魔術師の策
戦いが終わった後の謁見の間、荒れ果てたその場に呼び出されたのは・・・
「お、王様?・・・」
エルディラント公国国王ダルクロウム・エル・エルディラントであった。
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優斗は思わず顔をしかめてしまった。何せ自分を殺そうとした、いや、意思のない人形にしようとした張本人だ。激昂して襲いかからないだけましといったものだろう。
するとなぜか国王ダルクロウムは目を血走らせ、怒り心頭といった様子で騒ぎ出した。
「き、きさまらぁ! 予にいったい何をした!? 答えろ!!」
優斗はそれは「どうやってここに呼び出したのか?」ということを聞いているのだと思い、アインのほうを向いた。アインは愉快なものを見た、と言わんばかりの顔をして国王の問いに答えた。
「王様、それはここに呼び出した方法を聞いているのですか? それとも、先ほどまでの状況について、ですか?」
「予の先ほどまでの状況についてに決まっておるであろう!!」
優斗とグランディルは互いに「どういうことだ?」という意味を込めてアインに視線を向ける。その視線を受けてアインはますます楽しげになって説明を始めた。
「まず初めに王様を呼び出した魔術は《アポーツ》第七階梯の魔術だね。効果はマーキングした対象を手元に呼び寄せるだけ。そして私がこっそりと王様にかけていた魔術は《無限回廊》これも第七階梯の魔術だ。効果は対象を出口のない回廊に閉じ込めること。おそらく王様はずっと彷徨ってらしたんじゃないですかねぇ。」
優斗はそれで納得した。王様はこの部屋を出てからというもののずっと出口のない無限に続く回廊に一人孤独にいたのだろう。そんな状況ではこのように憔悴したとしても不思議じゃない、自分なら心細さに泣きだしてしまっていたとしてもおかしくはないと思った。
「ぎ、さ、ま、許さん・・・!! 許さんぞ!!!」
アインの嘲るような口調に国王は頭の血管が千切れるんじゃないかというほどに怒り狂う。
それを見ながら、優斗たちはアインの意図を測りかねていた。なぜ国王にあのような魔法をかけたのだろうかと。そのせいで王は怒り、心証は悪いどころでは済まないといった風になっているのに。
すると国王の怒りの声を聞いて悪い顔をしながらアインが言う。
「おやぁ? そんなことを言ってもいいんですか?」
「・・・なんだと?」
「その魔術・・・解除してあげませんよ?」
「なんだとう!!!?」
「まだ魔術は継続しています。それに、あなたが消えたからには宮廷魔術師長たちも躍起になって探しているのでしょう、それでも彼らは貴方を見つけられていない。つまり彼らでは魔術を解除できないということ・・・。さて、どうしますか?」
「な、な、な・・・」
国王の真っ赤に染まっていた顔は一気に真っ青になっていった。誰もおらず、出口もなく、ひたすらに続く回廊に閉じ込められるというのは、気が狂いそうなほどの恐怖であったのだ。もはや彼の頭にはなんとかして魔術を解除してもらうということしかなかった。
ちなみにこの魔術は一番最初、騎士の突入のどさくさに紛れて放った魔術である。つまるところアインは最初からこうして国王を脅迫という名の交渉のテーブルにつかせるつもりだったのだ。
そんな国王をよそにアインは優斗たち二人にウィンクをする。どうだ、と言わんばかりである。
そして優斗はそれを見て心の中で叫んでいた。脅迫かよ!! と。見ればグランディルも呆れた顔をしていた。
「・・・おおっと! ちなみに私を殺そうが魔術は消えません。亡き者にすればいいというのは無駄です。それに騎士たちを全滅させたのを見ればわかると思いますが、生半可なことでは私たちは殺されませんしね?」
さらにアインが国王に追い打ちをかける。騎士団が壊滅に近い状態である現状では、勇者たちと戦うことすら難しいのであるが。
アインはにこやかな笑みを浮かべながら国王を見ている。国王にはそれが自分の状況を嗤われているように感じて、また怒りが湧いてくるが、それを抑え込む。そしていくらか葛藤した後おもむろに口を開いた。
「・・・なにが望みだ?」
「私たちのことを居なかったことにしろ。召喚は失敗した、騎士団は演習中の事故で被害を受けた、そういう風に声明を出せ。」
少しの間もおかずに返答する。そもそも勇者はいなかった、そのような声明を国から出せ、ということである。先ほどまでの笑顔はすでになく、ただただ無表情に国王からの返答を求める。了承が得られなければ微塵の容赦もなく無限の牢獄に閉じ込める、と彼の金色の瞳がそう告げていた。
「・・・わかった。約束しよう。」
「それはよかった。」
国王はアインの本気を感じ取ったのか顔を青くしながら了承した。アインはそこでようやく表情を笑顔に変えた。
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「それでは契約魔術にて契約を結びましょう」
国王との交渉?がひと段落ついて国王を落ち着かせた後。アインが国王に提案した。
「アインさん、契約魔術とは?」
優斗が疑問に思ったのか質問する。
「契約魔術というのはお互い合意の上で魂に契約を刻みつけるという魔術です。ゆえに、絶対に反故にすることができません。以前の世界ではよく使われていた魔術ですね。」
これはもちろんゲームでの話である。野良パーティーを組むときのドロップ品の分配や生産者たちから商品を購入する時などに使われていた。設定上そういう魔術であったが、ゲームではもちろん魂に何かを刻むなどできるはずがない。しかし、おそらくだがこの世界では本当に魂に刻むのであろう。だとしたらこれほど信頼できる魔法も珍しいというものである。
「た、魂に刻むだと? そんなことをして問題はないのか?」
「ありませんよ。そもそも私にも刻むのですから問題があるはずがないでしょう?」
国王が魂に刻むということで少し不安がっているが、アインはこの魔術が自分にもかけるから安全だと説得する。
(たしかに魂に刻むとかめちゃくちゃ危なそうだな・・・。でも、なんとなくだけど“大丈夫だ”って確信があるんだよなぁ。)
アインは改めて考えてみると危なそうだ、と思うが。自分の中に生まれた確信に従って使ってみることにする。
「契約で私たちが求めるのは先ほど言ったとおり“私たち三人がいた事実を抹消する”、“召喚は失敗した・騎士団は演習中に事故を起こした、と発表すること”この二つですね。それと引き換えに“魔術の解除”、と。よろしいですか?」
「それでいい、頼むぞ」
アインが契約内容を確認すると国王がそれに同意をする。優斗とグランディールも特に文句はないらしい。
「では、■■■■・・・《契約》」
アインが呪文を唱え魔術を発動させると、国王とアインの頭の中に先ほど誓った条文が浮かび上がり、溶けていくように無くなっていった。
「これで契約は完了しました。さっそく魔術を解除しましょう。」
「あ、ああそうだな。」
「それでは“解除”っと、これで解除されましたよ。」
国王は確かに解除されたことを悟る。自分にかけられた契約魔法が、相手側の契約が果たされたことを伝えてくるのだ。
「・・・確かに解除されたようだな。」
「それでは、そちらの契約も果たしてくださいね。」
そういうとアインは二人のほうへと振り返る。
「これで、一応は大丈夫でしょう。指名手配などされる心配はなくなりました。」
「そ、そうですね。アインさん、ありがとうございます。」
「それでは出発しましょうか。流石に城にいることはできませんからね。町に降りて、これからどうするか話しましょう。」
そういって三人は謁見の間を後にする。扉を出ると兵士達が居たが、国王の「無駄なことはするな」という意図の命令を受け、襲いかかってくることはなかった。
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城門を出る前に国王の指示で馬車が用意され、三人はそれに乗って市街地へと出るように言われた。
馬車に乗っている間、優斗は外から見た王城の様子や、市街地と王城との間にある貴族街の街並みを見て目を輝かせており、アインもまた感心しながらそれを眺めていた。
(うはー、立派な城だなぁ。中で散々暴れてやったけど。街並みは中世ヨーロッパに似ているけど、それほど汚くはない・・・な。)
中世ヨーロッパの時代の街は道端に汚物が転がっていたり、衛生上よろしくないものだったらしいが、馬車から見る街にはそういったものがあまり目立っている様子はなかった。これは、建築の分野にも魔法が使われているため当時の地球より進んだ技術を持っているためである。下水道などがしっかりと作られており、そこそこの衛生は保たれているのである。
市街地へとつながる門のところで馬車から降ろされ、三人は市街地に足を踏み入れた。
「「・・おー!」」
そこにはまるでゲームでよくあるような光景が広がっていた。