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「ちょっと!どうしてくれるの!!」


蒼の瞳は怒りのためか爛々と輝いている。

泥だらけでよくはわからないが、ほっそりとした体つきから15歳あたりだろうとニクスは思った。

何も言わない自分を睨み、さらに眉間のしわを深くしている。

ニクスは慌てて考え事をやめ、泥だらけになった少女の手を取った。


「えっ、ちょっと………!」

「申し訳ありません、すべて弁償させていただきます。そのような姿で帰ったらお家の方も心配するでしょう。手狭なところですが、うちで湯浴みをしてください」

「はい!?」


ニクスは、幸いにしてメリアの隣街のガレーシアに屋敷を持っていた。

メリアに住む少女にとっては帰路は大いに遠回りとなるが、泥水をかけた責任をとらねばこちらとしても気が済まない。

少女は、いえ、とかあの、とか繰り返し、やがて沈黙した。

このまま帰るのは得策ではないと少女も判断したのだろう。

小さい声で「おねがいします」と言った少女は、小さい手をぎゅっと握った。

先ほどまでは怒りで輝いていた瞳も、落ち込んでいるのか暗い陰を落としていた。

ニクスは、そんな少女の態度に内心首をひねったが、とりあえずほっと息をついて馬車へと促す。

連れ帰るはずの目当ての少女は探せずじまいだったが、ヒューイットに訳を話せば何とかなるだろう。


(あんな態度だけど、王子ですし………)


もともとニクスには、王女を探し出し褒美をもらおうなどという気持ちは一切ない。

今はこの目の前の少女のことで頭がいっぱいだった。


「よかったなあ、赤毛!その騎士様をたらしこめば、ロゼベリアさまと一緒に王宮に行けるぞ!」


馬車に乗る少女を遠巻きに見ていた少年の声に、少女はぴたりと動きを止めた。

沈んでいた表情が一転、再び瞳が煌めく。

ニクスの記憶が正しければ、あの少年はマニュエル男爵の一人息子だ。

美しいが中身は空っぽと評判の子息だった。


「あんた、何言ってるかわかってんの!?」

「馬鹿だなおまえ。珍しく優しくされて浮かれてるだけだろ!でも、こんな下町まで探しにくるなんて、よっぽど末席の騎士………」


パァン!と乾いた音が響いた。

パーシーは最後まで言葉を紡げず、ぽかんと目の前の少女を見ている。

少女はパーシーの顔に動揺も見せず、パーシーを引きずって自分の目の前に立った。

先ほどまでの煌めく瞳とも陰のある瞳とも違う、静かで深い瞳だった。

少女は、静かに礼を取った。

美しい、貴族のご令嬢がするような深く、そして優雅な礼だ。


「申し訳ありません。王宮騎士様にこのような暴言、許されないと重々承知しております。ですが、このマニュエル男爵のご子息からこのような言葉を引きだしてしまったのはわたくしです。わたくしはいかようにも罰を受けますので、それでお心をお納めください」


パーシーは頬を叩かれてもまだ状況がわかっていなかったらしく、王宮騎士ときいてさぁっと顔が青ざめていた。

泥を被っても堂々とした態度で謝罪を述べる少女は、美しかった。

ニクスはすこし目を細めて眩しげに少女を見やり、思わずため息をつく。

パーシーは相変わらず、青い顔で口をぱくぱくさせていた。

馬鹿息子極まれり、だ。


「貴方が謝ることではありません。むしろこちらが謝らなくてはいけない立場なのですから。ですが、どうしてもというのであれば、先ほども言ったとおり貴方を私の屋敷でもてなすことを許してください」

「……………はい、もちろん喜んで」


少女はゆっくりと頷いて、馬車に戻っていった。

ニクスは、パーシーを見やりため息をつく。

ぴくりとパーシーの肩が揺れた。

御者が謝りながら少女を馬車に乗せているのを横目で確認し、パーシーをじろりと睨む。


「貴方は彼女に感謝するべきでしょうね。貴方の命は、彼女が救ったも同然です」


少女は、実に賢かった。

陰のある瞳をしていた時には、もうニクスが王宮騎士だと気づいていたのだろう。

だから、若干怪しげなニクスの誘いを断らなかった。

もしかしたら不埒を働かれるかもしれないと考えなかったわけではないだろう。パーシーが暴言を吐いたときは、素早くパーシーを手打ちにした。

あれはパーシーを黙らせる効果もあったが、それ以上に周りで野次馬よろしく見ていた人間に印象づけるためのパフォーマンスだった。

男爵とはいえ貴族の子を手打ちにし、王宮騎士に罰を乞う。

あえて手を出し、矛先を向かわせることで自分一人の犠牲でこの場を納めようとしている。

いじらしい態度に、周りの人間は少女に同情するだろう。

ここでニクスが罰を与えていたら、民にいい印象が無くなることは目に見えていた。

そして、ニクスが罰をあきらめることで、男爵の何も傷は付かない。

あの場でできる最上の策だ。


「あの子を王宮に連れて行くかは、俺が決めます」


脅しとも宣戦布告ともとれる言葉に、パーシーは真っ青な顔でこくこくと頷いた。






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「ああ、やっと見つけた!さっきまで皆集まってると思ったら、こんなところに!」


魚屋のおばさんの声に、パーシーははっと我を取り戻した。

慌てて周りを見渡せば、やじうまも解散してしばらく経ったようだ。

おばさんの力強い腕で軽々と座り込んでいたパーシーの体を立たせ、「それで?」とおおばさんが促す。

右手には、ロージーのために捌いたのであろう魚の入った袋を提げている。


「私が魚を捌いてる間に何があったんです?ああ、やっぱり言わなくていいですよ、わかってます。またロージーちゃんに意地悪をしていたのでしょう。まったく坊ちゃんはいつまでたっても成長しませんね!そんなことをしてもロージーちゃんは貴方を好きにはなりませんよ!」


引退した乳母の言葉に、パーシーは為すすべもなくうなだれた。



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