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12:勝利



グラノは静かに……だが確実に怒っていた。

身の内が震えるほどの憤慨だが、しかし今は愛する子が傷ついている方が重要である。




一方、メルはシンデレラの難しい言葉の意味をよく理解出来なかった。


しかし人間であるこの姿を覚えて貰えず、あろうことか敵意を向けられているのだとネズミの本能で敏感に察知出来た。


瞬間、メルは思わず涙を流す。

たかだかネズミ一匹を人間が覚えていないことなど分かりきっていた筈なのに。

それに敵意を向けられることも日常茶飯事だ。


だがその相手がシンデレラであったことにメルは絶望した。

グラノがあまりに良くしてくれたからだろう。

無意識にシンデレラに対しても分不相応な期待を抱いていた。



「メル……可哀想に……おいで」


大きく広がったグラノの腕の中に誘われたメルは思わずそれにすがり付いてしまった。

小さく震える背を優しく擦られながらメルは己の甘えを反省する。

こうしてグラノに寄りかかること自体間違っているのだ。


人間にとってネズミは十把一絡げ。

グラノだって余程のネズミ愛好家かなにかだろう、別に優しくするネズミがメルである必要などないのだ。


早くネズミの姿に戻りたいと思った。

あの集団の中ならば、メルはメルという個体として認められるのだから。


シンデレラにだって、ただの弱い灰色ネズミとして優しくしてもらえる。



「ごめんねグラノ、やだな私ったら何泣いてるんだろ……すぐ泣き止むから、ちょっと待ってね」


グラノは目元を乱暴に擦るメルの手を止めてうっすら赤くなった目元へとそっと口付ける。


「悲しければ泣いていいんだよメル。僕の腕の中ならばいくらでも涙を流せばいい」


優しく優しく、染み渡るような声でグラノは囁く。


「メルには僕がいるよ。僕にはメルだけ……メルだって僕だけでいいだろう?」

「……私だけ? グラノは私だけ?」

「ああ、もちろんさ」


即答するグラノをメルは戸惑いがちに見上げる。


「他にもネズミはいるよ? 私より足の速い子や餌を取るのが上手な子もいる。私より綺麗な色と毛艶の子も沢山いるよ」

「メル、僕は他のネズミなんてどうでもいいんだよ。ネズミどころか人間を含めたあらゆる生物とメルを比べるなんて出来ない、メルだけが僕の唯一……」


真剣な表情で語るグラノをメルも真剣に見つめる。

メルに名を与えてくれたのはグラノだ。与えた名を愛しげに呼び語りかけてくるのも彼だけ。



「私も、グラノだけ………」


気付けばそんなことを呟いていた。

同族は嫌いではないが、彼らは実に欲に忠実である。

情を重要視する特殊なメルはそれにどこか孤独を感じていた。


ならばと情を求めたシンデレラには敵意を向けられてしまい、事実メルの望むものを与えてくれるのはグラノしかいなかった。

メルは甘い方に流されている自覚を持ちながらも、グラノへと傾いてしまう。



「メル!」


感極まったグラノはより一層強くメルを抱き締める。

その強い抱擁がメルの良心を咎める。


「ごめんなさい、グラノ」

「なんで謝るの? 僕は今こんなにも歓喜しているのに」

「グラノに沢山貰ったのに私は何も返せない」

「だったら、メルを頂戴。メルにも僕の全てをあげるから。結婚しよう」


“結婚”の言葉にメルは息を詰める。

先程も何やらグラノはその言葉を口にしていたが、それはシンデレラが彼に望んでいたことではないか。


実際メルは結婚というものが何をするのかよく知らない。

知っているのは『素敵な王子様が迎えに来て結婚すると幸せになる』ということだけ。


白いヒラヒラを着て沢山の人の前でキスをするのが結婚式。

その儀式を行うと結婚が完了するとうっとりと語っていたシンデレラ。

それだけでずっとずっと幸せでいられるとは俄に信じがたいが、彼女はそう語る。

その幸せを自分が盗ってしまっていいものなのか。


だがそんな困惑以上にグラノの願いを叶えたかった。

なんでも持っている筈の彼が、こんなちっぽけな灰色ネズミだけだと言って求めてくれている。

ならば彼の望みを全力で叶えたい。


「分かった。グラノと結婚する」


神妙に頷く。

メルの中で、グラノが完全にシンデレラに勝った瞬間であった。


「あああ、メルッ! 嬉しい、嬉しいよ!」

「わっ!? アハハハハ!」


嬉しさを爆発させたグラノはメルを抱えてクルクルと回り始めた。

突然の行動に驚いたものの、メルは無邪気にそれを喜ぶ。




幸せいっぱい夢いっぱい。

そんな様子を許せない者が一人。


自分が受けとるべき権利をやせっぽちの貧弱な小娘が突然奪っていったのだから、怒らずにはいられまい。

その場所は健気に待ち焦がれ祈り続けた自分だけのものであるとシンデレラは信じていた。


「ちょっと待って!」


シンデレラの声に幸せな空間が破られる。

メルはビクリと肩を跳ねさせ、グラノは小さく舌打ちした。


グラノを選んだとはいえ、メルはシンデレラがやはり好きだ。

どうしたって罪悪感が付きまとう。


しかし彼女の望みを叶えては、グラノの望みを叶えてあげられなくなる。


何か方法はないか。

怒りの浮かぶシンデレラの瞳に酷く狼狽えながら、メルは必死に小さな脳を働かせる。


そして奇跡的に良策が閃いたではないか。


(そうだ! シンデレラと私とグラノの三人で結婚すればいいんだ!)


これぞ皆幸せ、めでたしめでたしである。


自分は天才ネズミではないかと自画自賛。

この画期的なアイディアを早速グラノへ披露しようと自慢気に鼻をピクピクしつつ隣のグラノを見上げ、固まった。

グラノがあまりに冷めた目でシンデレラを見つめていたからである。


しかしメルは運が良い。

三人で結婚しようなどと馬鹿げた提案を口にしていれば、グラノはどれほど落胆し怒り狂ったか。

先にある未来には狂気が訪れていたかもしれない。


メルとグラノの好意が似て非なるものであると彼に悟られてはいけない。

ネズミのメルには“好き”と“嫌い”と“普通”しか存在しないがグラノは違う。

“好き”には独占欲や嫉妬、淫情といった実に人間らしいドロドロとしたものが含まれている。


メルには理解出来ない人間の欲。

理解出来ないのだから、通常の人間の何倍も膨れている醜い彼の欲を受け止めるなどまず無理だろう。


だから、知らないのが一番なのだ。

メルの平穏には彼が優しい王子様であり続けることが必須であった。


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