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僕らが勇者です2

勇者一行が魔物退治のために旅立った、記念すべきその日。

僕は筋肉痛になりました。

痛い。しかし若い。

師匠の元に弟子入りしてからの僕は、本より重い物なんて持つことがない生活をしていたので筋肉痛なんて久しぶりです。それでも筋肉痛が当日の夜にくるとは、これが十代のはじける若さってやつですね。自分で勇者に立候補したくせに逃げやがったあの兄弟子なんて、二日も遅れてくると言っていましたので。ふふん。


「すみませんねぇ。店の者にも訊いたんですけど、筋肉痛に効く薬はやっぱ置いてないそーでっす」


宿のベッドに座る僕の前で、エルムムンさんはえへ、と困ったように笑った。

他の人たちがお馬さまの世話をしたりお酒を飲んだりしているなか、エルムムンさんはメリネールさんに言われて僕のために薬を捜してくれていたらしい。おお、申し訳ないです。


「寝ていれば治るでしょう。お気になさらず」

「うお。お優しい。でも魔法使い様、おれら軍人は一般人とは鍛え方が違うんですから、きっつい時は言って下さいね?黙ってると、隊長が魔物のよーな行軍しだしますからねぇ」

「魔法使い様は禁止では」

「あ。しまった。ジャム様、隊長には内緒にして下さいね!」


僕が頷くと、エルムムンさんは自分のお馬さまの様子を見てくると言って出て行ってしまいました。エリエルという名前のお馬さまらしく、僕とは違い仲もよさそうです。実にうらやましい。嫉妬で胸がはりさけそうです。

僕は、ぼすっとベッドに倒れ込む。もうそのまま寝てしまいそうなぐらいに疲れていた。


僕は知らなかったのだけど、どうやら勇者一行は民衆には内緒で旅をしなければならないらしいのです。もしも勇者だと知られると、何やら面倒なことになるとか。そしてこれも僕は知らなかったのだけど、魔法使いを連れた兵士風の人がいたら、まず最初に勇者一行かと期待されるらしい。

だから僕は大魔法使いディーコットンの弟子ジャムジャムンではなくジャム様と呼ばれることになり、勇者一行は貴族の御子息とその私兵に変身した。この貴族の御子息様と筋肉質な私兵たちごっこは、幼い頃に兄弟子達に付き合ってもらったおままごとなんかを思い出させて、僕をそこはかとなく羞恥の渦に突き落とすのですが、それはまあいいのです。


問題はただひとつ。

なぜか僕の役割が下っ端兵士ではなく、お貴族様の御子息様の役ということです。

ええー。


これはもしかして、いじめってやつでしょうか。本物のお貴族様が三人もいるのに、農民の子がお貴族様の御子息様役とか。驚くことに、くじ引きで決めたわけじゃないんですよ。これ。

つまりはいじめですね。軍ではよくあるという、新入りいびりというやつですね。ちくしょう僕の家はただの農家ですよ!芋作ってましたよ!

当然、僕は無理です重荷です勘弁して下さいと言いました。言ったんですけど、僕以外は四人とも、鎧着用済みなんですよね。そして僕は、兄弟子のお古の、黒いだらっとした服を着ています。私兵、には、まあ見えなくもなくもなくなくもないといったところでしょうか。いやでもこの服、隠しポケットがいっぱいあって便利なので。第一僕が鎧なんて着た日には、日常生活にも支障が出ること間違いなしですよ。

とにもかくにも、オムズガルンさんを言い負かすことができなかった知恵もなければ根性もない僕は、しょうがないので恐る恐るお貴族様の御子息様をきどっています。正直、不敬罪が怖いです。今にも首がお空を飛びそうです。もう、街中の守衛さんとは目を合わせられません。僕はいつの間にこんな後ろ暗い人間になってしまったのでしょうか。兄弟子め覚えていやがれ。

それでも、この恐れ多いお貴族様の御子息様という役割は僕にとって都合のいいこともありました。

ひとつは、今みたいに部屋でひたすら休んでいられること。

そしてもう一つは、一人部屋が不自然ではないこと。


僕はよいしょと起き上がると、部屋にあった内鍵をかけた。鍵というより木製のうちがねなので気休め感は否めませんが、たぶん大丈夫でしょう。荷物の中から僕の顔より少し大きいきれいな鏡を取り出して、部屋の灯りを落とす。今夜は月明かりが優しい。こんな夜は、本当なら師匠と一緒にお月見でもしたいのに。


「ジャム」


ぼうっと外を見ていたから、気づくのが遅れた。両手でもった鏡はそれ自体がうっすら青く発光している。気のせいか、重さまで少し重くなったような。

耳に馴染んだ声に呼ばれて、僕は泣きそうになった。

我慢していた。ずっと。

緊張と不安でいっぱいで、帰りたくて、やめたくて。でも弱音はいえなくて。

ふるふると、喉が、声が震える。


「し、師匠?」

「そうだ。どうした、泣きそうな顔して。飯が不味かったか?慣れない旅で疲れたか?」

「ごはんは美味しかったです」


覗き込む鏡に映っているのは、どこにでもいそうな茶髪の冴えない僕ではなく、真っ白な髪の僕の師匠だった。

昨日、僕を送り出した時と何も変わらないその姿に、ついうるうるときてしまう。


「ちゃんと一人部屋だな?明日も今日と大体同じぐらいに連絡するが、でられない時は布で包んだままにしておけよ。光るのを見られるとまずい」

「はい。師匠」

「朝に、寝癖がついていないかの確認には使ってもいいからな。それと、もしも他のやつにいじめられたらすぐに言え」

「……はぁい、師匠」

「よし、いい子だ。アンニンはリリリアンが今追ってくれてる。あいつが見つかれば、途中でおまえと変わることもできる。とにかくそれまで、無理はせずに頑張ってくれ」

「はい。僕、頑張ります!」



ああ、偉大なる大魔法使いディーコットン様。

敬愛する僕の師匠。

叡智を極め不老を手にした、数少ない生きる伝説。

僕なんかが師匠の弟子なんておこがましいにも程がある。返しきれない恩は山の如し。

だから僕は少しでも師匠の役に立ちたい。無責任代表のような兄弟子の尻拭いだって構わない。僕は、僕にできることの精一杯をする。


でも、鏡の向こうの親愛なる師匠、今だけ泣いてもいいですか。

苦しいです。

つらいです。

もう一歩も踏み出せそうにありません。

すみませんが筋肉痛に効く魔法とか知りません?




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