表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/35

第4話 王女、正妻戦争に参戦す

 ──こんなはずじゃ、なかった。


 暖かな午後の陽射しの中、ルークは屋敷の中庭に置かれた石の椅子に腰を下ろしていた。

 剣の手入れをするはずが、手元の布は止まり、彼の目はどこか虚空を見つめていた。


(転生して、才能も環境もあって、過去の自分よりずっと恵まれてると気づいた。だから、必死で鍛えてきた。魔法も、剣も、知識も──全部、“世界を救う”ために)


(なのに……なんで、毎晩、魔女と添い寝して、朝になると妹に結婚を申し込まれてるんだ……?)


 心が叫び出したかった。


 今も屋敷の奥からは、「ルークさま、今日の下着はどう思いますか?」という魔女の声や、「お兄ちゃんと混浴するのは妹の特権でしょ!?」という叫び声が交錯していた。


「……これ、平和の代償ってレベルじゃない」


 額を押さえるその時だった。


 一羽の伝書鳥が、天空からくるりと舞い降りた。


 王家の紋章が刻まれた封蝋。差出人は、ノクトヘルム王国・国王フェルナンド三世。


(また、面倒なことにならなければいいけど……)


* * *


 王都・セレスタリア。光の大理石で築かれた王宮の謁見の間。

 天井の高窓から差し込む光の筋の中に、ルークは一人、立っていた。


「来てくれてありがとう、勇者ルークよ」


 王の言葉は穏やかだった。白銀の髭をたくわえたフェルナンド三世は、年老いてなお威厳に満ちた人物だった。


「我が国──いや、この世界のために、魔女をひとり倒したというのは、まさに歴史的偉業である」


「……いえ、俺はただ、自分にできることをしただけです」


 ルークは頭を下げながら、心の中で思う。


(こういう空気、苦手だ……)


 そして──王は次の瞬間、重くも衝撃的な言葉を放った。


「よって、我が娘アリシアとの婚姻を許したい。勇者として、家族として、王国の柱になってほしいのだ」


「…………は?」


 ルークの思考が停止する音が聞こえた気がした。


* * *


 応接の間に通された後、ミレイアが激昂したのは言うまでもなかった。


「ちょっと、それってどういうこと!? ルーク様には私がいるっていうのに!」


「ミレイア、落ち着け。俺はまだ何も──」


「ふざけないで。“正妻の座”は、誰にも譲る気なんてないんだから!」


 その時、部屋の扉が静かに開いた。


 銀のティアラを戴き、淡い紫のドレスに身を包んだ少女が、静かに立っていた。


「はじめまして。私はアリシア・ルミナシア。ノクトヘルム王国第一王女にして、貴方の……将来の花嫁です」


 冷静で、整った顔立ち。気品と自信をまといながらも、その瞳はまっすぐにルークを見つめていた。


「……あら、これが“政略結婚”ってやつなのね」


 ミレイアがジロリと睨む。


「政略は、あくまで入口。私はそれ以上に、あなた自身を見極めたいと思っています。──勇者、ルーク・アルヴェイン」


 彼女の声は静かだった。けれど、ルークは理解した。

 この王女は、“本気”で、自分を選ぶ覚悟がある。


 それは、ミレイアの忠誠でもなく、ルミナの兄愛でもない、“王女の眼”だった。


「──勇者様には、私と共に歩む覚悟がありますか?」


 アリシアはそう問いかけた。


 ルークは一瞬、言葉に詰まった。


(覚悟……そうだよな、普通は“勇者と結婚”なんて、自分の意思とは無関係の話にされがちだ。だけど、この人は──)


 その瞳には打算だけではない“意思”があった。


 ふと、ミレイアが小さく鼻を鳴らした。


「ずいぶんと上から物を言うのね。倒された魔女の前で“共に歩む”なんて、よく言えるものだわ」


「そちらこそ。討伐された側が“妻”として居座るというのも異常です」


「異常じゃないわ。文化なの。私たち魔女は、強き者にすべてを捧げるのが当然なのよ」


「“文化”で押し通すのは野蛮です。王家の婚姻とは、国家と国民の未来を担う責任の形なのですから」


「じゃあ聞くけど、あなたはルーク様の何を知っているの? 一緒に朝食を食べた? 一緒に寝た?」


「それは、まだ──」


「じゃあ黙って」


「っ……!」


 ピシィンッ、と見えない火花がはっきりと空間に走った。


 互いに一歩も譲らぬ視線。高貴さと魔性の“嫁候補”ふたりが、同じ空間で正面からぶつかっていた。


 ルークはその間に挟まれたまま、膝の上で手を組み、静かに俯いた。


(これ……俺、戦場より疲れるんだけど)


 心底からの本音だった。


* * *


 帰路の馬車の中。ミレイアは窓の外を見つめながら、ぽつりと漏らした。


「でも、あの子……“見てた”わね。ちゃんと、あなたを」


「……ああ。俺も、それは感じた」


「ふふ……負けてられないわね、妻として。ちゃんと、私の方を見てもらわなきゃ」


 そう言って、彼女はルークの肩に頭をもたれさせてくる。


「ねえ、今日から、もっと深い関係になっても……いいかしら?」


「……だめ」


「即答なの!?」


「いまそれどころじゃないだろ!?」


 ミレイアが膨れる横で、ルークは心の中で深く深く溜息をついた。


(世界を救うって、こんなにも……家庭的な戦いだったんだな)


* * *


こうして、王女アリシアが正式に“正妻戦線”に参戦し、

勇者をめぐる争奪戦は、国家レベルの泥沼へと足を踏み入れた──!

この作品が面白い、続きが読みたいと思ったらブクマ・評価・リアクション・感想などよろしくお願いします。


続きを書くための励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ