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第13話 大地の胎

 ──洞窟の前には、何の障害もなかった。


 グレイアが潜むとされる《大地の胎》──テラスマール大陸の地下に広がる、かつての採掘都市跡。

 しかし、そこに至るまでの道のりは、拍子抜けするほど静かだった。


「やっぱり、ここも魔獣いないんだな……」


 ジークがそう呟きながら、岩壁に手を当てる。


 森も野も、魔物はおろか小動物すら見かけなかった。まるで“生命の意志”そのものが薄れているような、異様な静寂。


「魔女の影響が大地にまで及んでいるのかもしれないな」


 ルークの呟きに、誰も異を唱えなかった。


* * *


 洞窟の内部は冷たく、空気が湿っていた。


 苔に覆われた岩肌、遠くでぽたぽたと水滴の音が響く。

 その奥には、黒く広がる石の迷宮──“人の手によって造られたはずなのに、なぜか自然と一体化しているような”構造が待っていた。


「中は……完全に迷宮だな」


「ふふ。こういう時のための俺でしょ?」


 ジークが前に出て、腰の道具袋を軽く叩く。


「じゃ、いっちょ真面目モードいきますかね。舐めたら怪我するぞ~?」


 軽口を叩きながらも、その目は鋭い。

 ルークたちが知る“いつものジーク”とは違う、“冒険者ジーク・バルド”の顔だった。


* * *


 迷宮内は複雑に入り組み、天井が低い場所もあれば、吹き抜けのように空間が広がる場所もあった。


 ジークは指先で風を読み、細かな粉を空中に撒き、壁や床を叩きながら慎重に進んでいく。


「この石の組み方、不自然だな……下が空洞か」


 ナイフの柄で床をトントンと叩き、微妙な音の違いに耳を澄ませる。


「よし。ここは外れていい。そこから二歩左へ。あとは斜めに──」


「ジーク、すごいじゃない」


「意外に頼りになるのね。見直したわ」


 ミレイアとクラリスが素直に称賛の声をかけた、その瞬間だった。


「はっ?」


 ジークの足元の床が、“パカッ”と開いた。


「ぅわあああああっ!?」


 彼が滑り落ちた直後、迷宮内に紫色の霧が噴き出した。

 同時に、フィオナとルークも、別の床から吹き上がった霧に巻き込まれる。


「これ……魔力!? 高濃度の魔女系魔力だわ!?」


 ミレイアが顔を覆い、魔力干渉を確認する。


「精神干渉系……っ。これ、幻覚誘導トラップよ!!」


 クラリスが声を張り上げた。


「ルーク様!? フィオナ!? ジーク!? 返事して!!」


 だが三人は──動かない。


 目を開いたまま、どこか遠くを見つめ、まるで夢を見ているかのような表情で立ち尽くしていた。


 紫の霧は、魔力の干渉というよりも“心の奥にある何か”を刺激する性質だった。

 そして、三人の中でそれぞれに“満たされていない想い”を炙り出していく──


■ジークの幻影

 ジークは、どこか知らない草原のような場所で、膝枕をされていた。


 頬に当たるのは柔らかな太もも。指先には、優しい指が髪を梳いている。


「よしよし、今日も頑張ったね」


 母のような、姉のような──どこか理想を濃縮したような女性が、微笑んでいた。


 その香りは心地よく、温もりは心を溶かし、ジークはただ、すべてを委ねていた。


「……もう、何もしたくない。ずっとここにいたい……」


■フィオナの幻影

 彼女は、柔らかな陽だまりの中にいた。


 白い祭壇のような場所で、ルークが目の前に立っている。

 彼は、静かに、しかし確かに──微笑んでいた。


「ありがとう、フィオナ。君がいたから助かった。

 俺は、君を……心から信頼してる」


 その言葉だけで、彼女の胸の奥がぽっと温かくなった。


「……もっと、頼ってください。私、頑張りますから……」


 抱きしめられた温もりが、幻だと知る余地すらなく、フィオナはその腕の中に身を沈めた。


■ルークの幻影

 そこは、転生する前の記憶の断片と、今の自分の姿が交錯する不思議な空間だった。


 彼の前に立っていたのは、白いローブに身を包んだ、一人の女神のような存在。


「あなたは……よくここまで来ましたね」


 その言葉は、まるで“全てを肯定”する響きを持っていた。


「あなたは、自分の弱さに打ち勝ち、世界を救い、多くの人に希望を与えている」


「俺は……やれてる、んですか……?」


 問いかけは震えていた。

 社畜だったころ、何も誇れず、何も残せなかった自分。

 その延長にある今を、ただ全力で駆け抜けていただけだった。


「──あなたは、誇るべき存在です。もう、苦しまなくていいのです」


 ルークの瞳から、無意識に涙が零れた。


* * *


 そして、現実──


 濃い紫の霧がゆらゆらとたゆたい、三人の身体は意識の深層へと沈み込んでいく。


 ミレイアとクラリスは、その様子を見つめながら顔を見合わせた。


「……私たちなら、いけるわ」


「ええ。これは魔女の魔力……ならば、同じ“系統”の力を持つ私たちなら、干渉できるはずよ」


 二人は軽く頷き合うと、魔力を指先に集中させ、沈みかけた三人の額にそれぞれ手を置いた。


「じゃあ私はジーク担当」


「私はフィオナ。そして、ルークは……ふたりで行きましょう」


「了解。精神突入、開始!」


* * *


■ジークの幻影:草原の膝枕地獄

 ぬくぬくとした陽だまり。柔らかな太もも。甘い声で囁く美女。


「ジークくん、今日もよく頑張ったね。よしよし……もう何も考えなくていいよ」


「……ああ……最高……このまま、ここで……ずっと……」


 その時、急に周囲の空気が変わった。


 美女の背後に、突如としてクラリスが現れた。


「……へ?」


「──アンタ、そんな知らない女の膝で満足してんじゃないわよッ!!!」


 ドガッ!!


 美女は煙のように吹き飛び、ジークの額におもいっきりゲンコツが炸裂。


「いたっ!? えっ!? なに!? なんで!? クラリス!?」


「あんたが甘えたいって言うなら、私にしなさい! ルーク様にだけじゃなくて、私にだって頼ればいいでしょ!」


「え……えええぇぇ!?」


「……ていうか、あたしの許可なく他の女に膝枕されてんじゃないわよ、バカ!!」


 ジークは驚愕と感涙で混乱しながら、ようやく正気を取り戻し始めた。


■フィオナの幻影:ルークの微笑みの中で

「フィオナ。君がいてくれて、よかった……本当に、ありがとう」


「いえ……私は、ただ……少しでも、ルーク様のお役に立ちたくて……」


 夢のような空間に、フィオナはうっとりと身を委ねていた。


 そこへ──


「なに甘ったれてるのよ、フィオナ」


 ミレイアが、幻影のルークの肩を押しのけて前に出た。


「え……えっ!? ミレイアさん……? あの……どうして──」


「ルーク様に“選ばれたい”なら、立ち止まってる暇なんてないでしょ」


 ミレイアは真剣な瞳でフィオナを見つめる。


「甘やかされて、褒められて、ただ“居心地のいい場所”に浸ってるだけじゃ、何も変わらない。

 あなたには、才能がある。それを鍛えて、伸ばして、努力して、ルーク様に“必要だ”って言わせるの。いい?」


「……っ!」


 その言葉に、フィオナの中に灯った“女の戦意”が再び燃え上がった。


「はい……! 私、頑張ります!」


■ルークの幻影:女神の承認

「あなたは、もう十分です。誰もがあなたを讃え、あなたは満たされていいのです」


 白き空間の中、女神がルークの頭を撫でる。


「……これでいいのか……俺は、やっと何かを“成し遂げられた”んじゃないか……?」


 その時。


「──まだでしょ、ルーク様」


 左右から声が重なる。


 白の空間を裂いて、ミレイアとクラリスが同時に現れた。


「お前が倒したのは、まだ二人の魔女。残りは五人もいるのよ?」


「“満足する”のは、全部終わってからにしなさい」


 ルークが驚いて振り返ると、ミレイアが静かに睨んでくる。


「こんな幻影に浸って満たされた気になるなんて、あなたらしくないわ」


「そうそう。全部終わって、嫁を選んで、それからよ。ベッドで“ありがとう”って言われるのは」


「……なんだその締め……」


 呆れと感謝が入り混じった表情で、ルークはふたりを見て──

 そして、ゆっくりと幻影を手放していった。


 三人の瞳に光が戻る。


 濃霧が晴れ、迷宮の空気がふたたび現実に戻る。


「……戻った?」


「お、おはようございます、ルーク様……」


「俺……なんかすごい夢見てた気がする……」


 ミレイアとクラリスが、ふっと息を吐いて、同時にルークをにらんだ。


「まったく、男ってのは……」


「気を抜いたらすぐ女神に口説かれてんだから……!」


「……いや、幻覚だろ、それ……!」


 ルークが戸惑いながらも立ち上がると、三人はふたたび前を向いた。


「さあ、気を取り直して進みましょう。“包容の牢獄”を超えたその先に──本物の魔女がいる」

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