第8話 魔物退治と新たな火種
──世界は、確かに平和になりつつある。
ルークが二人の魔女を討伐し、ノクトヘルムとフレアゼルの大陸から高魔力領域が消えたことで、魔人たちは姿を消した。
かつて各地を恐怖に陥れていた“知性を持つ敵”は消滅し、残ったのは──
「野生の魔獣、か。やれやれ、まだまだ後処理が続くな」
ルークは、王都の報告書を手に呟いた。
魔女の支配が消えた後でも、かつての魔力の余波で生まれた魔獣たちは野に潜み、ときに村を襲う。
中級ランクの冒険者でも対応できる……はずだった。だが──
「今回はヤバいらしいぜ? 突然変異とかで、耐久も火力も規格外だってよ」
屋敷のソファに寝転がっていたジークが言う。
「よし、行くか。ヒマだし」
「私も……少しは役に立ちたいです……!」
フィオナもそっと手を挙げる。
「私たちも行きますわ」
「当然。ルーク様が行くなら、私も!」
ミレイアとクラリスが即座に立ち上がった。
「お前ら戦力ゼロだろ!? っていうか魔力ないし!」
「でも不死身だし!」
「そう! むしろ盾になるわ!」
ルークはこめかみを押さえながら、ため息をついた。
(なぜこうも、全員ノリノリなんだ……)
* * *
現場は、王都郊外の森林地帯。
すでに戦闘は始まっていた。
鋼の鎧を着込んだ女性が、大剣を振るって魔獣の攻撃を受け止めていた。
護衛団副団長──マリア・ロッセル。実戦では団長すら凌ぐと言われる女傑である。
「──はぁっ!!」
吹き飛ばした魔獣は再び立ち上がり、体毛が逆立つ。
通常種よりも巨大な身体。砕けた岩を吸収して再生する異質な能力。
「こいつ……まさか、魔力吸収まで備えてるの!?」
マリアが苦戦する姿など、王都の者たちも滅多に見ない。
彼女の額に一筋の汗が垂れたとき──
「待ってましたぁっ! 男ジーク、ここに参上!」
木の枝から颯爽と降り立ったジークが、短剣を手に魔獣に飛びかかる。
「おらぁっ! 男を見せる時だあああ!」
しかし──
「うおお!? 硬ッ!? 牙ッ!? 痛ッ!?」
まさかの反撃により、地面を転がされるジーク。
「ジークさぁあああん!? あの、回復、回復します!」
フィオナが慌てて駆け寄り、ぽよんとした癒しの光を放つ。
「……癒された気がするけど、メンタルが折れそう……」
「すみません……私、回復魔法しか……」
「その回復魔法があってよかったよ……ありがとうな」
ほのぼのとした空気の中、魔獣の咆哮が再び木々を震わせた。
そのときだった。
「──下がれ」
低く、しかし響く声。
金属の靴音が、静かに戦場を踏みしめた。
聖剣・アルシエルを片手に、ルーク・アルヴェインが現れた。
* * *
風が止まり、空気が張り詰める。
ルークは聖剣アルシエルを肩にかけ、魔獣をまっすぐ見据えた。
魔獣もまた、ただならぬ気配を感じ取ったのか、一歩だけ後ずさる。
だがその瞬間にはもう、遅かった。
ルークが踏み込む。地を砕くほどの重さで。
「──終わらせる」
魔獣が咆哮を上げる。
だが、その音が空気に響く前に、ルークの剣が放たれた。
一閃。
それはまるで、夜を裂く光。
巨大な魔獣の身体が、真横に断ち割られた。
呻く間もなく、魔獣は地面に崩れ落ちる。二度と動くことはなかった。
「さすが、うちのご主人様……」
「今日も惚れ直しましたわ……」
ミレイアとクラリスがため息混じりに呟く中、地面に座り込んでいたマリアがゆっくりと立ち上がった。
「……余計なことを」
「え?」
「私は……楽しんでいたのよ。久しぶりに、全力を出せる相手だったのに……」
肩で息をしながら、マリアはぼそりと呟いた。
「それに……その強さ。並の男じゃない。ルーク、あなたみたいな男なら──」
その目が、ルークをまっすぐ捉える。
「夫に、ふさわしいと思う」
「……っ」
沈黙が落ちた。
最初に反応したのは、クラリスだった。
「ちょっと、なに言ってんのこの人!? まさかの“軍人系ヒロイン”参戦!?」
「待って、王女より先に割り込むってどんなルート!? 私、正妻ポジションよ!?」
「……ってことは、また嫁候補増えたってこと?」
ルミナがぼそっと言う。
「冗談じゃないわよ!!」
「ふざけないで!! その枠は埋まってるんだから!」
ミレイアとクラリスが同時に叫び、マリアと真正面から睨み合う。
「……私はただ、本心を言っただけ。止められるなら止めてみなさい?」
「言ったわね……!」
「望むところよ!!」
火花が走った。
ジークとフィオナは遠巻きに見つめながら、同時に呟く。
「……また修羅場かよ」
「ルーク様……がんばって……」
* * *
こうして、世界を脅かす突然変異魔獣は退けられた。
だが、それ以上に脅威だったのは──
新たに“参戦”してきた護衛団副団長という強敵だった。
ルークの胃にまたひとつ、負担が積み重なっていくのであった。
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