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偽者

 それから数日後。私はカシューさんの部屋、1102号室に来ている。

 傍にはマキシム。目の前にはあいつが、ずっとカシューさんにしがみついている。まるで子供のようなあいつ。

 偽物、偽物だ。

 

「最近の調子はどうなの? マキシム」

「ああ、いつも通りだ」

 私は「そうだね」と、不機嫌な声を漏らすと、それに合わせるようにあいつが身体を縮こませて、カシューさんの服にしわを深く付けている。

 マキシムとカシューさんにため息が漏れるのが聞こえる。私は合わせるように鼻を鳴らし顔を逸らした。

「じゃあ、親睦会。始めるよ」

 そう、今日は親睦会。私とあいつの。

 私とあいつの二人っきりにさせられて二人は部屋を出て行った。

 あいつは、凄く不安げにキョロキョロしている。本当に子供みたいに、たまにこっちを見るとビクついて縮こまる。挙動が全然違う、別人だ。でも、顔、身体、声、息遣い。何から何まで一緒。だからこそ余計にムカつく。

「あ、あの」

「何?」

「これ」

 リボンに包まれた箱を出してきた。

 受け取り、開けていくと中には小物が入っていた。私好みの、動物の小物だった。

「これ、あなたが?」

「うん。こういうの好きだった、よね」

 嬉しいのに、イラついた。矛盾している。

「ありがとう、3番さん」

 彼女のここでの名前、3番。私はわざとこの名前で呼んだ。彼女は嬉しそうに照れながら頷いた。

 その仕草がサチっぽかった。悔しい。

「ねえ」

 自分でも少し怖いと分かるくらいに低い声を出すと、異常なまでに機敏な反応で身構えてくる。

 だから、どうして。

 身体は動いていて、サチの肩を掴んだ。

「どうして、そんなに怖がってるの」

「それは、私が……いやー! いやっ! カシューさん、助けて!」

「ちょっと! どうしたの!」

 いきなり騒ぎ始めた。あの場所で会った時と同じだ。

「ちょっと、どうしたの!」

 扉が開き、声が響く。マキシムたちが入ってくるとマキシムが私を引き離し、カシューさんがサチを抱きかかえた。

「ごめんなさい、彼女の調子が悪くなったみたい。今日はもう無理みたい」

 

 結局、うやむやのまま親睦会は終わった。

「……大変だったな、その、なんだ」

「もう良いよ」

「何がだ?」

「もうこんなことしなくて良いよ。明日からはいつも通り任務をする。ううん、して」

 マキシムはすぐには返事をしなかった。数秒間が空いて「分かった」と一言返してくれた。 

 もう会いたくない、また会えば自分がおかしくなりそうだから。

 

 〇

 

 それからさらに数日後、3月がもうすぐと言う頃だ。懐かしい人がインターホン共に現れた。

「お久しぶりです。マキシム様」

 相変わらずのマキシムに対しての敬愛口調。まるでこっちのことを何でも知っているかのように、都合のいい、任務を入れていない日に彼女、ティルさんが来た。

 入るなり、マキシムと二人で話し始めた。私は話に関われるほどの勇気も、話したいと思える気持ちも無かったので遠巻きに聞くことにした。

 内容を聞く限り5階生になったそうだ。そして、話は段々と日々のグチになっていた。それを聞くには同じ階層にいるアル―ル君のことらしい。

 アル―ル君が5階生ってヒロさんも言ってたね。

「ちょっと、元気ないわね」

「別に何でも無いよ」

「マキシム様、何かありました?」

「ああ、いや」ちらりと私を見ながら、それをにらみ返すと「何にもないぞ」と、少しどもりながら答えた。

 不思議な沈黙が少し、それから「少し、アミさんを連れ出してよろしいですか?」

 いきなりの提案にマキシムが勝手に「ああ、良いが」と、了承した。

「ちょっと! マキシム!」

「良いから、少し来なさい」

 そう言いながら無理やり手を引っ張られた。私も本気で振りほどけば外すことだってできたはず。だけど、そこまでの根気が私には無かった。

 部屋を出てると立ち止り「少し、私の部屋に来なさい」と、真面目な表情で言う。

「何でよ」

「子供は、大人の言うことを聞きなさい」

「嫌、あんたにそんなこと言われる筋合い無い――」

 いきなり、頭痛が走った。何が起こったのか理解するのに少し、平手打ちをされたらしい。

「これだから子供は、いいから来なさい」

 私は何も声が出せなかった。頭の中はされたことに対しての怒りがあるのに、それとは逆に悲しいような悔しいような、この感じ。誰かに怒られた時のような気分が落ち込む、酷く冷静な気分に落ちた。

 ティルさんを見ると、私は逆らえなかった。初めてこの人が怖いと感じた。

 

 そのままティルさんの部屋まで連れてこられた。

 503号室。中は以前来た時と変わりのない、綺麗に整理された部屋。

 テーブルの傍に座らされ、テーブルを挟んでティルさんが座ると目を合わせてくると喋り始めた。

「何がありましたの、言いなさい」

「何も無い」

 目を逸らして言うと「いい加減にしなさい」と言いながら寄ってきた。

「そう言って構ってほしいというのが見て分かります。本当に何も無いならそんな酷い表情しません。マキシム様も、どこか上の空ですし。明らかに二人ともおかしいのがまる分かりです」

「関係、無い」

「そう、じゃあもう勝手に悩めばいいでしょう。そうやって現実から逃げて、意味の無い自問自答を繰り返して、自己満足で。だから、子供なんですよ」

「うるさい! 何が分かるって言うのよ!」

「分かるわけないでしょう、何も無いと、関係無いと決めつけて。本当に困っていないのなら逆の態度を取りますよ、誰にも気づかれないよう普段通りに」

 その言葉は淡々と述べられた。私の頭に、スッと入ってしまう。何でも分かっているみたいで、凄く悔しい。

「どうして、ほっておいてくれないの」

「子供だからじゃダメかしら」

「納得出来ない」

「じゃあ、あなたは嫌いじゃないから」

「なにそれ」

「それで充分でしょう? だから、話して見る気はない?」

 いつもよりも少し明るめに、優しく言われた。その言葉にどういう表情をしていいか分からなくて、しばらく黙りこんだ。

 返答を待つようにティルさんはじっとこちらを見てくる。その目は真剣にこっちをずっと、何を考えているかまでは分からないけど。

 でも――

「分かった、話す。話せばいいんでしょ!」

 ティルさんの表情は少し微笑んでいるように見えた。

 

 私は先日のことを話した。サチがどういう人で、どういう経緯であることになったのか。そして、私がサチにあってどう思ったのか。

「もう一度会いなさい。今言えるのはそれだけ」

 頷きながら親身に聞き終えるとすぐに結論を述べられた。

「会うって、でも」

「じゃあ、会わないでどうするの? 会いたかったんでしょ、だから幽霊になって、マキシム様の共闘者としている。そうでしょ」

 私は頷いた。

「それと、あなた自分が特殊だと言うこと分かってます? 一回くらいは他の幽霊と会ったことあるでしょ。あなたみたいに正常でいられる人なんていないのよ。サチって子も好きでそうなっているわけじゃないの、彼女が好きなら理解して、受け入れなさい」

「は、はい」

 びっくりするくらいに簡単に私の悩みを説き明かした。

 私だって分かってる、あいつがサチだってこと。でも、ギャップが、自分の知っているサチと現実のサチとがまるで別人で。

「それじゃあ、戻りましょうか」

「戻るって?」

「マキシム様の元に決まっているでしょう。あなたここに居座る気?」

「ううん、しない!」

「ハッキリと答えるわね、まあ良いけれど」


「ただいま」

「ただ今戻りました、マキシム様」

「おお、おかえり」

「マキシム様、アミさんが何か話したいことがあるみたいですよ」

「いきなり?!」

 つい声を上げて戸惑っていると「どうした」と、マキシムが不思議そうにこちらを見ながら言う。

「えっと、その……」

 やっぱりサチに会わせて、なんて言えない。あんなこと言ったのに。

 逃げようと思ったらティルさんが後ろにいて逃げ場がなくなっていた。顔を見ると涼しい表情だけど、視線は鋭く感じた。

「アミさん、あるんでしょ?」

 優しい声で、諭すように言いながら、無理やりマキシムの方へと身体を向けられる。

「サチに、サチにもう一度会えない、かな」

 その言葉に、マキシムは目を開き、分かりやすいくらいに驚いているのが分かった。

「ああ、大丈夫だ。アミが会いたいと思うならいつでも良いぞ」

 普段の変わりない表情で言う。これはどことなく明るく聞こえた。

「ありがとう、ティル」

「そんな、私は何もしていませんよ」

 いきなりマキシムに言われた言葉に、顔を真っ赤にしながら慌てている。

 手を振って照れを誤魔化しているとその手を握りながら「いや、私ではどうすることもできなかった。本当にありがとう」と、頭を下げながら、力強い声で言う。

 そんなことするもんだからティルさんはさらに顔が赤くなってもじもじと体を動かしている。口はパクパクと動かしていて、横で見ている私にも一目で分かるくらいにあたふたしている。

 その手を撥ね退けて「あ、あの! 私はそろそろ帰りますね!」

 急ぎ足で玄関へ向かって部屋を出ていってしまった。

「もう少しゆっくりしてもよかったのにな」

「……鈍感」

「ん? なんか言ったか」

「何にも」

 こんな男が好きになるなんて、ティルさんも大変だな。

「それじゃあ、明日連絡を取って見るからな。良いんだな、アミ」

「うん、お願い」

 もう一度会って、それで――

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