僕らが勇者です
「あの、魔法使い様、少し休憩なさいます?」
「お、お願いします」
馬を器用に乗りこなして、ついっと僕の隣に並んだメリネールさんに僕は恥も外聞もなく頷いていた。
正直に言います。
旅はまだ始まったどころか半日も経っていませんが、僕はもうだめです。勇者なんて無謀でした。くそぅ兄弟子め、勇者の移動が馬だなんて聞いていませんよ!
勇者一行が止まるのを確認すると、僕はお馬さまからべしゃっと降りた。近くにあった木の根元によろよろと向かう。城から出る時に貰ったお馬さまは、乗り手が未熟なことに気づいているのかどうにも僕に冷たい。動物は好きな方ですから、地味に傷つきます。茶色の毛並をわしゃわしゃ撫でてあげても、不快そうに払いのけるだけなんですよ。気安く触るなってことですか。お馬さまめ。
「魔法使い様は、体調でも悪いんですかねぇ?」
すみません、聞こえています。
エルムムンさんはオムズガルンさんと馬の陰でこそこそ話していますが、僕は耳がいいんです。全部聞こえています。まあ、悪口ではなく純粋に心配して下さっているようなので、心苦しい限りです。移動速度は走るのと歩くのの中間ぐらいですが、僕にはこれが最高速度だったりします。どうして馬車を使わないんですか。王子様はケチなんですか。言いませんけど。捕まったら怖いので。まあ、でも、女性であるメリネールさんにも劣る僕の体力が悪いのでしょう。でもしょうがないじゃないですか、魔法使いなんですから。
地面に座ってぐちぐち考えていたせいか、不意に自分の状況を再認識して泣きそうになった。ぐいっと水筒を傾けて、生温い水をあおる。メリネールさんと目が合うと、もう大丈夫だと思ったのか出発しましょうと言われた。取り込んだばかりの水が目から出て行ってしまいそうだ。メリネールさん、休憩短すぎます。
「オムズガルン様、出発しましょう。エル!魔法使い様の馬を!」
オムズガルンさんに向けては丁寧に、エルムムンさんに向けては厳しく飛んだメリネールさんの声に、僕はちょっと疑問を抱く。上下関係とか、あるのでしょうか。師匠や兄弟子たちには敬意を払ってきたつもりだけど、ほとんど家族のようなものだったから僕は上下の人間関係にはあまり自信がない。どうしよう。なにか不味いことを言ったら、首が空をとんだりするのだろうか。それは結構だめだ。
何かあると怖いので、お馬さまの上でぼんぼん揺られながらも大声をだして訊いてみる。
「すみません、僕は俗世間に詳しくないのですが、オムズガルンさんは地位のある方なのでしょうか」
僕に話しかけられたオムズガルンさんは、僕より前にいたけど自然に速度を落として隣に並んでくれた。皆さんお上手です。僕がお馬さまから落とされそうになった時は、ぜひ助けてくださいね。
「式典の前は、時間がなくて簡単な挨拶しかできませんでしたね。私は恐れ多くも国王陛下の近衛を務めさせていただいておりましたので、メリネールはそれを気にしているのですよ。それとエルムムンは元々メリネールの配下ですので、気安いのでしょう」
「はあ、そうですか。偉いんですか、近衛」
「そうですね、国王陛下の御身をお守りするのが役目ですから」
「あんたの場合、それだけじゃねぇと思うけど」
前から声が飛んできた。大きくはないけれど、少し高くてよく通る声だ。彼の赤毛をぐるぐると乱している風のなかでも、ちゃんと耳に届く。
「あんたの父親って、伯爵閣下だろ?貴族連中しか入れねぇ近衛でも副長だったし、こいつ、すっげー偉いんだぜ。あの二人も貴族だから、軍内での地位よりそっち気にしてんだよ」
上半身を捻って振り向いたピルグリンさんが、にやりと笑う。
彼は勇者一行のなかでは最も僕と年齢がちかいこともあって、僕としてはなんとか仲良くなりたいと思っていた。今朝、お城で会ってから、話しかける機会を虎視眈々と狙っていましたが今がその時のようです。どうぞよろしくお願いします。ずっと森で暮らしていたせいで、友達少ないんですよ僕。
「この旅の間は、身分も関係なく仲間として対等に付き合えると思っていたのだけどね。ピルグリン将軍補佐官」
オムズガルンさんの言い方は、ちょっと嫌味っぽかったです。僕の二代上の兄弟子が、土壇場で逃げやがったあの兄弟子と話す時に似ています。おお、親近感。
僕に親しみを与えたオムズガルンさんの態度は、ピルグリンさんの顔をパッと輝かせました。身体はがっちりしていますけど、そばかすの残る顔立ちから子供っぽさが抜けないせいか、笑顔が無邪気で素敵です。ぜひお友達になって下さい。筋肉にも怯えませんので。
「お、なんだ、話がわかるなぁ。いやぁなお貴族様だったらどうしようかと思ってたんだ。よろしくな、オムオム」
「……オムオム?」
「そっ。オムズガルン近衛副長殿じゃあ他人行儀だろ?しばらくは仲間だしなぁ。あ、俺のことはピルピルとかグリグリとか好きに呼んでくれよ」
「それは、僕も対象に入るのでしょうか」
「おう。よろしくなっ、ジャムジャム」
あれ。なんか僕は元のとたいして変わってないな。
まあいいか。友達っぽくて嬉しい。オムズガルンさんは微妙な顔して黙っちゃったけど、僕にもオムオムと呼ばせてくれるのでしょうか。調子にのってオムルンとか呼んだら、首がお空を飛んだりしないか心配です。どうやら勇者一行は偉い人の集まりらしいので。
ああ、いたたまれない。
僕ら魔法使いは一種の特権階級だけど、弟子入りする前はただの農民でしたしお貴族様とか眩しいです。式典の紹介で僕だけ師匠の名前が使われたのも、きっと僕だけ偉くない奴だったからですね。七光り全開ですか。師匠の威光を借りないと、紹介も満足にしてもらえないとは。
でも、当たり前といえば、当たり前だ。
僕は本来ならまだ師匠の元にいるべきな、無名の魔法使いなのだから。師匠の名前を出さなければ、誰もがどうしてこんな平凡な少年がと首をひねるだろう。
ああ、敬愛なる偉大な師匠。そして言い逃げしやがった兄弟子殿。
僕はもうだめです。
お尻も痛くなってきました。