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第5話 炎の魔女、登場。そして風呂場突入

 ――火の気配が、空から落ちてきた。


 夕刻、ノクトヘルムの空に突如として現れた赤の閃光。まるで太陽の一部が砕けて降り注いだようなそれは、一直線にアルヴェイン家の屋根を目指していた。


「魔力反応、急接近!?」


 ルミナが窓から空を見上げ、慌てて叫ぶ。


「これは……“高魔力存在”!? まさか、また魔女が来るのっ!?」


 家中の空気が一瞬で緊張する。


 そして、爆音と共に屋根が破壊された。


 紅蓮の髪をなびかせて、堂々と着地したのは、燃えるような瞳を持つひとりの女性だった。


「やっぱりここね……ミレイア!」


 姿を現したのは、七魔女のひとり──【炎の魔女】クラリス・オーエン。

 豊かな胸元と引き締まった肢体に、燃えるような赤い衣装を纏った情熱の化身。


「久しぶりね、クラリス……でも、いきなり屋根を壊すのは感心しないわよ」


「ふん、魔女同士は引かれ合うもの。あんたの魔力が消えた時点で、気づいたのよ。何が起こったのか、見に来たの」


「……で、どうするの?」


「決まってるでしょ。“倒された”魔女が妻になるって風習、あたしも知ってるから。だったらまず、その男──ルークってのがどんな奴か、見てやろうじゃない!」


 クラリスが前に出た瞬間、ルークは静かに立ち上がった。


「ここで戦うのはまずい。家がまた壊される……!」


 だが、クラリスの殺気が走るより早く、ルークの右手にはすでに聖剣があった。

 アルシエル──魔女の魔核を断つことができる唯一の神具。


「……試してみたいことがある」


 彼はそっと、剣に魔力を込めた。

 青白い光が刀身に集まり、空間が震える。


 そのとき、クラリスの胸元あたりが――淡く赤く、脈打つように光った。


(魔核が……共鳴した!?)


 ルークは即座に判断を下す。


「──飛べ!」


 彼が剣を、投げた。


 まるで流星のように放たれた聖剣アルシエルは、空を裂き、クラリスの胸元に一直線に突き刺さった。


「なっ……!?」


 クラリスの身体が一瞬で硬直する。


 次の瞬間、魔核が砕ける鈍い音と共に、彼女の体から迸っていた炎の魔力が、ふっと消えた。


 屋敷の天井に残った火の粉も、その瞬間、すべて霧のように散っていった。


「……あんた、本当にやるじゃない」


 クラリスは地面に膝をつき、肩で息をしながら、それでもにやりと笑った。


「ま、悪くないかもね。嫁になるには、これぐらい一方的にやられた方が、スッキリするし」


 ルークはその言葉に絶句した。


(いや、ちょっと待て。これでまた、嫁が増えるのか……?)


 フレアゼル大陸の魔力が消えたのは、その日の夜には確認された。


 大陸に溢れていた炎属性の高魔力領域が収束し、魔人や魔獣の活動も止まり、人間たちは歓声をあげた。

 だがその“平和”の代償は、まさかの「嫁が増えた」という非常事態だった。


「これで……また世界はひとつ、平和に近づいた」


 ルークはそう呟いて、自室の天井を見上げた。


(……のはずなのに、なんで俺は、こんなに胃が痛いんだ)


* * *


 ──夜。


 ひとり静かに風呂に浸かる時間は、ルークにとって数少ない癒しだった。


 風呂桶にゆったりと身を沈め、肩に湯がかかる音に耳を澄ませながら、彼は思った。


(ああ……ようやく静かになった。魔女の襲来も、妹の爆発魔法も、今日はなかった……)


 そのとき。


 風呂場の引き戸が、静かに開いた。


「お〜、ここが風呂ってやつか〜。へえ、意外と洒落てんじゃん?」


 ずかずかと入ってきたのは、バスタオル一枚の【炎の魔女】クラリスだった。


「くっ……クラリス!? い、今は入浴中だぞ、俺!!」


「知ってるってば。わざわざタイミング狙って来たんだから」


 にやりと笑い、躊躇なく湯船にちゃぷんと入ってくるクラリス。

 豊かな胸元が湯面にぷかぷかと浮き、顔が近い。とにかく近い。


「ほら、体洗ってやろっか? 嫁として当然でしょ?」


「誰が嫁だ! ちょ、タオル! その、ちゃんと巻けって!」


「やだ、照れてるの? 可愛い~」


 ぐいっと腕を回され、体が密着する。


(無理だ……落ち着けるわけがない……)


 と、そのときだった。


 ──ガラッ!!


「何してるんですか、あなたたち!!」


 湯気の向こうから、蒸気すら吹き飛ばすほどの冷気をまとって現れたのは、【元・闇の魔女】ミレイアだった。


「ふ~ん……“わざわざタイミング狙って”きたの?」


「あら、先に来た者勝ちってルールじゃなかった?」


「そんなルール、聞いたことないんだけど!? ルーク様は私の隣でしか湯に浸からないの!」


「いや、今その隣にいるけど?」


「っ──っ!! 出ていきなさい!!」


「やーだ♪」


「わかった、じゃあ私が出す!!」


 湯船の中で女二人がぐるぐる回り、湯しぶきと怒声が飛び交う。

 ルークはそれを中で挟まれながら、洗面器で顔を覆っていた。


「……誰か……平穏を返して……」


 そして──


「このっ、魔女どもっ!! 風呂で兄と何してんのよっ!!」


 ドォォォン!!


 浴室の壁が、爆裂魔法の炸裂音と共に吹き飛んだ。


 ルミナの魔法が、見事に風呂を貫通したのだった。


「ルミナーーーーッ!! なんで爆発させる!?」


「逆に聞くけど、なんで女二人と風呂入ってんのよっ!!」


 湯気が散り、タイルが割れ、壁が崩れ落ちた浴室の中心で、ルークは深く──本当に深く、心の底から叫んだ。


(俺は……世界を平和にしたかっただけなのに……!)


 ──こうして、フレアゼル大陸の炎は鎮まり、人々に平穏が戻った。


 だがその代償として、勇者の入浴に訪れる“静けさ”は、永遠に失われたのであった。

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