2:魔女
「それで何か用かい?」
『あ、はい。実はお願いがあって来ました』
灰色ネズミは魔女へ事情を説明する。
「ほう、これはまた珍しい。お前さん人間の為にこんな森の奥までやって来たってのか」
『はい、シンデレラが舞踏会というのに参加出来るようにお力をお借りしたいのです。どうかお願いします』
大袈裟なほど驚いてみせる魔女に深々と頭を下げる灰色ネズミ。
「私がいうのもなんだが、なんと奇特な子だろうね。しかしそのシンデレラとやらは虐げられてなんの手も打たないのかい? 舞踏会に参加出来る年齢には達しているのだろう?」
呆れ顔でシンデレラを馬鹿にしたような事を言う魔女に灰色ネズミは気分を害す。しかしここで反論して魔女の機嫌を損ねる訳にはいかないのでグッとこらえた。そんな灰色ネズミの様子に魔女はため息を一つ漏らす。
「まぁいいさね。こんなに面白い願い事はいつぶりだろうか。叶えてやってもいいがタダというわけにはいかないよ」
今までの楽しそうなものとは違う妖しい雰囲気でヒッヒッと笑う。その姿はまさに思い描いていた魔女そのものであり、灰色ネズミは無意識にゴクリと喉を鳴らした。
『じょ、条件はなんでしょうか?』
「そうだねぇ、城にある“契約の腕輪”を盗って来て貰おうかね」
『“契約の腕輪”?』
「ああ、自分じゃどうにもならないようになっていてね。あんたちょっくら盗って来ておくれよ」
魔女の話によると“契約の腕輪”とは彼女を王家に従わせる為の代物で、何代も前の王に騙されて契約させられたらしい。そろそろこの国を離れ旅をしたいと思っている魔女だが、契約に縛られ動けないのでどうしてもそれを奪いたい。しかし城の中にある限り魔女の手で奪うことは不可能になっている契約らしく何度も失敗しているとのことだ。
「これが“契約の腕輪”の片方さ。これの対が城の宝物庫に厳重に保管されているだろうよ」
汚い部屋の中を引っくり返して探し出された腕輪はシンプルで細身のありふれたものであった。それをしっかりと記憶した灰色ネズミは大きく頷く。
『分かりました。その腕輪を持って来ればシンデレラを舞踏会へ行けるようにして下さるんですね』
「ああ約束さね」
こうして灰色ネズミは東の森の魔女と契約を交わした。早速城へ向かう為に鼻息荒く飛び出そうとした灰色ネズミを魔女は慌てて止める。
「ちょいと待ちな、あんたの足で今から城へ向かったら舞踏会が終わっちまうよ。城まで魔法で送って行ってやるさ。ちなみに“契約の腕輪”が城の外へ出たら私は感知出来る。帰りも迎えに来てやるから心配しなさんな。じゃあしっかり頼んだよ」
『はい!』
元気よく頷いた灰色ネズミに向かい魔女はぶつぶつと呪文を呟く。そして手から吹き出た金色のキラキラした粉を吹き掛けられた瞬間、灰色ネズミの視界が大きくぶれた。
咄嗟に目を瞑った灰色ネズミが次に見た光景は、人間の大きな足であった。唖然として見回すと沢山の足が並んでいるではないか。一気に灰色ネズミの血の気が引く。
「第一隊前へ!」
頭上から大きな声が降ってくると同時にザッザッザッザッと同じリズムで全ての足が動き始める。その振動に合わせてチビの灰色ネズミの身体も跳ねる為に、逃げようとするが上手くいかない。どうやら魔女は騎士隊の演習場へと飛ばしてしまったらしい。
「第一隊停止!」
掛け声と同時におさまった振動に慌てて逃げようとする灰色ネズミ。
「以上で昼の訓練は終了だ! 解散!」
この声により足はバラバラに動き始めてしまった。人間の足の間を縫う形で必死に走るが、不規則に動く足に押し潰されそうになり思わず悲鳴が漏れた。
「チューーー!!!」
「ん? うぉっネズミ!?」
「殺せっ」
声のせいで気付かれた灰色ネズミは必死に走るが、既に多くの人間に存在を把握されている。槍や剣の鋭い刃が灰色ネズミの横ギリギリに突き刺さる。当たれば一貫の終わりだ。
(シンデレラを舞踏会へやるまでは死ねない)
灰色ネズミは鬼の形相で迫る人間達から必死の思いで逃げ惑う。しかしそんな時、キラリと光るナイフが物凄いスピードで灰色ネズミの背後へと飛んで来た。それを野生の勘でどうにか察知した灰色ネズミだが、完璧には避けきれずに足へと掠めてしまった。その瞬間足から大量の血が吹き出てガクリと身体のバランスが崩れ、とうとう倒れてしまう。
「へへへ。やっと仕留められるぜ」
ニヤニヤと笑う人間達が傷を負って動けなくなった灰色ネズミを見下ろす。出血多量により薄くなる意識の中、灰色ネズミはこれで終わりなのかと覚悟を決めた。
そして目の前の人間の手に持つ剣が降り下ろされそうになった時―――
「やめろ!」
その声が耳に届いたと同時に灰色ネズミの意識は完全に途切れた。