理解と誤解
三人は部屋を出た後、一階の受付にいた女将のジェーンにおすすめの料理屋を聞くことにした。
「お勧めの料理屋? 向かいの料理屋だね。あそこは、安くてそこそこの味をだしてくれるよ。」
ジェーンの助言に従い、三人は向かいの料理屋に足を運んだ。店はまだ早い時間だったのか、ぽつぽつと席が埋まっているだけで、座るのに困るといったことはなさそうだった。
三人が席に着くとウェイトレスらしき女の子が注文を聞きにやってきた。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「お勧めがあればそれをお願いします。・・・三人前で。」
「わかりました。てんちょー、おすすめ三人前でーす!」
アインがお勧めを頼むと、二人とも「それでいい」と頷いてきたので三人前を注文した。ウェイトレスはささっと注文を取ると奥へと下がっていった。
「さて、ようやく落ち着いた時間が取れましたね・・・。これからの方針について話をしましょう。」
アインが話を振ると、優斗が質問する。
「これからの事っていうのは、これからの生活の事って意味ですか?」
優斗の質問に首を横に振りながら答えを返す。
「それもありますが・・・。この世界をどう生きていくのか? というざっくりした方針を決めておこうと思いまして。」
「どう生きていくのか・・・ですか?」
「そうです。わかりやすく言うなら“この町に居続けるのか”、“どこか別の場所に根を下ろすのか”、“旅を続けるのか”、これを選ぼうという話ですね。」
そこまで言うと三人とも思考に埋もれる。そんな中、優斗が真っ先に意見を上げる。
「僕は旅をしたいです。この世界のことを僕は何も知りませんから。旅をして世界を見ていきたいです。」
真っ直ぐな目で二人を見つめながら、堂々と言い放つ。それを聞いてグランディルは笑いながら答える。
「・・・ならば私もついて行こう。私の望みも、きっとその先に有るだろう。」
グランディルは、それだけ言うとアインのほうに目を向ける。優斗も真剣なまなざしをアインのほうへ送る。それを見て、アインはいつものニヤついた笑みを浮かべて話し出す。
「もちろん私もついて行きますよ? 何せおもしろそうですしね?」
アインがそういうと、三人は顔を見合わせて笑いだす。
「アハハハ! じゃあ結局これからもこの三人で行動するんですね?」
「・・・フッ。そうだな。」
「フフフフ、まぁこれも“縁”ってやつですかね。」
そんなことを話していると、注文した料理が運ばれてきた。
「はーい、おすすめ三人前でーす!」
シチューのようなスープと、肉と野菜を混ぜて焼いたもの。あとは水の入ったグラスが運ばれてきた。
「お、いいタイミングですね。」
「ホントですね! うわぁ、お腹が急に空いてきました。」
「・・・ふむ。量も豊富でちょうどいいな。」
料理から美味しそうな香りが漂い、食欲が刺激される。しかし、三人とも料理ではなくグラスに手を伸ばす。そして、優斗とグランディルがアインのほうに期待した眼を向ける。アインはそれに一つ頷くと話し始める。
「・・えーと、それでは! 色々あった今日一日に、乾杯!」
「「乾杯!」」
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空腹は最高のスパイスという話は本当らしく、三人とも実にうまそうに食事を摂る。その最中に優斗がふと疑問に思っていたことを尋ねる。
「そういえば気になってたんですけど、アインさん、“階梯”ってなんですか?」
「ああ、魔術を説明する時に言っていたことかい? あれはね、魔術の程度を表すものだよ。簡単に言うと数が多いほどすごい魔術ってことだね。」
「へー。じゃあ、何階梯まであるんですか?」
「十階梯まであるよ。」
「アインさんが使えるのは?」
「もちろん十階梯まで使えるね!」
アインは自慢げにそう答える。魔術に関してはゲーム時代からの自慢である。徹底的に鍛え上げたため、魔術だけで言えばゲーム内で最強に近い存在であった。
(こういう風な反応するたびに“魔術バカ”とか言われてたっけ。否定はしないけど。)
そして、優斗は話を続ける。
「あと、僕のことは“優斗”って呼んでもらえますか? “朝倉君”だと他人行儀ですし。」
「優斗の世界だと親しい相手とはファミリーネームで呼び合うのかい?」
「・・・? あっ、なるほど。違うんですよ、僕の国では朝倉が名字で優斗が名前なんですよ!」
アインは、さっそく呼び方を変更しつつ予定どうりの会話をする。割と早くに修正してくれたことに心の中で安堵のため息をつく。
「なるほど、珍しいね。それじゃあこれからは優斗って呼ぶからね。」
「はい! グランディルさんもそれでお願いします。」
「・・・む、わかった。」
優斗に返事を返したグランディルだが、ちょっと悩んだ後、話をする。
「・・・私の事も、グラン、と呼んでくれ。」
「はい! わかりました。グランさん、ですね!」
「・・・呼び捨てでいい。貴公等相手に偉ぶるつもりはない。」
「わかった。グラン、と呼ばせてもらうからね?」
「ちょっと慣れませんけど、僕もグラン、って呼ばせてもらいます。」
グランディルは「・・・それでいい。」と笑いながら言う。すると今度はアインに向かって話しかける。
「・・・アイン。貴公はもう少し砕けた話し方でいい。」
「そうですよ! 僕にまで敬語つかってるじゃないですか!」
「そうですか?」
「「そうだ(です)」」
「うーん。これは癖に近いですからねぇ。代わりに、二人に対しては気兼ねせずに話しかけますからそれで許してください。」
「・・・それならいい。」
「僕もそれならいいと思います。」
・・・嘘はついていない。“アインとして”気兼ねせずに話すのだから。癖に近いとは言ったが癖とは言っていない。ただのRP(ロールプレイ)である。
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三人は食事を終えて宿に帰ってくると、女将からお湯とタオルが借りられることを伝えられる。せめて拭うくらいはしたかったので、三人で90Lしたが借りることにした。ちなみに食事は一人120Lだった。
「それじゃ、用意ができたら部屋に運ぶから待ってなさい。使い終わったら部屋の隅にでも置いとけばいいから。」
しばらく部屋で待っていると、従業員がお湯の入った桶とタオルを持ってきてくれた。
それを使って体を拭うと土埃などでタオルが汚れていく。
「うわぁ、汚れがこんなに・・・。拭うだけじゃなくてしっかりとお風呂に入りたい・・・」
優斗が思わず願望を言ってしまう。その台詞にアインが同感だという風に反応を返す。
「そうですね、タオルだけではしっかりと頭を洗うこともできませんからね。」
アインの返答にグランが驚いたような表情で質問する。
「・・・二人とも日常的に風呂に入っていたのか?」
「そうですよ。」
「そうですね。」
あっさりとそう言い返す二人にグランは更に驚く。グランの世界ではこの世界と同様に、風呂というものは上流階級の人間のものなのだ。グランは二人は上流階級の人間だったのだろうか? と勘違いしながら二人を見ていると、アインが何か察したのかフォローを入れる。
「私の世界では庶民も風呂に使っていたんですよ。別に私が上流階級の人間だったわけではありませんからね?」
「え? あ、僕の世界もそうでした。グランに勘違いさせてしまいましたね。」
グランはその言葉にほっとした様子を見せる。アインはそれを見てクスクス笑いながらも話を切り上げる。
「そろそろ寝ましょう。明日もまた色々することがありますからね。」
「・・・うむ。」
「そうでしたね。」
そして確認を取った後、アインは魔道具の明かりを消した。
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side 朝倉優斗
明かりを消して暗くなった部屋の中。アインさんがおもむろに声をかけてきた。
「優斗君、まだ起きていますか?」
「はい?」
寝るんじゃなかったのか。と思いつつ意識をアインさんのほうにむける。
「一つ聞くのを忘れていたことがあります。答えてください。」
「なんですか?」
僕は三人の中で自分が一番ふつうであると思っている。だからこの言葉を聞いた時も大して気になることなどないだろうに、とそんな風に思っていた。
「君は・・・なぜ、そんなにも人を救いたがっているんですか?」
「・・・・・・・」
それは、まるで、傷跡に触れられたかのようだった。
「私からしてみれば、この三人の中で君が一番“オカシイ”。君は魔法がない世界からやってきたといいましたね? つまり君にとってこの世界は常識が通用しない世界だ。そんな世界に召喚・・この際拉致といってもいい。それからも君にとって衝撃的なことがたくさん起こり、今や明日も見えない状態になっている。それなのに、君はあろうことか他者を救いたいという。君は、むしろ救いを求める側だというのに。・・・これは間違いなく異常だ。」
「・・異常、ですか。」
「ああ。それが悪いと言っているわけではないが、普通じゃない。何か理由があるはずだ。君を、そうまでさせる何かが。」
・・・ああ、ある。理由ならある。それはまさしく僕の心にとっての傷跡だ。
「・・・大した理由はありませんよ。ただ、そう、いやなんですよ。」
「いや? 他人を救えないことがかい?」
「違います。・・・少し昔話をしましょう。」
そう、他愛もない話だ。ただの失敗談。頑張ったけど救えなかった友人がいただけの話。
「僕が14歳くらいの話です。僕にはある友人がいました。名前は小太郎くんです。彼とは7歳のころからずっと友達でした。彼はとても優しいやつでね、怒ってる時も辛くて八つ当たりしてしまった時も笑って許してくれるようなやつでした。」
彼は本当に優しかった。優しすぎるほどにやさしかった。
「・・・彼はね、学校でいじめを受けてたんですよ。僕が気付いたのは偶然でした。いじめの現場を直接見たんです。知ってますか? 人って群れると残酷になれるんですよ。もちろん僕はそれをやめさせました。それでも僕が見ていないところで彼は延々といじめられていたらしいんです。」
本当に胸糞悪い話だ。いじめをしていた彼らと会って、殴りかからない自信はない。
「そして小太郎君は自殺しました。飛び降り自殺ってやつです。こっそり屋上に上って、授業をしている最中に飛び降りました。もちろん学校はパニックになりました。屋上には遺書が残されてて、それには僕に対してありがとう、って書いてあったんです。」
僕は何もできて無かったのに
「僕は心底後悔しました。救えたはずだったのに、死ななくてもよかったはずだったのに! だからそのとき誓いました。僕の手の届く限り、絶対に救うと!!」
・・・・思わず熱くなってしまった。アインさんは真剣な目でこちらを見ているままだ。
「なるほど。それが君の理由か。」
「はい、僕は誓いを破りたくありません。死んでも破りたくないんです。」
「・・・そうか。すまないな、辛いことを思い出させたね。」
「いえ、気にしないでください。」
どうせ、忘れることなどないのだから。
side end.
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