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今日から勇者です

世界は危険に満ちている。

日照りや川の氾濫は必ずあるし、戦争は何度となく繰り返されてきた。治せない病気。避けられらない老化。死はいつだって、世界のなかで叫んでいる。しかしそれらの危険も、普通の人間には手出しできなくともある特別な、いわゆる選ばれた者になら対処可能な場合があった。祈祷師は雨を降らせたり止ませたりできるし、王様が命じさえすれば戦いは終わる。叡智ある者は不老を手にした。

そして、勇者は魔物を倒せる、らしい。


「ああ!この国を、どうかこの国をお救い下さいませ、勇者様方っ」


目尻に涙を浮かべ、瞳を潤ませながら王女様が言った。


「そなたらに神の御加護を」


優しい笑顔で王子様が言った。


「はっ、この命に代えましても、必ずや敵を打ち倒して参ります!」


勇者一行を代表して、剣士のオムズガルンさんが言った。王様はいなかった。

粛々とした雰囲気で進行する式典を眺める僕の心は、嵐の前の曇り空並みにどんよりしている。だって、兄弟子から唐突に勇者代わってと頼まれてから二十日後、信じられないことに僕は今、王城の正門前にいたりするので。

正直に言おう。

できるなら帰りたい。できなくても帰りたい。

しかし、そっと式から抜け出るには、僕の座っている席はちょっと目立ちすぎる。なにせ、おきれいな王女様と王子様の目の前だ。警備上の問題なのか地位的な問題なのか多少の距離はあるものの、まあ、目の前だ。御尊顔がよく見えます。ありがたや。しかも勇者一行のひとりである剣士オムズガルンさんの右斜め後ろであり、勇者一行のひとりである剣士ピルグリンさんの右横であり、勇者一行のひとりである弓使いエルムムンさんの左横である。席を立つためには、まず勇者一行の剣士ピルグリンさんか弓使いエルムムンさんにどいてもらわなきゃならない。すみませんおなかの調子があれなので、ちょっとどいてもらえませんか?ああ、だめだ。僕には言えない。この雰囲気のなか初対面の、しかもがっつり筋肉のついた強そうな男の人相手にそんなことは言えない。だめだ。僕はもうだめだ。もう本当にだめだ。


「弱き民のために立ち上がった勇敢なる勇者たちよ、どうかこの国に巣くう魔物どもを打ち払い、この国に光を取り戻してくれ!」


おおおおおおお!地響きのように、左右を取り囲む兵士たちから声が上がる。びりびりと空気が震え、普段は兵の修練所であるこの場の熱が一気に上がった。勇者一行も立ち上がり、応えるように手をつき上げる。

僕はただ、オムズガルンさんの背中を見ていた。鎧が銀色でつやつやです。高いんだろうな。座ったままだと怒られるかもしれないので一応は立ったけど、この両手は周囲の期待に応えるためではなく自分の両耳を押さえるために使うべきだと思う。耳が痛いですよ兵士さん。


「剣士オムズガルン、ピルグリン、その剣にて敵を切り裂き栄光を!槍使いメリネール、その槍にて敵を突き刺し栄光を!」


王子様が言葉を発するたびに、周囲から歓声がわく。ここが盛り上がりどころらしい。たぶん、そろそろ終わるんだろうな。真上まで登ってきた太陽が、王女様と王子様の髪をきらきら輝かせている。僕は式典用にいつもよりしっかりした服を着ているので、ちょっと暑い。でもこれもきっともう少しの辛抱だ。式典は終わる。すぐに終わる。もう終わる。早く終われ。

腹痛を理由に逃げることばかり考えていたせいか、本当にお腹が痛くなってきた。


「弓使いエルムムン、その矢にて敵を射止め栄光を!そして大魔法使いディーコットンの弟子ジャムジャムン、その魔法にて敵を滅し栄光を!」


わー、っと。厳つい兵士さんたちは後ろ手に隠していたらしいお花を、勇者一行に投げかけてくる。べちべちと花をぶつけられながら、打ち合わせ通りに勇者一行は手を振って退場した。僕も合わせてそっと席を立つ。

森の奥でずっと田舎暮らしをしてきた僕は、こんなに多くの人が集まっているのを見るのも初めてなら、王族なんてお偉い方々を見るのも初めてだったから、すごく緊張した。お城も大きすぎてびっくりした。いつか王都に行ってみたいな、という幼き頃の僕の夢は叶ったわけだが、それはあくまでも観光をしに行きたいという意味であって、こんなお腹の痛い思いをしたかったわけではない。ああ、せっかくの王都なのに、城下町を散策してもいない。色々見て回りたかった。お土産買いたかったのに。


「ピルグリン様!メリネール様!ジャムジャムン様!」


歓声が耳に痛い。お腹も痛い。兵士さん、兵士さん、僕の前を歩く弓使いのエルムムンさんを見てください。二の腕の筋肉がすごいですよ。憧れますね。今は見えませんけど、僕の後ろにいる槍使いのメリネールさんなんて中々かわいい方だと思いませんか。思うでしょう?勇者一行の紅一点ですし、ついついそっちに視線がいきますよね。うん、だから、僕のことは見ないでください。違うんです。本当に。僕は、そういうのじゃないので。


「ジャムジャムン様!ジャムジャムン様!ジャムジャムン様!」

「ははははは、恨みますよ、兄さん」


大魔法使いディーコットンが末弟子、ジャムジャムン十七歳。

自分で言い出したくせに土壇場で止めやがった兄弟子の代わりに、僕は、旅立ちます。

今日から勇者です。

お腹が痛いな。




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