悪役令嬢婚約破棄の権力闘争の観点における考察
現在、WEB小説の世界においては、悪役令嬢が婚約破棄される物語が氾濫している。
そして、それらに対する批判の声も多い。
特に、婚約破棄する王子に対しては、何を考えてるんだこいつは、といった疑問・呆れを抱かれる方も多いことだろう。
しかし、単なる個人的愚行でないとしたら、彼らの行いにはやはり社会的な意味があるのではないだろうか。
まず最初に、「悪役令嬢婚約破棄」という題材について、定義を明確にしておこう。
「悪役令嬢」とは、一般的な物語における悪役的ポジション、といった程度の意味であり、実際に悪人であったり悪行を行ったりするわけではない。
ほとんどの場合、名門貴族(多くは公爵家)の令嬢であり、その国の王子、それも第一王位継承権者、いわゆる王太子と婚約している。
そして、その婚約者から婚約破棄を突き付けられる場面が、物語の発端となる。
王子が婚約を破棄する理由は、下級貴族、時には平民など、身分の低い女性を伴侶とするため、という場合がほとんどである。
これに対して、単にこの子の方がいいからという理由で婚約破棄していいわけないだろう、貴族社会の秩序を破壊する気か、などといった批判がなされるわけであるが、いや、まさにそれが目的であると考えるのが自然ではないだろうか。
つまり、単に公爵家令嬢個人が気に入らないのではなく(表向きそう主張していたとしても)、公爵家との縁組そのものを拒否していると見るべきだろう。
貴族社会の頂点たる公爵家が、次期国王の外戚となってさらに権勢をふるう。そのことを快く思わない者たち――王子自身も含めて――が中心となって、婚約破棄を画策したのではないかと考えられる。
王子が伴侶にと望む女性は、多くの場合、身分は低くとも魔法の才に恵まれている。
これはつまり、王国内において魔法の才能と実績によって低い身分・家格からのし上がった魔法官僚たちにとって、一種の旗印となり得るわけだ。
彼らが、王権強化を目論む王子と手を組み、あるいは逆に、王子が彼らを味方につけ、名門貴族たちに戦いを仕掛けた、というのが婚約破棄事件の真相であると考えられる。
王子の取り巻きとして、大臣や将軍の息子たちなどが登場することが多いが、彼らの父親たちの中には、低い身分から実力でのし上がった者もいれば、名門貴族層に属する者もいることであろうと推測される。
つまり、名門貴族層も一枚岩ではなく、王子によって切り崩されていると見るべきである。
さて、王子による婚約破棄に対して、その父親である国王本人はどのように考えているのか。
国王自身も公爵(をはじめとする名門貴族たち)に対して含むところがあり、王子の行動を黙認していると考えるのが自然である。
あるいは、名門貴族たちに物申すことができない弱腰な王を押し込めて、急進派の王子たちが事を進めた、というケースもありうるだろう。
一方、悪役令嬢の父親たる公爵はどうか。
娘が婚約破棄されたのに黙って指を咥えているのか、と批判されるところであるが、成り上がりの家臣団を味方につけ、本来公爵に味方するべき名門貴族層も切り崩しにかかっている王子一派に対し、後手に回ってしまっている感は否めない。
ここは娘を切り捨ててでも隠忍自重し、他日を期するという判断を下したとしても、やむを得ないのではないか。
そのような事情により、未来の王妃たるべき立場を失ったのみならず、多くの場合国外追放の憂き目にすら遭うことになる悪役令嬢は、ここからいかにして巻き返すべきか。
名門貴族が権勢をふるう体制を打破し、実力主義によって人材を登用して王権の強化を図る王子が正義であると、必ずしもそんな単純な話ではないだろう。
しかしながら、実の父親にすら見捨てられた孤立無援の悪役令嬢にとって、復讐の道のりは長く険しいものであることは確かである。
突然何処かから湧いて出たデウス・エクス・マキナに頼らないとすれば、王子が進める改革のてのひらからこぼれ落ちて顧みられることのない階層の者たちを味方につけるということになるだろうか。
もちろん、復讐などに囚われず、追放された先の異国で穏やかに暮らしていくという途もあるだろう。
そして、彼女の与り知らぬところで、性急すぎた改革が失敗に終わり、王子が破滅を迎えるという展開もあるかもしれない。
その噂を伝え聞いた令嬢が「ざまぁ」と呟く――かどうかは、本稿の論じるところではない。
いずれにせよ、一見常軌を逸して見える婚約破棄劇にも、社会的背景というものは存在すると考えるべきであろう。
本稿が、婚約破棄劇の社会的位置付けに関する研究の叩き台となれば幸いである。




