ。
鈍重な機体を無理矢理動かす為に使うようなものなのだろう、これは。
「三機目です」
余剰エネルギーをたっぷり吸っていたらしいビットの一撃は、それはもう高出力だったらしく一撃で敵をしとめていた。殲滅戦だからこそ敵は雑魚に統一されているようだ。
「四機!」
左手でもう一本のセイバーを保持、大型の刃を形作って横凪一閃。一瞬の減速の後、再び加速して戦場から距離をとる。
推進力を生むために大型のジェネレータを各部に設けているから、エネルギーを推進力に変えないと有り余ってしまって暴走や暴発の危険がある。ジェネレータは都合良く出力を切り替えることができない――これは大きな出力を生むからこそ生まれた縛り、平たく言えば『ゲームバランスの調整』だった。
科学としての不自然さよりも、ゲーム性を重視するのは当然の流れだろう。
『私たちも負けてられないね!』
なんてことを言いながら相手の誘導ミサイルのコントロールをジャックして味方同士つぶし合わせている悪魔のような楓だった。〈ラビュリント〉は電子戦専門らしく、逸らして、ジャックして……と、受け身な戦い方をするようだ。自分は一歩も動かず、狡猾に敵を罠にはめている。
そういう戦い方じゃなかったら最初の全弾発射で吹き飛んでいるよな。不幸中の幸いとはこのことなのかもしれない。
それだけ優秀な電子装備を積んでいるから、あんなにどっしりとしたボディが必要だったのかもしれない。
「陸、あぶない!」
「――っ!」
機体を制御しきれず、敵の一機に体当たりを仕掛ける形となってしまった。とっさに突き出した二本のヴァリアブルセイバーが敵機の胸を貫く。敵の爆発でダメージを受けることはないとは言え、心臓に悪い。
二本の剣は姿勢制御に貢献してくれる訳もなく、その勢いのまま〈フリューゲル〉は突撃を続ける。
直感の世界だ。思考が追いつきそうにもない。
「陸、ジェネレーターの稼働レベルを落としましょう!」
「駄目だ、そうするとゲーム終了まで二度と上げられなくなる!」
面倒な制約。落とすことはできるくせに、二度と上げられない。逃げ道はあるが、復帰する道は無いのがこの〈フリューゲル〉の翼特有の特徴だった。まさに突撃馬鹿。蝋仕立ての翼では、上手く飛べないのも仕方ががない。
実際には有り得ないような制約だが、架空のものだからこういうのもありだろう。
上げ放題、下げ放題ならだれもがこういうジェネレーターを作るもんな。しかも、充電はほぼ不可能だし。
……クセが強すぎる!
『その速度ならそうなるよね――陸は無茶をしすぎだよ』
楓が呆れ気味に言う。彼女は慣れているだけあって、まだまだ余裕がありそうだ。
「そんなの、今日に始まったことじゃない!」
そして、昨日今日で治るものでもない。俺はこのまともに周りも見えないような速度の機体を使いこなしてみせるさ。
「さっきので、五機!」
『第一波は残り10機で、さらに言えば時間切れまで残り5分だよ』
時間切れか。このモードはタイムトライアル形式だと聞いている。時間無制限ルール等もあるのだが、大会で採用されるのは前者であるらしい。撃墜数を競うのだろう。
『凄いよ、〈フリューゲル〉。最高速度ならしばらくの間誘導ミサイルとでも追いかけっこできるかも』
遥香のほめ言葉とも呆れともつかない。
「凄すぎて画面が訳わかんなくなってるけどな!」
空の青も地上の茶も全てが溶けたようになっている映像がディスプレイを駆け抜けていく。頼りになるのは〈ラビュリント〉がもたらしてくれているデータ類だけだ。その圧倒的な量と質がなければとうの昔に機能不全に陥っていることだろう。
「とりあえず姿勢制御! ――しつつ六機!」
「り、陸? な、何を――」
「何のための人型だ!」
右手のヴァリアブルセイバーを収納、そのままこちらにパイルバンカーらしき武器を向けていた敵に向けて飛行状態から手のひらを付きだし、低空からの高速での体当たりで無理矢理にその胸部装甲を貫く。力業ここに極まれり。
機体を二分されて大爆発する敵機を後目に、少しだけ落ちてくれた速度に感覚を追いつかせる。
「のこり9機――」
外装に積んでいた実弾兵器達を無駄に使ってしまったのが痛かった。こういう一対多数では、剣よりも遠距離武器の方が都合はいいのだが――撃ち尽くしてパージしてしまっているのでいまさらどうしようもない。
残っているのは肩にホールドしてある120mm滑腔砲なのだが、それを使うよりはヴァリアブルセイバーの方が手っ取り早い。
『もうすぐボスが乱入してくるはずだよ』
「ペースとしてはどうなんだ?」
『…………初心者にしては最高の出来ってところだと思う』
『撃破数はかなりのものかもね、これ』
「伸び代に期待だな」
贅沢を言うつもりはない。楓達の優しい嘘に耳を傾けつつ、さらにもう一機。
『接近警報! ボスが来たわよ』
遥香の警告。が、なにやら自信ありげな声色だった。
『あいつの相手は任せてね。元々この子は一対一ようの機体だからね。代わりに、陸――周りにいる敵はまかせたよ』
あまり武装は積んでいないようなのに、一対一は得意……?
先ほどの戦い方はあくまで『サブ』なのだろうか?
『遥香、機雷の散布、お願い』
『いつもの奴ね』
機雷か……起爆の条件は様々あるらしく、ラビュリントがそのどれを積んでいるのかは分からない。
『範囲の指定は任せてね。さて、ちょっとはCPUもやるようになったかな?』
ひとまずボス――雑魚敵の別カラーリングで、ちょっと意匠を変更した指揮官機仕様はスルーして他の機体を狙うことにした。
ボス敵と言っても所謂『中ボス』らしく、大した実力はなさそうだ。いかにも差分って感じのデザインだし。実は雑魚敵の元となった試験機で、量産の際にオミットされた武装やギミックがいくつもある……くらいの愛は見せて欲しいところだ。
「陸、まずは砲台からつぶしましょう! 楓様を狙っているようです」
「――まとめて吹き飛ばす!」
腰部にある二門、大型の高出力ビームライフルをそのまま砲台の方に向け、発射。エネルギーの奔流と青い閃光に面食らいながらも、撃破を確認。その際腿にマウントしていたヴァリアブルセイバーを一本展開し、ダガー投げの要領で隣のもう一つの砲台を破壊する。反動の大きい二動作のおかげで、どうにか基本的な姿勢に戻ることができた。どんだけだよビームライフル。
「残り二つはビットで処理してあります。放熱とビットの充電スタート」
青い軌跡を描きながら帰還するビット。背部にマウントすると自動で充電が開始される。
直後、金属同士が擦れあうような重厚な音が各部で開く。メインカメラの映像だから確認はできないが、羽根、肩、背、臑に仕込んである放熱ギミックが作動したのだろう。高出力ビームライフルはそれだけ機体に付加をかけるようだ。
キィイイイン……耳をつんざくような、ラジエーターの稼働音が響く。
「あ……羽根……」
つばさが小さな声でつぶやく。機械的で骨組みのようだった機械の羽根は、一転して放熱プレートや放熱索で荘厳な二枚枚の『翼』を形作っていた。メインカメラでも確認できるほどの大きさだ。
行き場を失った余剰のエネルギーともともとの熱が混ざり合い、エネルギーの青と熱の白のコントラストを描いていく。空の蒼に、雲の白がとけ込んだような、憧憬さえ抱きそうなほどの色を翼が宿している。
――ここまで想定していなかった。確かに、綺麗だな。昨日の練習では見られなかった光景だ。
俗な目的など超越した何かがこの機体にはある。そう思えた。その翼に宿しているのは不純な願いだというのに。
「あとは雑魚が八機が」
外装パージ後は打たれ弱いこの機体。敵からの銃火気による攻撃にさらされ続けていて、残った耐久力……HPは半分も無かった。それなのに何故か負ける気がしない。
『残り二分だね』
『そろそろ終わりね』
二人の声に答える余裕もない。加速のGに耐えるので精一杯だし、ここで喋ったら下手したら舌を噛みかねない。
「まとめて二機!」
接近する前にビームライフルで二機吹き飛ばす。衝撃を急制動代わりに使う。
「もう一機!」
少し距離が開いていたのでさらに肩にマウントしてある120mm滑腔砲でもう一機吹き飛ばす。初心者らしく至近弾であっても直撃ではないのだが、ごり押しで行けるだけの火力はある。
「残り五です。ビットのチャージ完了、射出します」
「一機は任せた。残り四機は俺が引き受ける」
「はい、任されました」
予備のヴァリアブルセイバーを二本抜く。
四機ともひとまとめになってくれているのは、小隊か何かのつもりなのだろうか。
まず一機目に勢いそのままで細身の剣を叩き込み、機体を無理矢理気味に動かしながらもう一方の剣でさらに一閃。急制動。行き場を失ったエネルギーが青い光になって漂い、翼が姿勢制御のために広がった。両手をあける為に剣を投擲。一本は命中。残り一。
腰部ビームライフル射出。これで、終わり!
――ともにエネルギー残量はほぼゼロ。さすがに無駄遣いが過ぎたか。
少しずつ青い光が拡散し、〈フリューゲル〉は神聖さを失い無骨な機械の固まりへと戻っていく。
「こっちもおしまいです」
『遥香、ちょっと揺れるよ』
『うん。おっけー』
楓が戦っていたほうから凄まじい爆音。
メインカメラに映ったのは、パイルドライバー……大型の杭打ち機で敵を叩きつぶした〈ラビュリント〉の姿だった。
敵機はグチャグチャの鉄塊になっていて、もはやそれが何であったのかも分かりかねている。スクラップを越えた物体……とでも言えばいいのだろうか。
ラビュリントの方は自身を支える鉄柱をいくつも地面に突き刺し反動を消しているようだが……?
右腕がその超大型パイルドライバーと一体化していたらしいのだが……反動が消しきれずに、右肩の部分から下が全て弾け飛んでいる。
素人が言うのもなんだけど――中ボスにこんな火力はいらないと思う。
『これで終わりっと。陸、早かったね』
「え、あ……うん。な、なにそれ」
『パイルドライバーだよ。珍しくもないよね?』
確かにさっきそれを使っている奴もいたけどさ。
「弾け飛んでるのは?」
『反動のせいだよ』
当然のことのように語る。
……反動のせいで一発しか打てないのか。そりゃあ、指揮官機も一撃で落とす威力になるよな。落とせなかったら負けだもんな。
にしても、一対多なのに一撃ぽっきりとか。
『これが重いせいで一歩も動けないんだよね』
なるほど。不自然なほど微動だにしていなかったのはそういう理由なのか。地面に打ち込んでいた鉄杭も、おそらく自重を支えるためのものだろう。
「……ピンキリすぎないか、その機体」
『フリューゲルには言われたくないわ。素手で敵倒すとかいくら陸でも出鱈目すぎよ』
遥香が噛みついてきた。確かに、変なコンセプトはお互い様だ。
お互いそのコンセプトにこだわりと愛着を持っているのだ。
いや〈ラビュリント〉の中には、もっと何かドロドロとしたものが見える気がする。先ほどのえげつない攻撃を見てしまったせいだろうか。
「…………まあ、それもそうか」
推進力を生かした戦い方をしたら、ああもなるだろう。
俺は悪くないと思う。
――うん。戦い方は問題じゃない。機体の設計思想が問題なのだ。
『TIME UP』
画面一杯に表示される。
ゲームオーバー……時間切れだ。もっと効率よく倒していれば第二波が来ていたらしいのだが、どうやらもたついてしまっていたらしい。片方初心者だからな。そうもなるよ。むなしい自己弁護をしながら、エンドロール代わりのスコア表を見ていく。
「それにしても……本当にバラエティー豊かなんだな。今のところ、アレな機体しか見てないけどさ」
『これで王道スーパーロボからパワードスーツじみたものまで作れるって言うんだから凄いわね』
それにしても、『王道』を認識できているあたり遥香もかなり頭が柔らかい。
多くの実例から共通点を洗い出している――とか、そういうわけでもないのだろうから。
「なんでもありなんだな。――全部終わったら、楓と何も考えずに一緒に遊んでみたいなぁ、このゲーム」
本当に面白かった。臨場感と周りとの一体感、緊張、そしてそれからの解放……病みつきになりそうだ。
『こ、このお店、毎月2の付く日はカップルデーで、男女だと割引で、その……』
『素直に『じゃあまた来よう』って言えばいいのに。楓は素直じゃないわね』
「割引は大事だけど、それに振り回されるのも馬鹿らしいよな」
割引は極力活用しよう。カップルじゃなくてもカップル割引きを利用するくらいは許容範囲内だよな、たぶん。元々は『男女の一組』って意味だし。嘘は付いていないさ。
『………………言えたら苦労しないし、陸には言っても通じないから』
別に遊びに誘うくらい、苦労も何もないと思うんだけどな。長い付き合いなんだから。
『それもそうね。あと、陸。『楓と』だけ?』
「もちろん、遥香とも」
人とアンドロイドは運命共同体なのだから、当然そうなるだろう。
『ありがと。……自分で言わせたけど、案外嬉しいものね、これ』
「こっちは案外恥ずかしいよ、これ。――で、つばさ、お疲れさま。大丈夫?」
「はい。たまには、頭を使うのも良いですね。このゲーム、奥が深いです」
複雑なビットの操作をやってのけたつばさだが、彼女にしてみれば気分転換くらいの感覚だったらしい。こういう話を聞くと、やはり彼女はアンドロイドなんだなぁと実感させられる。
「今度は〈ラビュリント〉には当てないようにしような」
「それは忘れましょうか、陸」
冗談を言って笑いあう自分たち。あまり変わらない、いつもの姿だった。
……それなのに、いつ終わるとも分からないものなんだ。
『まー、全身真っ白でメインカメラ紅くて主兵装がパイルドライバーなんて、女の子らしくない機体だった楓が悪いね、うん』
「その……なんだ。楓、ごめんな、そんなに追いつめられるまで、気づいてあげられなくて」
『別にストレスがたまってこうなった訳じゃないからね! まったく、陸は変なときだけ気を回して……』
「ありがとう」
『褒めてないよ!』
分かっているのだ。楓はつばさのために、自分に一番適した機体を使ってくれているんだ。外聞関係なしに、自分に一番適した〈ラビュリント〉を引っ張り出してきた。
楓はそういう奴だ。
ああいった変わった機体を使えば自分にからかわれることは分かっていたはずだ。それでも〈ラビュリント〉を使ったのは、彼女がそれを必要だと思ったからなのだろう。何やかんやと言いながら、楓は理知的なところがある。この四人でいると忘れがちだけど、普段の彼女はもう少し冷静なのだ。
それを全て分かっていてからかう自分とつばさには、意地悪なところがあるのかもしれない。
けれど、そう言う所も含めて、自分たちは友人をやっている。
画面に流れていくハイスコアの数々。トップと自分のスコアには、三倍以上の開きがあった。
「全然、だめだめだな」
「はい」
つばさは何てこともないように頷いた。
「だからって、諦めないからな」
「ええ、知ってます。陸はそういう人です」
嬉しそうだけど、しかし、少しだけ節目がちだった。
「この際だから聞いておくけど、つばさ――なんか、諦めていないか?」
画面が暗転する。ここでゲームは一端終わりらしい。通信も切れ、今の声が楓に聞かれたりはしないはずだ。
「さっきまではあきらめてました」
照れくさそうに笑っている。
「さっきまで、ね」
ニュービーがベテランにかなうわけもないのだ。大会の優勝なんて夢のまた夢のはずなのに――それでも、なぜか期待してしまっている自分がいる。
そんな自分を滑稽に思っている自分も心のどこかにいる。
それでも――なりふり構わずに突き進もうとする何かが自分の中にはあった。
――蝋の翼だって、本当は向こう岸まで飛べるはずなんだ。
いつかの考察を、自分の中で繰り返した。ただの事実は、ただの事実以上に自分に勇気を与えてくれる。
「さー! 二回戦と行くよ、陸!」
大きな声で、楓が言った。
「――よし、次はもっとがんばろう!」
自分も、同じ調子で返す。
「味方は撃たないでね」
遥香に釘を刺されて、自分とつばさは軽く笑った。