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第11話 旅は暇すぎる

 ──旅は、冒険とは限らない。ときにそれは、忍耐との戦いでもある。


 次なる目的地、テラスマール大陸の王都~グラナ・レイア~。

 そこへ向かうには、ルミナシア大陸から馬車と船を乗り継いで、最低でも一ヶ月。


 アルヴェイン邸を発ってから、すでに二週間が過ぎていた。


* * *


 最初の一週間は、馬車で山道を進んだ。


 幌付きの六輪大型馬車は、王都からの支援で貸し出された高級仕様。

 とはいえ、道中にはいくつかの魔獣の巣が点在し、完全に安全とは言いがたかった。


「きゃあっ!? なにこの毛玉、噛んできたわよ!!」


「それ“もふもふウルフ”だな。こいつ、毛が生えてるくせに毒持ってるから注意」


 ジークが素早く短剣で毛玉の尻尾を払い、馬車の外に投げる。


 フィオナは後部座席で回復魔法の準備をしていたが──結局、使う機会はなかった。


 なぜなら。


「──一撃で、終わらせる」


 ルークが剣を抜けば、それで終わったからだ。


「……お兄ちゃん、強すぎて逆につまらないかも」


「平和なのはいいことじゃないの……?」


 魔獣の数は減り、道中もほぼ予定通りに進んだ。

 そして現在──


* * *


 彼らは、海の上にいた。


 中型の貿易用帆船【アストレイア号】。

 30人ほどが乗る船内には、乗組員だけでなく、商人、旅人、研究者らの姿もある。

 ルーク一行は一角を貸し切られた上等な部屋に泊まっていた。


「ふぅ~……」


 クラリスがぐでーっと甲板に寝そべって、空を仰いでいる。


「暇だぁ~~~~っ!!!」


「ルーク様が鍛錬してばっかりで、かまってくれないんですもの……」


 ミレイアもその隣に座り、ふくれっ面で足をぶらぶらさせていた。


 一方その頃──


「よっ、君この船初めて? 俺も実はね、今ちょっと特別なミッション中でさ」


 ジークは乗船している旅人の女の子をナチュラルにナンパしていた。


「勇者様の護衛なんだけど、内緒だよ?」


「は、はぁ……(なにこの人……)」


 別の意味で勇者の苦労がしのばれる時間である。


* * *


 一方その頃、ルークは──


 船底の静かな倉庫スペースで、剣を振っていた。


 潮風を含んだ空気を切り裂くように、聖剣アルシエルの刃が軌道を描く。

 汗が額を伝い、呼吸は規則的。筋肉は無駄なく、しなやかに動いている。


 なぜこんな場所で?


 それは彼のポリシーだった。


(どんな状況でも、ベストパフォーマンスが出せるように鍛えておく。

 旅先で急に戦闘が起きても、味方を庇いながら戦える体でありたい)


 かつての彼は、冴えないまま歳を重ねた“非モテ社畜”だった。

 人間関係は浅く、成果も中途半端で、何も成し遂げられなかった。

 ただ日々をこなして、気づけば過ぎていく時間の中で、夢も希望もどこかに置き去りにしてしまっていた。


 だからこそ──今生は違う。


 剣を握り、魔力に恵まれ、使命を託されたこの世界でだけは、後悔を残さない。この命は、“誰かを守るために使う”と、自分に誓っていた。


 どんな場所でも、どんな状況でも、ベストを尽くせるように。

 すべては、そのための鍛錬だった。


* * *


 ある午後のこと。海の上は凪ぎ、風も穏やかで、何の事件もない。


「ねえクラリス、もう限界よ……」


「私も。こんなに何も起きないなんて、世界が終わった後みたい」


 甲板の片隅で寝転びながら、ミレイアとクラリスがため息をついていた。

 ルークはというと、相変わらず船底で黙々と鍛錬中。姿を見せる気配すらない。


「ねぇ……ヒマつぶしに、あれ、やらない?」


「“あれ”? あぁ、ジークで遊ぶやつね。いいわね、乗った!」


 二人は顔を見合わせてくすりと笑うと、ぴょんと立ち上がり、甲板を軽やかに歩き始めた。


「ジーク、ジーク~。ちょっとこっち来て~」


「へいへい、なんだ? ついに俺の色男オーラに当てられたか?」


 調子よく近づいてきたジークを、二人が左右から挟み込むようにして寄り添う。


「ねぇ……ルーク様、最近ぜんぜんかまってくれないのよね」


「こうなったら、私たち、ジークのお嫁さんになっちゃおっかな~」


 クラリスが腕にそっと触れ、ミレイアは肩に手を乗せて、微笑んでくる。


「えっ……ま、マジで!? いやいや、俺、準備できてるよ!? むしろ大歓迎だよ!? あ、式場どうする? 神前? 教会? あっ、指輪は3個いるか?」


「「……ぷっ」」


 二人は一瞬だけ黙った後、堪えきれず吹き出した。


「……ジークって、ほんとにちょろいわね!」


「えっ!? え!? ちょ、これって冗談……だったの!?」


 愕然とするジークに、ミレイアが肩をポンと叩いて笑う。


「でも……そうね。ルーク様並みに強くなってくれたら、考えなくもないわ」


「なっ……なにそのレベル高すぎる条件!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶジークに、ふたりの魔女は揃ってくるくると回りながら立ち去っていく。


「やっぱルーク様って、罪な男よねぇ~」


「うんうん、あの鈍感さが逆に刺激的っていうか~」


 ──海風が通り抜ける甲板の上。ジークの悲鳴と魔女たちの笑い声が、空高く響いた。


* * *


 一方その頃、船室の一角では、フィオナが小さなランプの下で黙々と本を読んでいた。

 広げられているのは、ミレイアがまとめた古代魔法理論の手稿。


(回復魔法だけじゃ、やっぱり限界がある……。もし、補助系の魔法も使えたら──)


 ページをめくる指が、ぎこちなくも真剣だった。

 彼女はもともと、聖教団の“癒し手”としては一流だったが、戦闘中に何度も感じたのだ。


 ――ルーク様の足を引っ張っているのは、私かもしれない。


(もっと、支えられるようになりたい。もっと、ちゃんと“役に立つ”って思ってもらえたら……)


 そして、ふと浮かぶひとつの妄想。


(そしたら、私にも“妻の座”を狙う資格……あるのかな)


 魔女たちのように華やかでも、妹のように近くもない。

 でも──だからこそ、信頼される“縁の下の力持ち”になれれば、きっと。


「……がんばろ」


 誰にでもない小さなつぶやきとともに、彼女はペンを手に取ると、自分なりの学習ノートをまとめ始めた。


 癒し手としてではなく、仲間として。

 そして、いつかは──彼の“特別”になれるように。


* * *


 そうして、時は過ぎ──

 船に乗ってすでに14日目。ちょうど、旅の折り返しに差しかかった頃だった。


「……暇すぎて、心が死にそう」


 クラリスが甲板に突っ伏し、口から“やる気”が霧のように漏れている。


「水面しかないって、こんなに絶望的なことだったのね……」


「鳥も魔獣も、空気も穏やかすぎて逆に腹立つわ」


 ミレイアも隣でぐでんぐでん。


「みんな……ちょっとだけ、静かにしてくれないか」


 ルークが遠くから苦笑しながら声をかけた。


「もう少しで、陸が見える。あと三日で港町ロアリスに着く。そこからはまた馬だ」


「三日……この“死の海域”をあと三日……!」


「騒いでる割には、君たち元気だよね……」


 ジークが呆れたように言うと、ミレイアが言い返す。


「これは魂の叫びよ! 暇は、女を狂わせるの!」


「でもたまには、こういう“何も起きない時間”も悪くないと思うよ?」


 そう言って、ルークは空を見上げる。


 青く、果てしない空。雲ひとつない午後の天。


 その静けさが、次に訪れる嵐の前触れであることを、誰もまだ知らなかった──

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