1.プロローグ
「……ユリウス様、こっち向いて! 今のは俺の勝ちですってば!」
レオンは、豪奢な王宮の中庭で剣をくるりと回した。陽光の下、明るい茶色の髪が風に揺れる。屈託のない笑みと悪戯っぽい口調――だがその剣筋は一瞬、王子の護衛という立場にふさわしい鋭さを見せていた。
「お前が勝ったとは思えないがな。油断しただけだ、レオン」
「えっ、またそれです? 三年前からずーっと油断してません?」
ユリウス・ユーベンハイムは苦笑した。レオンはふざけているようで、実は誰よりも早く起きて訓練を欠かさないことを、彼は知っている。
ユリウスはユーベンハイム王国の第ニ王子であり、レオンは三年前からユリウスの護衛として仕えている。年若いながらもその剣術の腕は確かで、彼に勝てる者はごくわずかだ。かくいうユリウスもこの半年彼に勝てていない。
「そういえば、歴史学会って明日からですよね」
「ああ。父上に”国の歴史についての教養を深めるいい機会だ”と言われてな」
歴史学会とはいくつもある学術会議の一つであり、年に一度開催される。一年で新たに発見された遺物や遺跡、新たな見解についての侃侃諤諤の議論が名だたる学者により行われる。
「…歴史について語り合って何が楽しいんですかね、あのおじさんたちは」
「頼むから会場で声に出してくれるなよ」
「はいはい、せいぜい寝落ちしないよう頑張りますよ…。午後は令嬢たちとお茶会ですか?」
「ああ、全く面倒くさい。どいつもこいつもあの手この手で取り入ろうとしてくる。」
「たしかアメリア様もいらっしゃるんですよね」
「その予定だ」
レオンはヒュウと口笛を鳴らした。
「…なんだ、その口笛は」
「いえ、なんでもないっすよ」
レオンはニヤニヤしながらユリウスと中庭を後にした。