2.学会にて
学会の日。大広間には、ユーベンハイム国を始め、周辺諸国から集まった貴族や学者たちがずらりと並んでいた。中央には、旧スワニルダ領から見つかったという石版が展示されており、いくつもの目がそこに注がれている。
「スワニルダって数年前に滅亡したっていう家でしたっけ?」
レオンはユリウスに問う。ユリウスは数秒の沈黙ののち、
「…ああ。古くから王家に絶対的忠誠を誓っていた一族だ。…実に惜しい出来事だった」
「……古代言語で書かれた文書らしい。旧スワニルダ領の焼け跡から偶然見つかったらしいが、内容は一切不明でね」
議長役の老学者が説明すると、周囲の者たちがざわついた。石版にはびっしりと、今では失われた古代文字が刻まれている。
「古代言語はフローレ家のものが研究しておらんかったか?」
「フローレ家の一人娘は出奔して消息不明らしい」
――そのとき。
会場の片隅で、ユリウスの後ろに控えていたレオンが、無意識にぽつりとつぶやいた。
「『王家はスワニルダに未来を視る瞳を授ける。
スワニルダは王家に血と命を捧げる。
見える未来は王の盾となり、民の道を照らす』……?」
その瞬間、場の空気が凍りついた。
「……今、君、読んだのか?」
異国の学者の一人が、驚きと警戒を込めた声でレオンに詰め寄る。
「え? いや、俺、え……?」
レオン自身も、口に出した自分の言葉に驚いていた。彼は焦ったようにユリウスを振り返るが、ユリウスもまた驚愕に目を見開いている。
「続けてくれ。その先には、何が書かれている?」
「い、いや、俺は……わかんないですって。なんで読めたのかもわかんないし……!」
それでも石版を見つめるうち、レオンの口が再び勝手に動き出す。
「『ただしその瞳が覗くは神の領域。
未来視の力は、祝福にして呪い。
時を越えて真実を垣間見るたびに、
魂は軋み、肉体は静かに蝕まれていく。
スワニルダよ、汝がその代償を知りながら、
それでもなお、見ると誓うならば——
天はその覚悟に応えよう。』 ……だってさ」
ざわめきが会場を覆う。
──未来視。
──王家とスワニルダ家の、古の密約。
──そして、それを読み上げた、ただの王子付きの青年。
急速に広がる視線と疑念。レオンはただ混乱したまま立ち尽くしていた。
その横で、ユリウスは静かに立ち上がり、会場を見回す。
「彼は、我が側近にして忠実なる従者だ。それ以上でも以下でもない」
その一言により、騒ぎは少しだけ鎮まったが、レオンは胸の奥に冷たいものが広がるのを感じていた。
(俺……一体、何なんだ……?)