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設計

「へー。機体名〈フリューゲル〉にしたんだ。決めたの、楓ね?」

 赤みがかったセミロングの髪の毛が揺れる。艶やかで、柔らかそうで……。女性的でありながらも少女らしさを失っていない。人なつっこい穏やかな瞳と柔和な笑みは何度見ても心が洗われる。

 余りに均整が取れすぎているのは、彼女がそうなるべくして作られた機械人形--アンドロイドだからである。名を遥香といい、今年で稼働二年目になる女性型。発売自体は2053年12月と、第六世代最後発となったモデルである。



 プラモデルを買った後に訪れたのは、楓のアパートだった。今年――高校二年生から、楓は一人暮らしを始めていた。色々と理由もあるが、まあ単にそっちの方が便利だったし、一人暮らしとは名ばかりでこうして遥香と一緒に居るのだから心配も少ない。仮に暴漢が侵入してきたとしても、遥香が撃退することだろう。アンドロイド達は限定的な状況下では自身と持ち主の自衛は許されているのだから、セキュリティとしても機能するのだ。もちろん、ロボット工学三原則に明確に抵触しない程度での抵抗になるが、相手に怪我をさせず無力化するくらいは訳ないだろう。



「うん。よく分かったな。確かに、名前は楓に付けてもらったんだ」

「だって、シンプル過ぎるわ。男の子はもっと、神話に登場する武器から名前を取るとかそういうのが似合うのに」


 遥香はなかなかに言いたい放題言っていた。楓と遥香のコンビはいつもこんな感じなので、俺もつばさも特に気にしていなかった。

 そもそも男の俺を差し置いて、女性(型)であるアンドロイドが男を論じているんだから、変な話だ。


「そんなものなのか?」

 自身、よく分かっていなくてそう聞いてしまった。


「つばさの機体なんだから〈イカロス〉とか〈ダイダロス〉とか……そういう名前になるかと思ってたわ」

 ギリシャ神話由来か。確かに、そういうのもありといえばありだと思う。それに、羽根が重要な意味を持つ神話なんて、俺はそれくらいしか思いつかない。


「イヤですよ、そんな海に落っこちそうな名前」

 イカロスと言えば、閉じこめられた塔から脱出するために蝋で固めた翼で飛ぼうとしたものの太陽の熱でその蝋が溶け、夢半ばで海に落っこちた逸話で有名だ。ダイダロスはその父である。

 頼りない翼にすべてを賭けたイカロスの勇気という無謀、その何とも悲惨な結末には色々と感じる物があるな。


「神話に対してロマンが無いこと言わないの」

 呆れ顔の遥香。確かに、その通りだ。それは無粋というものだろう。


「――すみません、あの終わり方、嫌いなんです」

 羽根大好きっ子だしな、つばさ。羽根が溶けて海に落ちるなんてラストは、彼女にとっては受け入れがたいものであるのかもしれない。

 実際の所、空高く舞い上がって太陽に近づけば気温は下がるし、蝋が溶けることなんてないんだけどな。そのせいか、少し理不尽じみた終わり方に思えなくもない。

 イカロスは向こう岸まで飛べるはずだったんだ。



 ワンルーム。座布団とか敷いて貰って、適当に座る。座布団は引っ越し祝いに自分が送った物だった。どうやら彼女の好みから著しく外れていたらしく、俺以外の人間が使っているのを見たことがない。もちろん、アンドロイドが使っているのも見たことはない。

 普段は収納スペースに納められているらしく、にこにこそれを引っ張ってくる楓の姿が印象的だった。


 ――楓が自分と幼なじみなことも手伝い、子供の頃から仲が良かったせいか何度も彼女の家に遊びに行っていたのでこうしてアパートに遊びに行くということの精神的ハードルはそれほど高くない。

 今更ヨコシマなことをするとも、できるとも思っていなかったのだろう。実際その通りだ。


「そういう遥香達の機体はどんな名前なんだ?」

「……ご、ごめん、陸。その、別にバカにしてるわけじゃなくてね、ただ楓をからかいたくて」

 なんだか慌てた様子で遥香が言った。


「ああ、怒ってるわけじゃないから大丈夫だよ。で、どんな名前なの?」

 変な所で気を使うのは、楓によく似ている。そんなつもりは無かったんだが、タイミングと言葉の選び方が悪かったらしい。どうも自分には繊細さがかけている。先ほども楓の目的をつかみかねていたし……。


「今度使うのは……〈ラビュリント〉……って名前」

 照れくさそうに、俯きながらそう言った。

「良い名前だ。なんだか、ロボットっぽい」

 顔を上げて、遥香は嬉しそうに微笑んだ。そうすると、やっぱり持ち主に似て屈託の無さが際だち、魅力的に映る。アンドロイド偏愛の気が無いものでも、つい破顔してしまうというものだ。


 彼女は高校に入る頃に遥香が親から買って貰ったアンドロイドなのだが、つばさの頃と違って随分AI技術が進んでいたためにたったの二年で人間と変わらない確固たる自我を持っていた。昨今のアンドロイド研究で、周りに近しいアンドロイドが居ると性格形成が速まるらしいことが判明したのだが、はからずともそれの恩恵を受けたこととなる。


「そう? でも、陸にそう言って貰えると楓も喜ぶわ」

 この子は持ち主にはさっぱり素直になれないくせに、俺にばっかりストレートな物言いをするのだ。

 素直になれない、ってあたりが複雑な感情演算のたわ物であることは言うまでもない。


「名前を考えたのは遥香なのか?」

「うん。起動した直後の私が。創造性の欠片もなくて高度な機体デザインとか絶対無理だったから楓が『せめて名前だけは』って、ね。あの時の私にしては上出来な名前だったと思う」

 少しだけ恥ずかしそうなのは、起動直後の奇行を思い出しているせいだろうか?

 確かに来たばかりの頃は、もうちょっと取っつきづらかった。機械なんだから当然かもしれないけど。むしろ、馴染んでいる今の方が異常だと考えることも出来る。

「そうかもな。本当に、良い名前だ」

「ありがとう」

 ……やはり、ただの機械と思えない。アンドロイドには、そんな何かがあった。




「ごめんね、〈ラビュリント〉の仕様変更頼んじゃってて」

 そう。そのせいで、彼女は家に釘付けでデータ管理をする羽目になっていたのだ。本当に細かな調整だったらしく、手間取っていたみたいだ。


「まあ、つばさを盾に取られたら協力せざるを得ないわよ」

「ありがとうございます、遥香様」

 かなりさっぱりしているのは楓と遥香の良いところだ。ずーっと同じ場所で暮らしているせいか、持ち主とアンドロイドってどんどん似ていくんだよな。


 にしても、優しいところまで似ているなんてちょっとズルい。うちの子は変に馬鹿っぽいところが似てしまったのに。


「あ、陸、お腹空いてない? 何か作るわよ。なにが良い?」

 遥香が嬉しそうに立ち上がった。アンドロイドの本来の役割である炊事洗濯。やはり、彼女たちのそのスキルは凄まじいの一言である。


「あ、じゃあ、緑茶をお願い。ご飯は家で食べるから」

 けれど、つばさの料理だってそれは同じだ。

「そうなの? 遠慮しなくても良いのに」

 遥香は食い下がるけど、それを楓が目で制する。

「遥香、今日の高倉家献立はクリームシチューだから……」

「なるほどね。じゃあ、お茶だけにしておくわね」


 シチューは自分の好物だったので遥香はすぐに納得して引き下がった。なんだか申し訳ないけど、遥香に手間をかけるよりはそっちの方が良いだろう。



「それじゃ、遥香がお茶を煎れている間にゲームのルールでも説明しようかな」

「ルール説明……そうだな、俺、ARROWやったことないし。インストールさえ、今日初めてだったし」

「そうですね。子供達の間では大人気なのに、陸は全然でしたよね」

 つばさがおかしそうに笑った。なお、多くのアンドロイドには初期状態からARROWがインストールされているのだが、当然のように、つばさにはインストールされていなかった。


「購入当時はそこまで有名ではありませんでしたしね。ARROW一周年フェアやってたのは覚えてますが」

「13年も前だからな」


 骨董品、か。その骨董品を稼働させ続けるのは並大抵のことではない。

 少なくとも現在の我が家につばさのメモリーに対応したプレミア付き素体を買う金は無い。ていうか、素体それ自体がかなり高いのだから、プレミアなんて付いたら手に負えない。

 一番手っ取り早いのは、やはり『チップ・アダプター』だ。

 そしてそれが、一番現実的な手段だった。



「絶対、優勝してみせるんだ。なにがなんでも――そう、手段は選ばない」

 チップ・アダプターを手に入れるためだったら、手段など選ばない。ゲームだろうがなんだろうが、やってやろうじゃないか!


「素直に喜べませんよ」

 それでも、つばさが居なくなるよりはましだ。

 メモリーの中身をまるまる他のメモリーチップにコピーするということもできるが、どうにもそれだけは嫌だった。


 同じ記憶を持っていればそれは同じ人間なのか?

 コピーしたつばさの人格は、自分の知るつばさでは無い。『記憶』から『人格』を形成するのは結局そのメモリーチップであって――コピーをしてできあがる人格は、結局のところよく似た他人でしかない。


 元のデータは同じでもチップごとに処理方法が違うからこそ、アンドロイドは多様性を持つのだ。

 複雑になりすぎたアンドロイドのメモリーが、人間並みに繊細になることは当然のことだろう。


「それだけの覚悟を持ってやるってことだよ」

 つばさは、今度こそ嬉しそうに笑ってくれた。ああ、そうだ。自分はこの笑顔のために今、慣れないことをしているのだ。そんなことを改めて認識した。



「ARROWは主にロボットアクションゲームだよ。自由過ぎて色々な楽しみかたができるけど、基本はそれ」

 楓が、かなり基本的なところから説明を始める。彼女の座ったクッションが、身振り手振りにあわせて軽く揺れる。これで成績はかなり良い方の彼女の説明は、やはり要点を押さえていてわかりやすい


「モードは一対一、ニ対ニ、参加人数自由のチーム戦、あとは、CPUを相手にした殲滅戦だね」

「ちなみに大会でつかうモードはどれなんだ」

「たぶん、チーム戦以外の三つからランダムって感じだと思う。決勝とかになれば盛り上げるために三つともやるかもしれないけど。他にもいくつか種類はあるけど、試合に使われるのが確実なところはこの3つ、かな」

 タッグで出場するということだし、チーム戦は無しってことになるのか。それ以外は基本的に普通の対戦格闘ゲームなんかと同じだ。殲滅戦、というのはおそらく、雑魚がわらわら突っ込んでくるのを吹き飛ばす類のモードだろう。


「よし、モードについてはわかった」

 と、思う。経験してみないところにはよく分からないけれど、今は仕方がないので話を進めよう。


「あと、知ってるだろうけど今回の試合は全部二人一組でやる感じだからね」

 楓とタッグで戦うということだろう。我らがフリューゲルと楓達のラビュリントのコンビプレーが大事になるのだろうか。


「その間、アンドロイド組はどうするんですか?」

 アンドロイドが関わる要素を見いだせず、つい聞いてしまった。つばさも興味深そうに耳を傾けている。

「操縦の援護。アンドロイドは主に人間のフォローに回る感じだよ」

 人間用のゲームなのだから当然と言えば当然なのかもしれない。フォロー……復座式のサブパイロットといえば、火気管制とか出力調整とかがセオリーだよな。


「じゃあ、人間はどうするんだ?」

「メインの操作ね。動いて、撃って、斬って……割となんでもできるよ」

「おおかた予想通りだな。機体ごとにできることが違うと思って良いのか?」

「うん。あり得ないようなロボットで出鱈目なことをするも良し、リアルなロボットで硝煙の香りを楽しむも良し……それがこのゲームの売りらしいよ。自分の好きなようにデザインできるから、アニメ作品のロボットと同じ物を作ることもあるみたい」


 なるほど。そういった楽しみ方もできるのか……。本当に、懐が広い作品なんだな。

 14年間も愛される理由が何となく分かった気がした。


「今じゃ、最初からコラボしちゃってアニメに登場する機体のデータを公開することもあるらしいけどね」

「コアな人気がある証拠か……他に大事なこととかあるか?」

 それだけロボット=このゲームという認識が広まっているということだろう。

「自由すぎて、説明できることが少ないんだよね、これ」

 なんでもできちゃう故になんにも説明できないらしい。

「……あはは」

 つばさはついつい苦笑い。


「ああ、いわゆる『対価』ってものがあってね――どんなパーツでも作れるけど、すべてのパーツがそのパーツに見合ったデメリットも持っているから気をつけてね」

「デメリット?」

「簡単な例だと、高威力の銃なら連射ができないとか、エネルギー管理が大変とかそんな感じだね。あと機体全体でも同じことがいえるの。武器を積みすぎれば速度が遅くなったり」

 遥香が言ったことは、簡単なようで難しいことだった。


「なるほど。ゲームバランスの維持の為か――簡単なようでいて面倒なシステムだな」

 パーツが無限に存在すれば、対価も無限に存在する。それなら、ゲーム性は格段に跳ね上がる。ある程度の傾向はわかっても、かなりの部分で発想力・想像力が関与してくる仕組みらしい。

「ともかく。機体を作って、好きなように動かす。それが基本で、全てだから」

「――ま、なんにせよ、三つのモード全てで強くなれば良いってことだな」

「簡単に言えばね。でも、一筋縄でいかないから人気なのかもしれないね」

 底無し沼のように奥深いゲーム性だ。はまってしまえば、下手をすれば人生に影響を及ぼしかねない。

 そんな『影響をきたした』連中の中で、自分は優勝を勝ち取らねばならないのだ。荒唐無稽だと言うことは初めからわかっていたけれど、まさかここまでとは……。


「きっと大丈夫です。陸のフォローには自信があります」

 けれど、そんな状況下でもつばさは変に自信ありげだった。その様子に、楓が小さく笑う。

 確かに、チームワークには自信有りだ。ほぼ最古参のアンドロイド。そのフレキシブルな対応が、きっと鍵になる。


「まずは機体のデザインだね」

 楓は仕切り直すようにそう言った。傍らには遥香が用意してくれた緑茶。白い湯飲みに、緑色のお茶が鮮やかに映る。茶器の使い方が上手い。色彩が鮮やかになり、五感で楽しむべきお茶になっていた。

 かつては全自動の機械に頼ることも多かった給仕も、今ではこういった『全自動の手動』という、良いところを併せ持ったような形に落ち着いていた。

 ボタン一つでコーヒーを飲めることに喜んでいた時代は終わったのだ。



「なにはともあれ、資料は沢山あるんだからさくさく行こう」

 ……うん。ちょっと、調子に乗って色々買いすぎたね。さて、このプラモデルが全部組み立て終わるのはいつになるんだろう。二人がかりなら、すぐ終わると信じたい。場合によっては遥香にも手伝って貰う感じで。


「そうですね。フリューゲル……実際はまだ、名前と羽根しかないんですから」

「そうだな。……にしても楓、よくぱっとこんな名前出てくるよな何語だよ、これ」

「語学は得意なんだ、これでも」

 悪びれもせずに彼女は笑った――それにしても、自分はこの名前をなかなか気に入っているんだな。〈フリューゲル〉か。羽根という意味の言葉。自分たちにはこれ以上ないくらいにマッチした名前である。


 楓が自分のエコバックと大きな紙袋の中身を取り出して、テーブルの上に所狭しと並べていく。

 リアル系からとんでも系まで幅広く取りそろえてあった。


「では、陸。イメージを形に変えましょうか」

 つばさは服のポケットから、情報端末を取り出してそう言った。


「……よく分かんないけど、つばさに丸投げして良いのか?」

「いいえ。駄目みたいですね――細かい設計は私がやるしか無さそうですけど、イメージするのは私たちです。二人で、ゆっくり作りましょう」

 なるほど。いくらつばさといえども、その想像力は人間のそれには及ばない。やはりここは、俺が出来ることをやるのがいちばんみたいだ。

「最初は一時間以上かかるものだから、覚悟しといてね。終わるまで、私たちも細々色々やっとくから」

「久々に使うし、〈ラビュリント〉の微調整も続けないと。一対一しか考えてなかったからね、あいつ」


 キッチンの片づけを終えて帰ってきた遥香は楽しそうに笑う。楓は『昔使っていた機体を引っ張り出す』といった事を言っていたが、それは〈ラビュリント〉のことだったらしい。


 なにはともあれ、ついに〈フリューゲル〉が形にするときが来たようだ。

 俺の財布の中身と引き替えに、ね。

 必要な投資だったと信じよう。




 メモに使っていたペンを置いて、小さく一息。できあがった機体を端末でちらりと見る。

 我ながら、なかなか良い機体だと思う。


「どうやら全部終わったみたいだね。ねえ、遥香?」

 日が沈んで月がいい具合に上った頃、どうにか機体のデザインは全て終わった。一時間どころか、三時間以上もかかってしまった。慣れていない上に、かなりこだわってしまったからだろう。


 各部のカラーリングまで細かく指定できるというのだから驚きだった。因みに、白を基調に青系統のラインを幾本か入れておいた。白は蝋燭をイメージしているので、部分的に遥香のイメージを採用した形になる。

 蝋で固めた頼りないイカロスの翼。さて、海の向こうまでちゃんと飛んでくれるのか?

 --飛んで貰わなければ困る。たとえ四肢を失っても、羽根をはためかせるべき存在がこの愛機、〈フリューゲル〉だ。


「ARROW用のゲームルームは予約してあるから安心して良いわよ」

 唐突に遥香が言うけれど……ゲームルーム?

 聞いたことのある言葉ではあるが、どんな物なのかはいまいちわかっていなかった。


「うん。話が早くて助かるよ」

 楓は分かっている様子で、笑顔で頷いている。今日は何だか、いつにも増してとても頼もしかった。


「カップル割で午後一杯でワンコイン。凄いわね」

「か、カップル割……り、陸はそれで良いの?」

 楓は何故か上目遣いをこちらに送ってくる。頬を朱に染めながら恥じらっていた。確かに、少し恥ずかしいような気もするけれど--安くなればそれで良いと思う。

 現状、我が家は緊縮財政に突入予定なので、できるだけお金は節約しておきたいのだった。

「勿論。楓となら、大丈夫」

 なんて言ったって、幼なじみだ。昔は一緒に風呂に入ったような仲だし、今更偽装カップル程度でどうこういうのもおかしいだろう。

「……えへへ」

 にへらにへらと笑いながら、頭を掻いている。本当に幸せそうだ。

 何たって、割引だからな。そうもなるだろう。

「ワンコインかぁ。魅力的だなぁ……」

「……もっと他の所に魅力を感じてよー」

 楓は一転してぶーたれる。あれ、つい数秒前まで認識を同じくしていたはずなのになぁ……。


「それで、楓、ゲームルームってなに?」

 もしかしたら値段以外でも凄まじい魅力があるのかもしれないということで、改めて聞いてみた。

「ARROWをプレイするための場所だよ……って、本当になじみ薄いんだね」

 なんとなく分かるけど、イメージはできない。


「ARROWってどこでもやれるんじゃないのか?」

 だからこそ大流行しているものなんだと思っていたのだけれど、違うのだろうか。


「うん。小型端末でも、大きなテレビに繋いでも、ゲームルームって呼ばれる一種のブースでもね」

「一種のブース……ですか?」

 ――なるほど。何となく分かったぞ。


「テレビで見たことある奴かもしれない。あれだろ、ロボットのコックピットみたいな形になっているカプセル状の機械」

「そうそう。あれやるとね、機体に掛かるGを再現できるし、音は本物顔負け。視覚的にもかなり楽しめるの!」

 本物顔負けって言うけど、本物は世界に存在しないよな。

 そんな揚げ足取りはおいといて、興味はそそられた。


「楽しそうだな。実際に大会はそれでやるんだろうから、練習も要るだろうし」

 たまにテレビに映っているARROWの大会は例外なくその機械を使っていた。今回もそうなのだろう。


「じゃ、明日ゲームルームで対戦と行こうね。練習しておいてよ」

 話しぶりからすると、ゲームセンターとカラオケボックスを足して2で割ったようなところなのだろう。

 個室のゲームセンター……なるほど、『ゲームルーム』を名乗るのも納得だ。


「ああ、長居して悪かったな。そろそろ帰るよ」

「今更だよ。さすがにもう軽々しく『泊まって良い』とは言えないけど、長居くらいは無問題だからね」

「――ありがとう」

 楓がそう言ってくれるんだから、自分が遠慮する理由もない。

 男と女という越えられない壁があったとしても、自分と彼女はまだ友達で、幼なじみだ。そういう当然なことが、今は何故か無性に嬉しかった。

「感謝するようなことでもないよ、陸」


 軽く笑い返して、帰り支度を整える……。


「二人とも、また明日」

 また明日も会えるんだ。贅沢だな、自分は。

 幼なじみとは言え、ちょっと甘えすぎかも知れない。つばさと離ればなれになるかもしれない。これから厳しい日々が待っている。それに、高校の勉強だって放置は出来ない。

 けど、そんな殆ど『詰み』な状況でも、俺はまだまだ頑張れる気がした。

 根拠のない全能感--たまに自分を反省するときに感じるその『思いこみ』が、今は心地よくて仕方がなかった。



「陸、うれしそうですね」

 マンションを後にした自分に、つばさが声をかけた。

「だろうな」

 自分は月明かりの中で嫉妬で頬を膨らませる自分の相棒に笑いかけた。けれど、飄々としているこちらに馬鹿らしくなったのか、彼女も呆れたように微笑んだ。

 彼女には、マスターである自分しかいない。その自分が他の女性と仲良くしている。

 マスターのことを第一に考えるように作られているアンドロイドとは言え、それは黙して耐えるには酷な現実なのだろう。

 


「別に良いですけどね。楓様よりも、私と一緒にいる時間の方が長いんですから」

 よく分からない主張は、響く硬質な足音と混ざって闇の中へ吸い込まれて消えていく。


 --さあ、明日から全てが動き出す。

 目の前で笑うアンドロイドのための戦いが幕を開けるのだ。思えばつばさとの付き合いは、楓とのそれよりも少しだけ長かった。

 明確な比較対照がいて、初めて自分にとって彼女がどれほど大切な存在なのかを知ることができた気がした。


「追い越されたくないですね」

 つばさが素体を失えば、楓との付き合いの方が長くなるんだろうな、きっと。


「ああ。悪いけど楓には、今のままでいてもらおう」

 きっと、楓もそっちの方が良いと思っているだろうから。


 夢見がちな二人は、暗がりの中を歩いていく。

 何も見えないような暗闇ではあっても、自宅への帰路は体が覚えている。不安や恐怖は、これっぽっちもなかった。

垂れ流している設定は、他シリーズでも共通しています(露骨な宣伝)。

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