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4:溺愛




グラノは公務の合間を縫って一日に何度もメルに会いに来た。そしてまさに甲斐甲斐しいという言葉がピッタリの様子でメルの世話をせっせとやく。なぜここまで良くしてくれるのか分からないメルであったが、怪我は思ったよりも深く歩くことが全く出来ない今、グラノの世話はありがたかった。彼が居なければメルは死んでしまうのだから。

夜は雲のバスケットから取り出され、寒くないようにといつもグラノのベットで抱き締められて眠る。寝入る彼の顔を見つめてメルは考えた。

シンデレラと同様ネズミにだってとても親切なグラノこそ、彼女に相応しい人間だと。グラノならばシンデレラの憂いを全て取っ払い幸せにしてくれるだろう。優しく美しいシンデレラが嫁になればグラノだって幸せになれる筈だ。その為にはやはり舞踏会という出会いが大切であるという結論に達したメルは俄然やる気が湧いてきたのであった。


毎日公務を終えると飛ぶよう慌ただし く帰ってくるグラノ。数時間前にも公務を抜け出し会ったばかりだというのに真っ先にバスケットに居るメルを持ち上げる。


「メルは可愛いなぁ」


ゾクッとする程色っぽい声で呟くグラノは短い灰色の毛で覆われた身体に唇を押し付け、クンクン匂いを嗅ぎ、時には「食べてしまいたい」と言いそのまま口の中へ入れてメルを怯えさせることもある。特に足に巻かれた布に何度もチュッと唇を当ててくるので、恐らく一種の治療行為なのだろうとメルは解釈している。


「今日は君に会いに行く回数が二回も少なかった。ごめんよ寂しかったかい?」

『いいえ私の事は気にしないで。固いものを齧ったり、毛繕いしたりと色々忙しいから平気よ。それより公務をサボっちゃ駄目でしょ、真面目でしっかりした人にしかシンデレラは任せられないんだからね』


良い婿となるべく今の内から鍛えさせなければと口を必死に動かしたけれど、やはり魔女みたいにはいかず彼にはチューチュー鳴いているようにしか聞こえていないらしい。何やら訴えるメルを見たグラノは形の良い眉を申し訳なさそうにヘニャリと下げた。


「そんなに寂しかったんだね。本当にごめん」


どうやらメルの言いたいことは全く伝わっておらず、何か勘違いしているらしい。


「お詫びに今からデートしようか」

「チュウ?」


不思議そうに「なんだそれは?」と目で語るメルに頬擦りしながらグラノは城の外へと向かった。

連れて来られたのは敷地内の大きな湖。手漕ぎボートに一人と一匹で乗り込み湖の真ん中までやって来ると、丁度夕陽が沈む絶景を拝むことが出来きた。生まれて初めて水の上に浮かんだメルは最初あまりの恐ろしさにグラノの膝の上で震えて小さくなっていたが、グラノに諭され見上げた光景に目を奪われる。そして夕陽もさることながら、陽に照らされ赤く染まったグラノのブロンドヘアーが美しかった。


「綺麗だね、メル」

『そうね。これでシンデレラが居れば完璧だね』


乙女チックなシンデレラはこういうシチュエーションを好むであろう。眩い笑顔のグラノには感心するが、惜しむらくは隣に居るのが灰色ネズミ一匹だけということ。少ししょっぱくなるメルであった。


「ねぇメル……僕最近おかしいんだ。聞いてくれるかい?」

『なになに? 聞きたいな』


湖の上でネズミに相談など余程溜め込んでいるのかもしれない。王子故にしがらみも多いのだろう。何も出来ない灰色ネズミのメルであったが、せめて真剣に聞こうと丸い耳をピクピク動かした。それを見たグラノは満面の笑みでメルを持ち上げその鼻に口づける。


「近々城で舞踏会があるんだ。僕の花嫁探しらしい」

『勿論知ってるよ! 私はその為にここに居るんだもの』


胸を張るメルだが足の経過はあまり良くなく、未だに動けず腕輪探しが出来ないでいる。


「以前は花嫁探しの事を聞いても、なんともなかった。漠然とそういうものだと思ってた……でも今は花嫁を探すなんて嫌なんだ」


グラノは渇れた声で辛そうに吐き出すと、メルを持つ手に少し力が入る。


「こんな想い間違いだと分かってる。他の人間は頭がおかしいって思うだろうね……ねぇメルは僕のことをどう思ってる?」

『私だって反対だよグラノ! 花嫁さんはちゃんと見つけなきゃ』


このままでは舞踏会がなくなってしまうではないか。


『なんで花嫁さんを探したくないの? 好きな人が居るの?』


それならばメルも諦めるしかないが、暫くグラノと過ごしていてもそのような素振りは一切みせていない。


『もし違うなら舞踏会は開くべきだよ。シンデレラが言ってたの。王子様ってのは可愛くて心の綺麗な娘を迎えに行く義務があるらしいよ』


人間とは不思議な生き物だとつくづく思うメル。待っているだけで迎えが来るなんて、ネズミのようにフェロモンを出して王子様という特定の役職の雄を惹き付けることが可能なのかもしれない。顔面と心が整っている人間にしか出ないフェロモンとは大変面白い。“王子様という雄”と“顔面と心が整った雌”が結ばれると、より強い種が生まれるのだろうかとメルはワクワクする。


『あのね、出来ればシンデレラを見初めて欲しいけど、他の“顔面と心が整っている雌”でもいいから素敵な人を見つけなきゃ。そうしたら二人はずっとずっと永遠に幸せになれるんだって。』


一体全体どういう仕組みで幸せが約束されているのかさっぱり分からないメルだが、シンデレラがそう言うのだから正しいのであろう。とにかくシンデレラと、そしてグラノの幸せを誰よりも願うメルは理解出来ないのを承知で必死に言葉を紡いだ。それが届いたのか、グラノはメルの鳴き声に目を反らさずに真剣な相槌を打つ。


「そんなに一生懸命……嗚呼、メル。僕もさ! 僕もメルと同じ気持ちだよ!」

『本当!? 分かってくれて嬉し――ふぎゃっ!』


グラノはメルをガバリと抱き締めた。凄い力強さで全身を締め付けられたメルは暴れて脱出を試みるがびくともしない。あまりの息苦しさに気が遠くなってきてしまう。グラノが解放した時には既にグッタリとしていた。


「メル!? す、すまない。ついつい興奮して」


大慌てのグラノは急いで岸へ戻る。


「クソッ……キミはなんて小さいんだろう………」


遠い意識の中で聴いたのはグラノの苦しげな声であった。





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