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第12話 静かな大地~テラスマール大陸~

 ──静かだった。


 テラスマール大陸の港町ロアリスに到着した瞬間、ルークたちはその“異様さ”に気づいた。


「……なんか、変じゃない?」


 クラリスが呟いた言葉は、誰の耳にも“的を射ている”と感じられた。


 港町は、たしかに綺麗だった。

 清掃された石畳、整列された倉庫、笑顔で挨拶する人々。

 けれど──


「うすら寒い、って感じ……」


 ミレイアの声は低く、眉がわずかに寄っていた。


 町全体がまるで“ぬるま湯”に浸かっているかのように、生気が薄く、活気がなかった。

 誰も怒らず、誰も競わず、皆、穏やかに笑っている。


「ようこそ、ロアリスへ。お疲れでしょう。お茶でもどうぞ」


 港の職員が差し出してきたハーブティーすら、無機質に感じる。


 その笑顔に悪意も敵意もない──だからこそ、余計に怖かった。


* * *


 数日後。王都グラナ・レイア


 港から馬車で移動する道中、魔物は一体も現れなかった。


 森は静かで、鳥も飛ばない。

 虫の羽音ひとつ聞こえず、ただ風の音と車輪の軋む音だけが耳に残った。


「……逆に、居心地が悪いな」


 ルークが馬車の窓から外を見ながら呟く。


「まるで、何もかもが“停止”してるみたい」


 フィオナも首をかしげながら、静かに頷く。


 そして王都に入っても、その印象は変わらなかった。


 広場の人々は皆、同じような速度で歩き、同じような距離感で話し、同じような表情で笑っていた。


「生きてるはずなのに……命の鼓動が感じられない。そんな感じね」


 ミレイアの声が鋭さを帯びる。


 クラリスが拳を握りしめた。


「気持ち悪いわね、これ」


* * *


 そして王宮──


 石造りの広大なホールで、王と対面したルークたちは、最初に出迎えた国王の顔に、やはり“笑顔”を見た。


「遠路よりようこそ。勇者ルーク殿、ならびにご一行。

 貴殿が来られたと聞き、心より感謝しております」


 しかしその声音も、表情も、まるで機械のように感情を抑えられていた。


 その直後──王の袖から姿を現したのは、護衛団の兵士数名、そして一人の老いた学者風の男だった。


「──その異常さにお気づきいただけたなら、話が早い」


 ホールの静寂を破ったのは、杖を突いた老賢者の低く落ち着いた声だった。


「この“異様な穏やかさ”──それは、【大地の魔女グレイア】による魔力支配の影響です」


 賢者はルークの方へ一歩進み、聖剣を帯びた腰元へと一瞥を送ると、ゆっくり語り始めた。


「いつから始まったのか、はっきりとは分かっておりません。記録の上では“数百年前から”とされていますが……実際に、誰も“始まり”を覚えていないのです」


 彼の声には、歴史家としての冷静さと、どこか諦めにも似た哀しみが混じっていた。


「我が国の人々は今──最低限の労働だけをこなし、それ以上を望まず、争わず、競わず、ただ穏やかに笑って暮らしています。

 向上心、野心、夢、努力──そういった“前へ進もうとする意志”そのものが、失われているのです」


「……全員が、心地よく“眠っている”みたいだな」


 ルークがそう呟くと、老賢者はゆっくり頷いた。


「ええ。それは平和のようでいて、実は停滞……いや、“死”に近いもの。

 貴族も王族も例外ではありません。むしろ、誰よりも深く、魔女の“優しさ”に囚われている」


「じゃあ、どうしてあなたは……?」


 問いかけたのはミレイアだった。


 老賢者は、やや自嘲気味に笑うと、胸元から魔力石を取り出した。


「我々の中にも、極めて魔力の高い者だけは、この“沈静”の影響を受けないのです。

 いまこの国を動かしているのは、そうしたごく少数の者たち──言わば、グレイアの魔力を“耐えられる者”だけなのです」


「だから……あたしたちも平気ってこと?」


 クラリスが腕を組んで問うと、老賢者は明確に頷いた。


「その通り。勇者であるあなた方はもちろん、魔女の眷属であったお二人、

 高い魔力を持つ僧侶、鍛え上げられた精神を持つ戦士──皆、影響を受けていない」


 彼の目がルークに向く。


「あなた方だけが、グレイアの包容の中に踏み込める“意志を持つ者”なのです。

 どうか……この国に“目覚め”を、もたらしてくださいますように」


* * *


 老賢者の言葉がホールに静かに響いたまま、誰も口を開かなかった。


 王も、兵たちも、ただ笑顔を貼りつけたまま、無表情のような無感情のような、判別のつかない目をしていた。


 そんな中で、ルークは視線を落としたまま、ゆっくりと一歩前へ出た。


「……わかりました」


 短く、それでいて芯のある声だった。


「世界が止まったままでは、生きる意味がありません。

 生きているからこそ、苦しみも、悔しさもある。だから、前に進めるんだ」


 その言葉に、ミレイアがそっと目を細め、クラリスが小さく頷いた。


 ルークは振り返り、仲間たちを見る。


「みんな……ついてきてくれるか?」


「もちろん。どんな女でも、あなたの嫁になれると思ったら、倒さずにいられないもの」


 ミレイアが微笑む。


「強い女って、負けた後の顔がいちばんエロいのよ。任せなさい」


 クラリスがニヤッと笑う。


「……私は、みんなが無事に戻ってこられるように、全力で回復しますっ!」


 フィオナが両手を胸元で握る。


「うしっ。じゃあ俺は……女湯の探索係ってことで!」


「ねぇ誰かこいつを魔女にくれてやっていい?」


「ちょっと待って、みんな冷たい!」


 ジークの騒ぎが、どこか空気を和ませた。


 ルークはふたたび正面を向き、王へ一礼した。


「魔女グレイアを止め、この国に再び“意思”を取り戻します」


 王は相変わらず薄く微笑んだまま、ただ静かに頷いた。


 意思がこもっていたかどうかは、誰にもわからなかった。


* * *


 その夜、ルークたちは王都近郊の宿に逗留し、作戦会議を行った。


 老賢者から得た情報によれば、グレイアは《大地の胎》と呼ばれる地下迷宮の最奥にいるらしい。


 その迷宮はかつて採掘都市だったが、現在は封鎖されており、魔女の魔力によって“物理的な道”すら変化するという。


「トラップ系ってことね。やっと俺の出番か……」


 ジークが腕をぐるぐる回しながらやる気を見せる。


「迷宮の内部では、“感情”そのものが封じられるらしい。警戒して」


 ミレイアが真剣な表情で言う。


「回復魔法が通るかも不明です……祈りの届かない場所……それって、かなり危険かも」


 フィオナも不安げな面持ち。


「ふふ、ルークに抱かれる資格があるかどうか、試してみましょ」


 クラリスが余裕たっぷりに笑ってみせた。


 ルークは剣の鍔に手を添えながら、静かに呟いた。


「明日、《大地の胎》に向かう。

 魔女がどんな“優しさ”で世界を縛っているのか、確かめに行こう」


──大地の魔女・グレイア編、始動。

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