第17話 ぶらり勇者一行、混浴温泉は恋の湯けむり
王都での任務を終えた翌日、ルーク一行はしばしの休息と観光のため、街中を気ままに歩いていた。
朝市で買った焼きリンゴの甘い香り、屋台から漂う香辛料の匂い、通りには陽気な楽団の音楽が響き──
かつて魔女が支配していたとは思えぬほど、街は穏やかで、活気に満ちていた。
「ルーク様、これはどうですか? 焼きキノコの串刺しです。香ばしくて……ふふ、あーん」
そう言って、大地の魔女──今やただの“ふわふわ母性女”グレイアが、自然な仕草でルークに串を差し出してきた。
「あ、ありがとう……あーん」
恥ずかしそうに受け取るルークの頬は赤い。
その様子を見て、すぐ隣で氷の視線を送っていたミレイアが、ピクリと眉を吊り上げる。
「……ずいぶん慣れたものね。私のときは、あんなに動揺してたくせに」
「ん? 嫉妬か? ミレイア、顔が怖いぞ〜」と茶化すのはクラリスだ。
彼女は買ったばかりの焼き鳥を片手に、ルークの腕を軽く取って、ミレイアにドヤ顔を向ける。
「ほらほら、ご主人様。次は私のを──」
「おい、俺の“出番”は? てか誰か俺のこと気にしてる!?」
遠くの路地で叫んでいるのは、陽気な盗賊ジーク。
ナイフ投げの屋台で見事な腕前を披露したところ、褐色の町娘たちに囲まれて大人気に。
「キャー! すごい! もう一回投げて〜!」
「飲みに行こうよ、ねぇねぇ!」
ジークは嬉しそうに頭をかきながら、一行に手を振る。
「悪いな、ルーク。俺は今日こっちで冒険だ! いい女の誘惑を断るなんて、男がすたる!」
「……はいはい、気をつけてね」とルークが苦笑すると、
フィオナが少し困ったような表情で呟く。
「ジークさん、また変なトラブルにならなければいいのですが……」
その後、残った一行はのんびり散策しつつ、街の外れにある名湯の看板を見つけた。
『万象の湯──魔力の源泉より湧き出る癒しの泉』
「ふふっ、温泉ですか。良いですね、疲れも取れますし、肌にも良いんですよ?」とグレイアが嬉しそうに提案。
「お風呂なら、前に一緒に──って、今度は温泉かよ!」とクラリスがテンション高く反応する。
「……まぁ、せっかくだし行こうか」
◆
──そして、温泉宿に到着した一行。
「ご予約は?──あら、申し訳ありません。本日ご利用いただけるのは“混浴”のみとなっております」
女将の笑顔に、空気がピキリと凍った。
「混浴って……まさか、本気の……?」
「水着は……?」
「当館は“裸の付き合い”を大切にしておりまして」
ミレイア、クラリス、グレイアの3人の魔女は目を輝かせる。
「……入るしかないじゃない?」
「これは好機よ、クラリス」
「ふふっ……お背中、流して差し上げますね? ご主人様」
対して、ルークとフィオナは目を逸らして顔を真っ赤にし、必死に反論する。
「ちょ、ちょっと待て! 混浴は流石に……!」
「勇者様……! わ、私は…その、心の準備が……」
しかし、民主主義の力は絶大だった。
「じゃあ、多数決といきましょう!」
クラリスが高らかに手を挙げると、ミレイアとグレイアも即座に挙手。
消極的な2票に対し、魔女票3つ。圧倒的可決。
「さ、脱衣所はこっちですわよ♪」
「なんでこうなるんだぁ……」
脱衣場は男女別。とはいえルークは気が気ではなかった。
「よ、よし……いくぞ……」
湯気立ち込める浴室の扉を開けた瞬間──
「待ってたわよ、“ご主人様”♡」
「お背中、流させていただきますね? そのまま、全身……ふふふっ♪」
「きゃあ、勇者様のおしり、ぷにぷに~!」
──三人の魔女が、まるで狩り場の獲物を待つように、浴槽の中で囲い込んでいた。
ルークは「ぬるめの地獄」としか言えぬ状況に震え、湯船から逃げようとしても──
ミレイアに片腕を取られ、クラリスに脚を封じられ、グレイアの柔らかい“包容”からは逃れられない。
「お、おいっ……ま、待て……! それ以上は──」
「ほら、こんなに硬くなって……」
「こっちも洗わないとダメよね? うふふっ」
「お胸、当たってますか? よかった、当ててます♡」
――湯気の向こう、勇者はただただ翻弄されるばかりだった。
◆
一時間後。
フラフラになって浴場を出てきたルークは、疲れきった顔でふらつく。
(心臓に悪すぎる……なにが温泉だ……ただの修行だった……)
その後、町の広場でジークと合流すると、そこには信じがたい光景が。
「…………ジーク?」
「……おぉ……勇者ぁ……来てくれたのか……」
石畳の隅で膝を抱えて震えるジーク。
その姿は──なぜかパンツ一丁。
「ど、どうしたんだ!? お前、さっき町娘たちと飲みに行ったって……」
「罠だったんだよ……! あの娘たち、ボッタクリ酒場の“客引き”だったんだ……!
気づいたときには財布も……武器も……服も……ぜんぶ……っ」
「……で、パンツだけは返されたのか?」
「そこは……良心ってヤツだな……!」
「……お前って、ある意味、一番勇者だよな」
「ははっ……俺、もうしばらく人間不信だわ……」
──こうして、混浴とボッタクリに翻弄された一行は、何かを悟った顔で宿へと戻っていくのだった。
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