【短編】機械娘と心霊スポット
時刻は深夜。周囲は真っ暗。
「ご主人。目的地はまだですか? そもそもどこに向かっているんですか?」
「もうちょっとだけ待って! せっかくここまで来たんだから!」
アタシは若い女性メイド型の高性能アンドロイド。
最先端技術によって作られた人工知能を搭載していて、本物の人間に近い感情を有することができるスーパーウルトラ機械娘だ。
「ジョセフィーヌ! お願いだからついてきてよ!」
そんなアタシにご主人がつけた名前はこのジョセフィーヌ、いやアタシがっつり大和撫子モデルなんですけど。そんな金髪美人みたいな名を与えられてもプレッシャーだって。
そしてご主人はそこそこ大きな会社の社長令嬢。大学を卒業してすぐ、ご主人が23歳の時にアタシたちは出会った。
厳格な家庭で育ったご主人だけど、大学時代には『心霊現象探求研究会』とかいう物騒なサークルに所属していたらしくそういう系の話が大好物だ。
なおアタシに人間ほどの恐怖心は存在しない。
とはいえホラーが好きなわけでもないので可能なら避けたい話題ではある。怖い話をネットで調べるの嫌なんだよ、機械なのにね。
ところで今アタシとご主人がいるのは、自宅であるお屋敷から徒歩で1時間もかかるくらいの距離にある鬱蒼とした森の中。
「ようやく見えてきたよジョセフィーヌ! あの洋館がそうだよ!」
まさにキャッキャウフフといった様子で、小躍りしながらご主人は徐々に見えてきた建物を指さす。
「……あれ、何ですか?」
「だからあれがお目当ての洋館! どうやら噂によると生前に未練たらたらの霊はあそこに引き寄せられて、住み着くようになっちゃうんだって!」
「それはどこで得た情報ですか? アタシは検索した覚えありませんが」
「結構昔から心霊スポットとして有名なんだよ! 私が大学生の時もサークルメンバーと一緒にあの洋館に行く計画を何度も組んだんだけど……」
「組んだんだけど?」
「そんな時に限っていつも別の予定とかが入って行けなかったのよ……。だから私にとっては念願の場所なの!」
「なるほど。ですからここに来たんですね」
顔を近づけてきてアタシの顔をじっと見つめてくるご主人。彼女が放った言葉とその様子で、アタシは色々なことに合点できたから大きくうなずく。
「確かにアタシはご主人の大学時代を知りませんのでね。あの洋館にそこまでの想いがあるとは思いませんでしたよ」
「そうだよね! それじゃあもっと近づこうか!」
「あ! ちょ、ちょっと!」
急いで洋館へと向かうご主人。
その姿に思わず「いやそんなことしなくても洋館は逃げないから……」とアタシは呆れるものの、求めていた場所へとご主人は一心不乱に進むだけ。
こんなところで自分だけがここでボーっとしていてもしょうがないので、アタシの方もご主人の後ろを駆け足で追う。
そうしてようやく洋館の目の前にまで到着したところ。
「どうしたんですか? せっかくだし中に入らないんですか?」
そこでご主人は立ち尽くし、ぷるぷると震えながら洋館の大きな扉を見つめるだけ。それから遅れてここに来たアタシにゆっくりと視線を向けてきた。
「な、何だか急に怖くなってきちゃって……」
「今さら何ですか。ご主人が言うからお屋敷から抜け出してここまで来たっていうのに」
この言葉を耳にして本当に呆れるアタシ。
この期に及んでそんなことを言われると、肩を落として大きなため気を漏らしてしまう始末だ。機械なのに。
「だ、だって! ここに入ったら目標達成しちゃう気がして! これから何を楽しみに生きていこうって!」
「……」
「……何で黙るのよジョセフィーヌ」
「別に。でもどうしますか? お屋敷の方へと戻りますか?」
アタシの言葉にご主人は文字通り両手で頭を抱えて考え込む。
それから真っ暗な夜中だっていうのに数分間にわたり悩んで、悩んで、悩んで……。
「わ、分かったわよ! ここまで来たわけだから中に入るわよ!」
「そりゃそうでしょうよ。そのために今ここにいるんですから」
結局、中へと入ってみることに決めた。
「でもジョセフィーヌ。もし洋館で誰か人が暮らしてたらどうしよう? 私たち不法侵入者だよね?」
「それも今さらな心配でしょ。そもそも昔から変な噂があるんだったらずっと空き家じゃないんですかこれ?」
ただ仮に誰かが住んでいて騒ぎになり通報までされてしまうとアタシが困るのは確か、そうなるとここは高性能な機械としての実力を見せる時だ。
「アタシのこれで調べますよ。精度高いやつなんで」
アタシは瞳を熱探知モードに切り替え、洋館内をサーモグラフィーとして可視化できる状態に設定して探ってみる。
「ど、どうかな?」
「そうですね……うん、誰もいません。今のところネズミや猫すらもいませんね。まあ虫ぐらいは住んでるでしょうけど」
アタシの言葉にご主人は何度も首を縦に振り、意を決したように大きく息を吐く。
それから緊張感に包まれた様子で、ご主人はいよいよ洋館の扉に手をかけようとする……が、ここでアタシはある気がかりを口にした。
「そもそもこれって鍵かかってないんですか? 空き家でも戸締りきちんとしてるでしょ?」
そこでアタシはご主人を出し抜き、洋館の扉の取っ手を握って、それを引くと。
キィー……という不気味で高い音を出しながらそれはあっさりと開いた。
「「おおお……」」
ようやく見えた内部の光景に、思わず声を揃えて驚くアタシとご主人。
「と、とりあえず進んでみようか?」
「そうですね。まあもう行かないと物事は進みませんからね」
こうしてご主人と一緒に、アタシは洋館の中へと足を踏み入れた。
◇◇◇
「その目をライトにする機能、便利だね」
「そうでしょう。しかもLEDですから。明るいですよ」
真っ暗でジメジメする洋館の中。
案の定ではあるが蜘蛛の巣はいたるところに作られていて、足元では人間が目を逸らしたくなるような類の虫が時折横切る。
それに壁にはナメクジか何かが這ったような跡が数えきれないほど確認でき、衛生状態はあまりにも終わっていると分かる状況だ。
「や、やっぱり不気味だね……」
「人の気配はゼロ。湿度は高く暗くて空気も悪い。恐らく常人であればすぐに具合が悪くなってしまう場所ですよ、ここ」
アタシが足を踏み出すごとにギシィ……ギシィ……と床は鳴る。
劣悪な環境のせいで木材加工部分は腐っている可能性もあるのだが、アタシの重量のせいで床が抜けたりでもしたらこれ色々と大ごとだ。気をつけないと。
「ねえジョセフィーヌ。2階に行ってみない?」
「1階の探索だけでもう十分じゃないですか? これ以上見てもあんまり変わらないと思いますよ?」
ご主人の提案に冷たく返すアタシ。しかしそばにある階段を指さしながら、なおもご主人はこちらのことをじっと見つめてくる。
「……」
「……」
「ひとりで行くのは嫌ですか?」
「ひとりで行くのはちょっと嫌かも」
ご主人の答えを聞き、アタシは諦めたように首を横に振る。
「分かりましたよ。それじゃあ行きましょうか」
「さすがジョセフィーヌ! ありがとう!」
こうしてふたりして2階まで移動。相変わらずギシギシと軋む床に戦々恐々としながらアタシは、ご主人と一緒に色々と調べてみた。
洋館内にはいくつか部屋が設けられている。しかしどこもかしこもジメジメの不衛生状態であってやはり1階と状況はそこまで違いはない。
何度か熱探知モードを起動させてみたものの当然ながら生きている人も発見できなかった。
20分ぐらい経過して、ある程度の探索が終わったということでアタシたちは1階の玄関口へと戻る。
「どうでしたご主人? 念願の洋館に入ってみて」
「うーん……。確かに不気味ではあったけどちょっと拍子抜けかも。心霊現象なんてまったくなかったからね」
「そうですか……」
洋館の雰囲気にもすっかり慣れてきたのか、腕を組んで少し不服そうに口を尖らせるご主人。
ただ今の状況でこんなことを言えるその様子に興味深さを感じていた最中、アタシの内部からピコーンッ! と音が響いた。
「あっ。あーあ。アタシがいないことに旦那様が気づいてしまいましたよ。『今どこにいるんだ!』って怒ってメッセージを飛ばしてきました」
「だから夜に抜け出すのは嫌だったんですよ」とアタシが機械でありながらつい愚痴をこぼすと、正面にいるご主人は寂しそうに目を伏せる。
「……ねえジョセフィーヌ。お父さん、私の心配はしてないんだよね?」
「ええ。まあ」
「ちょっと前に喧嘩してからさ、私はお父さんともお母さんとも全然口をきいてないんだよね」
ライトと化したアタシの瞳しか光が存在しない洋館。こんな場所でご主人はうつむきながらポツリポツリと言葉を紡いでいく。
「ジョセフィーヌは覚えてるよね? 私が年甲斐もなく家出しちゃったこと」
「アタシは高性能なのできちんと記憶してますよ。『彼』と別れたことが原因でしょ?」
アタシの言葉にご主人は力なくうなずく。
「大学のサークルで出会った男の子。お互いずっと気になってたんだけど、大学を卒業してようやく付き合えて。ジョセフィーヌも何度か会ったことあるもんね」
「でもお付き合い開始から2年後。ようやく訪れた挨拶のタイミングで、旦那様から家柄の差について酷いことを言われて『彼』はショックを受けちゃったんですよね?」
「そう、そしてこれがきっかけで別れちゃった」
落ち込んだ雰囲気のご主人。それでも気持ちを切り替えるよう勢いよく顔を上げると、気丈にふるまいながらこう話す。
「確かに彼氏と別れたのは悲しい! 寂しい! ……でもいつまでも親と話さないのもダメだよね。私だっていい大人なんだし」
さらにそれからご主人は少しかしこまった様子で、アタシに礼を言ってきた。
「今夜はありがとう、ジョセフィーヌ。この洋館は大学生時代にその彼氏と『いつか絶対、一緒に行こうね』って話してた場所だったの。だからこれで未練がひとつ晴らせたかな?」
「そうですか。それはよかったですが」
「それじゃあそろそろ一緒に家へと帰ろうか! 何だか気持ちもスッキリしたし、お父さんともお母さんともきちんと話せるよう頑張るね!」
「あ、いや。その」
「ん? 何? どうしたの?」
不思議そうに首を傾げるご主人。
ただここでアタシは当人は気がついていないことをハッキリ伝えなければならないと覚悟を決めて、ご主人に向けて口を開いた。
顔の右側は潰れ、左側も傷でボロボロになり、背中は痛々しく曲がっていて、両足は消え入るように薄く状態のご主人に。
「ご主人はもうこの洋館から出られませんよ? 多分これから住み着くことになるので」
「……え?」
これと同時に今まで洋館内でさまよっていた多くの霊たちが、ご主人のことを逃がさないようその体にまとわりつく。
響く霊の笑い声。泣き声。うめき声。人間が持ち得る様々な感情がこれらの声に込められている。
「でもアタシは帰らないといけませんので。お屋敷に戻りますね。ご主人はお達者で」
「ちょ、ちょっと待って!? どういうこと!?」
「いえその通りのことです。いつか成仏できるといいですね」
「な、何を……。あ、あれ!? か、体が動かない!」
「これは葬儀の時以来の言葉ですね。ご主人、今までありがとうございました。さようなら」
「ちょ、ちょっと! ねえ助けてよ! ジョセフィーヌ! ジョセフィーヌ! ジョセフィーヌ!!!」
もうご主人のことを救えないと理解したアタシは、最後の別れを告げて洋館の外に出たのであった。
◇◇◇
「あー怖かった。確かに生きてる人はいなかったけど、扉開けた瞬間からもう霊だらけだったもん」
自宅であるお屋敷へと戻ったアタシ。旦那様と奥様から「ジョセフィーヌまでいなくならないでくれ!」と怒られたのはさすがに反省だ。
「それにしてもさすがアタシは高性能な機械。まさか肉体から離脱した霊を見ることができて、それと会話まで可能になってるとは思わなかった」
アタシはご主人と暮らしてた部屋、今はひとりで占拠できている贅沢な空間で思い切り体を伸ばし、それから充電の準備を進める。
「ご主人が亡くなった後、しばらくしてあの状態でお屋敷に戻ってきたのはさすがにビビったなー。最初は恐らく機械史上一番怖がってたと思うよアタシも」
ピコーンッ!
「あれ? こんな時間に誰からメッセージ……あー、はいはい。『彼』からね」
アタシは届いたばかりのメッセージに目を通し、相手に返信をする。
「『ちょっと色々あって屋敷から抜け出すハードルが高くなっちゃった。だけどまた近いうちに会いに行くから。アタシはご主人と違って上手くやるから大丈夫だよ』っと」
ご主人には申し訳ないことをしちゃったな。まさか『彼』と愛し合うことになるだなんて、アタシは機械なのにね。
「でも最初に誘ってきたのは『彼』から。そりゃ生身の人間と違って好きな時に好きなことできる機械の女の方がいいに決まってるよ。根回しして別れるようにしたのもお互いにとって正解」
アタシは自身の内部に保存されている『彼』との写真フォルダを整理しながら、あの時のことを思い出す。
「ごめんなさいねご主人。あの家出からこうなってしまったのはアタシのせい。でも崖から突き落とすのに勇気は必要だったんですよ。アタシ機械なのにさ」
さらに生前のご主人が使っていたベッドの上に横になり、そばにあるケーブルを首元の端子に接続し、充電しながら洋館で記録した画像・動画・音声データをすべて削除することをアタシは決めた。




