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始動

「羽根と言っても、色々あるんですね。メカニカルなもの、翼に近いもの、天使のそれに近いもの、虫に近いもの……さらに大きさとか、機能まで違ってくるみたいです」


 つばさはそういって、考え込むように、軽くうつむいた。うっすらと青みがかった長髪が顔にかかる。物憂げな表情というのは女性の魅力をかくも引き出す物なのか。見慣れた二重瞼、吸い込まれるような青い瞳。ちらりと見えたうなじ――人間には成し得ない、完璧な均整に目を奪われる。

 そんな彼女が、自分のためだけにこの世に『生』を受け、そして自分に尽くすことだけに喜びを感じている。そんな客観的事実に少し歪んだ悦びを感じてしまうことがあった。



 いや、羽根だ。今は羽根のことだけを考えよう。

 今現在、自分たち三人はロボットについて勉強している真っ最中だった。

 そのために、とロボットに事欠かない、駅前の電気屋に来ていた。電気屋といっても殆ど何でも売っており、今はそのプラモデル売場に来ていた。

 平日の夕方だからなのか、普段の人並みもどこかに消え去り、一種異世界のような独特な空気を醸し出していた。


 --楓に聞いた話によれば、〈羽根〉が武器になるものもあれば、放熱用の器具として機能する場合もあるらしい。スラスターやブースター以外の用途もあることには、かなり驚いた。

 そもそも空想の産物なのだから、その可能性は当然、無限に広がっているようだ。もしかしたら、俺が学んでいるこの間にも新しい〈羽根〉が増えているかもしれない。

 男のロマンの受け皿として長年機能してきた実績は、伊達ではないようだった。


「どうしようか。ここまで色々あると、なにを参考にしたら良いのかさっぱりわからないな……」

 つばさも自分も、パッケージを飾る様々なロボット達のイラストに目移りするばかりで今日の本来の目的を果たせる気配は一向にない。この春の大型連休中に、準備は済ませておきたいのに。

 選り取りみどりすぎて、いったい何から手を出したら良いかが分からないのだ。


「あー、提案しといてなんだけど、逆に混乱させたね、ごめん」

 楓がばつが悪そうに、小さく俯いた。

 家電量販店のプラモデル売場……女の子二人と学校帰り(と言っても、つばさは正確には違うけど)に足を運ぶには適していないようにも思える。周りに数人いるお客さんも、突如現れた可愛らしい少女の登場で、何とも居心地悪そうにしている。

 こういったところは、なんとなく女人禁制な雰囲気を持っているけれど、楓は特に気にもしていないようだ。このコーナーから離れれば、美少女を模した機械人形達がひしめいているのだが、ここだけは本当に男ばかりでむさ苦しい。


 ここ二十年で『家電』の概念は大きく変わったらしい。本来ならば冷蔵庫や洗濯機を指していたその用語は、技術の大きな進歩によって人型ロボット……いわゆる『アンドロイド』さえも含むようになったのだ。家で使う電化製品を家電と呼ぶならば、アンドロイドだって家で電化製品なんだからそれは家電だろう、という発想らしい。改めて考え直してみるとなんだかおかしな話にも思えるのだが、それを当然のこととして受け入れているのが今自分たちがいる社会なのだ。

 それこそアンドロイドが誕生した頃--正確には今から十五年前、二〇四〇年頃には大きな混乱もあったが、今ではその混乱も収まり、アンドロイドは当たり前の商品になっていた。


 店の入り口にあったいかにこの店が古くからアンドロイドを取り扱っていた草分け的名店なのかをアピールしていた店舗案内のせいか、変なことに思考は流れる。

 思い返せば、つばさもこの電気屋で『買った』ものだった。ここで買って、ここで書類にサインをして……。殆ど記憶にないはずなのに、思い出すだけで心が温かくなる。


 そんな背景もあり、このプラモデル売場にたどり着くまでにも自ら売り子の代わりをする商品のアンドロイド達を何人も見ているのだった。自己PRとはまさにこのことだ。商品がただ選ばれるのを待つだけの時代は終わったのだ。



 それにしても、プラモからアンドロイドまで取りそろえているなんてカオスの権化のような場所だな、電気屋。21世紀初等の頃からそうだったらしいのだが、食品以外は大抵揃ってしまう。

 電気屋ってなんだっけ……。んというか、五十年も前からそうなんだったらいい加減改名するなり新しいジャンルを名乗るなりすれば良いのに。



「陸、どうしましょうか」

 自分の名を呼ばれ、妙な思考から現実世界に復帰する。一度頭を空っぽにして、うずたかく積まれたSFチックなロボット模型の箱に向き直った。


 つばさは、自分の――高倉家で働くアンドロイドだった。もう、長い付き合いになる。十年と少し。改めて計算すると……13年? 今の自分が17歳で、幼稚園とかそんな頃に発売されたアンドロイドだから彼女は13歳だ。見た目は自分たちと変わらないくらいの年齢だけど。


 名前が『つばさ』なんてちょっと男っぽいのは、四歳の自分が男と女を今ほど明確に区別できていないくせに、彼女の名付け親になったからなのだ。

 色々な人に男っぽいと言われるのだが、自分としてはつばさはつばさなのであまりピンとこない。


「つばさはどうしたい?」

「私は――」


 自分の質問に、彼女は考え込んでしまった。そうだよな、決まらないから、俺に話を振ったんだよな。

 こちらの微妙な返しに必死に答えようと頑張っている。ちょっと申し訳ない。


 アンドロイドというと頭の固いイメージがあるのだが、そこは13年の積み重ねがある。複雑な感情演算を難なくこなし、人間顔負けの『心』を持っていた。俺たちのそれとは違うかもしれないが、少なくとも心とっよぶ以外にどうしようもないものを、だ。

 13年というのは初期型のアンドロイドにとってはかなり長生きしている方らしい。もう道行くアンドロイドで13年ものなんて、到底見受けられないそうだ。どちらかと言えば、記念館や資料館の中で飾られている方が多い機体だ。


「――生物っぽいよりは、機械的な方が良いですね」

 しばらく考え込んで、それだけ言った。機械的な羽根か……。

 機械についている羽根が機械的でないことも多いのが、日本のロボット文化の奥深さだと思う。


「なるほど。機械的な方が確かに、格好良いかもな」

 でも--女の子ならもっと鳥のようなものに憧れるのかとも思ったのだが、そうでもないらしい。機械的なよりはよっぽど取っつきやすいとは思うのだが。

 つばさが俺に気を使ってくれるのか、それとも単に彼女の趣味なのかはいまいち分からない。


「だいぶ絞れたことになるね」

 楓が嬉しそうに笑う。今日の目的は『羽根の形状』を決めることにあるので、これは大きな前進だ。この連休中に、すませるべきことを全部すませるにはさくさく物事を進めなくてはならない。

 つばさが手に取った箱に描かれていた『羽根』は、確かに機械的だった。洗練された機能美がそこにある。存在しないはずの技術に、微細なディティールが与えられ、圧倒的なリアリティを伴いパッケージ狭しと広げられている。


「こういうのもあるのか」

 プラモデルやSFなロボットにはあまり造形が深くなかったが、ついつい興味をそそられた。

「これにします。こんな感じの羽根が良いです」

 羽根というよりも、まるで剣かナイフのような鋭さ。そんな羽根が描かれているプラモデルのパッケージを、俺に見せてきた。


「格好良いね。つばさ、センスが良いな」

 ほめて貰えたのがうれしかったのか、つばさもついついはにかむ。人工皮膚が実現する柔らかな動き、小さなえくぼが出来ていた。



「陸、これ、折角ですから買って帰って良いですか?」

 つばさは箱を両手で大事そうに抱えて聞いてくる。こうしているとまるで子供のようだ。心底楽しそうににこにこしている。これが安くない買い物であることはすっかり頭から抜けているらしい。ここらへんちょっと旧型感があって、俺は好きだった。これがリード社の第七世代〈ネクスト〉だったらこんなことは言っていなかったのだろう。

 この我が儘は、機械に許された個性なのだ……父母の仕送りが届いたばかりだし、我が儘を聞いてやるくらいは大丈夫だよな、たぶん。


 本当は節約をしなければならない理由もあるのだが--つばさの笑顔のせいでお金の心配は自分の頭からも飛び立っていったみたいだ。そしてこうなってしまってはしばらく帰ってきそうにない。


「そうだな。資料みたいなもんだろう」

 その言葉で、彼女は歌でも歌い始めそうなほどに喜んでいた。どうやらこのロボットのことを本当に気に入っているみたいだ。…………それにしても、このロボットの名前は何語なんだろうか。変な記号が並んでいるが、さっぱり分からない。


「組立、できますか?」

 プラモデルの趣味はなかったので、つばさが心配そうに聞いてくる。けれど、ここまで来てしまったらもう挑戦するしかないだろう。今更引き下がれない。

「やったこと無いけど……大丈夫かな? 用具も無いし」

 ニッパーとか必要だよな、これ。そんなの持ってないぞ。

 はさみじゃだめかな? ……たぶん、駄目だよな。


「二人で頑張りましょう。きっと何とかなりますよ。ええ、何とかして見せます」

 つばさがやる気を見せている。よほどこのロボットが気に入ったみたいだ。アンドロイドのマニュピレーターならば精密模型程度は朝飯前だろうが--道具が無くてもいけるかは、やってみなくては分からない。

 アンドロイドといっても基本的に家事手伝い以外の用途は(つばさには)無いので、アタッチメントの取り替えなんかも特に存在しない。工業用のならなんとかなるのかもしれない。


「自信満々だね、つばさ」

 楓も顔をほころばせて言う。いつもはマスターに尽くしているつばさが自己主張を繰り返しているのを、どこか楽しそうに見守っていた。

「はい。旧型の意地を見せますよ」

 --ニッパー、安い奴を一つ買っておくのも良いかもしれない。この調子だとはさみでだめにしてしまった時に本気で落ち込みそうだからな。


「じゃ、つばさ、会計はやっておくからいつもの所でメンテナンス受けてきなよ」

「お願いしますね! そ、その……本当に、良いんですか? ちょっとお高いですよ?」

 つばさは自分のわがままをあっさり聞き入れてもらえたことに驚いているようだった。普段彼女のおかげでどれだけ救われているか考えたら、これくらいはさせて貰って当然だろう。

 ――けど、それを口に出せるほどの度胸は無い。


「馬鹿だろ、お前」

 そっれだけ、ぽつりと言った。うん。こいつは俺と長い間過ごしたせいで、すこし馬鹿になってしまった。俺に似たのだろう。

「はい」

 はにかむ。こら、侮辱されてるのに笑顔で頷くな。俺に似た、ってことは遠回しに俺が馬鹿なんだと証明しているようではないか。

 ……アンドロイドのために散財している以上、俺は馬鹿以外の何者でもないわけだけど。

 そして少し名残惜しそうに、一つ下のフロアを目指してプラモデルコーナーを後にした。


「つばさの調子、どうなの?」

 彼女を目線で見送った後に、楓が聞いてきた。

 アンドロイドであるつばさは、当然自分たち人間とは全く違う存在だ。機械の体は定期的なメンテナンスをしなければ駄目になってしまう。以前から少し調子が悪く、楓もそのことを気に病んでいた。

 心配そうな声色に、沈んだ目。他人のアンドロイドにここまで肩入れできるところが、彼女の良いところだ。


「やっぱり、色々なパーツに限界が近づいているってさ」

「長く使っているからね、あの体」

「13年の年代物だからな」

「そうやってさらっと、年数を言えるあたり、さすがだよね」

 さっき改めて計算しただけだよ。


 13年も前――つまり、自分たちがほんのちいさな子供だった頃だ。学習回路を積んだ人型ロボットなんてものがどれだけスゴい物なのかも今一わかっていなかった。彼女たちは化け物だ。『現代のオーパーツ』とまで言われているのだから。


 自分の父と母は家を留守にしてばかりで、俺の世話をする暇なんて無かったらしい。そのために、子供のお守りとしてアンドロイドを購入。一緒に暮らすうちにそのアンドロイドは周りに『つばさ』という一人の存在としてとけ込んでいった。――持ち主の子供と一緒にプラモ買っているのはさすがに溶け込みすぎな気もするが、気づいたときにはそうなっていたのだからしょうがない。


 母と父の顔は、もう思い出せない。名前だって曖昧になる時がある。親戚付き合いも壊滅的で、頼れる『人』は周りに居なかった。


 そんな自分を13年支えてくれたのは、紛れもなくつばさと幼なじみの楓だったのだろう。


 しかし、製造技術が確立しきっていなかった頃のアンドロイドであるつばさには、そろそろガタが来ていたのだ。といっても、彼女が死ぬわけではない。その記憶を納めているメモリーチップがあるかぎり、体が壊れてもつばさは『生きて』いられる。


 メモリーチップは人間で言う『脳』。少しスピリチュアルな話になるならば、むしろもっと根本的な魂とか、そんなもの。人間の技術で扱いきれていないブラックボックス的部分がある辺り、よく似ている。

 が、そこからが問題なのだ。


「まさか、今のアンドロイドの素体がつばさのメモリーチップの形式に対応してないなんて思ってもみなかったよな」

「数年前から社会問題化していたけど、まさか自分たちが巻き込まれるなんて……」

「しかも、とっくにその騒ぎ沈静化したしな」

「陸が随分、大切に手入れをしてあげていたのが裏目に出ちゃったのかな」

「……なんか悲しくなるな」


 そうなのだ。まさかの事態だった。ふざけているのかと聞きたくなるほどに高額な『素体』――つまり、メモリーチップ以外のアンドロイドパーツで手一杯なのに、さらに他の問題まで控えていた。


 一般にアンドロイドは『素体』……体の部分と、『メモリー』つまり、脳に当たる部分を組み合わせることで稼働する。そっちの方があらゆる面で便利だからだ。

 工業用などで安価な一体型もでているが、あくまで別々のモノが主流となっている。


「本当に、まさかの事態だ……」


 メモリーチップの規格が合わないので、新しい体を買ったところでそれの移植ができないんだとか。何それ。つばさが周りから大事にされたことでその体の寿命はかなり伸びて……伸びすぎて、完全に骨董品になった。周りの規格から取り残される程度には。つばさを作ったスプリング社はとっくの昔に倒産。現在は存在していないし、開発チームが再集結……なんてことも、当然無い。


 一応、逃げ道はあるにはある。メモリーチップの規格を変更し現在販売中のアンドロイドにも埋め込むことができるようにする器具があるのだ。それさえあれば、問題は解決できる。


 が、完全受注生産、しかも高額、注文したところで数年待ちで現在入手困難ときている。どうやらつばさと同じ状況だったアンドロイドは少なくないみたいだ。あのときは黎明期で、いろんな会社が生まれては消えていって、独自規格も多かったからな。規格の統一が図られたのは、黎明期を抜けた後のことだから。


 現在そのパーツが原価からかけ離れた値段で取り引きされていることは、多くの人の知るところとなっている。技術的にも量産は難しく、しばらくはこんな調子らしい。


「どうにか手に入れたいね。じゃないとこれからの高校生活、楽しめないよ」

 普通なら会社側が無償で規格変更をするべきなのだろうけれど――保証をするべき会社が今では存在しないのだからどうにもならない。文句を言っても変わらないのが現状だ。


 重苦しい思考の中、プラモ用のニッパーを選ぶ。

 安いものから高いものまでピンキリだが、どうにもあのパーツの値段を思い出した後では、そのどれもが現実味を帯びていない。まさに、桁が違う。しかもその桁の違いが一つや二つではすまないのだからたちが悪い。……駄目だ。もう少し金銭感覚がまともな時じゃないとおかしな買い物をしてしまいそうだ。


「自分たちでやるしかないな」

 父母のため込んでいるお金を全部使えば、きっと例の器具――『チップ・アダプター』を手に入れられるんだろうけれど、そんなことを二人が許すはずもない。そんな優しさがあるなら、黎明期のアンドロイドに子守なんて任せない。二人にとってつばさは、たんなる道具だ。……もしかしたら、自分もそれに似た何かかもしれない。


 罪悪感を薄める単なる機械なのだろう。壊れたなら、買い換えれば良いと思っているのは明白だ。


「そのためのプラモだからね」

「ああ」

 そして、そんな状況下でプラモデルはつばさを救ってくれる……かも?



 夏休みを目前に控える頃に開催されるとあるゲームの大会の景品にそのパーツが選ばれた――その一報を楓が手に入れてきたのは、つい数日前の話だった。そもそも後援がそのパーツを作ることのできる会社だったらしい。

 話題にはなるのだから、景品にはもってこいだ。


 自分でカスタマイズしたバーチャルロボットでの対戦格闘ゲーム大会なんだそうだ。アンドロイドの力を借りて武器やロボットを一から作り上げることができるらしく、自由度はすさまじいの一言に尽きる。アンドロイドが『持ち主の自由な発想をもって物事に当たる』ことができる故にAIの教育にも良いとさえ言われていた。


 だからこそ、そういったパーツが出品されるのも分からなくはない。なぜなら、その『ゲーム』とアンドロイドとはなり深く結びついているのだから。不可分といっても言い過ぎではないほどだ。


「でも、格ゲーにプラモって、関係あるのか……?」

 が、格ゲーとプラモってどうなのさ。

 買ってから言うのもあれだけど。


「機体の特徴を理解するためには重要なことらしいよ」

 まあ、同じロボだし……確かに、そうなのかも?


 アンドロイドは現在、一種情報端末的な扱いを受けている。通話機能とか備えているし、メールやショートメッセージ等大抵のことはできる。数十年前に『携帯電話』なるものが果たしていたとかいう機能をそっくりそのまま保持しつつ、お手伝いロボとしての機能も兼ね備えている感じだ。


 どうやら過去に大流行した『携帯電話』はゲーム機能も積んでいたらしく、アンドロイドにもそんな感じの機能があるのだ。データリンクができる小型情報端末――これはほとんど、その『携帯電話』に近いらしい――で遊べるゲームの種類は数多く、現在でも広がりを見せ続けている。


 こう言えばつばさが拗ねることは確実だが、彼女は旧型中の旧型なので現在出回っているほぼすべてのゲームに『非対応』なので、自分にはなじみの薄い話だ。楓に説明して貰うしかないのが情けない。

 それにしても……噂に聞く『携帯電話』って何者なんだよ、本当に。『電気屋』と同じカオスを感じる。



 それでも我らが超旧型アンドロイドつばさに唯一対応しているゲームが、一つだけあった。

 それが、その対戦格闘ゲームだった。ARROWと呼ばれるそのゲームは社会現象と呼んでも良いほど、人気を博していた。


 Androids and Robots' Roles Of Warの略称らしいのだが、安直なそのタイトルがむしろ他の並みいるタイトルの中で際だっている。


 たまりにたまったポイントで会計をすませたころ、何ともいえない表情のつばさが帰ってきた。その手には、彼女とデータリンクしている小型の情報端末。『スマートフォン型』と呼ばれている。


「お待たせしました。ガタがきていること以外は問題ないみたいです」


 うん。ガタがきていることを除いちゃったら大抵のアンドロイドはそうなるんじゃないかな。

 という身も蓋もない言葉を胸にしまって、渡された端末の液晶ディスプレイには診断結果が表示されていた。確かに、ガタが来ていること以外は正常だ。ものは言いようである。


「よくメンテナンスされてるって、誉められましたよ」

 してなかったら今ほど長生きしてないよな。

「そうだね。陸、毎日頑張ってたからね」

「もう習慣になってるから、頑張っているって気もしなかったけどな」




「とりあえず、買い物も済んだし、帰ろうか」

「はい!」


 よほど嬉しかったのか、こんな状況でも笑顔の花を咲かせるつばさに、情報端末を渡した。自分から買い物袋(つばさに渡されていたエコバック)を奪おうとする彼女をいなす。軽いから。大丈夫だから。お前は無理をするな、アンティーク。


「ちょっと、待って。私の方の買い物終わってないよ!」

「今日のお夕飯は何にしましょうか?」

 つばさは笑いながらそんなことを聞いてきた。おそらく『何でも好きなもの作りますよ』的な意味合いなのだろうけれど、完全に夢見心地だ。楓の言葉も耳に入ってないようだ


「クリームシチューが食べたいからよろしく--楓、俺たちももう少し買い物してるから、買い物済ませてきてくれ。かわいそうだから、あの子には一報入れておくんだぞ」

「--うん。遥香にはちゃんと言っておく。ちょっと遅くなるしね」


 彼女のアパートでは、彼女のアンドロイド〈遥香〉が、ひたむきに主人の帰りを待っている。

 何故か楓は今日の買い物に遥香をつれてこなかったので、情報は持ち歩いている彼女の情報端末でということになる。こっちは俺のより大画面で、そのくせ軽くて丈夫。それもそうだよな、遥香はつばさよりずっと後の世代なんだから。


 つばさは第2世代。遥香は第6世代。一昨年の暮れ以降の機体は第7世代。現在絶賛机上の空論中なのが、第8世代。


 ちなみに第2世代以前のアンドロイドはかなり珍しいのは出荷数とパーツ寿命の関係だ。それに、技術が確立していなかったのであまり耐久年数が長くはないのだ。今のようにアンドロイドがなじんでいなかったので、売れないし技術もそう高くはなかったのだ。


「私の機体ももっとチューンしないといけないからね。このゲームでは私の方が先輩なんだから、陸に負けてられないよね」

「よろしく頼むよ、先輩」

「たまには先輩って言われるのもいいね」



 大会は、二人一組。お互いに協力して機体を強化するのは当然のことだ。

 たとえ片方がニュービーでも、自分たちは本気で勝ちに行くと決めた。景品がそれだけ魅力的だったのだ。

 今回入手し損なえば、いずれはつばさは『動けなくなる』。それは、到底受け入れたくないことだった。


 つばさ抜きの日々なんて、認めてたまるか。


「つばさ、他のプラモも見てみようか。何か参考になるかもしれない」

「そうですね。実際、まだ翼の形状しか決まってませんし」

 うん。それもそうだ。何にもならなく無いかな、これじゃ。

 つばさが真っ先にそれから決めると言い出したからそうしたけど。


「目指すは優勝ただ一つ、だね」

「ああ。……あれ? そういえば、楓が大会に出る理由ってなんなの? パーツ俺に譲ったら他に得るもの、特にないよな」

 優勝の副賞だからな、その景品。他に現金が付いてきたりはしないのだ。楓には何の得もないじゃないか。


「陸、そういうことをいうのは余りにも野暮ですよ」

「うん、野暮。野暮だよ」

 楓はつばさの言葉に照れくさそうに笑って、プラモデル達へと向き直った。その横顔、頬がほんのり桜色に染まっている。そして手持ちぶさたに、パッケージを眺めるのだ。けれど目は泳ぎっぱなしで、全然見られていない。


 茶色に近い髪色で首のあたりからやたらと跳ね始めるというよくわからんくせっ毛。見慣れているはずのそれを改めて見つめると、その可憐さに驚かされる。スレンダーな体は、我らが松山高校の制服の野暮ったさに負けずに彼女の魅力を際だたせていた。安っぽい布の奥に隠れた、人間の女性にしか許されない究極の曲線美が目を奪い、周りの男を浮き足立たせる。

 ――野暮ったい制服や荷物程度のマイナスに負ける楓ではない。弘法筆を選ばず、楓は服を選ばず。どんな服に身を包んでいても、彼女は十二分に魅力的な女性だった。


「……楓はどんな機体にするんだ?」

 そんな彼女の目的をこれ以上追求するのは『野暮』らしいので、話を変えることにした。


「楓様ですから、オールラウンダーな機体になるのかと思っていましたが」

「これがね、自分で言うのもなんだけどおかしな機体なんだよね。戦ったらびっくりすると思うよ」

「おお、楽しみだな。その時を楽しみにしておくよ」

 楓はうれしそうに微笑んだ。彼女の笑顔なんて何千回も見ているはずなのに、ついつい見とれてしまいそうになった。


「……ん? どうしたの?」

「何でもない。じゃあ、俺たちはまたプラモデル物色してくるから買い物済ませてきなよ」

「うん。ありがとう」



 再びプラモデルの物色を始めていた。何十、何百ものプラモデルを前にすると、否が応でも夢が広がる。

「陸! やっぱり男の子は剣とかが良いんですか? ビームと実体剣とか色々ありますよ~!」

「剣か。……って、こっちもこっちで、本当に色々あるんだな」


 つばさが見ていたプラモデルには、機体の全長よりも大分大きい剣を構えていた。滅茶苦茶に取り回し悪そうだけど、それでも格好良いのだからたちが悪い。


「やっぱり剣を積んだ方が良いですかね? --でも、種類が多すぎて、全然決められませんね」

「そうだな、機体ができあがる頃には学校が始まっていそうだな」

 機体デザインは少なくともこの連休中に終えなければ練習に費やす時間がなくなってしまう。所詮は初心者なので、かなり練習しないと大会優勝なんてことは夢のまた夢になってしまう。


「それは嫌ですね……陸。割り振りましょう。じゃないと、譲り合ってしまって決まりそうにないですから」

「分かった。担当の割り振りはどうする?」

「武器やギミックは全部陸に任せます。その代わり、本体のデザインは私に任せてください」

「了解」


 武器と、ギミックか。楓に聞いた話では『ギミック』というのはある条件下で作動する機能全般のことを言うらしい。放熱用の金属板が排出されるとか、極端なものでは変形や合体なんかもこれに含まれる。

 羽根を生やすことができたり、変形ができたり……本当に、このゲームのロボットは節操がない。

 ――さて。それはともかく、つばさが選んだ羽根を生かすことができる機体にしてやらないとな。



「で、陸。名前はどうするの?」

「楓、買い物はもう良いんだな」

 彼女は小さく頷いて、俺の抱えたプラモの山を、半分持って行く。


「それで、名前はどうするの? それ決めないと、エントリーできないよ」

「名前……名前か」

 そうか。ロボットには名前が必須だよな……。


「決まってないなら、私が適当につけちゃうよ?」

 意地悪な笑みを浮かべる楓。

「じゃあ、お願い」

 あっさりそう言った。


「……って、良いの? 大事な物だよ、それ」

「うん」

「ほ、本当に良いの?」

「つばさ、良いか?」

 他の棚の方に行っていたつばさも話を聞いていたのか、『陸が良いのなら』と答えた。


「……じゃあ、私が付けちゃうよ?」

「ああ。機体のデザインには楓も少なからず関わっているんだからな」

 俺たちだけで作る機体ではないのだ。目を丸くしていた楓は、一転して呆れたようにため息をついた。

 そして、はにかむように小さく笑う。

「じゃあ、お言葉に甘えて――僭越ながら名付けさせて貰うね」

 もったいぶって一呼吸。


「じゃあ、〈フリューゲル〉……ってどう?」


 彼女は、満面の笑みでそう言った。


 やっと自分たちは、ゴールに向かって歩き始める――いや、折角だから飛び立ったと言った方が良いのだろうか?

 大事な人を助けたいという純粋な想いと、景品の為に優勝したいという不純な願いを頼りない翼に込めて。

 蝋のように頼りないつばさでも--人間、やろうと思えばなんとでもなるんじゃないかな?


 人類の英知、アンドロイドを人間は開発した。そういうガッツが、きっと自分たちのどこかに秘められている。そんな青臭いことを考えながら、俺は楓の方に向き直った。

モデラーたちにはもはやおなじみですが、プラモの調達のために家電量販店に行くのってよく考えたらおかしいですよね。

家電ってなんだっけ。

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