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玉子焼きが紡ぐもの〜母と娘の物語〜

作者: 梅花かえで

玉子焼きを通じて、娘の成長を感じる母親目線の物語。ほのぼの、ほっこりしたい時におすすめです。

「ねえ、おかあさん。玉子焼きって作るの難しい?」

高校2年生の娘が唐突に尋ねてきた。 

私はしばし返答に悩む。

決して難しいわけでは無い。かと言って簡単とも言い切れない。

「ただ作るだけなら簡単だけど、お母さんと同じ味の玉子焼きはちょっと難しいかもね」

私は少しもったいぶって答えた。それを聞いた娘は、えー、なにそれーなんてぶつぶつ言っている。

なぜ急にそんなことを聞いてきたのか、自分でお弁当を作る気にでもなったのだろうか。

気になって娘に問いかけた。

すると返ってきた言葉は意外なものだった。

「もし、この先私がひとり暮らししたとして、お母さんの玉子焼きが食べたいなって思ったときに自分で作れたらいいなって思って」

私の作る玉子焼きに、そんな想いを抱いていたのかと嬉しくなる。

「食べたくなったら帰ってきたらいいじゃない。玉子焼きくらいいつでも作ってあげるわよ」

そう伝えるたと娘は言葉を選びながらこう言った。

「う〜ん...それはそうなんだけど...。もちろん、すぐに帰ってこれる場所に住んでたらそれが一番いいと思うけど、どこに住むようになるか分かんないし。それに、今食べたいって思った時にすぐ食べたい。」

???今すぐ玉子焼きが食べたいときなんてある??

私の頭の中はハテナでいっぱいだった。

「今すぐ食べたいって...めちゃくちゃお腹空いてる時とか?」

私の問いかけに娘は食い気味に否定した。

「ちがう!!!落ち込んだときとか、悲しいときとか、気合い入れたいときとか、いろいろ頑張った後とか!

そんな時にお母さんの玉子焼き食べると元気になるし落ち着くの!!」

予想外に可愛らしい理由に、胸の奥がじんわり温かくなる。

そんな時こそ直接顔を見て、私の手作りを食べさせてあげたいものだけど、きっとそうはいかない場面が今後たくさんあるんだろうな。そう思うと、ちょっぴり切なくもあるが仕方がない。今、私に出来ることは、この小さな足でしっかりと前へ進んでいこうとする我が子を想い見守ることくらいだ。玉子焼きが彼女を支えてくれるのであればすべてを託そう。

「よし。それなら今から作ってみる?ちょうど卵もたくさんあるし。」

私がそう言うと、わーいと言いながら娘が駆け寄って来る。無邪気な笑顔は幼い頃のままなのに、いつの間にか将来のことや親元を離れたときのことを考える年齢になっていたんだと改めて実感した。

 

 

「それではまず、卵を2つ割ります。」

私が料理の先生口調で話すと娘も生徒になりきって

「はい先生!これでいいでしょうか?」

と言ってくる。なんとも穏やかで平和な時間なのだろうか。

「では次に、砂糖を大さじ1杯とマヨネーズを少々入れます。」

「先生質問です。少々とはどのくらいでしょうか?」

私の説明に娘が生徒口調で問いかけてくる。

正直料理はほぼ目分量だしどのくらいと聞かれても困る。実は大さじ1杯も適当である。

「少々とは少々です。わざわざ量らないのでわかりません⋯このくらいかな?」

私は普段入れている量を出してみせた。

「なるほど。細いノズルで5センチ位ね!」

私の適当を娘が数値化していく。

こんなやり取りにも、娘の成長を感じる。

幼い頃は、「これ何?」「どうするか教えて?」「なんでなの?」となんでも尋ねてきていた娘が、今は自分で考え身につけ覚えようとしている。いや、まあ、この年齢であればごくごく普通のことだし、いつまでも幼いままであるはずもないのだが、隣に並ぶといつの間にか身長を越されていたことも相まって、成長を感じずにはいられないのだ。



「さて、では次にフライパンを温めます。」

感慨に耽るのをいったん止め、次の工程へ進む。

「うちのIHだと火力は4がちょうどいいけど、ガスの場合は中火かなぁ。」

そう説明すると、なるほどねぇ⋯と納得する。

「温めている間に、さっき割った卵を溶きほぐします。」

そしてシャカシャカと菜箸で混ぜてみせる。娘が、

「混ぜ方にコツはあるの?」

と聞いてくる。

「そうね⋯、最初はお箸で白身を切るようにして、あとはボールを軽く傾けて空気を含ませるように混ぜる感じかな。そうするとふっくら仕上がる気がする。」

私の答えに、娘は真剣に手元を見る。

「ちなみにこの時点で、ネギやカニカマ、チーズなどを混ぜて焼いても美味しいよ。お母さんはよくお弁当に緑が足りないと思ったらネギ入れるし、赤が欲しいときはカニカマ入れたりするなぁ。」

とワンポイントアドバイスを付け足す。

「へ〜っ⋯具入りの玉子焼きも美味しくて好きだけど、そんな理由があったんだぁ。私は大葉とチーズが入ったのが好きだなぁ。」

真剣な眼差しの娘をみて、いつかこの子も家庭をもち我が子のお弁当を作る時に今日のことを思い出してくれたら良いななんて思ってしまう。

フライパンの上に手をかざし温度が上がっていることを確認する。

「フライパンが温まったら軽く油をひいて、まずは卵液の3分の1程度を流し入れます。」

じゅわ〜っと音を立てながら、フライパン全体に卵液が広がる。

「ここからはやりやすい方法で良いと思うけど、お母さんはフライパンの奥から手前に向かって玉子を巻いていく。おばあちゃんは、手前から奥に巻くし、自分のやりやすい方で良いと思うよ。」

そう伝え、菜箸で整えながら巻いていく。この段階できれいに巻けなくてもあと2回チャンスはあるから大丈夫。焦らず空洞ができないように軽く抑えつつ玉子焼きの芯を作るようなイメージで巻くように伝える。

「巻き終えたあと、フライパンに油分が残ってなかったら少し油を追加して。その時は巻いた玉子の下にもしっかり行き届くようにね。では、残りの卵液の半分を入れます。」

再びじゅわ〜と音を立て卵液が広がる。この時に最初に巻いた玉子を軽く浮かせ玉子の下にも卵液を流し入れると次が巻きやすい。

ここである程度きれいに巻けると最後の仕上げが簡単ではあるが、多少不格好でもあと1回チャンスはあるから焦らないことが大切だ。最終的に形が整えば問題ない。中に空洞が出来るとカットした際に断面がスカスカになってしまうのでそこだけ注意するように伝えた。

「このままでも充分美味しそう⋯」

隣で娘が呟く。私は少し鼻が高くなる。そして同じ手順で最後の卵液を流し入れる。

形を整えつつ巻き終えれば完成だ。

パチパチパチと娘の拍手が聞こえた。



出来立ての玉子焼きを二人で美味しくいただきながら、楽しいお喋りに花が咲いた。

そばに居ればいつでもまたこうして作り方を教えることも出来るが、一緒にキッチンに立って料理が出来る時間が永遠にあるわけではないと改めて感じた今、この時間がとても大切なものに感じた。この先、社会に出て、家庭を持って、様々な局面で心が疲れた時に、この玉子焼きが心の支えになってくれたら嬉しいし、おふくろの味として受け継いでもらえたら母親冥利に尽きるというものだ。

そんなこともを考えていたら娘が笑顔でこう言った。

「お母さんの玉子焼きっておばあちゃんと同じ味がするね♪」

⋯あぁ、そっか。私もこうして母からの味を受け継いで、娘もいつか我が子に受け継いで⋯この先ずっと紡がれていくんだな。

「あ、でも⋯」

娘が言葉を続ける。

「お母さんに教えてほしいのは玉子焼きだけじゃないんだ♡唐揚げも、煮物も、カレーも、茶碗蒸しも、炊き込みご飯も、それから⋯」

次々にメニューを上げる娘に、

「もう!見ながら勝手に覚えて!!」

と言いつつも、お気に入りの料理の多さに、機会があればまたこうして教える時間を作ろうと嬉しくなった。

親子のかけがえのない時間が大切な宝物になりますように。身近にある幸せに気付いてもらえたら、いつもの日常が輝かしいものになればと思います。

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