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短編

もつれない三角関係と嵐の夕べ

作者: かふぇいん

 同棲しはじめて、今日でちょうど1年目。記念日にするにはあまりにも平常通りの昼下がりだ。何か強いてイベントを提示するとしたら、台風が来ているくらい。それも朝のうちに買い物が済んで、洗濯も済んでいるとなるとちょっとうるさい雨の日程度のものだ。今日も相方が返ってくるまで、家事と趣味で時間を費やしていよう。狭い家に……二人で。

 一年前、同棲、という言葉に胸を躍らせていた私を待っていたのは、相方の「元カノ」だった。リビングの椅子に腰かける見慣れぬ女性。

 引越しの手伝いに誰か来てくれたのだろうか、とポジティブに考えた一方で、何かよからぬことが起こりそうな気配を感じていた。そして、そういう予感は大体悪い方が当たるのだ。

「ずっと黙っているつもりだったんだけど、一緒に住むならもう隠しておけないなって」

 そう言って、紹介されたのは私の前に付き合っていた彼女――よく出来たドールだった。さらさらのロングヘア、誰もがうらやむようなスタイル。服なんてどこで買っていたのかちょっとおしゃれな専門店の。

「言っておくけど、清い仲だったからね! そういうのじゃないから!」

 彼は何らかの弁明をしたが、私の思考は彼が思うよりはるか入り口で止まっていた。私はアパートの部屋を引き払ってきたのも忘れ、一旦帰る、と申し出た。“元カノ”はどこを見ているんだかわからないまま、微笑んで硬直していた。

 その後は、ちょっとした修羅場になった。


 独り暮らしがどうしても寂しくて、今だったら絶対反対するような金額で彼女を買っていたのだと言う。わざわざ食事も2人分つくり、キョロキョロしながら服を買いにいき、汚かった部屋を掃除したらしい。遊びにいった時、彼女がいなかったわりには妙に小奇麗で良い雰囲気の部屋だと思っていたが、そういうことだったのだ。

 それから数カ月後、私と付き合うと決めた時、一度は捨てようと思ったらしい。だけれど、私と付き合うに至るまで、その存在だけで生活レベルを向上させた“彼女”を冷淡に用済みにすることができなかったのだ。彼曰く、「俺の男っぷりがここまであがったのも、彼女のおかげなんだ」と。

 彼はいたって真剣だったが、私はそれを聞いて初期値はどれだけ低かったのか、想像していた。

そして、どうしようか悩むまま、同棲初日に至る。

 私からすると、確かにそこまで人間扱いした人形を捨てるとなると祟りのようなものがありそうで怖い。誰かに譲って何かがあっても怖い。何より、何曜日に出せばいいのかわからない。半透明ポリ袋じゃ駄目だろう、倫理的に。


 雨風がひどくなってきて、私は夕飯の支度を始めた。同棲しはじめたとき、彼は彼女の分の食事を作るのをやめた。彼なりのけじめだったらしい。別に3人分つくったっていいけれど、彼が私を思って何かしようとしてくれたことが嬉しくて、私はただそれを了承した。

 その当人はいつもの時間になっても戻らない。きっと電車が遅れているのだ。全て作り終え、後は塩した秋刀魚を焼くばかり。そして、私は元カノと向き合った。やっぱり美人だなぁと思う。時間が余ったので、彼女の髪を梳いてあげた。

 嫉妬なんてしようもない。彼女のほうが断然綺麗なのだから。それに、私と彼女じゃそもそもタイプが違う。彼女の着る服は私には似合わないし、私が作る料理の美味しさは彼女じゃわからないのだから。それに今は、相方よりも私の方が彼女と仲が良い気がするのだ。どんな愚痴だって弱音だって、女同士の話だって彼女は聞いてくれるから。

 彼のことを「あいつ駄目よね」というと、「そこが好きになったんじゃない」と彼女は微笑む。一言もしゃべらないけれど、彼女はとても慰めるのが得意だった。

 玄関チャイムが鳴って、相方が帰ってくる。案の定びしょぬれで、まっすぐ風呂場へ向かわせることにした。不機嫌で帰ってきた彼の、風呂場から聞こえる鼻歌に彼女と顔を見合わせて笑う。

「今日は、3人分のご飯にしたんだよ。ちょっと良いお酒も買ったし」

 私は呟く。グリルの秋刀魚からいい匂いがする。

 外の嵐もなんのその。

 なんといったって今日は、この素敵な三角関係が始まってちょうど1年の、記念すべき日なのだから。

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