13:めでたしめでたし
これで最終回です
「王子様は騙されております。涙なんかで気を引いて結婚までせがむなんて、淑女のすることではないですもの。売女のように卑しい行いをする彼女を放ってはおけません」
「………黙れ」
シンデレラは涙を目に浮かべ語ってみせる。
幸福を一気に削がれたグラノは嘗てないほど怒り狂っていたが、冷静さを失わないように努める。
急に語り始めたシンデレラの言葉の意味を理解しようと必死に耳を傾けるメルはそんなグラノの様子には気付かなかった。
「誤解なさらないで王子様。私は彼女が心配なのです。私の清く美しい心根が彼女にも届けばよいのですが」
私達二人の結婚式を見せてあげれば彼女もきっと目を覚ましますわ―――という言葉まではメルも意味が分からないなりに律儀に頷いていたのだが、その後無言のグラノに強制的に横抱きにされる。
突然の行動に驚いたメルはどうしたのかとグラノを見上げ、人形のように表情のない彼に背筋が寒くなった。
「お待ちになって下さい!」
自分の慈悲深い託宣を聞かずに部屋を去ろうとするグラノを慌てて追うシンデレラ。
「あっ………」
―――バタン
ついて来ようとするシンデレラの鼻先で苛立たしげに扉を閉めたグラノは、左右に立つ見張りの兵士達をそれぞれ睨み付けた。
「私の部屋に居るレディを地下へ丁重にお連れしろ。不敬罪で一週間ほど滞在の予定らしい」
「「は、はっ!」」
灰色のメイド服を着た少女を抱えた王子が突然飛び出し驚く兵士達。
その視線はキツく、しかも地下と言えば牢しかない。
「私のフィアンセが頭のイカれた不審者により心的外傷を負わされた。その不審者は不思議なことにそなた達が居たにも関わらず、ここをすんなり通ったそうだ―――次はないぞ」
あまりに冷たい声に兵士達は鍛え抜かれた大きな身体をびくつかせる。
そんな様子に小さく舌打ちするグラノだが、目を丸くして己を見上げる腕の中のメルに視線を移すと甘く蕩けるように微笑んだ。
「さぁ僕の愛しいメル。湖へ散歩に向かおうね」
女性には優しいが、どこか一線を引いて決して側には寄せない王子。
そんな彼がメイドの少女に対して吐くほど甘い仕草であることに、兵士達はただ呆然として去り行く二人を見守った。
メルはグラノに連れられ、いつかのようにボートに乗り込んだ。
目まぐるしい出来事の数々に目を見張るばかりのメルであったが、緩やかな波が心地よいグラノと二人きりの空間に少し落ち着きを取り戻す。
終始幸せそうに微笑みオールを漕ぐグラノにゆっくりと口を開く。
「あのね、グラノ」
「ん? なぁにメル?」
「仲間のネズミ達を解放して欲しいの」
「分かった。約束通り美味しい物を沢山与えて元の屋敷へ戻すよ」
「良かった、ありがとう。それで、私ってもうネズミに戻れないのかな?」
「それは大丈夫、ちゃんと戻ることも出来る。でも僕はメルと喋りたいし、思いきり抱き締めたいんだ。だから人間の姿にもなって欲しい……ダメかな?」
「それならいいや。私もグラノとお喋り出来て嬉しいし」
メルの微笑みにグラノは思わずオールを放り出して抱きつく。
グラノの温かさに幸せを感じたメルもそっと彼の背に手を添える。
そして幸せな頭の隅にシンデレラの恐ろしい形相が浮かぶ。
「………シンデレラさっき怒ってた」
グラノは否定も肯定もしない。
「きっと私がグラノと結婚しちゃうからだよね。王子様との結婚はシンデレラの夢だったもん。それでね、その……」
三人で結婚計画を未だ諦めていなかったメルだが、言い切る前にグラノが口を挟む。
「それなら問題ないさ。彼女が結婚したいのは“王子様”だろ? だったら僕でなくてもいい」
どういうことかと思えば、弟主催の舞踏会に紛れていたグラノの兄がシンデレラを目にして惹かれたというのだ。
「グラノのお兄さんも王子様?」
「ああ、しかも長兄。王太子だ。これ以上ないほどいい話さ」
驚くほど優しい顔をして語るグラノ。
それを見てメルはようやく胸のつかえが取れ喜びがやってくる。
「じゃあシンデレラは王子様と結婚出来るんだね!」
「そうだよ。一週間後、彼女にもこの話が伝えられるはずさ。だからメルは安心して僕のことだけを考えてね」
「分かった! グラノのことだけ考える!」
素直でいいこのメルにグラノは口づけを落とす。
初めての感覚にメルの身体がピクリと震えて少し身体を離す素振りを見せる。
それを逃がさないようにより強く囲い込むグラノは、それはそれは幸せそうであった。
******
それからしばらく経った頃、メルとグラノは式を挙げた。
二人の結婚は勿論すんなりいった訳ではない。
突然王子が連れてきた謎の娘を嫁に貰うなど常識はずれもいいところである。
だが実質王宮の影の支配者であるグラノは強引に話を進める。
貴族令嬢達によるメルへの嫉妬も凄まじいものであったが、嫌がらせなどは一切なかった。
何故ならメルにはグラノがいつでも付いていたからである。
幸せそうな二人の姿にギリギリと歯噛みするしかなく、ならば王子の政務中に嫌味の一つでも言いに行こうとするも娘の居所がつかめない。
グラノの政務中、メルは彼のポケットでネズミに戻り石をかじっているのだから見つけようもなかった。
文字どおりグラノは四六時中メルを離そうとはしなかった。
朝から晩までずっと一緒など普通ならば狂気の沙汰だが、人間のことをよく知らないメルはそういうものなのかと思い少し窮屈を感じながらも素直に従った。
メルとの結婚を散々反対され先伸ばしにされたグラノの方は、色々考えた末に臣籍降下した。
「メル、僕は王子を辞めようと思うんだ」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ『王子様と結婚すれば、二人は永遠に幸せ』っていうご利益がなくなっちゃうね」
「……王子ではない僕は駄目かい?」
「駄目じゃないよ。グラノが居るなら幸せじゃなくてもいいもん」
「っ! メル愛してるっ!」
といった具合のイチャコラを繰り広げ、実に幸せそうだ。
一方、シンデレラも大満足で王太子と結婚した。
――――だが、彼女に待ち受けていたのはなかなかの試練であった。
王太子には既に何人もの妃がおり、子供も大勢もうけている。
そんな中になんの後ろ楯もない下級貴族の娘など退屈な妃達の良い餌食である。
それでも自慢の容姿で王太子の寵愛を受けていたが、それも七、八年経ち新たに若い妾妃が現れれば薄れていった。
子供は出来ず王太子の渡りも滅多にないそれ以降の数年、かつて実家で受けた仕打ちよりも惨めだった。
望み通り王子様と結婚したのに幸せでない現実。
それでもシンデレラは待ち続ける。
最早具体的に思い浮かばない棚ボタ的なナニかを。
そして現れた若く偉丈夫な庭師の男。
恋に墜ちた二人は逃亡を果たし、忘れられた妾妃を真剣に追う者もなく愛の逃避行は成功する。
しかししばらくすると庭師はシンデレラの前から忽然と姿を消した。
手元に残ったのは僅かな金と、若さをなくし陰りを見せる美貌、逃亡者という身の上だけ。
シンデレラは途方に暮れた。
その後彼女がどうなったのかは定かではない。
ただ、待つだけの人生を捨てなければ生きていけないのは確かであった。
余談だが、庭師の男は報酬をたんまり貰って国外に渡った。
グラノは、メルのことになると誰よりも執念深い。
決して忘れることなく数年かけて何倍にもして怨みを晴らす、実にドロドロとねちっこい男だった。
そんなグラノは人を呪わば穴二つと言う言葉もなんのその、メルと共に幸福溢れる人生を歩んだ。
自然も多い広大な領地で大きな屋敷を構え、窮屈な城からそこへ移り住んだ。
ネズミのごとく沢山産まれた子供に囲まれいつも笑いの絶えない家庭。
メルは時にネズミとなり時に人間となり、常にグラノと共にあった。
そう、ずっとずっと永遠に。
一瞬たりとも離れることは許されなかったそうな。
めでたしめでたし
以上で完結となります。
ハッピーエンドということにしといて下さると嬉しいです。
最後までお付き合い頂きありがとうございました!




